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外伝 【白と黒の英雄】
外伝9 【鬼の戦】
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「おい坊主!異常に数が多いって聞いてすっ飛んできたぞ!」
「ありがとうございます、夜叉丸さん」
「おい霊鬼。お前が焦るほどってどんくらいなんだ?」
「あれを見れば分かります」
霊鬼が指さす方、壁の外側にいつもの黒月の軍隊が構えている。しかし、いつもと違って真っ黒な装束だ。まるで、闇夜に紛れる暗殺者のような......。
「まさか、あれは......」
「なんか知ってんのか、親父」
「風聞に聞いたことはあるが、あれは黒月が誇る、『暗殺隊』というやつだ。奴らは、その名の通り暗殺を得意としており、攻めるのは一瞬、退散も一瞬で終わらし、反撃の隙を与えさせない。まさに最強の暗殺組織」
「よく分からねえけど、あいつらがあんなに固まってんだ。ボコるチャンスだろ」
「馬鹿言え。あいつらはこちらの様子を伺っている。儂らがここにいるということも、既に察知しておるだろう」
「霊鬼が焦る相手ってのは、そういう事だったのか」
「はい。一目ですぐに暗殺隊だと分かりましたから」
霊鬼は賢い。常に物事を客観的に見て、最善だと思うものを見つける。
いつものことだと思って適当に相手をしようとすれば、間違いなく一瞬で殺られていただろう。
「霊鬼、集落におる戦士を全員集めろ。迎撃体制に移る」
「了解しました」
すぐに霊鬼が集落の方へ駆け出していく。
「全く、デルシア様がおる時に限って来るとは......。奴ら、まさかこのことを知っていたのでは?いや、そもそもデルシア様は行方不明だったと聞いておる。獣人族のところで出現してから2日も経っとらん。そんな早くに情報が伝わるわけが......」
「親父、難しいこと考えるのは似合ってねえよ。例え、何が原因だろうが俺達は命懸けでこの故郷を守るだけだ」
クソガキのくせに、立派なことを言いやがる。おまけに、ごもっともなことだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デルシア様、如何なされますか?」
うるさい親子がいなくなった物静かな部屋で、ガンマがそう尋ねてくる。
「すみません。まだ頭の整理が......」
まだ状況が理解出来ていない。
えっと、黒月の軍が攻めてくるのはいつものことだけど、今回来たのはなんかやばそうらしい。霊鬼っていう、多分凄い強い人が焦るほど。時間的に、この侵攻は2日くらい前に軍隊が黒月を出たと考えられる。つまり、ベルディア姉さんは無関係。
「とりあえず、様子を見に行った方が良いのではないでしょうか?」
「......ネイさんの言う通りですね。とりあえず、見に行ってみましょう」
全員、何も言わずに頷いた。
(なんか、獣人族のところでも似たようなことをしたような......)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「みんな、この集落を制圧するための手筋は、しっかりと頭に叩き込んだよね?」
その質問に、黒装束が全員首を縦に振る。
なぜ、自分の故郷を、自分の手で潰さねばならないのだろうか。
あの王子の考えていることが分からない。私を向かわせれば、手を抜かれて失敗するかもしれないのに。
「セルカ......」
失敗すれば、あの子の命がない。そのことを口に出して言いはしなかったが、アルフレアはきっとその気でいる。
そうだとしても、なら、なぜギリエア大橋の制圧に向かわせないのだ。やることは何も変わらないはず。
「......いや、あいつのことだ。自分の郷を自らの手で潰させて、王国への忠義を確認しようとしているだけに違いない」
でなければ、これはただの嫌がらせ......嫌がらせか。あの王子の頭を引っ叩いてやりたい。
せめて、セルカさえ助けることができれば......。
「アイリス様。全軍、配置に着きました」
考える時間も与えてくれない......か。
夜叉丸さんが交渉にさえ応じてくれれば。いや、いくら私の事情を知ったとしても、そう易々と黒月に従くわけがない。
ダメだ。どう考えても郷を潰さず、セルカも殺されずにできる方法が見つからない。
「......アイリス様。お気持ちは分かりますが、これは仕方のないことです。割り切ってください」
割り切れ。
今まで幾度となく言われてきた。両親がいなくなった時も、黒月にセルカが連れ去られた時も。
そうやって、仕方がないと割り切れていれば、どれだけ楽だったことか。でも、私には諦めることができない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いいかお前ら!この戦いに防衛線はない!あいつらの軍隊には、集落を守っておる壁など無いに等しい!敵はどこからでもやって来る。誰一人としてこの集落に入れるな!入れたもんは、後でお尻ペンペンじゃ!」
「親父、そこふざけなくていいから」
「何を言う。儂は常に本気じゃ!」
羅刹のツッコミに、夜叉丸はバカでかい声で返す。
黒月が攻めてきたというのは、本当に本当のことだった。しかも、攻めてきたのは暗殺隊。姉さんが持ってる軍隊とは違うようだ。
「黒月の暗殺隊に、鬼族の娘がいるらしい」
ガイルさんが言っていたらしい。本当にそうだとして、もしも今攻めてきた軍隊にその子がいるのだとしたら......
