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第4章 【時の歯車】

第4章3 【我慢の時】

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「ネイ!」

「入ってくるな!」

「どァ!」

 俺は毎日のようにネイの書庫に足を踏み入れては闇魔法を喰らっていった。

「そろそろ俺のはーー」

「しつこいのじゃ!」

「だァ!」

 例え、雪が降っていても、かなりの寒波が押し寄せてくる日でも、構わずネイのところに行った。

「いい加減、あきらーー」

「うざいのじゃお主!」

「グァ!」

 毎日毎日、ネイのところに足を運んだ。

 多い日には、1日に30回突撃した。それ以上は体と体力が持たなかった。

「お前ーー」

「諦めろと言っておるのじゃ!」

「ぶァ!」

 日に日に威力が増していっているような気がするが、気のせいではないだろう。

 段々と俺が受け身を取れるようになったのに対して、ネイの方も魔法の威力を上げてきている。

「すみません、そろそろ諦めてもらえないでしょうか?」

「誰が諦めるか!お主の方こそいい加減、諦めよ!」

「がァ!」

 少し、丁寧な感じで行ったが、意味はなかった。むしろ、普段より威力がかなり高かった。

「お前っていつ着替えてんの?」

「お主が気にすることじゃなかろう!」

「がァァ!」

 そういや、いつ来てもネイの服装が変わっていないので、それに関して問うと、いつも通り追い返されたーー


「ヴァル、そろそろ諦めたら?」

 ボロボロになって帰ってくる俺の姿を見て、セリカが遂にそんなことを言い出した。

「こんくらいなんてこともない。諦めねえよ。あいつを必ずここに連れて来てやるからな」

「それはいいんだけど、死なないでね」

 不吉なことを言わないでくれ。

 最近のあいつの加減を見ると、そろそろ死んでもおかしくないように思えてきてるからーー


「ネイ、今日こそ俺の話をーー」

「だから、しつこいのじゃ!」

「だァァ!」

 今日もダメだった。

「ーー20回だな」

 ヴェルドが俺を見下ろしてそう言う。

「よくもあんな攻撃を1日に何回も受けれるな」

「そろそろ慣れてきたからな」

「お前、今ならどんな攻撃喰らっても大丈夫なんじゃね?」

「かもしれない」

「無茶すんなよ。お前がこれで死んだら俺達笑うからな」

「笑うのだけは勘弁してくれ。葬式には出なくていいから笑わないでくれ」

「ーーそれにしても、本当にあいつはいたんだな」

「お前が見に来るなんて言った時はビックリしたぞ」

「ただの興味本位だ。でも、本当にいたのなら、お前を信じないわけにはいかないな。しばらく分の給料は俺達の分から上乗せしといてやるから頑張れよ。ただし、失敗で終わった時は奴隷にしてやるからな」

「はいはい、頑張るよ」

 ヴェルドもセリカも信じてくれるようになった。ギルドの他のメンバーも多分、信じてくれるだろうーー


「ネイ!今日こそ、グッ......あれ?」

 なぜか、攻撃がやってこなかった。

「はぁ......お主に付き合うのもそろそろ疲れてきたのじゃ」

 そう言って、ネイが読んでいた本を棚に戻す。

「じゃあ......」

「勘違いするな。妾は外には出ん。ただ、お主が会いたいというのなら、好きにやってくるがいい。話はしてやらんがな」

 これは、成果が実ったのか?

 まあ、ゆっくり話ができるようになったし、まずは進捗1だ。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ようネイ。今日も来たぞ」

