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第八章「迷えるキマイラ」
牧師の魂
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ドンッ!!
両方が同時に飛びかかった。それを固唾を飲んで見守ってると
「ます、たー」
「?」
足首に冷たい何かが巻きついてくる。俺はゾッとして下を向いた。そこにはまだ幼い少女。ナース服の助手が倒れていた。
(いつの間に?!)
俺の足に指をかけて必死に揺すっている。きっと俺をアルベルトと勘違いしてるのだろう。
「ますたあ」
「違う、俺はアルベルトじゃないよ」
そっと傷つけぬよう気をつけながら指をどけようとすれば、急に彼女の指が消え――俺の腕をガバッと掴んできた。
「?!」
「マスター、今のうちに」
少女は背後を見て淡々という。その言葉通りアルベルトは迷わず、俺を切ろうとナイフを振り下ろしてくる。彼女に当たることをなんの躊躇もしていない動きだった。
「お前っ…!」
「ハハハ!君には人質になってもらう!!」
「!!」
グガアアアアアアア!!!
「覚悟し、ぐええっっ?!」
「うおーっと」
キメラによって吹き飛ばされたザクが、アルベルトの体にぶつかった。その勢いでナイフが草むらの中に消えていく。もちろんアルベルトも思いっきり顔から転んだ。
「マスター」
焦ったように少女はアルベルトに駆け寄っていく。俺はそれを追いかけることはせずザクの方を見た。
「ザク!」
「大丈夫か、ルト」
「ああ、なんとか…」
「けけけっ、とお、あぶねえ!」
楽しそうにキメラの攻撃を避けては拳を振り上げる。あっちは心配いらないだろう。問題はこちらだ。先ほどの衝撃で未だ蹲っているアルベルトに近づく。
「あんたに、聞きたいことがある」
「っハア、ハア、クソッ」
「あの二人を戻す方法を教えろ」
「…吾輩を逃がしてくれるの、なら…いいだろう」
深呼吸をして、俺は頷いた。
「わかった」
「は…正気か?」
「ああ。このままじゃ彼女が可哀想だからな」
助手を見る。傷だらけになってもマスターを守ろうとする少女。彼女からは何の殺意も感じない。きっと全て男の命令で動いているのだろう。
「は、はは…お人好し、だな…哀れなほどに。いいだろう、ではこれを」
「?」
手渡されたのは血の入った小瓶だった。
「それはキメラ作成時に使用した時の貴重な血液だ。これなら悪魔と交渉できるだろう」
「わかった、で、悪魔は?」
「今呼ぶ。少し待て」
震える手で指を鳴らす。
パチン
乾いた音が響いた瞬間。あたりに黒い煙が漂ってくる。嫌な空気。これは何度も経験してる。悪魔の気配だ。そう感じた次の瞬間には
『お呼びかなあ?旦那』
先の割れた舌を口の端から覗かせる、着物を何重にも着た悪魔が現れた。なんとなくだが、雰囲気が堅物っぽい。仰々しくアルベルトにお辞儀をしてから顔を上げる悪魔。
「この、少年がお前に用があるそうだ」
『ほう?これはこれは、噂の人魚の娘ではないか』
「...」
また人魚か。今はそんなのどうでもいいけど
『ワタシはあまり無駄なことをしたくないタイプだ。それを踏まえて簡潔に話しておくれよ?人魚の娘』
「..とりあえず俺は男だ」
『人間の雄雌に大して差はなかろうに、まあよい』
「俺の願いは一つ、あのキメラを元の姿に戻して欲しい」
『ほほう?』
これはこれは、と俺の顔を見てくる。
「この血があればなんとかなるはずだ」
『確かにその処女の娘の血があれば、一回分の願いは叶えてやれる。だがキメラを人に戻すとなると話が違う』
「なっ…なんでだよ!」
『もう契約は行われたものとして処理されている。それを“はい、さっきのナシ”と消すことなど不可能だ』
「わからず屋め!」
『減らず口というのさ』
ニヤニヤと笑う悪魔。しかし、本当にその通りだ。もう双子は契約を終えてその願いも叶ってしまった。
(叶ったとは言えないだろうけど)
どんな形でさえ、彼らは今生きている。火事の中で死に掛けた二つの命が生きているという、この現実は変えようがない。
(でも、ここで俺が諦めるわけにはいかない...!!)
