牧師に飼われた悪魔様

リナ

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序章

悪魔堕ち

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 チチッチチチっ

 平和そうに鳥が囀っている。数時間も経ってないはずなのに、地上に戻ってきたのがとても久しぶりに感じた。

「...」
「おにいちゃん、泣いてるの?」
「?!...あ、違う、し」

 気が抜けたせいか、安心したのか涙が溢れていた。

(いい大人が何を泣いてるんだっ)

 すぐに目元を擦って涙を拭いた。まだダッツたちが諦めたとは限らない。このあたりなら酒屋が一番近いからマスターのところにいってワケを話して助けてもらおう。と思ったが

 がくっ

 混乱と焦りで体に力が入らず、地面に膝をついてしまう。

「くそ、何座り込んでんだよ俺」
「おにいちゃん?」
「・・・うごけ!うごけってば」
「おにいちゃん、よちよち」

 少女が小さな手で撫でてくる。

「!」

 自分も辛かっただろうに、俺の事を気遣ってくれるなんて。そんな健気な少女の姿を見ていると、なくなりかけていた力が沸いてきた。

「・・・ありがとう、もう大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ああ、これから知り合いのところに行くけど、君はどうする?親がどこにいるか知ってる?」
「リリ、わかんない。」

 きょとん、という顔をしてる。親という単語さえよくわかってないようだ。・・・混乱してるだけかもしれない。とりあえず事態が落ち着くまでは一緒に連れて連れて行こう。

「おい、このあたりで声が聞こえたぞ」

 男の声がした。とっさに息を潜め草むらに隠れる。

(まだいるのか。)

 地上に行けば悪魔はおろか追っ手もいなくなると予想したのは甘かった。

(急いでここを離れなければ)

 俺はまた走り出した。なるべく人通りの多いところを探しつつ、目立たないように。やっと見知った店についた。

「な、なんで・・・」

 しかし、その先で待ってたのは予想をはるかに超える光景だった。地下と同じ、血だらけの、世界。中心には樽に寄りかかるように倒れてるマスターがいた。

(まさか、これって)

 あいつら・・・ダッツ達がもうこんなところまで?!・・・俺の逃げ場をなくすため・・・に?

(俺のせいで・・・)

 地上なら派手な動きはしないと思い込んで逃げた俺のせいでマスターを巻き込んでしまった・・・??あまりの事で呆然としていると

「ゴホッゴホッ!!」
「ま、マスター・・・!!」

 なるべく頭を揺らさないように、マスターを抱き起こす。ううっと唸って焦点の合わない目で俺を見上げてきた。

「ハハ、ハ...天使が、迎えに来たかと思ったら、あんたか」
「馬鹿!誰が天使だ!天なんかに行ってみろ、引きずり下ろすからな!」
「ハハ、牧師のセリフじゃ、ねえなあ」

 生きてはいるようだが、強がっているのは一目瞭然だ。

(早く手当てしないと・・・!)

 致命傷はなさそうだが体中打撲傷だらけだし、その出血量を見るからに、マスターが重症なのに変わりはない。

「この近くで病院は・・・えっと、」
「俺の事はいい・・・ルトは、早く逃げるんだ」
「なっ!?」
「奴らはお前を探してた」
「!」
「ルトを匿っているだろうと一方的に難癖つけられて、店をこんなにされて・・・奴らに言葉は通じない・・・」
「!!」
「っ・・店の客は、逃げた奴もいれば、連れてかれた者もいた・・ごほっごほ」

 店の血はそれが原因か。乱闘があったとしか思えない店の荒れようだった。連れてかれたのはきっと生贄の代替えとしてだろう。あの抜け目のない男ならそうするはずだ。ここまで容赦のない奴ら相手に、俺一人ではどうしようもない。

「マスター、まってろ!牧師様に知らせてくる!助けを今すぐ呼んでくるから!リリも、ここで隠れてろ、俺といないほうがいい!」
「ルトっ・・・」
「おにいちゃん!」

 急いで酒屋をでる。悪魔を知ってる牧師様ならこの状況をなんとかできるに違いない。そう信じて俺はがむしゃらに走った。


 ***


 数日前に洗礼を受けた白い教会が目の前に現れる。教会の前は特に人気がなかった。当たり前か、明け方に歩き回る理由がない。俺はなるべく静かに中に入った。

 ひたっ

 途端、首になにか冷たいものがあたる。

「え・・・?!」

 これは、白い、象牙?・・・なわけない!ライオンとかよりももっと大きな動物の爪だ!ぎょっとして振り返く。

 ギロリ

 目の前に、緑色の大きな瞳があった。

「っひ!」

 緑色の瞳、長い耳、口からのぞく鋭い歯がギラギラ光っている。そんな人間離れした外見の巨体が俺に爪をあてながら見下ろしてる。

(に、人間じゃない!!悪魔か??)

 でも、さっきのイモムシより人型に近い。筋肉の構成や顔が人間とほぼ同じだ。でかいだけだし、さっきのより理性があるというか落ち着いてる??

「貴様、悪魔堕ちか」

 その巨体の後ろから人間の声がする。姿を現したのは、白いマントを着た白ひげの似合う男だった。俺をジロジロと見てくる。その視線は俺の服についた血に気づくと、突き刺すように鋭められた。

(変な疑いをかけられる前に弁解しないと!)

