牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第四章「吸血鬼の棲む城」

★招待状

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 ほとんど満月に近い大きく丸い月が光る夜。外では気持ちよさそうに鈴虫が鳴いていた。

 =むにゃむにゃ=

 リリは目を瞑り、頭をふらふらと揺らしている。そろそろ眠くなる時間だ。

「リリ、まだ寝ちゃダメだ。ほらシャワーに行くぞ」
 =んむ~~・・・=

 今日は一週間に一度のシャワーの日だ。この日だけはリリの体を隅々まで洗うようにしている。

(放っておくとすぐに泥だらけになるからな...)

 リリを抱きかかえ、シャワー室に向かった。

 =しゃわー、めがイタくなるからいやー=
「我慢しろ、体を綺麗にするのは大事な事なんだぞ」
 =ううールトにいもいっしょ?=
「ああ、俺も一緒だ」
 =んむう・・・じゃ、リリいく・・・=

 リリは生まれてすぐ奴隷になったため、シャワー以前に、体を綺麗にするという行為の意味すらわかっていない。だからシャワーは苦手らしく、最初の数回はかなり引っ掻かれたものだった。

「あ、そうだ。」

 エスの様子を見に行ってみようか。自室からシャワー室へ行く時、どうせ一階に降りるのだし。リリも「エスと会いたい」と言ってきたので一緒に礼拝堂に向かった。

「おーい、エス?・・・ってあれ」

 昼間いたはずの場所にエスはいなかった。礼拝堂の中を見回すがどこにもいない。

(・・・帰ったのか?)

 何も言わず去られたのは少し寂しいが、エスにはエスの都合があるし、状況が改善されて元の場所に戻れたのならそれはエスにとって良いことなのだ。俺も喜ぶべきだろう。

「釈然としないところはあるけど、まいっか」

 仕方なくシャワー室に向かった。


 ***


 =ううーーめにしみるー!=
「暴れるなリリ!余計入っちゃうからっ」

 リリの毛を爪で引っ掛けないようにしながら、できるだけ優しく洗う。体が小さいので少しの手元のズレで泡がリリの目にかかってしまう。

(慎重に慎重に・・・でも手早く・・・!)

 手ですくった水をかけて泡を洗い流し、軽くタオルで拭く。

「よし!シャワーは終わり!」
 =わーーーーーい!=

 びゅーーん!とすごい勢いで飛んでいってしまう。

「あ!リリ!まだ乾かしてないから戻ってこい!風邪ひくぞ!」

 何度か声をかけるが、一向に帰ってくる様子がない。仕方なくシャワー室から出て、念の為にタオルを腰にまいた。そしてリリを探すべく廊下に出る。

「おーい、リリー!リリどこいったー!?」
「おおっと、セクシーショットじゃん」
「げっ、ザク!」

 廊下の先から顔を出したのは、見たくもないあの赤髪男だった。せめて猫であってくれればよかったのだが。

「けけっ」

 人型でニヤニヤと笑いながらこっちに来る奴からは邪念しか感じられない。自ずと後ずさる。

「近寄るな!」
「ひでえなあ~同居人に近寄るなはねーだろ?でも、まあ、警戒してくれんのは嬉しいぜ」
「...っ」

 いつの間にか、壁を背に追い詰められてしまう。これが俗に言う、壁ドン状態か。とかなんとか考えてるうちに奴に顎を掴まれ上に向かされる。すぐそこに赤い瞳があり目が離せなくなる。

「俺様を男として見てる証拠だな」
「...危険人物として認めただけだが?」
「っけけ、減らねー口はこうしてやる」
「なにっんむぐっ?!」

 何の前触れもなく口付けられる。

「んんっ・・・!」

 先の割れた舌が入ってきてビクリと体が揺れた。壁に寄りかかりつつ両手でザクの体を押し返そうとする。けれど結局体格の差なのか力の差なのか両手ともども壁に縫い付けられて、深く、荒々しいキスをされてしまう。

「...っふ、う...んう」
「はは、顔真っ赤」
「..っうる、さ・・・っんん!っふは、んっ、、、くる、し、っもういいだろっ」

 これ以上はリリが戻ってくる危険が。

「まだ満足できねーな」
「ざっ、んんっ!」

 反抗するために口を開けば奴の舌がより奥へと入ってくる。

(ああもう!)

