腐男子が男しかいない異世界へ行ったら色々と大変でした

第四話

腐男子、異世界ＢＬに遭遇

　俺は人や民家を探し求めて森の中をひたすら歩いていた。
　動物や人の足で踏み固められた獣道を偶然見つけたので、道なりに進めば人なり家なり見つかるかもしれないと思ったからだ。
　黙々と歩きながら、先程まで俺の頭の中に直接語りかけていたハニエルの言葉を思い出す。

　どうやらこの世界の男は【攻め】が七割、【受け】が三割で、その【受け】の中で更に妊娠できる者はごく一部で稀のようだ。
　俺の顔や体つきはこの世界では【受け】の部類に入るらしい。
　背も１７０センチ無いし細身、顔も童顔だから、そういう事なんだろうな。
　しかも俺の顔つきはこの世界ではかなりイケてるとの事だが全然嬉しくない。
　前は女子から大和君可愛い!とキャイキャイ慕われていたので満更でもなかったが、この世界では男しかおらず、自分がＢＬ当事者、しかも【受け】になってあんな事やこんな事されるのはハッキリ言って想像したくない。
　腐っても男なので、掘られるより掘りたい。
　でも自分が男に突っ込む……のは……
　イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、無理……！

　かと言って男に掘られてしまったら最後、チート能力で妊娠までしてしまうとか……
　非常にノーサンキューです……そういった行為は全力でお断りしたい。

　チキショー、こんな事になるんだったらブサイクに整形して、プロテイン飲んで筋トレしまくって、筋肉ムッキムキの体にしとけば良かった。
　そうすれば誰も俺に近寄らないだろうし、襲われたらどうしようと怯える事なくゆったりとした気持ちでこの異世界生活を満喫出来ただろう。

　そんな事を悶々と考えながら獣道を進んでいると食べ物……何か美味しそうな料理の匂いがしてきた。近くに民家があるかもしれない。
　その匂いの元を辿っていくと、程なくして少し拓ひらけた所へ出た。
　丸太で出来た木造の小さな家がぽつんと建っていて、屋根から突き出している煙突から煙が出ている。
　俺は木の陰からその家の窓の中の様子を伺った。中に人影が見えた。
　やった！　第一異世界人発見だ！
　沸き立つ感情を抑え、中腰になり窓から見えない様に木の陰から家の横へ音を立てない様に移動し、壁に張り付いて窓の中をそっと覗いてみた。
　大柄で筋肉モリモリの熊みたいな男が、木のテーブルの上にお皿を並べているのが見えた。中身は……辺りに漂う香りからシチューっぽい料理のようだ。
　美味しそう……お腹空いたなぁ。
　そういえば俺、コンビニで夜ご飯買った帰りに事故で死んだんだった。
　ヨダレを垂らしながら中の様子を見ていると、奥からもう一人、細身で黒のロングヘアー……耳が尖っているのでエルフかな?そのエルフ男がコップを持ってやって来た。
　二人は横に並んで椅子に座ると、肩を寄せ合い、見つめ合って……キスをした。

《ぐわぁぁぁっ!!　早速生ＢＬ拝めたっ!!》

　感動と興奮で顔が紅潮し胸の鼓動が早くなる。
　確か俺が愛読していたＢＬ漫画本の中に、エルフ男の恋愛を描いたものがあった。
　まさか実物のエルフ男のＢＬが目の前で見られる日が来るとは夢にも思わなかった。

　しかし、ＢＬ作品を見慣れてるとは言え、生で見る本当のＢＬは漫画と違って生々しくて力強くて……全身から変な汗が噴き出てきた。
　クッソ！　ここにスマホが無いのが悔やまれる！

　家の中の二人は俺が覗いているのに気付いていない為、段々ヒートアップしていった。
　熊男とエルフ男は立ち上がり、何と上着を脱ぎ始めた。
　おぃおぃマジか。食事前に一戦交えようって事なのか。
　せっかくのシチューが冷めてしまいますよ。
　そんな事を思ったものの、目の前の二人から目が離せない。
　エルフ男がしゃがみ、熊男の股間に手を……とその時、突然鼻がムズムズし

《ファックション!!》

　あろうことか最悪なタイミングで思いっきりくしゃみをしてしまった。だ、大失態！
　家の中で盛り上がっていた二人が一斉にこっちを見た。
　ヤバイ、早く逃げないと……！
　頭では分かっているが、体が動かなかった。

「オマエ、そこで何をしている！」
《ひぃっっっ!!》

　熊男が大声で玄関の戸を開けて俺の方にズシン、ズシン、と砂埃を巻き上げながらやって来た。
　右手には包丁が握られている。
　あー……もしかして詰んだ？　これ詰んだっぽいね？

　せっかく異世界で生き返ったのに俺、早速死にそうです。