牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十六章「カラドリオス街長選挙」

ヤケ酒

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「……んん、」

 目を開ける。見たことのない天井が広がっていた。

(…?)

 横に視線を移動させると、星空の下、眩しいほどに光る街が視界に入る。目を凝らしてやっと、それが綺麗に磨かれた窓から見える景色だと気付いた。

「ここは…」
「お、目が覚めたか、ルト」

 ベッドから起き上がると、少し離れた椅子にバンが座っているが見えた。手には氷の入った酒があり、頬も赤く染まっている。

(だいぶ時間…経ってるのか?)

 時計を探しきょろきょろしてると

「今は深夜2時ぐらいだな」
「えっもうそんな時間?!っう!」

 驚いて立ち上がりかけたところで、クラっと世界が揺れた。

「おいおい、急に起き上がるなって。湯あたりしたんだから大人しく寝てろ」

 すぐにベッドに押し戻される。俺に触れるバンの手が冷たくて気持ちがいい。

(グラス持ってたからかな…)

 その心地よさにつられて目を閉じる。

「…はあ…バン、俺にも一口」
「コラ、酒はダメだぞ。しばらくは水だけだ」
「…むう」

 仕方なく横に置いてある水差しに手を伸ばす。のろのろとした動きだったのでバンの手が先にそれをとり、空のコップに注いでくれた。どうぞ、と手渡される。

「ありがと」
「いやこっちこそ、悪かったな」
「え?」
「…いや、さっきの」

 (さっきの?)

「はっ!!」

 記憶が飛んでたが、そうだ。俺、気絶する前に、ば、バンとキス…したんだっけ。

(っええ?!あれ夢じゃなかったのか??!!)

 一人悶絶する。だって、だって、相手はバンだぞ。ありえないだろ。バンは俺にとって頼れる兄的存在で、

 (何より、そういうことの相談相手って、感じだったのに…)

 まるで当事者だと宣言するかのようなキスに、顔が熱くなった。

「…」

 俺と同じくらいバンも困惑していた。頭をかきながら、目をそらし言い訳するように呟く。

「本当に、悪かった。困らせるつもりはなかったんだ…」
「…っ」
「まさか倒れるほど驚かせるとは思ってなくてな」
「そ、そういうので倒れたんじゃないから…!」
「はは」

 バンは困ったように笑う。それから残っていた酒を一気に飲み干した。

「体が勝手に動いた。ほんとに、自分でもよくわからないんだ…」
「バン…」
「…はあ、溜まってるのかもな」
「溜まっ…!!」

 それ以上は言えなかった。彼女いないって言ってたし、あまりやってないのかな?とか下世話なことを考えてしまい更に顔が赤くなる。

(もうこの話題は止めよう…!)

 俺はもぞもぞと足を擦らせ窓の方を見た。

「えっと…それで、バン、明日からどうする?」
「ああ、それなんだが」
「うん」
「俺も、選挙もでようと思う」
「!」
「ただ出るだけじゃない。真面目にやるつもりだ。それで、もし俺が選ばれればその時は…街長になるさ。ならなければいつもの暮らしに戻るだけだ」

 軽快に笑って、新しい酒を注いでいく。

「だから、ルトはもう教会に戻っていいぜ。あとは俺が一人でやるだけだし」
「…でも、」
「それに…これ以上ルトと二人きりでいたら、何をしちまうか、わかんないし」

 そう言って、いたずらっぽく笑う。

(バン…)

「今日は辛いと思うし明日の朝家まで送るよ。それまではこの部屋好きに使ってくれ」
「俺、ついてく」
「そうか…って、今何て言った??」
「…離れないって言っただろ。バンがちゃんとやれるか見守る…、いや見張ってやるから!」
「…ルト、」

 俺が残るとわかると、安心したような、ほっとした顔で見てくる。

「よかった。…これからルトに避けられたらどうしようってヤケ酒してたもんだから。すげえホッとしたわ」
「そ、そんなことでヤケ酒するなよ…体に悪いぞ…」
「はは、そんなこと、じゃないさ」

 ベッドに腰掛けて、俺の額に手を添えてきた。そのひんやりとした掌の感触に心地よさを感じるのと同時にそれは離れていく。

「安静にしておけよ」
「バン、どこに…」

 部屋から出て行こうとするバンの背中に問いかけた。

「ん?隣の部屋に寝に行くだけだぜ。何か欲しいものでもあったか?」
「あ、いや…」

 そこで俺は、どうしてバンを引き止めたのか、何も考えてないことに気付いた。

「えっと…ゆ、床で寝るわけじゃないよな?」
「はは、屋敷の広さを忘れたのか?寝室なら無駄にある。心配しなくていい」
「そっ、か…わかった、おやすみ」
「おやすみ、ルト」