拳を握り締め、必死に思考を巡らし何かいい案はないかと考える。
『では、こうしよう。あのキメラが願えばその血を媒体に叶えてやる。』
「えっ」
信じられない気持ちで悪魔を見る。それをニヤニヤ笑って見下ろす悪魔。どうせ無理だと顔に書かれてあった。
『願えば、な?』
「き、聞いてくる!」
悪魔の気が変わらないうちにと、俺は走る。すぐにキメラとザクに駆け寄り声をかけた。
「カプラ!!リオ!聞こえるか?」
「無駄だぜ、こいつら。考えるのを停止してやがる」
「なっ...なんとか正気に戻せないのか?」
「なってたら今ここで戦っちゃいねーだろ」
「うっ...」
ギガアアア!!!
鼓膜を破りそうなほどの咆哮が森を包む。それが止んでから俺はもう一度声をかけてみたが反応は無い。
「くそっ...」
『ほらな?もうアヤツラは人に戻りたくないのだ』
「違う!そんなわけない!」
それだけは言える。双子は絶対に人間に戻りたがってる。じゃなかったらあんなに苦しそうにはしないはずだ。獣でいいのなら、衝動のままただ暴れ回ればそれで終わるのだから。
「カプラも、リオも、ほんとは聞こえてるんだろ!」
「おいルト!あんま近寄んなって!」
近づいていく俺を背中で押し戻そうとするザク。それを押しのけ俺は前に出た。手を平げ攻撃の意思はないと伝える。
「だって、さっき俺を助けてくれたもんな、アルベルトに刺されそうになった時、ザクを放り投げて...そうだろ?」
びくりと俺の言葉に反応を見せるキメラ。目を血張らせ吠えるだけの獣に一瞬だけ理性が映った。
「ここに来たのも、俺を助けに来てくれたんだろ?マッドハンドの時みたいに!」
「ガ...アアア...っ!!」
キメラはぶんぶんと頭を振り、必死に俺の声をかき消そうと吠えた。それでも構わずに続ける。
「きっと、俺に牧師さんを被せてたんだろ?それでもよかった、嬉しかったよ」
「アア、ア...」
「お前らは誰が何と言おうが、優しくて、馬鹿みたいに嘘の下手な奴らだよ!・・・だから、カプラ、リオ、・・・戻ってこい!!」
「..ア.....」
膝を地面につき、鋭い爪を地に突き立てる。次の瞬間、搾り出すような声が聞こえてきた。
「...だめ、だ・・・おれたちには・・・そんな資格、ないんだよ」
「なんでだよ?!そんなわけがっ」
「牧師さんの命を使って、のうのうと生きてるおれたちに...!!」
「?!」
キメラはそこで完全に戦意を喪失させたのか、黙り込んでしまった。どういうことだ、牧師の命を使った・・・?
