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第3章 【記憶の結晶】

第3章9 【戦禍の騎士龍王】

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「兄者の仇、今日こそ打ってみせる!」

 騒ぎがあった場所に駆けつけた時には、もう既に山賊が荒らし回ったあとだった。
 今更思い出したけど、私、ここに来ない方が良かったんじゃ......

「あ!あいつらこの間の......」

 まずい、気付かれた。

「んあ?あいつらがどうしたんだ?」

「ボス、あいつらが前のボスをボコボコにした連中です!」

 下っ端らしき男がボスらしき男に向かってそう言う。

「つまり......あいつらが兄者の仇って訳か......」

 別に殺してはないんだけどね。ただ、牢に入れてる状態なんだけど......
 まあ、そんなことを伝えたとして、大人しく退いてくれるかと言われると、絶対そんなことはない。

「なあ、セリカ。あいつら、ずっと僕と君を睨みつけてるんだが、何かあったのかい?」

 そういや、ラナは知らない......いや、見てるでしょ。

「話せば長くなるんだけど......」

「うん、そういう事か。分かった、倒せばいいんだね」

 なぜ聞いた?やっぱり知ってたんじゃないか......

「野郎共!あいつらを殺せ!」

 ボスらしき男が仲間に向かってそう言う。

「あいつらバカなんじゃないのか?僕とシズ君がいるところによく戦いに行こうと思えるもんだ」

「いや、向こうはそんなこと知らないよ!?」

「知っているさ。それを分かっててあいつらをバカ呼ばわりしてるだけだよ」

 ごめん、何言ってるのか全然わかんない。

「騎士様!あいつらを早く倒してください!家の中にまだ子供達が取り残されてるんです!」

 女の人が山賊達には聞こえないよう、でも焦りを混じえた声でシズに訴えかける。

「分かった。なるべく迅速に片付けよう」

 シズはそう言うと、真っ直ぐに敵陣に突っ込んで行った。

「なんだ、お前......」

「我は騎士龍王シズ。貴様らの悪業を罰するために来た」

 人(龍)ってそんな簡単に変われるものなのかな......

「誰も来いなんて頼んでねえよ!」

「貴様らに頼まれてはいなくとも、そこの奥方に頼まれた。正義は常に正しきことに使われる。よって貴様らを殺す」

 ちょっとまだ前の感じが残ってるかな?
 まあ、それで勝つことが出来ればいいんだけど......

「なんなんだ、こいつは......味方が次々に......」

 山賊がそうやって慌てふためく程、シズは強かった。というか、ジークとほぼ互角だったんだからそうなるよね。

「野郎共!何慌てていやがる!?こんな時のためにあの人を呼んだんじゃねえか!」

「そうでしたボス。今すぐに彼らを呼んできます!」

 彼ら?一体どんな増援を連れてきたことやら。

「どうした?貴様らの強さはそこまでか?山賊と言えど、力は大したことないようだな」

 シズは次々に襲ってくる山賊を返り討ちにし、ラナはと言うと、隣で欠伸をしたがらそれを見ている。

「こっちの世界の山賊はもっと強いものだと思っていたが......全然大したことなかったな。シズ君1人でどうにかなりそうだ」

 そうなのか。てっきり、前の時のように苦戦すると思っていたのだか...

「ただ、それはシズ君の契約者が戦い続けることが出来ればの話だがね」

「......どういうこと?」

「彼の体。かなりの腫瘍ができている。しかも、悪性のがね。あんなに無理してたら......いや、無理しなくとももう限界だろう。心なしか、シズ君の動きも鈍り始めている」

「それって......」

「彼はもう時期死ぬだろう。契約龍であるシズ君も契約者不在により、死ぬこととなる」

「どうして?契約龍と言ってもラナ達の話を聞く限り、実体で存在できるんじゃないの?」

「契約龍は例え龍王だとしても、1度誰かと契約を結べば、二度と1人でいることが不可能になる。その代わりとなるが、かなりの権限が与えられる。それこそ、僕達龍王はそうやって権限を上げてきた。ジーク君とアマツ君は契約者不在でとっくに死んでいる。でも、龍王の地位に居れば、幽霊の状態ではあるが、存在することが出来る」

「なら、シズは幽霊としてでも存在できるんじゃ......」

「彼は龍王になりたての身だ。せめて、契約者が50年くらい生きとかないとそういった権限は与えられない。かくいう僕もまだそこまでの地位は手に入れてない」

「ということは......」

「彼はほっといていても死んでしまう。いや、その前に山賊達に殺されるのが先だろう。だから、そろそろ加勢に行かないとね」

 そう言うと、ラナは敵陣に突っ込んで行った。
 というか、騎士団はまだ来ないのか......

「どうした?貴様もここまでか?」

 シズが真っ直ぐにボスらしき男に向き合い、剣を構える。

「ハッ、まだ終わらせねえよ!」

 まだ、諦めがつかないのか。そう思った時、シズの背後から黒い集団が現れた。

「あれは、帝国兵!?」

 どう見ても、ラグナロク帝国の兵衣装であった。
 なぜこんなところに帝国兵が......