 ばたん、と扉が閉まる。

「…さむ」

 なぜか急に、部屋の温度が下がってしまったかのような気分になった。

(…そうか、俺、最近一人で寝ること…あまりなかったから…)

「一人ってこんなに寒いんだ…」

 誰もいない広すぎるベッドの中で俺は、赤髪のあいつを思いながら眠りにつくのだった。


 ***


 翌日

 とっくにべラさんは外出しており、バンと二人で朝食をとった。高級そうな食材が使われた絶品過ぎる朝御飯を食べ終えてバンと作戦会議を行う。

「で、バン、選挙活動って具体的には何をするわけ?」
「それなんだが、やっぱりここは、定番の街頭演説が一番いいかなと思ってる」
「演説?」
「そう、噴水広場とか、人の多そうな場所で俺の思想を皆に伝えるんだ。そうやって支持者を増やす」
「ふーん、でもそれだと限定的な効果になりそうじゃないか?」

 そこを通らない人々や街の外側に住んでてあまり中心地に来ない人はバンの事を知らないままとなってしまう。バンは壁に当たり前のように張られていた街の地図を指した。

「もちろんそうなる。だから、できるだけ街中を回って演説しようと思う」
「そっか」
「もう投票日まで日もないからな。根回しやばらまきも難しい。まあやれたとしてもそこまで手を出すつもりはなかっただろうが」
「よかった。ちなみに投票日っていつなの?」
「明日」
「あしっ…」

 言葉を失う。本当にぎりぎりすぎる。というか無理だろ。一日でどれだけの人間に伝えられるというのだ。

「でも向き合うって決めたからな。やるからにはしっかりやるぜ」
「!」

 清々しい顔で胸を張るバン。その決意に胸が熱くなった。

「バン様」

 そこでスーツの男が前に出て来る。バンが面倒臭そうな顔で振り向いた。

「なんだ、クライド」

(クライド?聞いたことのある名前だな)

 そういえばあの人…べラさんの側近だったような。男は一礼したあと、俺とバンのいる長テーブルに近寄ってきた。

「バン様、改めましておかえりなさいませ。この度はお帰りいただき、クライドは嬉しゅうございます」
「前置きはいい、本題は?」
「選挙、どうか手を抜かれることのなきよう、お願いいたします」
「わかってるさ」

 そういってバンが手で出て行けと合図する。すぐにスーツ男は姿を消した。廊下の足音が聞こえなくなった頃、バンの方に向き直る。

「あの人、べラさんの部下だよな?」
「おお、よく知ってるな。そういえばどうしてルトは姉さんと知り合いだったんだ?」
「昨日の朝、選挙を手伝ってほしいって教会を訪れてきたんだ。べラさんが直接…すごくびっくりしたよ」
「…ほう、なるほど、さすが姉弟。やることは同じか」
「はは、強烈だなってザクも言っ…あ、」

 ザク。

 その名前を言った瞬間、それがとても懐かしい響きに感じた。

 (ザク、まだ、怒ってるかな…)

 元気にしてるかな、ご飯食べれてるかな。なんて一瞬のうちにぐるぐると考えてしまう。バンが気遣うように見てくる。

「…帰るか?」
「いや、いい」
「何を意地になってるんだよ。早く仲直りすればいいのに」
「喧嘩というか……バン、まさか俺がいると邪魔って言いたいのか?」
「はは、そんなわけないだろ」

 頭をなでられる。いつもの兄のような撫で方にホッとした。

「その逆。ずっと一緒にいてほしいぐらいだ」
「!」
「だが…それよりも俺は、より幸せになれる道をルトには歩んでほしいんだよ」
「バン…」

 じーんっと感動する。

(やっぱバンっていいやつだ)

 秘密主義で、笑ってごまかす癖があるけど、でもやっぱり大事な友人だ。心が温まるセリフに、尚更やる気がでてきた。

「ふふ」
「何笑ってるんだ」
「別に。でも今の台詞気を付けた方がいいよ」
「どの台詞だ?」
「幸せにってやつ。そんな大事な台詞を男の俺なんかに言ってるといつまで経っても彼女ができないぞ」
「う…痛いところを突くぜ…」

 顔をしかめるバンの背中を笑いながら押し、俺たちは屋敷を後にした。
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