『そう、このキメラは死にかけの双子ととある牧師の命を材料にできている。代償はなんでもいいといったからな?』
ちょうど近くにあったから使わせてもらったのだよ、と悪魔は悪い顔で笑った。
「だからって、そんな!!助けようとした人の命を使うなんてっ・・!」
『ワタシに人間の感情原理をとわれても知らぬ。ワタシは言われたことをしただけだ』
「...」
『さあ、ワタシは帰るぞ』
キメラと俺を見て、悪魔はそう言った。もうここにいても意味はないと悟ったのだろう。俺はその背中に小さく呟いた。
「...俺は」
『?』
「俺は、昔、小さな少女を巻き込んで死なせた。その上自分勝手な思いで、魂を鳥の体に移し替えて生きながらえさせた」
『ほう?』
キメラと悪魔の両方が俺を見てくる。そのあとの言葉を、一度飲み込んでからまた吐き出した。
「でも、俺は、後悔してない...将来リリに責められる覚悟もしてる」
「...ルト、先生」
「カプラとリオは覚悟がないからそんなに怯えてるんだろ?...人間に戻ったとき、牧師さんに責められたら、憎まれたらどうしようって恐れてるんだ」
「...っだって、きっと怒ってる」
キメラの瞳にはもう殺気はない。ただのカプラとリオの瞳がそこにあるだけ。
「本当にそう思うのか?」
「...え?」
「何の言葉も、浮かばない?」
「...っあ」
何かに気づいたかのようにキメラは震えだした。
「そういえば...キメラになる前、声が聞こえた」
「うん」
「助けなさいって」
「うん..」
「牧師さんから...」
「うん...」
「大事な人が...危ないって、教えてくれたんだ」
ポロポロと涙を流してキメラは拳を握り締めた。
「怒ってなかった、責めもしなかった...、どうして、おれらのせいで、死んだのに・・・っ」
「それはお前たちと同じ事を考えてたからじゃないのか?」
「え・・・」
「命をかけてでも守りたい、そう思ったんだろ」
「...っ」
『これは面白い展開になったな』
悪魔がふわふわと浮かびながらキメラに近づいていく。その手には血の小瓶が握られていた。
『愚かな者たち、人の体に戻りたいか?』
「...」
『そうすれば、お前たちと共に牧師の魂も解放される。その時罵られるかもしれんぞ?』
「っ!!!」
決意が揺らいだようにキメラは瞳を伏せた。しかし、次目を開いたときにはもう迷いはなかった。
「...戻して欲しい」
『いいのか?本当に?』
「ああ、全て覚悟している。おれも、おれも」
カプラとリオの声がそれぞれ聞こえてくる。それを聞いた悪魔はにやりと笑いその小瓶の中身を飲み干した。喉を鳴らし小瓶を空にする。そしてなにかわからない古代文字のようなものを空中に描いていく。すると
「...あっ」
キメラの体が光を放ち消えていく。そこからカプラとリオの姿が見えてくる。そして、もうひとり
「牧師さん...」
「牧師、さん」
恐る恐る声をかける二人。その前には、厳格そうな初老のお爺さんが立っていた。この人が二人が助けようとした牧師さんなのか。
『....ああ、これは神の奇跡だろうか』
「牧師さん、わかる?おれら」
「おれらカプラとリオだよ」
『わからないわけがないだろう。ああ、こんなに大きくなって…』
再会に喜んだの束の間、二人は項垂れながら謝る。
「ごめんなさい、牧師さん」
「おれら、あなたを...」
『バッカもん!!!!』
「ひいいっ!!」
「ごめんなさい!」
お爺さんは額に血管を浮かばせて怒鳴った。その声量に双子だけでなく俺も悪魔も驚いてしまう。
『生きてることを感謝せよ!あれだけ何度も教えただろうにもう忘れたのか?!』
「な・・・」
「え・・・」
二人は目を見開き、驚愕していた。
「...牧師さん、お、」
「..怒ってないの?」
『怒ってるだろう?!!きちんと反省するのだぞ!バカ息子たちよ』
あれだけ怒っていたのに、語尾は少し照れくさそうに優しく呟いた。それを聞いて双子は涙をあふれさせて
「...っ!」
「...はい」