 噛み切ってやりたい所だけど、目の前の悪魔相手に、その程度の攻撃じゃ効かないのはわかりきっている。しかもそのあとの反動のことを考えると大人しくキスに応えてる方が何倍もマシな気がする。

「んん・・・んっ、ざ、く」

 抵抗を弱め、早く終わるよう心の中で祈った。あと、リリが戻ってこないようにも。

「ふっ、く、んん」

 舌が口の中から抜けていき、体も離れていく。

「はあ...はあ..」

 やっと解放され、床に座り込むようにして息を整えた。ふと顔を上げると、見下ろしていたザクと目があう。

「ハア、はあ・・・・なん、だよ」
「なんかキスしてる時気づいたけど、お前から男の匂いがする」
「!!?」

 男の匂いって...今シャワー浴びたばかりなのに?!と焦って、腕で匂いを確かめてみるが自分的には石鹸の香りしかわからない。

「・・・バンとかには、昼間会ったけど」

 シータ&ラルクさんも一緒だったし男の匂いがするのもおかしくない。そんな匂いが付くほど接近した覚えはないけども。俺の答えを聞いたザクは納得できないというような顔でこっちを見つめてくる。

「いや、知らねー匂いだ」

 しゃがんで首元に顔を近づけてくる。ザクの前髪が首をかすりゾクリとした。

「はなれっろ!ばか!」

 押しのけようと腕を伸ばすが抵抗の甲斐無く、奴は首に顔を埋めたままずっと匂いをかいでいる。

 くんくん

 お前は犬か!と叫びたくなる衝動を押さえ、視線だけ廊下の方に逃がした。するとゴミ袋の横に置かれた新聞の束に目がとまる。

「...あ、そういえば、エス」

 今の今まで忘れていた事を思い出した。

(そうだ、エスとは結構近づいたな)

 教会の裏で話したときとか。

「エス?誰だそれ」

 ザクが不信感たっぷりに睨みつけてくる。

「えっと、エスとは教会の前で会ったんだけど・・・困ってたみたいだから礼拝堂に案内したんだ、少しここにいたらってさ」
「なっ、いつの間にまたお前は怪しい奴と...」
「う、うるさいな!今回は俺のせいじゃない!いや、そもそも基本的に俺はいつも悪くないし!」
「はあ...」

 大げさにため息をつかれてしまった。

「あのなあ、悪魔の世界でもそうだが、絡まれやすい奴ってのは外見がいいってだけじゃなくてだな」
「?」
「その心に悪魔の立ち入れる隙間があるとか、警戒心が薄いとか、ガードが薄いとか、警戒心が薄いとか他の理由もあるわけでな」

 なんで二回言ったし。

「でも俺、警戒心強いと思うけど」

 知らない人間とか関わりのない人間には極力冷たくしているし。

「全然、こっちからしたらゆるゆるだな。指突っ込んでぐちゃぐちゃにしたくなる」
「っへ、変な言い方するなよっ!!」

 足で思いっきり蹴り飛ばしてやる。

「おっと(避ける)・・・って、あ、おい!ルト!」

 ようやく体が離れ自由になった隙に急いで廊下を駆け抜ける。そしてそのまま自室へ。

 バタン!!

 扉をしめ、廊下の方に耳を向ける。足音はしない。

(ふう...助かった...)

 床に座り込みながら額の汗を拭った。

「なんなんだよ、もう」

 熱くなった頬に手をあてる。

「ったく、油断も隙もない」

 悪魔というだけある。こういう時だけ悪魔ぶられても迷惑でしかないけど。

「はあ、・・・寝よ」

 部屋ですやすやと寝息を立てる小鳥に毛布をかけ、俺もベッドに向かう。布団に体を滑り込ませ目を瞑った。一日で色んな人と出会い疲れていたのか、俺はあっという間に眠りについてしまった。


 ***


「また出たぞ、血を抜かれた死体」

 バンがコーヒーを飲みながら話す。目の下には黒いクマが残っていた、また徹夜でもしたのだろう。

「死体・・・」

 今日はやけに静かだと思ったら教会の窓から鳥の声が聞こえない事に気づいた。窓の外を見ると確かに鳥たちの姿は見えたが、一向に鳴こうとしない。まるで何かを恐れているようだった。

「嵐でも来るのかな...」
「ん?ルト何か言ったか?」
「あ、いやなにも!で、他に情報とかはあるか?」
「うーん、それがな色んな情報が行きかっててどれが正しいのやら...って感じなんだよ」
「それを見極めるのが仕事だろ」
「おっしゃる通りで」