「デルシア。相手が誰だろうと、戦う時はは戦わなければいけないのよ。変な心配してる暇があったら、策略の方に考えを移しなさい」
相変わらずのミューエが冷たい声でそう言う。
策を考えろと言われても、私にそこまでの頭はない。思えば、私達には軍師に適任な人がいない。今後のことを考えると、次はどこに向かうべきか、とかを考えてくれる策士が欲しい。
「あの、デルシアさん......」
「はい、どうかしましたか?ネイさん」
「うぅ......本当に私も戦わないといけないんですか?」
「......できることなら参加してほしいです。ネイさんは凄く強いですし」
「強いって言われてもなぁ......」
ネイが嫌そうな顔をして、この場を去っていった。
戦いたくないという気持ちは分かるが、そんなワガママが通じる世界ではない。私だって、本音を言えば城でゴロゴロしていたいくらいだし。
それができなくなったのは、基本私のせいなのだが......。
(デルシア様、見て頂きたいものが)
今度はガンマが小声で話しかけてきた。
「見てほしいもの?」
「はい、これなのですが」
ガンマが小さな紙を取り出してこちらが見えるように見せてくる。
「ここはキケンだ。逃げろ......。どういうことですか?」
「私にもさっぱり。気づいた時には鞘の中に紛れ込んでおりましたから」
「え、それ大丈夫なんですか......」
「私も不覚を取りました。しかし、私がこの集落で触れたものは数が多くありません。それに、関わった時間も、夜叉丸殿を除いてほんの一瞬。こんなものを仕込める者などいないはずです」
ガンマの言うことは嘘ではないが、鬼族は技能的にも優れているのだから、それくらいはできるのではないかとは思う。しかし、問題なのはそこではない。
「逃げろってどういうことでしょうか」
「分かりません。確かに、ここは今から戦場になりますし、危険だというのも分かります。ただ、私はこれを仕込ませた者が気になり......」
ガンマは差出人の方が気になるらしいが、私は危険だということに引っかかる。
危険とは、何か、別のものをさしているような気がする......。もしかしたら、あの異世界からの敵のことかもしれない。
「デルシア様。決して無理はなさらぬよう、お願いします」
「はい、ガンマさんの方こそ無理しないでください」
それを聞くと、ガンマは例の紙を持ってミューエのところへ向かった。同じようなことを話すつもりだろう。多分、ミューエはガンマと同じように差出人の方を気にするだろう。
ーー鬼の娘は泣き、郷は潰れ、我らの使命は終わるーー
「ッ......誰!?」
変な声が聞こえ、咄嗟に辺りを見渡したが、誰一人として私に話しかけてきたものはいない。
「今の、声は......」
まるで、脳に直接語りかけてくるような声。目を瞑れば、あの時のように見知らぬ『未来』が見えてくる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お願いだからっ!私のために死んでよ!」
「悪ぃが、俺にはこの郷の奴らを守る使命があんだよ。てめぇにどんな事情があろうが、俺は道を譲らねぇ」
瞼の奥に、少年と少女が、互いに武器を持って言葉を投げ合っている。
1人はこの郷を守る使命を、もう1人は妹を助けるために......。
(あれは......)