お爺さんに抱きつこうと手を伸ばした。でもその手に掴めるものは何もなくてただ空を切っただけ。お爺さんはそれを見てゆっくりと頷く。
『さあ、もうワシはいく。カプラ、リオ、長生きをしなさい』
「はい」
「はい」
涙に濡れた顔をあげて、力強く答える二人。それを見て嬉しそうに皺を刻ませて笑った。
『そうすれば、もしかしたら生まれ変わったワシに怒鳴られる日々がまた来るかもしれんからな?ハハ――』
「あっ待って!!」
「行かないでくれ!」
双子が手を伸ばした先にはもう何もない。すでに誰も立ってはいなかった。けれど双子はしばらくそこから動くことはなく、ただ泣いていた。しばらくして双子が顔を上げた。
「...ルト、先生」
「ルト先生」
「なんだ?」
双子は涙で濡れた顔のまま、笑った。
「「――ありがとう」」
今まで見せていた笑顔が嘘だったかのように眩しい笑顔だった。
***
その後、保安官たちがやってきて色々問い詰められそうになったが、とっくの昔に姿を消していたアルベルトにすべての責任をなしつけてやるとあっさりと俺たちは解放してもらえた。これからはキメラではなくアルベルト自身を捜索するつもりだと保安官がいっていたので、もう双子の追っ手の心配もいらないだろう。事態はそうして終着したのだった。
「アイテテテ!ったーく、ちょっとは優しく」
「我慢しろ」
ザクの体に残る生々しい傷を消毒していく。いつもなら勝手に回復していくのにと俺が呟くと
「ゾンビにつけられた傷は特殊で、人間と同じで自然治癒を待つしかできねーんだよ。だからゾンビ系とは戦いたくねーんだ」
ゾンビの毒の影響らしいが日頃無敵とかいってるザクが珍しく傷だらけで、少し同情してしまう。
(せめて消毒ぐらいはしてやろう)
背中の端から端まで伸びた大きな引っ掻き傷を消毒しようと上着を脱がしていく。
「なんかルトに脱がされてるみたいで興奮すアタタタタっ!しみる!!」
「馬鹿言ってないでこっち向く」
ふざけるザクを黙らせるためわざと強めに処置してやる。背中側は終わったのであとは正面部分だ。へいへいと言って正面を向くザク。
「!」
すると、鍛えられた腹筋やら胸筋が目の前に現れた。ムカつくけど、見とれるほど美しい筋肉。俺、半分以下もないな…と、つい自分のお腹をさすってしまった。
「…」
「なんだよ、俺様の裸にみとれてんのか?」
「違う」
「ルトはもうちっと肉をつけた方が」
「あっ触んな!ばか!」
お腹にのびてきた手を振り払いまた消毒を再開する。
「あ、布が」
消毒液を浸していた布がきれてしまった。確か応急箱の下の方に入ってたはず。がさごそと箱を漁ってると、ふと首に暖かいものが触れた。ザクの舌だろう。
「…っおい、ザク」
それは俺の首をゆっくりと移動して襟元まできた。俺は箱を探る手を止めてザクの前髪をつかむ。そして親のかたきとばかりに思いっきり後ろにひっぱった。
「イーーっ!急にひっぱんなよー禿げたらどうする!」
「笑う」
「はあ?!そんなこと言うと襲うぞ」
「もう襲ってるだろ」
「いやいやこれは味見」
「死ね」
「けけ、まあいいじゃん、ただ手当てするだけじゃつまんねーし楽しいことしようぜ」
「一人でやってろ」
そうバッサリと切り捨ててやると口を尖らしてむうと言ってきた。猫の姿ならまだしも半裸の男にその仕草をやられても、まったく可愛くない。
「もういい、勝手にやるから」
「はあ?ちょ、触んなってっ」
ザクの手が腰に回され一気に焦っていく。じたばたと暴れると意外に素直に離してもらえた。距離をおいて睨み付ける。
「へー?逃げるのか、まだ消毒し終えてねーのにー?ま、いいけど、ルトは消毒もできない役立たずちゃんなんだなー」
「うう…」
「逃げ腰ルトちゃん」
「~ー…わかったよ!・・・やればいいんだろ」
「そう来なくちゃ」
腕を開いておいでおいでと俺を招いてくる。
両方が同時に飛びかかった。それを固唾を飲んで見守ってると
「ます、たー」
「?」
足首に冷たい何かが巻きついてくる。俺はゾッとして下を向いた。そこにはまだ幼い少女。ナース服の助手が倒れていた。
(いつの間に?!)