「......」

 ここに突撃を開始してから、早5日が過ぎた。

 5日で入室を許可されるようになったのだから俺的にはすごい方だと思う。

「相変わらず無愛想な顔してんなぁ。もっと可愛い顔してろよ」

「それが口説き文句のつもりなら、お主殺すぞ」

 喋ってる内容も物騒だ。

「なあネイ。そろそろ外に出る気はーー」

「ない。何回も言ったことじゃ」

「そうか......」

 かれこれ5日も経って、今日は12月26日。

「ーー昨日はな。ギルドのみんなとクリスマスパーティってのをやったんだ」

 セリカの言い出しで始めたことである。

 このクリスマスという文化は黒月王国で行われるイベントらしく、本来なら24日に前夜祭的なものがあるらしいが、準備が急だったのでそれができなかった。

 でも、楽しかった。あの場にネイも連れて行こうと思ったが、結局無理だった。

「すっげー楽しかったぞ。美味い飯もたくさん出てきて、色んなゲームをして、お前もいればもっと楽しかっただろうに」

「だからなんじゃと言うのじゃ。人間の祭りに妾は興味がない。神様だとかそんな曖昧なものを信じる愚かな人間が考えだした催しではないか」

「そんなこと考えて楽しいのかよ、ネイ」

「楽しいも楽しくないも、どう感じるかは妾の勝手じゃ。それと、妾の名前はネイなどではない。ツクヨミじゃ。覚えておけ」

「あっそう。分かったよ、ヨミ」

「早速略して呼ぶなお主」

 だって、一々ツクヨミって呼ぶのなんかめんどくせえじゃん。

「めんどくさがるなお主。そんなんじゃからセリカらに呆れられた目で見られるのじゃ」

「うるせぇ!それは関係ねえだろ。俺はいつだって真面目に働いてるわ!」

「ここ最近、ずっとここにやって来てるお主が言える言葉か?」

「うっ......」

 痛いところを突かれた。

 確かに、ここ最近は貯めた金とヴェルド達から貰う少しの金で生活している。

「働けニート。ここに来とる暇はなかろう。いつまで働いたら負けだと思っておるのじゃ」

「う、うるせぇ!ニートじゃねえよ!つか、お前の方こそ働けよ!本ばっか読みやがって」

「うるさいのう。妾はやりたいことを好きなようにやる。それに、お主らには分からんかもしれんが、これでも妾は働いておる」

「はあ?本を読むだけでか?」

「なんの考えもなしに本を読んでおるわけではない。世界の均衡を保つために、その時その時で必要になる記憶を探っておるだけじゃ。まあ、暇な時は適当に本を読んでおるが......」

「やっぱ、お前働いてねえじゃん」

「ここ最近サボっておるお主に比べたら働いておるわ!」

「お前と話すのも仕事のうちの一つだ!失敗したら俺は奴隷になるんだぞ!」

「妾の知ったことではないな。むしろ、お主が奴隷になるのはちと興味があるな」

 クソ、口でこいつに勝てる気がしねぇ......

 いや、話をしないと言っていたのに、ヨミは結構俺の話に付き合ってくれている。これはもしや......

「変なことを考えるでないお主。お主がうるさいから仕方なく付き合ってやってるだけじゃ」

「お前、もしやツンデレなんじゃないか?デレの部分が全然ねえけど」

「うるさい!ツンデレじゃないわ阿呆!」

「グァ!」

 入室を許可されて早くも追い出された。

「今日はこの辺か......」

 ネイの心を開く作業は相当骨の折れる作業になりそうだ......

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「なあヴァル。お前、その傷どうしたんだ?」

 ヴェルドが傷だらけのヴァルに向かってそう言う。

「ああこれ?実はな、昨日、夜中にあいつのところに行ってみたんだよ」

「相当しぶとい野郎だなお前は」

「ああ、まあそれでな。あいつが気持ちよさそうに寝てて、起きる気配が全然ねえからこれはチャンスだと思ったんだよ......」

「なんとなく、オチが読めてきたんだけど......」

「担いで外に連れていこうとしたらな。案の定途中で目ェ覚まされていつもの5倍くらいの力でぶっ飛ばされた」

「「 阿呆だろ 」」

「流石にねヴァル。前にも言ったと思うけど、寝てる女の子のところに男が1人でそんなことしてたら怒られるよ?むしろ、殺されるよ?」

「んー、なんでだろうなぁ?成功すると思ってたんだけどなぁ......」

「むしろ、それで成功すると思えたお前がスゲーよ」

「ヴァル。1つ言っておくが、私だったらその胴体を真っ二つに切っているところだったぞ」

「私はぁ、ヴェルド様だったら構いませんけど、他の男はダメですよ?」

「流石に、私も夜中にやって来られるのは、ちょっと......ネイさんの気持ちがよく分かります」

 女性陣からもヴァルに向けての非難の声が上がる。

「別に、あいつを連れ出そうとしただけなんだよなぁ......」

「流石に、行動を起こすのが早すぎたね......」

 ヴァルを庇うことはできないな。

 本当に、これに関してはヴァルが悪い。

「行けると思ったんだけどなぁ......」

「ヴァル......どれだけ後悔しても、ヴァルが悪い」

 私は宥めるようにヴァルの右肩に手を置く。

「オォ?なんか空気の悪そうな男がいると思ったらヴァルじゃねえか」

 仕事帰りのグリードが会話に混ざってきた。

「どうしたんだァ?この男は」

「ああ、実はね......」

 そして、ヴァルがやらかしたことをグリードに全部話した。


「ハッハッハッ。そりゃァヴァル、おめぇが悪いに決まってらァ。寝てる女のところに行くなんざ犯罪者だぞおめぇ?」

「うるせぇよ。俺だって一生懸命やってんだよ......」

 もう、なんだかヴァルが可哀想に見えてくる。でも、悪いのはヴァルだと思うが......