少年の方は、よく見ると羅刹であることが分かる。そして、もう1人の少女の方は......。
「アイリスよォ......、お前に何があったのかは分かってるつもりだ!そして、お前だってこの郷のことが大好きだったはずだ!なのに、なんで攻めてきたんだ!」
「仕方ないじゃない......。妹を守るためには、こうするしかなかったんだから......」
アイリスが泣きながら羅刹に向かってナイフを投げつける。
羅刹は全てを避けきり、アイリスの喉元にまで迫る。
「悪ぃアイリス。セルカのことは任せとけ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
見える未来はここまでだった。
郷に攻めてくるのはアイリス。恐らくこの郷出身の鬼族。そして、対面していたのは羅刹。それと、セルカがどうとか言っていた。
「未来が、見えている......」
見える景色も、見ることの出来る時間も限られているが、確かに未来を見ることができた。妄想にしては現実味がありすぎるし、私はこんな妄想をしない。
見えた景色から推測するに、彼らが戦ってたのは夜叉丸の家付近。ただ、こんなことが分かって何になる。アイリスは敵で、この郷を潰す気でいる。
「セルカ......、セルカ?」
セルカと言えば、まだ私が黒月にいた頃に、いよいよもって私が白陽に移る前にやって来た少女だったはず。
アイリスの発言から、彼女も同じ人質だと思われる。
「アイリスさんも、助けなければならない、ということ?」
確か、ガイルさんが言っていたことで、鬼族の娘を仲間にすれば、暗殺隊も仲間にできる。ここで彼女を説得できれば、ベルディア姉さんのも合わせて暗殺隊の半分は手中に収められる。
「アイリスさんのこと調べないと......」
1番知っていそうなのはイグシロナだ。ガンマは崖から突き落とされた時期的にあまり知らないと思う。イグシロナだけが黒月の情勢を知っている。
「あのぅ......」
「はい、なんでしょう!」
「ひぃっ」
後ろから声をかけてきたのはネイだった。思わず大声を出してしまい、ネイを驚かせてしまったようだ。
「あ、どうかしましたか」
「......ええっと、デルシアさん何かありました?凄く怖い顔してますよ」
「えっ?」
慌てて顔に手を当てて確かめる素振りを見せる。
「そんなに私、怖い顔してましたか?」
「はい。普段とは、全くもって違う......、ええっと、本当に怖い顔をしてました」
そんなに怖い顔をしていたのだろうか。確かに、普段しないような考え事をしていて表情が変わっていたかもしれないが。
「あの、よろしければ、私が軍略を整えましょうか?」
「......どういうことですか?」
「いえ、デルシアさんのお仲間は、みんなあまり策を考えるのが得意そうではないので、なら、私がやろうかなって。余計でしたか?」
「いえ、そんなことないです!丁度軍師が欲しいなって思ってたところでしたから!」
「良かった。私、もしかしたら足でまといになるんじゃないかと思ってて......」
「そんなことないですよ。ネイさん強いですし、頭も良いんでしょう?」
「......あまり、私に『強い』って言葉を使わないでください」
一瞬、ネイの顔に影が差した。
夜叉丸達の喧嘩を止めようとした時に見せた、あの殺気立った顔だった。
「すみません。私、またあの顔をしてましたね」
そう言い残して、ネイがこの場を離れていった。
「余計なこと、言っちゃったかな......」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すみませんが、私はアイリス様に関しては何も知りません」
「そう......ですか」
イグシロナの答えは期待外れだった。戦争が始まる前までのことを考えると、何か知っていそうではあったが。
「暗殺隊にかなり強い少女がいることは聞いておりましたが、私は軍に関しては何も知らないもので。お役に立てず、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