 ため息をつき、お手上げだというように手をあげる。

「正しい情報ねえ・・・ああ、そういや、事件現場の近くでパーカー服の男が出入りするのを見たとか聞いたな。他のとこでもこの情報だけは必ず耳にしたからこれは信じられると思うぞ」
「...パーカー服の男」

 その言葉を聞いて俺は、エスの顔を思い出してしまった。

(いや、そんなわけ...ない)

 頭をふって今しがた浮かんだ思考をかき消す。

「ルト?どうした」
「なんでもない」
「顔色が悪いぞ?大丈夫か」
「平気だって」

 実際は平気じゃなかった。動揺してたし、いろいろ考えてしまう。

(エス、お前・・・)

 昨日の夜、教会からいなくなってたけど、まさかそれって...

 ぽん

 と頭に大きな手が置かれる。そのあと、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられた。

「~なにするんだ!」
「大丈夫だルト、怖い事なんか起きないって」
「いや、別に怖いわけじゃ...」
「隠さなくてもいいんだぞ?」
「隠してないし!」
「はいはい、じゃあ今はそういう事にしておこう。そうだ、いい話もあるんだぜ?」

 バンが目の前に白い紙を掲げてきた。

「これは?」

 よく見るとそれは手紙だった。相当いい紙を使っている上に、今時珍しい蝋でとめたタイプのもの。既に開封済みだったので、一度バンの方を見て(頷いてる)から手紙に手を差し込んだ。

 ひらり

 抜き出した紙を表にして、文字を目で追っていく。

『やあ、諸君、
 忌々しい太陽の下、
 勤労の義務を果たしているかね

 どうやら近頃、
 街では恐ろしい殺人事件が続いているようだ
 しかもそれが吸血鬼の仕業だと噂されているとか

 我々一族も
 今回の事件には胸を痛めている

 我々の仲間がそのような野蛮な犯人扱いされては悲しい
 どうかこの機に、話し合う場を作ってもらえないだろうか
 場所はこちらが用意しよう

 満月の夜、
 我が城にきたまえ

 ジキルハート・エスタック』

 というところで手紙は終わっていた。

「すごいだろう?伯爵から直々の招待状だ。街中でばらまかれてるんだよ、この手紙」
「ふーん・・・」

 この手紙を街でばらまいてる、ねえ。

「伯爵は自分の無罪を証明するためにこんな見え見えのアピールを?」
「多分な、ちょっと遅すぎるような気がするが」
「確かに」

 すでに吸血鬼の噂は街中に広まっている。こんな状況でアピールされても、逆に怪しさが増すだけだ。バンと共に首を傾げる。

「そうとも限らねえぜ」

 キッチンの入口からザク(人型)が現れた。

「ザク!」
「あいつらの事だ、何考えてるかわかりゃしねえよ」
「あんた伯爵と知り合いなのか?」

 バンが驚きで目を丸くしている。その驚きは、教会にザクが住みついている事に関してか、ザクの話の内容に対してなのかはわからない。

「伯爵はしらねえけど、吸血鬼の事ならどんな奴らかぐらいは知ってる」
「ん、その言い方じゃ吸血鬼は存在するって前提なんだな」
「はあ?今更何を言ってん、イッテ!!」

 ザクのすねを思いっきり蹴る。そして耳を引っ張り自分の口に近づけた。バンには聞こえぬようヒソヒソと耳打ちする。

「バンは、悪魔とかそういうの、信じないタチだから!」
「っけ、情報屋なのに視野せめーな」
「ラルクさんとシータが珍しいだけだ!」

 悪魔に魅入られた者たちは何も怪しむことなく悪魔を信じこむが、バンは普通の人間だ。信じないのが正しい反応だろう。

「おっとそういえば、もう一つ言い忘れていたな」

 何も知らないバンが口を挟んでくる。

「昨日調べたことの追加で、伯爵自身のことについてなんだが」
「!!」
「伯爵はかなりの金持ちらしくてな、城をいくつも持ってるぐらいのレベルだ。そしてその大量の金を街に送り込んでるらしい」
「カラドリオスに?何故?」
「それがわからないんだ。10年前の新街改革のときも貢献していたようだし、最近の話で言えばスネーカーの件も関わっていたらしい。といっても伯爵は金を送るだけで表舞台には一度も出てこなかったようだが・・・」
「新街改革、スネーカー・・・」

 伯爵にとって関係ないことばかりじゃないか。どうして金を送り込む必要がある?

