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アーレフ
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数々の芸術家達が創り上げてしまったその建物は、私の知っている完成図とはおおよそかけ離れていた。かつて作り上げた、建築に何百年と時間を要する設計図は大きく進化していた。旧世紀時の遺物と化した、とてつもなく古い建物だったその建造物の名は、サクラダ・ファミリア。ヒトが言うに、人の叡智そのもの。アントニ・ガウディの未完作品に終止符を打った者たちの合作。
古風なように見えるが、実のところ対テロ対策は万全に施されているし、聖堂には無数の死者たちが配備されている。神に召された筈の魂だろう、お前たちの教理上、と言いたくなるが、しかし神はここ四千年の間、一人の魂も吸い上げてはいない。政府に返却される死体の二割は、宗教が自衛手段として用いるのだ。息子を贖いとして我らに与えた“父”は、魂をわざわざ天に上げる事をする事はなかった。十四万四千人という数の人々を天に迎え入れたのみで、我々は贖いの犠牲によって千年王国を乗り越えた末に永遠の命を得る事になったのだ。十字架や三位一体の教理は、神の神秘さを悪い方へと捻じ曲げる偽りに過ぎない。
全く全く、くどい話だ。神はみ使いと我らとに自由意志を与えたが、結局人間と一部の使いは神の求める愛を推し進めることがなかった。元は天の使いであった者でさえ、その自由意志を使って神に反抗し、反論した。
悪魔は我々のふりをする。中世の歪んだ教えは、停滞した世界を転がし廻った。つまりは魔女狩り、つまりはエクソシスト、つまりは天動説者、つまりは進化論者、つまりは無知覚論者、つまりは偽預言者だ。
私が言いたいことは受け入れられないだろう。十字を捨て、像を棄て、永遠の命を得るに至ったのにも関わらず、今では背教の上背信者と化している人々には。
私は殺した。私が殺した。私に殺された。殺害の罪は重い。それは神に禁じられた行為だ。
神は人を殺す。全く正当な理由でだ。正当かどうか疑う人々は、考えが足りないとまで言われるほど、その殺害は意味深い。
王国があるだろう、栄華を極めた王国だ。王は全く健全で、咎めのなく、全てを愛と義によって行っている。民草はその統治をあらゆる手を尽くして永遠のものとしたがっていた。ところが、ある二人がクーデターを起こした。その二人は言う。曰く、「王は人の悦びを我々に与えてくれない」「あるものは言ったのだ、我々は悦びを得ても王に咎められる事はないと」。
結果は我々がよく知っている。我々は死を体験することになり、自らの命が潰える事の恐怖を毎日毎日経験する事になった。
その二人が言った「人の悦び」は、結局私たちにとって足枷になってしまったのだ。この経験から学んだ筈だった。だからシェオルは、千年王国時の備えを神から与えられていた。
神はシステムではない。
神は悪を持っていない。
神は混乱の者ではない。
神は朽ちることはない。
そして我々はそのレッテルを背負った。神の子に貼り付けられ、救国の聖女に投げ付けられた、そのレッテルを。死ぬ事で永遠に生きるという二律背反を抱える事で、我々はこの世界に留まっている。おおよそ永遠に、その若い時を死ぬ事で“維持”し続けているのだ。それは死人に施される防腐処理に近く、焼却前の肢体に化粧をして歩き回っている状態だとも言えるだろう。
思えばこれは、我らに対する罪の罰だったのだ。神はそう思っていなくとも、我々にとってはそうなのだ。
そんな事を考えている私に私は心底うんざりする。これは憐れみなのだろうか、それとも哀しみなのだろうか。どちらにしろ私は無意識に憐憫の情を生者に抱いている事に、ひどく気持ちが悪くなった。
「ねえ、サティ……私たちってなんなんだろうね」
「……は?そんな学生染みたことをずぅーっと考えていやがったのか、おい。司教様のありがた迷惑な長い長いお話を、なんだ真剣に聴いてんなコイツ、考えるとこでもあんのかな、と感心して見てたのに、自分の境遇について考えてたのかよ。お前のこと信心深いと思ったらとんだお門違いだったぜ」
とサティは言う。意地悪げに「私のこと、よく見てるんだ」と言えば、彼は顔を赤くして更に言葉を口早に投げてくる。彼は私のことがまだ好きなのだ。可愛らしいものだが、二人で組んでいた時に愛の告白を私に投げかけた時のまま、彼は自分の感情を維持し続けているのだ。そんな可愛らしい彼をまた、私は愛している。人として、兄弟として、異性として、そして何より、友として、彼に私は恋をし続けているのだ。