アイリスを知っていそうなのは、他にいない。ミューエは私が白陽に移った頃と同じ時期に白陽に移ってるし。そういえば、羅刹は口ぶりからして知っているはず。でも、なんだか聞く気にはなれない。
「......そのような少女が、相手にいるということなのですよね?」
「はい、多分......。ハッキリとは言えないんですけど、その子が、ガイルさんが言っていた鬼族の娘だと思います」
「......助けたい、と思っているのでしょう。しかし、それは無理かと」
「なんでですか......」
「......デルシア様。1つだけ言っておきます。生かすよりも、殺す方が楽。デルシア様の思念は、想像よりも、果てしなく難しいことです」
「諦めろ、と言いたいのですか?」
「いえ、助けたいという気持ちは分かります。そのための手伝いならなんでもします。しかし、心に留めておいてほしいのです。仕方がない、と諦められることを」
イグシロナの目は本気そのものだ。第1番に私の身を案じている。自分は犠牲になっても良いとも思っているだろう。
「分かりました。では、イグシロナさんも1つだけ覚えておいてください」
「はい......?」
「私はとてつもなく諦めの悪い人間です」
「......分かりました。心に刻んでおきます」
この返しにはイグシロナも驚いたようだ。ただ、何も反論せずに了承の意を示してくれた。
「デルシア、それとイグシロナ。敵が動き出したわ」
ミューエの、いつもの冷たい声が開戦を告に来た。
「ありがとうございます、夜叉丸さん」
「おい霊鬼。お前が焦るほどってどんくらいなんだ?」
「あれを見れば分かります」
霊鬼が指さす方、壁の外側にいつもの黒月の軍隊が構えている。しかし、いつもと違って真っ黒な装束だ。まるで、闇夜に紛れる暗殺者のような......。
「まさか、あれは......」
「なんか知ってんのか、親父」
「風聞に聞いたことはあるが、あれは黒月が誇る、『暗殺隊』というやつだ。奴らは、その名の通り暗殺を得意としており、攻めるのは一瞬、退散も一瞬で終わらし、反撃の隙を与えさせない。まさに最強の暗殺組織」
「よく分からねえけど、あいつらがあんなに固まってんだ。ボコるチャンスだろ」
「馬鹿言え。あいつらはこちらの様子を伺っている。儂らがここにいるということも、既に察知しておるだろう」
「霊鬼が焦る相手ってのは、そういう事だったのか」
「はい。一目ですぐに暗殺隊だと分かりましたから」
霊鬼は賢い。常に物事を客観的に見て、最善だと思うものを見つける。
いつものことだと思って適当に相手をしようとすれば、間違いなく一瞬で殺られていただろう。
「霊鬼、集落におる戦士を全員集めろ。迎撃体制に移る」
「了解しました」
すぐに霊鬼が集落の方へ駆け出していく。
「全く、デルシア様がおる時に限って来るとは......。奴ら、まさかこのことを知っていたのでは?いや、そもそもデルシア様は行方不明だったと聞いておる。獣人族のところで出現してから2日も経っとらん。そんな早くに情報が伝わるわけが......」
「親父、難しいこと考えるのは似合ってねえよ。例え、何が原因だろうが俺達は命懸けでこの故郷を守るだけだ」
クソガキのくせに、立派なことを言いやがる。おまけに、ごもっともなことだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デルシア様、如何なされますか?」
うるさい親子がいなくなった物静かな部屋で、ガンマがそう尋ねてくる。
「すみません。まだ頭の整理が......」
まだ状況が理解出来ていない。
えっと、黒月の軍が攻めてくるのはいつものことだけど、今回来たのはなんかやばそうらしい。霊鬼っていう、多分凄い強い人が焦るほど。時間的に、この侵攻は2日くらい前に軍隊が黒月を出たと考えられる。つまり、ベルディア姉さんは無関係。
「とりあえず、様子を見に行った方が良いのではないでしょうか?」
「......ネイさんの言う通りですね。とりあえず、見に行ってみましょう」
全員、何も言わずに頷いた。
