牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十六章「カラドリオス街長選挙」

もう一つの家

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『――はいもしもし』
「!!」

 声が聞こえた。寝起きのようでかなり声が低かったがすぐにわかる。バンの声だ。

「っば!バン!お、俺…」
『…ああ、ルトか』

 そういって何か布のこすれるような音がした。姿勢を正したのかもしれない。声の位置が変わった。

『それで、どうした?』
「えっと…、」

 ぶっきらぼうなバンの言い方から、早く切れと言われているような気がして…俺はうまく言い出せなかった。私用の、あまり人に使わせない電話にかけてまで話す内容だったのかと今さら不安になる。

 コトン!

 わたわたしていると手に持っていた箱を落としてしまう。そうだった、と我に返る。

「急にごめん。実はアイザックさんから物を預かってて…渡してほしいって言われたんだ」
『……そうか』

 そこでバンは黙ってしまった。

(あれ…やっぱなんか今日のバン、怒ってる…?)

 俺は沈黙に耐え切れず拾い上げた箱を指先でいじりだした。右に左に押してみたり…って、ヤバイ、今更だけどこれ割れ物とかじゃないよな…。渡される時注意されてないし多分大丈夫だと思いたいが…。

『ルト。手間をかけて悪かったな。受け取りに行きたいんだが…今、出歩くのはちょっと…避けたくてさ』

 バンの実家に送りつけるわけにもいかないし、バンの一人暮らし?してる家の場所も知らないし、俺が届けにいくことはできない。となるとバンに来てもらうしかないのだが…動けないのなら仕方ない。

「そ、そっか…!落ち着いたら教会に来てくれたらすぐ渡ーー」
『だからルトがうちにきてくれないか?』
「…え?」

 まさかの申し出に体も思考も止まる。ぶっちゃけ時も止まっていた気がする。え、バンさん、今なんですと?

「ば、バンの家って…前に行ったあの大きな屋敷?」
『違う。いいかルト。今は間違ってもあの家に近づくなよ。絶対面倒なことに巻き込まれるからな』
「う…うんわかった…でもそしたら、うちってまさか」
『俺の家だよ。街にもう一つあるって言っただろ』
「!!」

 そう、つまり。バンが普段住んでる家の方に招かれたという事だ。

 (秘密の連絡先の次は、家まで…?!)

 妙にドキドキしてきた。あのバンだし変な意味はないんだろうが、俺でいいのかとそわそわしてきた。まあ、バンが求めてるのは俺のもってる「アイザックさんから渡された箱」なんだろうけども、それでも嬉しいのと戸惑いで落ち着きがなくなった。

『今から住所を伝えるから、すぐに来れるか?』
「い、行ける!」
『じゃあ…』
『ねえバン、お昼どうする~?』
「?!」

 ふと、バン以外の声が聞こえてきた。しかもそれは若い女性のもので、若干の気まずさに包まれる。

(え…?)

 驚きで言葉を失っていると、電話の先でバンが声をかけた。

『いや、いい。もうルカは帰ってくれ』

 声が曇ってるから女性の方を見ているのだろう。しかも、その受け答えが敬語ではなく、親しい相手に見せるぶっきらぼうな態度なのだ。驚いて固まったまま、これ俺聞いてていいのかな、と不安になってくる。

『なによ~やることやって用無しってわけ~』
『そうじゃ…いや、そうだな、今電話中だから見送れない、悪いな』
『もーいいわよ、いつものことだし』

 そこまで聞いたところで気まずさが限界になり俺は静かに受話器を下に向けた。これでバン達の声は聞こえない。ふうっと大きく息を吐く。

(やることやる、か…やっぱりバンも…女性とやってるんだ)

 また一人仲間がいなくなってしまった。いや、バンは元々女性だけって言ってたし…当たり前のことを再確認しただけなのだ。意気消沈する方がおかしい。

「…」

 でもどうしてか、家を教えてもらえる嬉しさなんかもうどこかに吹き飛んでただ虚しさだけが心に残るという謎の感情になった。

『ルト?聞いてるか?おーい!ルトー!』
「うわあっ!き、きいてるきいてる!」

 大きめの声が漏れてきて受話器を持ち直す。

『ちゃんと俺の話聞いてたのか?…じゃあ、さっき言った住所に今から来てくれるか』
「ッご、ごめん、やっぱ聞いてない!女性との会話聞いてるの気まずくて下に向けてました!!もう一回住所教えてください!」
『ははは、最初からそういえばいいのに』

 笑いながら軽口を言われる。いつもの感じが戻ってきた事に少しだけホッとする。

(ほんと、何勝手に落ち込んでるんだ俺は)