命の継続は、不死性を意味していない。永遠の命とは、ヒトが考えるほど一面性の簡単なものではない。 ダーウィンが見たガラパゴス島での育種動植物の変異は、自然選択における合理的進化ではなく、気候や環境に依存していたように、物事には必ず平面では考えることの出来ないものがある。人はそれを多面性と呼ぶが、しかし偶像に多面性は必要のないものだ。人々は停滞している時代を嫌い、進化論を支持し始めた。
とんだ手のひら返しだ。まぁそうなったのも無理はない。教皇や神父たちは保身に走った上教えを完全に無視した絢爛さ、悪く言えば派手さを教会に求め、免罪符を売る事によって悪人に神の後ろ盾をもたせ、上級下級関わらず貴族たちは自身の名誉のために奔走した。そんな時代を終わらせた地動説と進化論は、まさに民衆の“神”だった、という話なのだから。
そしてその結果がこれだ。神の子の名前がついた宗教は時代の流れによって主君を変え、今では神さえ形を変えた。そうだ、千年王国でさえ忍んだ我々が直面している問題は、残酷な事に神の不在なのだ。
結果から言えば、モルグが現在の新たな神、もしくは代行者だ。公に姿を見せることがなく、ある特定の人々に話しかけ、そして働きかけ、人を蘇らせ、挙句人を大量に殺す。アドバイスだって様々な形で行う。人が良かれと行うことを、易々と承諾しない。
我々はやはり、人の域を出てしまっている。神の理を持ちながら、人の世で死んでいるのだ。
「私たちは人なのかなって。私たちは、本当に生きているんだろうかって」
当然の疑問だ、と思う。それは、不死性を唱えた人々が想定し得なかった事態なのだから。
「心臓が動いて、血を体に回して、肺が動いて呼吸して、脳がしっかり働いてりゃ生きてるって事なんじゃねえのか。食っちゃ寝て、垢も小もクソも出る。俺は生まれた時から死んでるらしいが、俺もお前も確かに生きてるよ、安心しな」
「私はサティみたいに単純じゃないの。……そんなに短絡的な考えで生きていけるなんて、幸せだねえ」
ガハハ、と彼は笑った。喪服のような黒のスーツの中の白いシャツから、死人のような青白い肌がちらり覗いた。彼は口を開けばとても寛容で情に厚い存在に見えるのだが、口を閉じれば、それこそ本当の死人のようだ。
聖堂で煙草片手に燻らせながら、そんな男があっけらかんとそう言った。確かに生きてるよ、と。
そんな確証はどこにもないのに、私は彼を信じた。
私はここに懺悔をするために来ているわけではない。当初の目的の時間が来たことをサティが知らせた。
「時間だ」
いや、懺悔ならもう終わったか。私はこうして、殺し始めた。
古風なように見えるが、実のところ対テロ対策は万全に施されているし、聖堂には無数の死者たちが配備されている。神に召された筈の魂だろう、お前たちの教理上、と言いたくなるが、しかし神はここ四千年の間、一人の魂も吸い上げてはいない。政府に返却される死体の二割は、宗教が自衛手段として用いるのだ。息子を贖いとして我らに与えた“父”は、魂をわざわざ天に上げる事をする事はなかった。十四万四千人という数の人々を天に迎え入れたのみで、我々は贖いの犠牲によって千年王国を乗り越えた末に永遠の命を得る事になったのだ。十字架や三位一体の教理は、神の神秘さを悪い方へと捻じ曲げる偽りに過ぎない。
全く全く、くどい話だ。神はみ使いと我らとに自由意志を与えたが、結局人間と一部の使いは神の求める愛を推し進めることがなかった。元は天の使いであった者でさえ、その自由意志を使って神に反抗し、反論した。
悪魔は我々のふりをする。中世の歪んだ教えは、停滞した世界を転がし廻った。つまりは魔女狩り、つまりはエクソシスト、つまりは天動説者、つまりは進化論者、つまりは無知覚論者、つまりは偽預言者だ。
私が言いたいことは受け入れられないだろう。十字を捨て、像を棄て、永遠の命を得るに至ったのにも関わらず、今では背教の上背信者と化している人々には。
私は殺した。私が殺した。私に殺された。殺害の罪は重い。それは神に禁じられた行為だ。
神は人を殺す。全く正当な理由でだ。正当かどうか疑う人々は、考えが足りないとまで言われるほど、その殺害は意味深い。
王国があるだろう、栄華を極めた王国だ。王は全く健全で、咎めのなく、全てを愛と義によって行っている。民草はその統治をあらゆる手を尽くして永遠のものとしたがっていた。ところが、ある二人がクーデターを起こした。その二人は言う。曰く、「王は人の悦びを我々に与えてくれない」「あるものは言ったのだ、我々は悦びを得ても王に咎められる事はないと」。