(なんか、獣人族のところでも似たようなことをしたような......)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「みんな、この集落を制圧するための手筋は、しっかりと頭に叩き込んだよね?」
その質問に、黒装束が全員首を縦に振る。
なぜ、自分の故郷を、自分の手で潰さねばならないのだろうか。
あの王子の考えていることが分からない。私を向かわせれば、手を抜かれて失敗するかもしれないのに。
「セルカ......」
失敗すれば、あの子の命がない。そのことを口に出して言いはしなかったが、アルフレアはきっとその気でいる。
そうだとしても、なら、なぜギリエア大橋の制圧に向かわせないのだ。やることは何も変わらないはず。
「......いや、あいつのことだ。自分の郷を自らの手で潰させて、王国への忠義を確認しようとしているだけに違いない」
でなければ、これはただの嫌がらせ......嫌がらせか。あの王子の頭を引っ叩いてやりたい。
せめて、セルカさえ助けることができれば......。
「アイリス様。全軍、配置に着きました」
考える時間も与えてくれない......か。
夜叉丸さんが交渉にさえ応じてくれれば。いや、いくら私の事情を知ったとしても、そう易々と黒月に従くわけがない。
ダメだ。どう考えても郷を潰さず、セルカも殺されずにできる方法が見つからない。
「......アイリス様。お気持ちは分かりますが、これは仕方のないことです。割り切ってください」
割り切れ。
今まで幾度となく言われてきた。両親がいなくなった時も、黒月にセルカが連れ去られた時も。
そうやって、仕方がないと割り切れていれば、どれだけ楽だったことか。でも、私には諦めることができない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いいかお前ら!この戦いに防衛線はない!あいつらの軍隊には、集落を守っておる壁など無いに等しい!敵はどこからでもやって来る。誰一人としてこの集落に入れるな!入れたもんは、後でお尻ペンペンじゃ!」
「親父、そこふざけなくていいから」
「何を言う。儂は常に本気じゃ!」
羅刹のツッコミに、夜叉丸はバカでかい声で返す。
黒月が攻めてきたというのは、本当に本当のことだった。しかも、攻めてきたのは暗殺隊。姉さんが持ってる軍隊とは違うようだ。
「黒月の暗殺隊に、鬼族の娘がいるらしい」
ガイルさんが言っていたらしい。本当にそうだとして、もしも今攻めてきた軍隊にその子がいるのだとしたら......
「デルシア。相手が誰だろうと、戦う時はは戦わなければいけないのよ。変な心配してる暇があったら、策略の方に考えを移しなさい」
相変わらずのミューエが冷たい声でそう言う。
策を考えろと言われても、私にそこまでの頭はない。思えば、私達には軍師に適任な人がいない。今後のことを考えると、次はどこに向かうべきか、とかを考えてくれる策士が欲しい。
「あの、デルシアさん......」
「はい、どうかしましたか?ネイさん」
「うぅ......本当に私も戦わないといけないんですか?」
「......できることなら参加してほしいです。ネイさんは凄く強いですし」
「強いって言われてもなぁ......」
ネイが嫌そうな顔をして、この場を去っていった。
戦いたくないという気持ちは分かるが、そんなワガママが通じる世界ではない。私だって、本音を言えば城でゴロゴロしていたいくらいだし。
それができなくなったのは、基本私のせいなのだが......。
(デルシア様、見て頂きたいものが)
今度はガンマが小声で話しかけてきた。
「見てほしいもの?」
「はい、これなのですが」
ガンマが小さな紙を取り出してこちらが見えるように見せてくる。
「ここはキケンだ。逃げろ......。どういうことですか?」
「私にもさっぱり。気づいた時には鞘の中に紛れ込んでおりましたから」
「え、それ大丈夫なんですか......」
「私も不覚を取りました。しかし、私がこの集落で触れたものは数が多くありません。それに、関わった時間も、夜叉丸殿を除いてほんの一瞬。こんなものを仕込める者などいないはずです」
