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第十七章「死を告げる者」
死を望む者
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「レイ、ここは…?」
レイに連れられてきた場所は、病院の裏を進んだ先にある、雪山上部のとある区画だった。このあたりにも雪崩の影響があったのか木々がなぎ倒され道がぐちゃぐちゃになっていた。前を進むレイの足跡を辿るように、なるべく同じ道を選びながらついていく。
「なあ、レイってば」
「…」
「レイ、聞いてる?」
「…」
いくら聞いても質問の答えは返ってこなかった。黙ったままどんどん雪山を突き進むレイ。俺はついていくので精一杯で、息を切らしながら必死にレイの背中を追いかける。
「れ、レイ…もう俺歩けないんだけど…ぜえ、ぜえ…」
せめて休憩を挟ませてほしいと言おうとした時だった。
「…このあたりか」
レイが足を止めた。その先には一際開けた空間があり、雪原のようになっていた。雪が音を吸収してるのかやけにシーンと静まり返っている。
(風も吹いてない…)
雪山なのにここの空間だけ切り取られてるみたいに無風だった。
「ここ…静かだな」
「…」
レイは答えることなく空間の中心にある倒れ木に腰掛けた。恐る恐る俺も横に腰掛ける。
「…」
俺がどうしていいのかわからず黙っていると、レイは目を瞑ってしまった。そうか、俺が質問しなきゃいけないのか。
「えっと、レイ」
「…」
「まず聞きたいことがいくつかあるんだ」
「…」
「今回の雪崩の原因が自分のせいだって、温泉に入りながら言ってたよな。それは本当なのか?」
「…ああ」
目を瞑ったまま、マントを被り直すレイ。その仕草から目を離さず俺は見つめ続けた。
「俺は、とあるグループに…追われている…」
「え?!」
「俺は奴らと一緒に動いていた…グループのメンバーとして。でもいつからか…嫌になって…抜けようと思って…」
「脱走を試みた?」
「ああ、それで追っ手から逃げているとき…奴らの攻撃が雪山に直撃して、今回の事が起きた」
「……!」
そのとき俺の頭には色々な仮定が駆け巡っていた。グループ。追っ手。雪山。脱走…。だが何よりも濃く脳裏に浮かんだのは、レイのいう“奴ら”っていうのがレイン達、つまりナイトメアを指してるのではないかってことだ。
(レイは…ナイトメアだったのか…?)
「俺の巻き添えにしてしまい…街の人には…悪いことをした…」
「いや…でも脱走した事はレイにとって必要な事だったんだろうし、雪崩も偶然起きちゃったんだから、仕方ないような気もする…」
「…ふっ、慰めてくれるのか…つくづく面白い奴だ…」
自嘲するように笑った後、レイは複雑な顔をしてため息をついた。
「ルトの話は昔から耳に入ってきていた。グループでも…それなりに話されていたし」
「え?!俺??」
グループがナイトメアと確定したわけではないが、仮にナイトメアだとして、俺はどんな風に言われていたんだろう。呪われた教会で悪魔を飼い慣らす牧師、とか?
