牧師に飼われた悪魔様

リナ(腐男子くん準備中)

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第十六章「カラドリオス街長選挙」

大詰め

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 ***


「皆様、本日はようこそおいでくださいました。30分後にクラレンスからお話がございますので、それまでは自由にご歓談ください。なお、中央の食事・飲み物も各自御自由にお取りくださいませ」

 司会のアナウンスが途絶え、ざわざわと会場が騒がしくなる。俺はそんな中、慣れないスーツを着て、壁の花を決め込んでいた。足元には未だに口を開かない赤毛の猫が一匹。
 (まだ無視してくる…)
 部屋に侵入してきて以来ずっとジト目で見てくるだけでいっこうに口を開こうとしないのだ。居心地が悪いってレベルではない。

「おーい、ルト、こんな所にいたのか」
「バン!…遅いぞっ」
「はは、悪いな。なかなか解放してもらえなくてさ」
「…で、一体これは…なんなわけ?」

 俺自身バンにほとんど説明もされず(スーツを渡されるだけで)100人は余裕で入ってしまう大きな宴会会場に連れてこられたのだ。これぐらいの文句を言うぐらいの権利はあるだろう。バンは高そうなスーツを着こなし、無駄に色気を振り撒きながら顔を寄せてくる。

「これは、有権者を招いた晩餐会だ」
「え、つまり…?」
「まあ端的に言えば選挙活動の詰めだよ」

(なるほど。自分にいれてくださいねってダメ押しするってわけ…)

「じゃあバンがあの舞台で話すのか?」
「一応な。俺の先に姉さんが話すからほとんど持ってかれるだろうがな」
「え、共同なのか?!それって意味あんの…?」
「別々でやったらそれこそやらせっぽいじゃないか」
「実際やらせじゃん…」

 美味しい食事に、投票日前夜の演説。これではここに顔を合わせた人全員が誰が誰に投票するかばれてしまう。
 (こんなの投票の意味がないだろ…)
 たとえ気が変わって他の候補者に入れたくなっても、後々の報復が怖くて結局元の候補者に入れざるをえなくなる。集団圧力で誘導するのは狡い。

「はは、手痛い言葉だな。俺も同感だよ。本音を言えば、別々の候補者を集めて演説するのはあまりよくないと思う。やるとしても公式の演説場所を作りそこでやるべきだな。こんな非公式のものではなく、だ」
「だろ、絶対何か起こるって…」

 俺が一人ヒヤヒヤしていると、バンが困ったように笑っていた。

「ルトは素直だなあ」
「…馬鹿って言いたわけ」
「違う。嫌なことを嫌と言えるってことは実は難しい。この家にあると余計そう思うから…少し憧れる」
「…?」
「さてと、そんなことはいいとして。俺も色々とやらなきゃいけないことがある。といってもおっさん相手に世間話ぐらいだが。ルトはここでじっとしてるか?」
「うん、俺が横にいても何もできないし、静かにここで食べてるよ」
「はは、みんなの分まで食いきるなよ」
「そこまで食い意地汚くないっ!子ども扱いするなっ!」
「はいはい」

 ぽんぽんっと頭を撫でてバンは去っていった。誰よりも格好よくスーツを着こなすバンの背中はとても頼れる感じがする。さっきまでの落ち込み具合が嘘みたいだった。
(ふっ切れたのかな…?)
 すると突き刺すような視線を下から感じて、ちらりと下を向く。思ったとおり猫がジトーっと俺を恨めしげに見ていた。

「ザク…あのさ、何度も言うけど大人しくしてろよ。猫のお前をバンがなんとか頼み込んで入れるようにしてくれたんだからな」
「…」

 反応がない。尻尾すら振らず傍観を決め込む猫ザク。これでは猫相手に話しかける悲しい男になっちゃうじゃないか。

「聞いてるのか、ザク」
「…」
「はあ…」

 怒るのはわかるけど、俺があんだけ謝ったのにシカトするし、いくら話しかけても無視するし。

(そんなんじゃ、どうしようもないじゃんか…)