俺の足に指をかけて必死に揺すっている。きっと俺をアルベルトと勘違いしてるのだろう。
「ますたあ」
「違う、俺はアルベルトじゃないよ」
そっと傷つけぬよう気をつけながら指をどけようとすれば、急に彼女の指が消え――俺の腕をガバッと掴んできた。
「?!」
「マスター、今のうちに」
少女は背後を見て淡々という。その言葉通りアルベルトは迷わず、俺を切ろうとナイフを振り下ろしてくる。彼女に当たることをなんの躊躇もしていない動きだった。
「お前っ…!」
「ハハハ!君には人質になってもらう!!」
「!!」
グガアアアアアアア!!!
「覚悟し、ぐええっっ?!」
「うおーっと」
キメラによって吹き飛ばされたザクが、アルベルトの体にぶつかった。その勢いでナイフが草むらの中に消えていく。もちろんアルベルトも思いっきり顔から転んだ。
「マスター」
焦ったように少女はアルベルトに駆け寄っていく。俺はそれを追いかけることはせずザクの方を見た。
「ザク!」
「大丈夫か、ルト」
「ああ、なんとか…」
「けけけっ、とお、あぶねえ!」
楽しそうにキメラの攻撃を避けては拳を振り上げる。あっちは心配いらないだろう。問題はこちらだ。先ほどの衝撃で未だ蹲っているアルベルトに近づく。
「あんたに、聞きたいことがある」
「っハア、ハア、クソッ」
「あの二人を戻す方法を教えろ」
「…吾輩を逃がしてくれるの、なら…いいだろう」
深呼吸をして、俺は頷いた。
「わかった」
「は…正気か?」
「ああ。このままじゃ彼女が可哀想だからな」
助手を見る。傷だらけになってもマスターを守ろうとする少女。彼女からは何の殺意も感じない。きっと全て男の命令で動いているのだろう。
「は、はは…お人好し、だな…哀れなほどに。いいだろう、ではこれを」
「?」
手渡されたのは血の入った小瓶だった。
「それはキメラ作成時に使用した時の貴重な血液だ。これなら悪魔と交渉できるだろう」
「わかった、で、悪魔は?」
「今呼ぶ。少し待て」
震える手で指を鳴らす。
パチン
乾いた音が響いた瞬間。あたりに黒い煙が漂ってくる。嫌な空気。これは何度も経験してる。悪魔の気配だ。そう感じた次の瞬間には
『お呼びかなあ?旦那』
先の割れた舌を口の端から覗かせる、着物を何重にも着た悪魔が現れた。なんとなくだが、雰囲気が堅物っぽい。仰々しくアルベルトにお辞儀をしてから顔を上げる悪魔。
「この、少年がお前に用があるそうだ」
『ほう?これはこれは、噂の人魚の娘ではないか』
「...」
また人魚か。今はそんなのどうでもいいけど
『ワタシはあまり無駄なことをしたくないタイプだ。それを踏まえて簡潔に話しておくれよ?人魚の娘』
「..とりあえず俺は男だ」
『人間の雄雌に大して差はなかろうに、まあよい』
「俺の願いは一つ、あのキメラを元の姿に戻して欲しい」
『ほほう?』
これはこれは、と俺の顔を見てくる。
「この血があればなんとかなるはずだ」
『確かにその処女の娘の血があれば、一回分の願いは叶えてやれる。だがキメラを人に戻すとなると話が違う』
「なっ…なんでだよ!」
『もう契約は行われたものとして処理されている。それを“はい、さっきのナシ”と消すことなど不可能だ』
「わからず屋め!」
『減らず口というのさ』
ニヤニヤと笑う悪魔。しかし、本当にその通りだ。もう双子は契約を終えてその願いも叶ってしまった。
(叶ったとは言えないだろうけど)
どんな形でさえ、彼らは今生きている。火事の中で死に掛けた二つの命が生きているという、この現実は変えようがない。
(でも、ここで俺が諦めるわけにはいかない...!!)