「だから変人だっていっただろ、昔から何がしたいのかよくわかんねー奴等なんだよ」

 ザクが呆れたように口を挟んでくる。そして「関わるだけ無駄だ」と付け足した。

「・・・」

 ザクの言い分もわからなくもないが、悪魔像の事もある。それにスネーカーの事も、呪われた教会に配属された牧師として色々言及してやりたい。

(そして、情報を聞き出すんだ)

 そのためには直接会って話すしかない。

「・・・」

 手元にあった手紙を見下ろす。

 “場所はこちらが用意しよう。満月の夜、我が城にきたまえ”

 このタイミングで招待状が配られたのは俺にとって都合が良い。これを利用しない手はないだろう。

「二人とも、次の満月っていつかわかるか?」
「えーっと」

 バンが手帳を取り出した時だった。

「。。。明日だ」

 ザクでもバンでもない、ぶっきらぼうな声が礼拝堂に響く。

「!」

 急いで振り返ると、そこには・・・昨日と同じでフードを深くかぶった状態の、黒くてボロボロのパーカーを着た青年が立っていた。

「・・・エス!!」

 俺は安堵するとともに、不安が胸をよぎった。

 (昨日、どこにいっていた、なんて・・・俺が言える立場じゃないし何より答えてもらえないだろうけど、でも・・・)

 やっぱり聞きたい。エスの無実を本人から聞いて安心したい。でも俺は口を噤んだまま下を向いてしまった。

「明日の夜、月は満ちる」

 エスの言葉で先ほどまでの会話を思い出す。そうだ、満月はいつかって話をしていたんだった。

「じゃあ城に行くのは明日になるのか、意外にすぐだな...」
「え、ちょ、ちょっと待てくれルト!」

 珍しくバンが焦った様子を見せる。

「その男は誰だ?というか城に行くつもりか??」
「ああ、行くよ、教会の人間として見届ける義務がある」

 そういって大きく頷いた。それからザクの方に視線を移す。

「・・・」

 ザクは鋭い瞳でエスのことを睨んでいた。エスもそれに対抗するかのようにザクを睨み返している。お互い今にも掴みかかりそうな勢いだ。堪らず俺はエスとザクの間に入り腕を広げた。

「し、紹介が遅れたけどこっちはエス!訳あって少しの間教会で匿ってるんだ。・・・な?エス」
「。。。」

 小さく頷くエス。バンとザクは信じられないというような顔で俺たちを見ている。その視線に耐え切れず、俺はぼそぼそと言い訳するように呟いた。

「えっ、エスは悪いやつじゃないから!」
「なぜそう断言できるんだ?」

 いつのまにかバンが立ち上がっていた。腕を組んだ状態で瞳をすっと細める。いつもにこにこと笑っている分、笑顔がなくなると雰囲気が大きく変わった。

「この時期に匿ってほしいだなんて怪しすぎる。しかもその服・・・」

 バンの視線がエスのパーカーに注がれる。その瞳は驚くほど鋭い。

「殺人事件の近くで見かけた男も黒いパーカーを着ていたよな」
「!!・・・で、でも」

 バンを説得しようと口を開くが結局何もいえなかった。黒いパーカーを着ているのは逃れようもない事実だし、昨日の夜姿を消していたことも・・・本当は俺も気にかかっていた。

 (でも、でも・・・リリがあんなに心を開いてたし、何より…俺も・・・)

 それでも諦めきれず、必死に言葉を探す。

「いい。怪しまれて当然だ」

 エスが俺の肩に手を置いた。でも、と反論しようとすればもう一度「いいんだ」と囁かれる。

「エス・・・」
「オレが出ていけば問題ない」

 そう言ってエスはフードを脱いだ。綺麗な顔が朝日に照らされよく見えるようになる。

「世話に、なった」

 そっと俺の手のひらを掴み

 ちゅっ

 口付けてきた。

「?!」
「この恩は、忘れない」

 膝をつき、かしずくような姿勢で見上げてくる。まるで王子のような仕草に、バンもザクも皆目を丸くしていた。俺だけはそれに加えて“顔を真っ赤にしている”というオプションがついている。

「~~~~!!」
「じゃあ」

 口付けた割には、あっさりとした態度で去っていく。

「あ、ちょ、ちょっと!エス!」

 放心してる二人を置いたまま、俺は急いでエスの後を追った。教会の出口辺りでやっと追いつく。

 ぐいっ

 パーカーの裾を引っ張り、無理やり引き止める。

「おい、エス!待てってば!」
「。。。なんだ」
「このまま教会を出て大丈夫なのか??誰かに追われていたりしていたんじゃないのか?バン達なら俺がなんとか説得するからエスも」
「はは」