 今日はこの箱を渡せればいいんだ。何も問題ない。ささっとバンに渡して教会に帰ろう。そう決心して俺は言われたとおりの住所に向かうのだった。


 ***


「…ここで合ってるよな…」

 何度もメモと目の前の景色を確認する。そこに書かれた住所は、確かに間違いなく今立ってるこの場所をさしていた。

「で、でも…」

 俺が今いるこの場所は、旧市街地との狭間の薄暗い空間だった。こんな所にバンが暮らしているのか…?と不安になる。しかも住宅といえそうなものはほとんどなく、窓が割れていたりドアがなかったりで、人が住んでるのかも疑うレベルだ。

「まさか…い、いや、バンが嘘を吐くわけないし…とりあえず黄色いドアを探そう」

 目印に黄色いドアがあるからと言われていたのだ。キョロキョロとあたりを見回し、それらしいものを探す。軽く歩いてみると

「よー、おじょうちゃん、俺とあそぼーぜ」
「だめだぜこんな危ないところに入り込んだら」

 怪しい店の前にいたチャラ男たちが近寄ってきた。無視して進む。格好だけ見て女と勘違いしたのか、それとも男好きなのか。どっちにしろ相手にするつもりはない。無視して進む。

「おいおい無視はさみシーんだけどー」
「なあ、誰か探してるなら俺ら手伝ってやろうか?」

 追いかけてきて馴れ馴れしく肩を抱かれた。それを振り払って、キッと強めに睨みつける。

「俺は男だ、消えろクズ」
「っええ、何このツンツン具合、ちょーーかわいいんだけど」
「クズだからこそ君と遊びたいな~なんてー」
「…」

 だめだ、こいつら終わってる。余計喜ばれたことに酷い頭痛がしてくる。

(やっぱり旧市街地なんか来るもんじゃないな…)

 早くバンに会って渡さないといけないのに。

「あ、あそこにいるの君の探してる人じゃない?」
「えっ…むぐ?!!」

 急に口に何かをあてられる。その布から薬品っぽいつんとする匂いがして、急いで息を止めた。

(やばい!でも…このままじゃ物理的にも落ちる!)

 なんとか布を剥がさなければと男の手に爪を立てる。思いっきり引っ掻いた。

「あいたた…猫じゃないんだから暴れないでねー」
「次目を開けたら気持ちよくなってるから安心してなー」
「~~~!!!んんー!!」

 二人がかりで押さえつけられてはどうしようもなかった。

(だめだ…!息が、もたない…!)

 目を瞑り、必死に逃げる方法を考えていたときだった。

「ーーっルト!!」

 ドカッ!!

 何か鈍い衝突音がして目を開けた。横にいたチャラ男が鼻血を出して倒れていくのが見える。

「てってめええー…っぶ!!」

 もう一人のチャラ男が、その乱入者に殴りかかろうとする。乱入者はそれを軽々とよけて男の顔に一発入れた。メキッと嫌な音が聞こえたと思えば、

 どささっ

 気絶したチャラ男二人が乱入者の足元に転んだ。

「ーっはあ、はあ」

 息を切らし、汗を大量に流すその乱入者は俺のよく知る男だった。短めの黒髪、日焼けした肌。

「大丈夫だったか、ルト」
「…バン…!」

 急いで駆けつけてきてくれたのか、苦しそうに息をしていた。いつもの余裕は消えているがでもそれは紛れもないバン本人で。ほっとして涙が出そうになる。

「…俺は、平気…助けてもらったし…」
「そうか、もっと早くこればよかったな…。怖い思いをさせてすまない」

 ぽんぽんと頭を撫でられた。暖かくて大きな掌はいつものバンのままで酷く安心する。

「とりあえず、俺の家に案内するわ。ついてきてくれ」
「え、あ」

 バンが足早に旧市街地を進んでいく。その先に黄色いドアの建物が見えてきた。

「あれがバンのもう一つの家?」
「そうだ…といいたいが、実はあれは嘘でな。本当はこっちだ」

 黄色いドアの向かいの建物に入っていくバン。

「え、なんで嘘つくんだよ?!」
「もしもルトが途中で拉致されても場所がばれないように…って、ことだ。俺の事情で振り回しちまってほんとにごめんな」
「ら、拉致って…そんな馬鹿な…」

 レインや悪魔とかに追われてる時ならぬまだしも、普通に街を歩いてて拉致を警戒しないといけないってどんな身分なんだお前は、と信じられない気持ちでみた。バンは肩をすくめて「俺も理解できん」と呆れて見せる。

「奴らはそれぐらいするってのだけはわかってるからな」
「バンは誰かに狙われてるのか?」
「…とりあえず立ち話もあれだし、入ってくれ」

 建物の薄暗い廊下の中なのでバンの表情は読めなかった。けれど、いつもみたいな軽快さはなく、俺の知らないバンみたいで少し怖く感じる。

(でも、助けに来てくれた)

 あの暖かい掌も変わらなかった。バンはバンだ。そう思い直して俺はゆっくりとその暗い建物に足を踏み入れた。
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