拳を握り締め、必死に思考を巡らし何かいい案はないかと考える。
『では、こうしよう。あのキメラが願えばその血を媒体に叶えてやる。』
「えっ」
信じられない気持ちで悪魔を見る。それをニヤニヤ笑って見下ろす悪魔。どうせ無理だと顔に書かれてあった。
『願えば、な?』
「き、聞いてくる!」
悪魔の気が変わらないうちにと、俺は走る。すぐにキメラとザクに駆け寄り声をかけた。
「カプラ!!リオ!聞こえるか?」
「無駄だぜ、こいつら。考えるのを停止してやがる」
「なっ...なんとか正気に戻せないのか?」
「なってたら今ここで戦っちゃいねーだろ」
「うっ...」
ギガアアア!!!
鼓膜を破りそうなほどの咆哮が森を包む。それが止んでから俺はもう一度声をかけてみたが反応は無い。
「くそっ...」
『ほらな?もうアヤツラは人に戻りたくないのだ』
「違う!そんなわけない!」
それだけは言える。双子は絶対に人間に戻りたがってる。じゃなかったらあんなに苦しそうにはしないはずだ。獣でいいのなら、衝動のままただ暴れ回ればそれで終わるのだから。
「カプラも、リオも、ほんとは聞こえてるんだろ!」
「おいルト!あんま近寄んなって!」
近づいていく俺を背中で押し戻そうとするザク。それを押しのけ俺は前に出た。手を平げ攻撃の意思はないと伝える。
「だって、さっき俺を助けてくれたもんな、アルベルトに刺されそうになった時、ザクを放り投げて...そうだろ?」
びくりと俺の言葉に反応を見せるキメラ。目を血張らせ吠えるだけの獣に一瞬だけ理性が映った。
「ここに来たのも、俺を助けに来てくれたんだろ?マッドハンドの時みたいに!」
「ガ...アアア...っ!!」
キメラはぶんぶんと頭を振り、必死に俺の声をかき消そうと吠えた。それでも構わずに続ける。
「きっと、俺に牧師さんを被せてたんだろ?それでもよかった、嬉しかったよ」
「アア、ア...」
「お前らは誰が何と言おうが、優しくて、馬鹿みたいに嘘の下手な奴らだよ!・・・だから、カプラ、リオ、・・・戻ってこい!!」
「..ア.....」
膝を地面につき、鋭い爪を地に突き立てる。次の瞬間、搾り出すような声が聞こえてきた。
「...だめ、だ・・・おれたちには・・・そんな資格、ないんだよ」
「なんでだよ?!そんなわけがっ」
「牧師さんの命を使って、のうのうと生きてるおれたちに...!!」
「?!」
キメラはそこで完全に戦意を喪失させたのか、黙り込んでしまった。どういうことだ、牧師の命を使った・・・?