「死ね」

 帝国兵が一斉にシズを襲う。
 咄嗟のことに反応できなかったシズは、攻撃を諸に喰らい、その場に倒れ込む。

「シズ君!」

 ラナが急いで帝国兵を打ち払い、シズを担いでこちらに戻ってくる。

「すまない、セデス......」

 シズ?が倒れ込んでいる「セデス」に向かってそう言う。

「あれが具現化状態。所謂、現実で皆に見えるようにした姿だ。そして、シズ君の場合、あれが本来の姿」

 私の疑問を察したのか、ラナが解説する。

「すまない、本当にすまない」

「いいんだ、シズ。僕は元々長くない身だった。それでも、最後くらい、もっと強いやつと戦いたかった。君のお陰で強いやつと戦えたし、最後は騎士らしいことも出来た。ありがとう......」

「そんなことを言われて我が納得するとでも!」

「ああ、分かっている。君は優しい。戦っていたって、君は常に僕の体に気を使ってくれた。だから、もういいんだ。泣かないでくれ......」

「我は......俺は......」

 そうして、動かなくなったセデスの体に向かって、当たることの無い涙を垂らす。

「あ、シズの体が......」

 少しずつ、シズの体が消え始めている。

「彼は契約者を失ったことにより、契約者と共に消える......なんだ、話したいこと?分かったよ」

 恐らく、ネイと話しているのだろうか、ずっと胸元を見てブツブツ話している。

「シズ、良かったら、私の中に入ってよ」

 突然、ネイがそう告げた。

「どういうことだ?」

「だ、だから、どうせ消えてしまうくらいなら、次は私のためにその力を使って欲しいの......」

 ネイがもじもじとしながらそう言う。

「良いのか?本当に......」

「うん。ラナ越しにしか見てないけど......あなた、とてもいい人だったから」

「しかし、そなたには既に3体もの龍王がいる......我がそこに混じれば......」

「今更1体増えたところで何も変わらないわよ。だからさ、どうせ消えてしまうくらいなら私に力を貸して」

「......分かった。貴殿に我が剣を授けよう」

 シズがネイの手を取り、静かに消えていく。

「......」

 その直後、帝国兵がネイの背後から斬り掛かる。

「危ない!」

 咄嗟にカグヤの鍵を取り出したが、間に合わない。

「少し、静かにして頂きたい」

 突然帝国兵の動きが止まり、その場に倒れ込む。
 ネイは動いていない。しかし、剣をそっと鞘に仕舞っている。

「我、戦禍を行く騎士龍王シズ。今より、この者に剣を捧げる身として永遠の忠誠を誓う」

 ネイ(シズ)が空に変形した騎士剣を掲げ、高らかに宣言する。

「......」

 それを見た帝国兵が何を察したのか、退散していく。

「貴殿に捧げると言ったのに、貴殿の体を使うとは......何とも不思議な話だが、まず手始めにあやつらを倒せば良いのだな」

 誰に言っているのかよく分からないことを言い、シズが逃げ出した帝国兵の後を追う。

「......!?」

 さっきまでの契約者が万全ではなかった分、万全な状態であるネイに取り憑いてからの動きが一段と良くなっている。

 ものの数秒で帝国兵を全て打ち倒した。

「ひぃ、なんなんだ、あいつは......」

 山賊のボスもあまりのことに狼狽えている。

「ここで降参を選べば、殺しはせん。ただし、抵抗するなら容赦はしない」

 シズがスっとボスの鼻先に剣先を当て、そう言う。

「バカヤロウ!山賊がこんな小娘相手に敗北を選んでたまるか!」

「そうか。まあ、体は女だしな。そう見られるのも仕方あるまい......か」

 シズがしばし考えるように顎に手を当てる。
 その隙をついて山賊がシズに向かって手元にあった短剣を突き刺そうとする。

「おっと、そういう小細工はしない方がいいよ?シズ君が気づかなくても、僕が気づく」

 山賊の咄嗟の攻撃をラナが切り替わることで無効化する。

「出来ることなら僕は暴力はあまりしたくない。どうだい?大人しく降参してくれないか?」

 ラナが満面の笑みで山賊の顔を覗き込みながらそう言う。
 しかも、しっかりと首筋に剣を当てた状態で。ちょっと体重をかけたら刺さる距離だ。

「は、はい......」

 山賊のボスがこくこくと震える頭で頷いた。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「いやぁ、済まない済まない。こんな一大事に我々騎士団が真っ先に動けないとは、なんとも情けない。しかし、貴殿らの活躍で犠牲者は誰一人として出なかった。ありがとう」