 エスが低く笑った。

「ルトはいい友人を持ってるな」
「バンのことか?うん、自慢の…友人だよ」
「。。。赤髪の方は恋人か?」
「なっ、はあ?!!どこをどう見たらそうなるんだ?!」
「雰囲気的に」
「~~~~っ、ぜったいっ違う!断じて違うからな!今までもこれから先もありえないから!!」
「。。。」

 エスは無言のまま俺をじっと見つめてくる。今はフードが外れて顔が見えているため無言でも怖くない。本人は脱げているのに気付いてないのだろう。

「そうか」

 エスは何故か嬉しそうに頷いた。

「?」
「じゃあ、ルト、オレはそろそろ」
「気が変わることは・・・」
「ない。ルトにこれ以上、迷惑をかけられない」

 大事な恩人だからなと微笑んでくる。ここにきて優しい顔ばかり見せるなんてひどい奴だ。

「わかったよ・・・その代わり、また顔見せに来いよ」
「。。。ああ」

 何を思ったのか、エスが目の前に手をかざしてくる。何?と首を傾げていると

 すっ

 手の中に“金色の鈴”があらわれる。

「困ったとき、これを鳴らせ」

 俺の手に押し付けてきた。

「え?くれるのか?で、でも」

 シンプルな作りだがそれがとても高価なのは触ってみてすぐにわかった。そして、エスにとってこれが大事なものだということも、鈴に付けられたリボンの使い込まれ具合を見て気づかされる。

(いいのか、こんな大事そうなもの、もらっちゃって・・・)

 試しに鳴らしてみた。

 ちりーん――・・・

 心地の良い音が響く。

「それを鳴らせば、いつでも駆けつける」
「...!」

 こんな小さな音聞こえるのか?と疑問に思ってしまったのは内緒だが、俺はその言葉が嘘だろうが何だろうがどちらでもよかった。これは、エスが俺にくれた“気遣い”の証拠だ。エスの優しさや思いやる気持ちが詰まっている塊なのだ。

(こんな事をしてくれる奴が吸血鬼事件の犯人なわけない)

 そうわかると胸のつかえが取れたように頭の中がはっきりとした。エスは犯人じゃない。わかりにくいけど優しい奴なんだ。胸の前でぎゅっと鈴を握り締め、確かめるように何度か頷いた。

「ありがとう、エス」
「。。。」

 エスは優しい顔のまま小さく頷き、教会を去っていった。

「ルト、俺はしばらく奴に張り付く」
「うわっ?!」
「ルトの知り合いっぽいから一応言っとくな」

 後ろから音もなく現れたバンに驚く。でもそれ以上に、言葉の内容に驚いた。そんなにエスの事を疑ってるのか。

「ルトがあれだけ庇うなら俺だって信用したい、でも俺は情報屋だ。自分の目で見て確かめないと気がすまない、悪いな」

 神妙な顔で謝られ、俺は何も言えなくなってしまった。

(・・・まあ、そうだよな)

 情報屋として、あんなに怪しい奴がいたら目を離すわけにはいかないのだろう。走ってエスを追いかけるその後ろ姿をため息混じりに見守った。

 =見てみて~!ルトにい!=
「ん?」

 鈴をポケットにしまい、声のした方に顔を向ける。リリが力いっぱい羽ばたきこっちに向かってきていた。その足には虫が握られている。

「うわあ!!虫っ!!」

 虫は無理だ!特に柔らかそうな虫は無理!!俺はリリ(の持つ虫)の突進から逃げ出した。

 =なんでにげるの~~=
「っく、くるなあ!」
 =ルトにいもおにごっこしたいの~?じゃ、おいかける~=
「うわーっ」
「けけ、なーにやってんだか」

 二階の窓からザクが呆れたように見下ろしてくる。窓枠に手を置いたと思えば、前触れもなく飛び降りてきた。

「うわっ、足折れそうな折り方」
「けけ、これぐらいじゃ折れねーよ」
「さすが悪魔...」
 =ルトにい~~=
「ハッ忘れてた!うわ!!っくるなあーー!」

 背後からまた声が聞こえて俺は飛び上がる。ザクも笑いながらそれに便乗して虫を持って追いかけてきた。俺たちはそうしてひとりしきり鬼ごっこをしたあと、雨に降られびしょ濡れになって教会に戻ったのだった。
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