『そう、このキメラは死にかけの双子ととある牧師の命を材料にできている。代償はなんでもいいといったからな?』
ちょうど近くにあったから使わせてもらったのだよ、と悪魔は悪い顔で笑った。
「だからって、そんな!!助けようとした人の命を使うなんてっ・・!」
『ワタシに人間の感情原理をとわれても知らぬ。ワタシは言われたことをしただけだ』
「...」
『さあ、ワタシは帰るぞ』
キメラと俺を見て、悪魔はそう言った。もうここにいても意味はないと悟ったのだろう。俺はその背中に小さく呟いた。
「...俺は」
『?』
「俺は、昔、小さな少女を巻き込んで死なせた。その上自分勝手な思いで、魂を鳥の体に移し替えて生きながらえさせた」
『ほう?』
キメラと悪魔の両方が俺を見てくる。そのあとの言葉を、一度飲み込んでからまた吐き出した。
「でも、俺は、後悔してない...将来リリに責められる覚悟もしてる」
「...ルト、先生」
「カプラとリオは覚悟がないからそんなに怯えてるんだろ?...人間に戻ったとき、牧師さんに責められたら、憎まれたらどうしようって恐れてるんだ」
「...っだって、きっと怒ってる」
キメラの瞳にはもう殺気はない。ただのカプラとリオの瞳がそこにあるだけ。
「本当にそう思うのか?」
「...え?」
「何の言葉も、浮かばない?」
「...っあ」
何かに気づいたかのようにキメラは震えだした。
「そういえば...キメラになる前、声が聞こえた」
「うん」
「助けなさいって」
「うん..」
「牧師さんから...」
「うん...」
「大事な人が...危ないって、教えてくれたんだ」
ポロポロと涙を流してキメラは拳を握り締めた。
「怒ってなかった、責めもしなかった...、どうして、おれらのせいで、死んだのに・・・っ」
「それはお前たちと同じ事を考えてたからじゃないのか?」
「え・・・」
「命をかけてでも守りたい、そう思ったんだろ」
「...っ」
『これは面白い展開になったな』
悪魔がふわふわと浮かびながらキメラに近づいていく。その手には血の小瓶が握られていた。
『愚かな者たち、人の体に戻りたいか?』
「...」
『そうすれば、お前たちと共に牧師の魂も解放される。その時罵られるかもしれんぞ?』
「っ!!!」
決意が揺らいだようにキメラは瞳を伏せた。しかし、次目を開いたときにはもう迷いはなかった。
「...戻して欲しい」
『いいのか?本当に?』
「ああ、全て覚悟している。おれも、おれも」
カプラとリオの声がそれぞれ聞こえてくる。それを聞いた悪魔はにやりと笑いその小瓶の中身を飲み干した。喉を鳴らし小瓶を空にする。そしてなにかわからない古代文字のようなものを空中に描いていく。すると
「...あっ」
キメラの体が光を放ち消えていく。そこからカプラとリオの姿が見えてくる。そして、もうひとり
「牧師さん...」
「牧師、さん」
恐る恐る声をかける二人。その前には、厳格そうな初老のお爺さんが立っていた。この人が二人が助けようとした牧師さんなのか。
『....ああ、これは神の奇跡だろうか』
「牧師さん、わかる?おれら」
「おれらカプラとリオだよ」
『わからないわけがないだろう。ああ、こんなに大きくなって…』
再会に喜んだの束の間、二人は項垂れながら謝る。
「ごめんなさい、牧師さん」
「おれら、あなたを...」
『バッカもん!!!!』
「ひいいっ!!」
「ごめんなさい!」
お爺さんは額に血管を浮かばせて怒鳴った。その声量に双子だけでなく俺も悪魔も驚いてしまう。
『生きてることを感謝せよ!あれだけ何度も教えただろうにもう忘れたのか?!』
「な・・・」
「え・・・」
二人は目を見開き、驚愕していた。
「...牧師さん、お、」
「..怒ってないの?」
『怒ってるだろう?!!きちんと反省するのだぞ!バカ息子たちよ』
あれだけ怒っていたのに、語尾は少し照れくさそうに優しく呟いた。それを聞いて双子は涙をあふれさせて
「...っ!」
「...はい」
お爺さんに抱きつこうと手を伸ばした。でもその手に掴めるものは何もなくてただ空を切っただけ。お爺さんはそれを見てゆっくりと頷く。
『さあ、もうワシはいく。カプラ、リオ、長生きをしなさい』
「はい」
「はい」
涙に濡れた顔をあげて、力強く答える二人。それを見て嬉しそうに皺を刻ませて笑った。