(…うわ、嫌だな…)
げんなりしているとレイが俺の事を見つめつつ息を吐くように呟いた。
「だから一度、会ってみたいと思っていた…、まさかこんな出会い方をするとは…思わなかったが…」
「え?レイがどうして、俺になんか会いたいって思うんだ?」
周りの環境は特殊かもしれないが、俺自身は普通の人間、ただの牧師に過ぎない。レイが期待するものなどない…と思う。
「っふ」
そういうと、また独特の笑い方をしてレイがマントを脱ぎ始めた。こんな寒いところで何してるんだと目を丸くしていると
「あいつから聞いてると思うが俺は悪魔だ…この程度の寒さでは死なない」
「そうなのか?見てる感じはすごく寒そうだけど…」
「……いっそ凍死できたら…どんなに幸せか」
「え?」
マントを脱ぎ終えたレイはボロいTシャツとズボンだけになる。はみ出てる肌が寒そうで自分まで体が震えた。しかも体中に刻まれた傷が痛そうで、二重の意味で鳥肌が立つ。
「この傷は全て自分で作った」
「えええ?!」
びっくりしすぎて立ち上がってしまった。だって、腹の傷とか、内臓とかに届きそうなぐらい深い傷じゃんか。こんな風に自分で抉れるものなのだろうか。俺の心を読んだのか、レイは自嘲するように笑う。
「…死にたいんだ…俺は」
「え…?」
「ずっと、ずっと昔から俺はそれだけを願っている…死を告げるだけの自分に、…疲れた」
疲れた、というときのレイの顔には深い影がかかっていた。まるで自分もレイになってしまったかのように胸が苦しくなる。
「よく勘違いされるが…俺は死の気配が見えるだけだ。見えるから伝える…本当に、それだけだ…」
「…!」
「俺は、相手を殺したいと思って告げたことなんて、一度もない」
「…レイ……」
見えるから伝える。
もしかしたら…レイの死の宣告は、レイなりの精一杯の思いやりだったのだろうか。
せめて、その残り少ない人生を有意義に使ってほしい。
残り短いことを伝えられるのが自分だけだから、見えてしまうものだから、たとえ嫌われてでも死が近いことを伝えようとしたのではないか。
(レイ、お前は…)
わかりにくくて、でも恐ろしい程、深い愛を持っている。そう、悟るのと同時に切なくなった。
(こんなの、優しい、なんて言葉じゃ片付けられないよ)
誰にも理解してもらえず、忌み嫌われ、避けられ、でも死ぬこともできないから…孤独と嫌悪を永遠に背負い続けるしかない。レイが優しい悪魔じゃなかったら、こんなに苦しむことはなかったのに。
(もしも俺がレイだったら…どうなっていたんだろ)
死を告げる度に忌み嫌われて。
世界中から怖がられて。
今ならレイの体中の傷の意味がわかる。
(レイ…)
俺はゆっくりとレイに歩み寄り、その傷の一つに触れた。
「…痛かった、だろうな、これ」
「…」
「いや、心の方が…きっと、もっと傷だらけだよな」
傷から手を放し、目を瞑ったまま俺を見ようとしないレイを見上げた。
「大丈夫、俺はお前を嫌ったりしないよ」
「…!?」
レイが目を見開く。
「たとえこのあと俺が死んでも俺は嫌わない、約束する」
「……ルト…」
死んだように光を失っていた瞳が暗闇の中で酷く揺れ動くのがわかった。レイは恐る恐る顔を上げ、俺を見つめてくる。
「…本当、か?」
「ああ、だってお前は、俺のことが嫌いで告げたわけじゃないんだろ」
「…もちろん、だ…。でも、お前は…、俺に何を言ったところで……」
近いうちに死ぬ。
言われたときよりもずっと重く、のしかかってくる。
今すぐどこかへ逃げてしまいたい。
助けてと誰かに縋りつきたい。
(でもそれじゃ、また一つ…レイの心に傷をつけてしまう)
泣き叫んでレイを責めれば俺の心は少し軽くなるかもしれない。でもそんなこと絶対したくなかった。たとえどんなに怖くても、死ぬのが確定してるとしても…
(誰かを傷つける死に方はしたくない)
「レイ、…もちろん、怖くないっていったら嘘だよ。自分が死ぬなんて、簡単に受け入れられることじゃない。ぶっちゃけ、ここに立ってるのも怖い。リリともっと話したいし…街に帰ってもっと皆と、話したい、笑いあって…」
そこで、頬に熱い何かが流れていくのを感じた。
少し時間をかけて…自分の流した涙だとやっと気付く。
レイと話してやっと俺は
“死への恐怖”を実感したのだろう。
今まで俺は認めたくなくて、認めたら本当になってしまう気がして、それを考えることはできなかった。ザクの必死な姿も、俺に死が迫ってる事を裏付けているようで、怖くて見ていられなかった。だから八つ当たりしてしまった。見たくない、と遠ざけてしまった。
けど、レイの瞳に映る悲しみの色が…嘘ではないと告げている。
鼻をすすり、レイから顔をそらした。
「ルト…すまない……」
「…違う、ごめん、これはレイのせいじゃないから、…たのむ、見ないで」
「……ルト」
肩にレイの手が触れ、そっと抱きしめられた。
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