 はあ、と息を吐くとふと隣に気配を感じた。

「ルト牧師」
「うわっ!!…あ、えっと、クライドさん…だっけ」

 オールバックのスーツ男が目の前に現れた。軽く挨拶を交わし紹介を終えると、すぐに本題を切り出してくる。

「バン様はどちらにいらっしゃるか、ご存知でございますか?」
「え、いや、さっきまでここにいたし多分会場内にはいると思う。探してるんだったら俺も探すけど」
「よろしくお願いします、大事なお話があるのです」
「ふーん?」

 クライドさんの大事な話ってべラさんのことかな?だったらちゃんとバンと話し合わせないとな。

「では私はこの会場を見て回りますので、ルト牧師はあちらのベランダを探していただけますか」
「わかった」

 会場にある大きな窓を開放した先には、庭の薔薇と満点の星を眺めることのできるベランダ部分があった。目を向ければベランダにもそこそこ人がいるのが見える。

 (ちょうど外の空気が吸いたかったし)

 バンを探しがてら散歩してみよう。

「どうかお気をつけくださいませ」

 後ろからそんな言葉を送られながら俺はベランダに向かっていった。ベランダへの唯一の出入り口である大きな窓に近づく。窓が大きいとその分カーテンも大きいんだな、と一人感心しながらとてとてと歩いた。ふと、カーテンに隠れてちょうど陰になるベランダ部分に差し掛かる。

 すっ

 口を何かで塞がれ、すごい力で後ろに引かれた。

 ぐいっ!

「??!」

 カーテンの中から何者かの手が出ている。それは俺を引き寄せようとものすごい力で引っ張ってきた。

「ーっむぐぐ!?」

 誰かに助けを呼ぼうにもここだけ器用に暗がりになっており、俺の今の状況に誰も気付いてくれなかった。そのままカーテンの中に押し込まれ、何をする間もなく首の辺りに鈍い衝撃がくる。

「ーっ、う…」

 情けなくも俺の意識はそこで途絶えたのだった。


 ***


「……ん、……あ、れ…」

 ぐらぐらと揺れる視界。

(ここ…は?)

 見たこともない天井の模様だった。しかもシャンデリアとかあるし、自分の知る範囲ではこんな部屋入ったことも見たこともなかった。

 ざわざわ

 賑やかな複数の声が入ってくる。どうやらその声は下の階からくるようで、くぐもっていてよく聞こえてこない。

(てか、どうして俺こんなところで寝てるんだ。起きないと…)

 起き上がろうとしたが体に思うように力が入らない。こてんっと芋虫のように倒れてはもがく、を繰り返す。

「うっ…、な、これって」

 何度か転んだ後やっと目が覚めて腕と足が縛られていることに気がついた。ついでに、部屋の隅で赤毛の猫が暇そうに俺を見ていることにも。

「ザク?!」

(見てるなら助けろよっ!)

「起きられましたか、ルト牧師」
「…え、あ!!」

 何者かの足がこっちに近づいてくるのが見え、のろのろと顔を上げる。するとそこには

「なっ?!…え?クライドさん!」

 べラさんの部下であるはずの彼が立っていた。

「ルト牧師、巻き込んでしまい申し訳ありません」
「??」
「私にはどうしても譲れない事があるのです。あなたはどうやらバン様にとって大事な存在らしいので…あなたほど魅力的な交渉道具はございません。利用させてもらいます」
「交渉道具…??え、バンに何かさせるつもりなのか?!」

 クライドさんがバンに固執しているのは、ここ数日一緒にいるだけの俺でもわかった。盗聴器なんて使ってまでバンを無理やりこっちの世界に引きずり込もうとして…でもいざ腹を決めてバンが動き出したらこんなことをしてきて…何がしたいのか、全く読めない。
 
「私はべラ様にお幸せになっていただきたいのです」
「???」
「それは必ずしも街長の立場とは限らない…」

 どういう事だ。

 (ベラさんを当選させたくないっていうのか??)

 べラさんの部下なのに当選を喜べないって意味がわからない。混乱していると

 バタンッ!!!!

「ルトに何をした!!」

 バンが息を切らして部屋に入ってくる。クライドさんが俺から扉へと視線を移動させた。
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