『そうすれば、もしかしたら生まれ変わったワシに怒鳴られる日々がまた来るかもしれんからな?ハハ――』
「あっ待って!!」
「行かないでくれ!」
双子が手を伸ばした先にはもう何もない。すでに誰も立ってはいなかった。けれど双子はしばらくそこから動くことはなく、ただ泣いていた。しばらくして双子が顔を上げた。
「...ルト、先生」
「ルト先生」
「なんだ?」
双子は涙で濡れた顔のまま、笑った。
「「――ありがとう」」
今まで見せていた笑顔が嘘だったかのように眩しい笑顔だった。
***
その後、保安官たちがやってきて色々問い詰められそうになったが、とっくの昔に姿を消していたアルベルトにすべての責任をなしつけてやるとあっさりと俺たちは解放してもらえた。これからはキメラではなくアルベルト自身を捜索するつもりだと保安官がいっていたので、もう双子の追っ手の心配もいらないだろう。事態はそうして終着したのだった。
「アイテテテ!ったーく、ちょっとは優しく」
「我慢しろ」
ザクの体に残る生々しい傷を消毒していく。いつもなら勝手に回復していくのにと俺が呟くと
「ゾンビにつけられた傷は特殊で、人間と同じで自然治癒を待つしかできねーんだよ。だからゾンビ系とは戦いたくねーんだ」
ゾンビの毒の影響らしいが日頃無敵とかいってるザクが珍しく傷だらけで、少し同情してしまう。
(せめて消毒ぐらいはしてやろう)
背中の端から端まで伸びた大きな引っ掻き傷を消毒しようと上着を脱がしていく。
「なんかルトに脱がされてるみたいで興奮すアタタタタっ!しみる!!」
「馬鹿言ってないでこっち向く」
ふざけるザクを黙らせるためわざと強めに処置してやる。背中側は終わったのであとは正面部分だ。へいへいと言って正面を向くザク。
「!」
すると、鍛えられた腹筋やら胸筋が目の前に現れた。ムカつくけど、見とれるほど美しい筋肉。俺、半分以下もないな…と、つい自分のお腹をさすってしまった。
「…」
「なんだよ、俺様の裸にみとれてんのか?」
「違う」
「ルトはもうちっと肉をつけた方が」
「あっ触んな!ばか!」
お腹にのびてきた手を振り払いまた消毒を再開する。
「あ、布が」
消毒液を浸していた布がきれてしまった。確か応急箱の下の方に入ってたはず。がさごそと箱を漁ってると、ふと首に暖かいものが触れた。ザクの舌だろう。
「…っおい、ザク」
それは俺の首をゆっくりと移動して襟元まできた。俺は箱を探る手を止めてザクの前髪をつかむ。そして親のかたきとばかりに思いっきり後ろにひっぱった。
「イーーっ!急にひっぱんなよー禿げたらどうする!」
「笑う」
「はあ?!そんなこと言うと襲うぞ」
「もう襲ってるだろ」
「いやいやこれは味見」
「死ね」
「けけ、まあいいじゃん、ただ手当てするだけじゃつまんねーし楽しいことしようぜ」
「一人でやってろ」
そうバッサリと切り捨ててやると口を尖らしてむうと言ってきた。猫の姿ならまだしも半裸の男にその仕草をやられても、まったく可愛くない。
「もういい、勝手にやるから」
「はあ?ちょ、触んなってっ」
ザクの手が腰に回され一気に焦っていく。じたばたと暴れると意外に素直に離してもらえた。距離をおいて睨み付ける。
「へー?逃げるのか、まだ消毒し終えてねーのにー?ま、いいけど、ルトは消毒もできない役立たずちゃんなんだなー」
「うう…」
「逃げ腰ルトちゃん」
「~ー…わかったよ!・・・やればいいんだろ」
「そう来なくちゃ」
腕を開いておいでおいでと俺を招いてくる。
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〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
ばぶばぶ保育園 連載版
雫@不定期更新
BL
性癖全開注意で書いていたばぶばぶ保育園を連載で書くことにしました。内容としては子供から大人までが集まるばぶばぶ保育園。この園ではみんなが赤ちゃんになれる不思議な場所。赤ちゃん時代に戻ろう。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
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