理不尽に抗議して逆ギレ婚約破棄されたら、高嶺の皇子様に超絶執着されています!?

鳴田るな

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 つかの間の平穏から数年後、ご老体はまだ二十を過ぎたばかりの妻を残し、眠るように息を引き取ってしまった。元の不摂生がたたったのか、妻との幸せすぎる生活で精力を出し過ぎたのか。

 何にせよ、若すぎる未亡人のみが取り残された。夫の莫大な財産と共に。

 だが彼女はこれ幸いとばかりに華やかな社交の場に戻ってくるかと思いきや、夫が与えた僻地の別荘にこもりきりだった。

 一つ。マノンは王国貴族階級では、社会的に殺された女である。これはもし万が一マノンが社交界に復帰しようものなら、次は本当に命を狙いに行く、という意味合いでもあった。ザンカー伯爵はその旨しっかりと、妻に言い聞かせてはいたのだろう。

 だがもう一つ。これが悪女が大人しかった最たる理由になる。
 密かに未亡人を口説きに来てそのまましれっとしけこむ、そんな不届き極まりない夜這い人にきりがなかったのだ。喪中だったにも関わらず。ザンカー伯爵は草葉の陰で泣いていたに違いない。

 さて入れ替わり立ち替わり男が通ってくるタイプの引きこもり生活を続けた何ヶ月か後、未亡人はようやく自分の体の異変に気がついた。ご懐妊である。
 誰の子か? 父親自身はもちろん、マノンだってわからなかった。何なら期間的に、ギリギリ亡夫の執念の成果な可能性すらあった。

 さらに半年ほど時が経過し、マノンは無事に出産を終えた。

 ……おわかりいただけるだろうか。
 そう、この悪女が産み落とした父親不明の一人娘こそ、わたくし――シャリーアンナなのだ。

 わたくしは概念上の父であるザンカー伯爵と同じ黒髪を持ち、そして母からは緑の――翡翠色の目を継いだ。
 ただ、それ以外は両親のどちらにも似ていない。

 ゆるふわ系稀代の悪女を母に持つ娘――これほど生まれてくる環境に恵まれないことってあるだろうか。割と生まれた時点で人生詰んでる。

 ただ不幸中の幸いだったのは、マノンに理想的な母親でない自覚があり、かつ彼女が苦手分野を外注するという選択肢を知っていたことだろうか。

 わたくしはすぐ養子に出され、シャリーアンナ=リュシー=ラグランジュという名を与えられた。

 そして物心ついた頃、たまーに会う一見綺麗で優しいお姉さんこそ、自分の真の母親であると悟ったのである。

「ほーんと、全部似なきゃ良かったのに。見た目も、中身も本当によくぞこれだけってぐらいいいのにさ、これだけはあたしから持って行っちゃったのよねー」

 そうわたくしの目元を指さしてころころ笑った、悪女のうっかり発言によって。

 そして思考停止したわたくしを、天真爛漫な稀代の悪女は愛おしそうに抱きしめて面会室を出て行き――それが彼女を見た最後になった。

 数日後、別荘近くの川に落ちたらしい。
 死体は今も見つかっていない。本当に死んだのかも定かではない。


 ――だから、翡翠色の目はずっと嫌いだったし、見るなと言われる度にそうですよね、と同意しかなかった。

 ずっと俯き続けていたのは、誰かがいつか、「これ、マノンと同じ目の色じゃない?」と言い出すのが怖かったから。

 母はあっけらかんとした人だった。誰に後ろ指を指されようと、きょとんとして、ころころ笑って――どんな悪意を向けられたとしても、「でも、あたしはあなたのこと、好きよ?」とにっこり微笑んで本心から答えられる才能。だから誰からも愛されたのだろうと、幼心にもわかる人だった。

 わたくしは違う。
 四方八方から悪女の娘と指さされる人生は、耐えられない。
 ラグランジュ家の娘でほっとした。何者でもない自分で良かった。目立たず、騒がず、誰にも注目されず――それで良かった。

 それで良かったと、思っていたのに。
 あの日、階段から落ちて、人生がひっくり返った。
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