結果は我々がよく知っている。我々は死を体験することになり、自らの命が潰える事の恐怖を毎日毎日経験する事になった。
その二人が言った「人の悦び」は、結局私たちにとって足枷になってしまったのだ。この経験から学んだ筈だった。だからシェオルは、千年王国時の備えを神から与えられていた。
神はシステムではない。
神は悪を持っていない。
神は混乱の者ではない。
神は朽ちることはない。
そして我々はそのレッテルを背負った。神の子に貼り付けられ、救国の聖女に投げ付けられた、そのレッテルを。死ぬ事で永遠に生きるという二律背反を抱える事で、我々はこの世界に留まっている。おおよそ永遠に、その若い時を死ぬ事で“維持”し続けているのだ。それは死人に施される防腐処理に近く、焼却前の肢体に化粧をして歩き回っている状態だとも言えるだろう。
思えばこれは、我らに対する罪の罰だったのだ。神はそう思っていなくとも、我々にとってはそうなのだ。
そんな事を考えている私に私は心底うんざりする。これは憐れみなのだろうか、それとも哀しみなのだろうか。どちらにしろ私は無意識に憐憫の情を生者に抱いている事に、ひどく気持ちが悪くなった。
「ねえ、サティ……私たちってなんなんだろうね」
「……は?そんな学生染みたことをずぅーっと考えていやがったのか、おい。司教様のありがた迷惑な長い長いお話を、なんだ真剣に聴いてんなコイツ、考えるとこでもあんのかな、と感心して見てたのに、自分の境遇について考えてたのかよ。お前のこと信心深いと思ったらとんだお門違いだったぜ」
とサティは言う。意地悪げに「私のこと、よく見てるんだ」と言えば、彼は顔を赤くして更に言葉を口早に投げてくる。彼は私のことがまだ好きなのだ。可愛らしいものだが、二人で組んでいた時に愛の告白を私に投げかけた時のまま、彼は自分の感情を維持し続けているのだ。そんな可愛らしい彼をまた、私は愛している。人として、兄弟として、異性として、そして何より、友として、彼に私は恋をし続けているのだ。
命の継続は、不死性を意味していない。永遠の命とは、ヒトが考えるほど一面性の簡単なものではない。 ダーウィンが見たガラパゴス島での育種動植物の変異は、自然選択における合理的進化ではなく、気候や環境に依存していたように、物事には必ず平面では考えることの出来ないものがある。人はそれを多面性と呼ぶが、しかし偶像に多面性は必要のないものだ。人々は停滞している時代を嫌い、進化論を支持し始めた。
とんだ手のひら返しだ。まぁそうなったのも無理はない。教皇や神父たちは保身に走った上教えを完全に無視した絢爛さ、悪く言えば派手さを教会に求め、免罪符を売る事によって悪人に神の後ろ盾をもたせ、上級下級関わらず貴族たちは自身の名誉のために奔走した。そんな時代を終わらせた地動説と進化論は、まさに民衆の“神”だった、という話なのだから。
そしてその結果がこれだ。神の子の名前がついた宗教は時代の流れによって主君を変え、今では神さえ形を変えた。そうだ、千年王国でさえ忍んだ我々が直面している問題は、残酷な事に神の不在なのだ。
結果から言えば、モルグが現在の新たな神、もしくは代行者だ。公に姿を見せることがなく、ある特定の人々に話しかけ、そして働きかけ、人を蘇らせ、挙句人を大量に殺す。アドバイスだって様々な形で行う。人が良かれと行うことを、易々と承諾しない。
我々はやはり、人の域を出てしまっている。神の理を持ちながら、人の世で死んでいるのだ。
「私たちは人なのかなって。私たちは、本当に生きているんだろうかって」
当然の疑問だ、と思う。それは、不死性を唱えた人々が想定し得なかった事態なのだから。
「心臓が動いて、血を体に回して、肺が動いて呼吸して、脳がしっかり働いてりゃ生きてるって事なんじゃねえのか。食っちゃ寝て、垢も小もクソも出る。俺は生まれた時から死んでるらしいが、俺もお前も確かに生きてるよ、安心しな」
「私はサティみたいに単純じゃないの。……そんなに短絡的な考えで生きていけるなんて、幸せだねえ」
ガハハ、と彼は笑った。喪服のような黒のスーツの中の白いシャツから、死人のような青白い肌がちらり覗いた。彼は口を開けばとても寛容で情に厚い存在に見えるのだが、口を閉じれば、それこそ本当の死人のようだ。
聖堂で煙草片手に燻らせながら、そんな男があっけらかんとそう言った。確かに生きてるよ、と。
そんな確証はどこにもないのに、私は彼を信じた。
私はここに懺悔をするために来ているわけではない。当初の目的の時間が来たことをサティが知らせた。
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