 騎士団長のおじさんが満面の笑みで深深とお辞儀する。

「い、いえ、私は何もやっていないので。礼はあっちにいる子にお願いします......」

 私は、ネイを指さしてそう言う。

「うむ。それは後で言っておくのだが、1つ聞きたいことがある」

 おじさんは顎の無精髭を撫でながらそう言う。

「聞きたいこと?」

「大したことではないのだが、今回の山賊と帝国兵は全員あの子が倒したと聞いている」

「はい、確かにその通りですが......何か問題でも?」

「不思議なことに、彼らは全員気絶程度で済んでいるんだよ。普通、こんな状態で全員を峰打ちで済ますなど無謀なことなのだがな。私なら、話を聞くやつ2人くらい残して後は殺している。捕虜にできるなら捕虜にしてはおくが......」

ーーアハハ、それは......中々に特殊な奴らがネイりんの中にはいるからねーー

「まあいいさ。帝国兵の奴らから情報を吐き出させるのは無理だろうが、山賊の親玉からはたっぷりと情報を吐き出させてやる......」

 親玉か。前回の時の兄は殺してしまったからね。何かいいことが聞き出せると......

「ん?そういや、山賊って山で活動するのが基本ですよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、なんでわざわざ戦いにくい街に降りてきてまで騒ぎを起こしているのでしょうか......」

「それに関しては親玉からしっかりと聞く予定だが、恐らくは帝国の思惑が絡んでいると思われる」

「帝国?」

「最近、隣国のラグナロク帝国の動きが活発化している。周辺諸国に次々と戦争を振っかけ、自国の領土と勢力を拡張させつつある。ほら、今回だって帝国兵の奴らが紛れ込んでいただろう?」

「まあ、確かにひと目でわかるようにいましたけど......」

「この山賊はラグナロクと我がグランアークとの国境付近で活動しているんだ。帝国はそれに目を付けたのだろう。何にせよ、よからぬ事が起きているのは事実だ。ギルドの一員として働くのはいいが、くれぐれも近くに行く時は気をつけたまえ。では、私はこの後も仕事が山積みなので失礼する」

 そう言って、おじさんは礼をしてその場を去っていった。

「はぁ、帝国がねぇ......」

「どうしたんですか、セリカさん」

「う、うわぁ!?」

 背後から突然飛びつかれ、勢い余ってその場に倒れ込んでしまう。

「あれ?思った以上に効いちゃいました?」

「心臓と体に悪いからやめて!」

「す、すみません......」

 全く、ネイりんはこうやって子供みたいになる時があれば、すぐ臆病に戻る。よく分からない子だ。

「今、子供扱いしましたね」

「なんで心の中で考えてること分かるの!?本当に心理魔法とか使えるんじゃないの!?」

「さあ、どうでしょうか?よく分からないのですが、他人の考えてることが分かるんですよね......」

「えぇ......もうネイりんの前じゃ余計なこと考えれないじゃん......」

「ある程度制御できるから大丈夫ですよ」

「それネイりんのさじ加減次第じゃん」

 心理魔法が使えるのは非常に厄介である。絶対に敵に回したくない。

「ところで、何か用?」

 私は、服に着いた土埃を払いながら尋ねる。

「いえ、もう騎士の方と話し終わったようですし、帰りましょうってことで......」

「本当に騎士の人嫌いだね」

「別に、嫌いなわけじゃありません。ただ、一時と言えど、襲われたものですから......その、苦手意識が芽生えてしまって......」

 それを嫌いって言うんだよ。

「そう言えば、シズを新たに中に入れたけど、本当に良かったの?」

「?何がです?」

「いやぁ、ただでさえ、ネイりん忙しそうだし、そこに同時に2体も入ってくるって......」

「シズは真面目そうだから仲裁役として適任かなぁ、と思って入れたまでですよ。シズがしっかりとジークとアマツを抑えてくれれば、夜中うるさいとか無くなりますし」

 そんな理由で入れたのか......あの時は中々に良いことを言っていた気がするのだが......

「まあ、今はどちらかと言うとラナの方が問題な気はしますけど」

「......なんで?」

「だって、ラナは私が契約したわけでは無いのですから」

「あ、そっか」

「しかも、なんか権限がやたらと高いし、隙あらば体を取ってきますよ」

「それは......うん、大変だね」

 もう他人事。私が関われるところではない。

 それにしても、帝国か......周辺諸国を取り込んでは力をつけていき、定期的にグランアークに山賊を送り込む。戦争とかにならなきゃ良いんだけど......

 セリカはそうやってさっきの騎士団長の話を深く考えるのであった。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「............」

 白い。どこまで見ても真っ白な世界。少し、景色があるとすれば、無尽蔵な量の本。
 しかし、本に興味を抱かないヴァルにとってはただの景色に過ぎず、白い世界としてしか認識できない。

「............ぬ......」

 何か、声が聞こえる。

「お......し、おぬ......お主!」

 今度はハッキリと聞こえた。少女の声。でも、どこから?

「お主!何ボケーッとしておる?ここじゃ!」

 声の主は意外にも正面にいた。

「......誰だ?」
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