「お、俺は、牧師見習いのルト・ハワードです。こ、これを...」

 急いで自分の身分証を見せる。洗礼を受けたあとお偉いさんに、牧師見習いということでその証明書を渡されていたのだ。

「・・・!」

 身分証を見ると男の顔色が変わった。緑色の巨人と目を合わし頷く。それを合図に巨人が喉元から爪を下げてくれた。

「すまなかった、ルト・ハワード。今は厳戒態勢中でな、少し見張りを強くさせてもらってる」
「厳戒態勢?」
「この村に悪魔堕ちが大量に出たと言われてな。我々が収集されたわけだ。」
「あ、悪魔堕ち????」
「悪魔と契約した人間のことだ、お前、ちゃんと講義を聞いておいたほうがいいぞ」
「は、はあ・・・」

 悪魔堕ち、多分それはダッツ達のことだろう。悪魔と契約したり生贄を渡していたりしてたし。どうなるんだろう・・・ダッツたち。

「ーって、そ、そうだ!大変なんだ、村に・・・大怪我をしてる人がいるんだっ!助けてくれ!」
「その人間は村にまだいるのか?」
「あ、ああ!だから今すぐー」
「なら諦めたほうがいい」
「っ・・・・え?」

 言われたことが一瞬、理解できなかった。あ、諦めろだって?

「たった今私の部隊が到着し、村は封鎖、村に残る者は全て始末された」
「・・・・・・・っえ?」

 始末って・・・。始末ってどういうことだ。

「君は部隊とすれ違いになったようだな、おかげで村人と間違われて殺される事はなかったようだが・・・」
「え・・・な・・・は・・・?殺されるって、殺されるってどういうことだよ!」

 言われた意味がわからず問い直す。けれど男は難しい顔のまま横に頭を振るだけだった。

「・・・なんで!!村にはまだ、無害な・・・それこそ悪魔となんか関係ない人達が残ってるのにっ!!!」

 マスターとリリの顔が浮かぶ。

「可能性の問題だ。住人の中にもしかしたら、隠れてる悪魔堕ちがいるかもしれない。悪魔堕ちの家族や友人を匿う者がいるかもしれない。」
「でも、そんな・・・」
「悪はここで絶たねばならないのだ。」
「・・・!」
「儀式を見た君ならわかるだろう、悪魔の恐ろしさを・・・悪魔に魅了された者達の醜さを。世界のためにも、ここの村人達には犠牲になってもらうしか・・・あ、待ちなさい!君!!」

 うそだ!

 マスターとリリは生きてる!

 ダッツだって確かに悪い事をした。

 でも、でも。

 死ぬ必要はないだろ・・・!!

 ふと、とある光景が頭に浮かんだ。夜空の下、ふわふわと風に吹かれる茶髪。照れ臭そうに笑う、ダッツの姿が。いくら、本当のダッツが恐ろしい人間だったとしても、あの瞬間のダッツは本物だった気がする。嘘の笑顔には・・・どうしても見えなかった。

「ハア、ハアッま、マスター!」

 酒屋に飛び込む。あまりに急ぎすぎて転びそうになった。店に入ると、むわっと噎せるような血と何かの匂いが俺を包んだ。先ほどよりも強い、酷い血の匂いに自然と顔をしかめる。

(・・・血の量が増えてる)

 赤い水溜りが増えて店の床が見えないぐらいだった。

(そんな・・・あの男が言っていたことは本当だったのか??!)

 男の部隊が、マスターを・・・村の人たちを?

「!」

 ふと、店の中心にイモムシ悪魔がいるのが見えた。悪魔もこちらを見てくる。

「・・・」

 俺は、悪魔を無視して再度店を見回した。すぐに目的の人物を見つける。

「マスター!」

 マスターは先ほどと同じカウンター席の前で倒れていた。

(よかっ・・・)

 喜びかけてすぐ・・・マスターの腹部を見て思考が停止する。だらんと力なく床に寝ているマスターの腹には深い刺し傷があった。まるで長い剣で貫かれたようだった。急いで首に手を当てて脈を調べる。

「・・・・・・・・・」

 手首でも確かめたが、マスターの脈は・・・感じられなかった。

(あ、焦りすぎてるだけだって)

 口元に耳を寄せる。

「?!!・・・い・・・息、してな・・・」

 がくりと尻餅をつき、マスターの顔を見下ろした。

(・・・そん、な)

 絶望と、途方もない喪失感が体を襲う。

 =無駄だ、もうこの辺りに生きとるものはおらん=

 悪魔が淡々と告げた。俺は現実から逃げたくて、拒絶したくて、叫ぶように反応する。

「~~そんなわけない!!」
 =悪魔は嘘の塊だがな、この言葉は嘘ではない=
「そんなのっ信じられるわけないだろ!」
 =ならいい。勝手に現実逃避でもしていろ・・・全く、おかしいと思えば・・・あやつがどこかでミスをしたのだな=

 悪魔が呆れたように呟いた。その言葉は俺の頭を通り越し、理解されないまま流れていく。

 =きっと目をつけられていたのだろう・・・哀れな。売りにだされた妹を取り返すとかいって悪魔などに手を出すからこんなことになる。欲望に目が眩み、歯止めが効かなくなった人間の末路はいつも同じだ=

 “あやつ”

 きっとダッツのことだ。

 頭が少しだけ動き出す。

(妹、いたんだ)

 リリぐらいの子だったのだろうか?

(ダッツ、お前は・・・妹のために悪魔と契約したのか?)

 あんな恐ろしい事を繰り返していたのは、家族のためだったのか?妹は、生きていたのか・・・?結局会えないまま・・・ダッツは・・・・・・?

「・・・・っ」

 胸を締め付けられるような苦しさが俺を襲う。上半身を倒し、胸を抑えた。過去急になりそうなのを必死に耐えて店に視線を戻す。

「そう・・・だ・・・リリ・・・・リリはどこだ?」

 リリは、あの少女だけは助けなければいけない。そんな使命感に囚われ、俺はよろよろと立ち上がった。
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