「まあ元気出せよ。男なら、1度振られたぐれェで諦めんな」

 グリードがヴァルの背中を叩いてそう言った。

「ちょっとずつ前進してる感じはするんだけどなぁ......」

「お前、また今回みたいなことしたら後退するぞ」

「それもそうだな。よし、今日もあいつのところに行くか」

 そう言って、ヴァルが立ち上がった。

「殺されんなよ」
「死ぬなよ」
「死なないでくださいね」
「死なないでねヴァル」

 全員でヴァルに「死ぬなよ」と言う。

「何?フラグ?俺今日死ぬの?」

「いや、昨晩に忍び込むなんてことしてるんだから、死んでもおかしくないかなって思って」

「はぁ?みんなもそう思うのか」

「思うな」
「セリカに同感だ」
「私も思います」

「あぁ......じゃあ、死なねえよう頑張るわ」

 そう言って、ヴァルはギルドを出ていった。


「さて、あいつも出ていったことだし、あの話を進めておくか」

 あの話。それは邪龍教に関する話だ。ヴァルに話すと、ネイとこっちで両手が塞がってしまうだろうから話さないようにしている。

「奴らの進軍状況はどうなった?」

「それに関してはライオスが掴んでいる。だろ?」

「ああ。聖王様から使者がやってきたよ。どうやら、奴らは今、帝国内で力を蓄えているようだ。散り散りになった教徒達を集めて、一斉にイーリアスかこっちかのどっちかに進軍してくると見ている。集まってくる教徒達を俺達と自警団の奴らで数人捕らえたが、どうやったのか知らねえけど逃げられちまった」

 ライオスが先日行っていた仕事の話だ。

 数人捕らえたという速達は来たが、まさか逃げられているとは......

「まあ、捕まえたところで奴らは何も話さねえだろうな。むしろ、喋るのかどうかも怪しいぐらいだし」

「それもそうだが、奴らの元に兵力が集まってしまうな」

「結構色んな場所から少数で集まってる。捕まえようにも、塵みたいなもんだ。集まったらスゲェもんになるが、集まるのが牢屋じゃなく奴らの元だからな。どうしようもない」

「じゃあ、今後は防衛を強める方針になるのか?」

「まあそうなるだろうな。ただ、できることなら帝国内の奴らのところに行って殲滅したいところなんだが......」

「確か、討伐に向かった騎士団が壊滅したんだっけ......」

 私は確認するようにそう言う。

「ああそうだ。唯一逃げれた奴の話から、もう大分集まっている。奴らは不死の力持ち。騎士団の連中だけで討伐なんてできるわけねえよな」

「奴らがここに来るのも時間の問題か......」

「そうだがヴェルド。俺達は結構不利な状況になっている」

「なんでだ?」

「まだ攻められていないところは2つある。こことイーリアス。どっちに来るか分からないし、2つの距離はかなり離れている」

「奴らが攻めてきた時に、片方が援軍に行くにはかなり時間がかかるな」

 フウロが言葉を繋いだ。

「今までのところもそうだったらしいが、援軍に来た時には既に壊滅していた。奴らの殲滅力は圧倒的に高いんだ」

「戦力が2つに分けられる。それだけでも結構な痛手だな」

「そういうことだ。これには聖王様も手を焼いてるよ」

 ネイがいなくても、案外策は考えられる。問題は、どうやっても詰みに近いところだが。

「奴らを殺せるのはネイだけ。で、そのネイはヴァルの言う『世界の書庫ワールド・アーカイブ』から出てこない」

「ヴァルにこんな話をしたら、あいつはかなりの無茶をしてでも連れ出そうとするな」

「だから話すわけにはいかない」

 ただでさえ、あんなにもボロボロの状態で帰ってくるんだから無理をさせるわけにはいかない。みなはヴァルに若干の配慮をしている。

「でも、ヴァルが早めにネイりんを連れ出すことが出来れば......」

「状況はひっくり返るだろうな。ただ、どっちを先に攻めてくるのかが分からない以上、2分の1の確率で被害が出ることは決まっているが......」

 この2分の1が本当に痛すぎる。

 どっちも守りたい。でも、距離が離れているせいでどうすることもできない。

「誰か転移魔法でも発明してくれないかなぁ......。そういや、ネイりんって確か......」

「あいつ、ヒカリと同じようなものが使えたな。あの魔法めちゃくちゃ便利だよな」

「......」

「「「 ネイを連れ出せれたら勝ちなんじゃ...... 」」」

 1つの答えが出てしまった。

「いや待て。それだと、ヴァル次第になって可能性がかなり低くなる」

「そもそも、俺達で倒せれるかなんて分からねえんだし、あいつを使うのも1つの手だと思うぞ」

「でも、ヴァルさんに負担をかけないっていうのが疎かになってしまいますよね?」

「......黙ってい続けよう。そして、奴らが来るまでに連れ出せれたら儲けもんだ」

「やっぱり、ヴァル頼みじゃん」

 どうやら、全てはヴァル次第となってしまった。負担をかけないはずだったのに、唯一の勝ち筋がヴァルとネイになってしまった......
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