ガンマの言うことは嘘ではないが、鬼族は技能的にも優れているのだから、それくらいはできるのではないかとは思う。しかし、問題なのはそこではない。
「逃げろってどういうことでしょうか」
「分かりません。確かに、ここは今から戦場になりますし、危険だというのも分かります。ただ、私はこれを仕込ませた者が気になり......」
ガンマは差出人の方が気になるらしいが、私は危険だということに引っかかる。
危険とは、何か、別のものをさしているような気がする......。もしかしたら、あの異世界からの敵のことかもしれない。
「デルシア様。決して無理はなさらぬよう、お願いします」
「はい、ガンマさんの方こそ無理しないでください」
それを聞くと、ガンマは例の紙を持ってミューエのところへ向かった。同じようなことを話すつもりだろう。多分、ミューエはガンマと同じように差出人の方を気にするだろう。
ーー鬼の娘は泣き、郷は潰れ、我らの使命は終わるーー
「ッ......誰!?」
変な声が聞こえ、咄嗟に辺りを見渡したが、誰一人として私に話しかけてきたものはいない。
「今の、声は......」
まるで、脳に直接語りかけてくるような声。目を瞑れば、あの時のように見知らぬ『未来』が見えてくる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お願いだからっ!私のために死んでよ!」
「悪ぃが、俺にはこの郷の奴らを守る使命があんだよ。てめぇにどんな事情があろうが、俺は道を譲らねぇ」
瞼の奥に、少年と少女が、互いに武器を持って言葉を投げ合っている。
1人はこの郷を守る使命を、もう1人は妹を助けるために......。
(あれは......)
少年の方は、よく見ると羅刹であることが分かる。そして、もう1人の少女の方は......。
「アイリスよォ......、お前に何があったのかは分かってるつもりだ!そして、お前だってこの郷のことが大好きだったはずだ!なのに、なんで攻めてきたんだ!」
「仕方ないじゃない......。妹を守るためには、こうするしかなかったんだから......」
アイリスが泣きながら羅刹に向かってナイフを投げつける。
羅刹は全てを避けきり、アイリスの喉元にまで迫る。
「悪ぃアイリス。セルカのことは任せとけ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
見える未来はここまでだった。
郷に攻めてくるのはアイリス。恐らくこの郷出身の鬼族。そして、対面していたのは羅刹。それと、セルカがどうとか言っていた。
「未来が、見えている......」
見える景色も、見ることの出来る時間も限られているが、確かに未来を見ることができた。妄想にしては現実味がありすぎるし、私はこんな妄想をしない。
見えた景色から推測するに、彼らが戦ってたのは夜叉丸の家付近。ただ、こんなことが分かって何になる。アイリスは敵で、この郷を潰す気でいる。
「セルカ......、セルカ?」
セルカと言えば、まだ私が黒月にいた頃に、いよいよもって私が白陽に移る前にやって来た少女だったはず。
アイリスの発言から、彼女も同じ人質だと思われる。
「アイリスさんも、助けなければならない、ということ?」
確か、ガイルさんが言っていたことで、鬼族の娘を仲間にすれば、暗殺隊も仲間にできる。ここで彼女を説得できれば、ベルディア姉さんのも合わせて暗殺隊の半分は手中に収められる。
「アイリスさんのこと調べないと......」
1番知っていそうなのはイグシロナだ。ガンマは崖から突き落とされた時期的にあまり知らないと思う。イグシロナだけが黒月の情勢を知っている。
「あのぅ......」
「はい、なんでしょう!」
「ひぃっ」
後ろから声をかけてきたのはネイだった。思わず大声を出してしまい、ネイを驚かせてしまったようだ。
「あ、どうかしましたか」
「......ええっと、デルシアさん何かありました?凄く怖い顔してますよ」
「えっ?」
慌てて顔に手を当てて確かめる素振りを見せる。
「そんなに私、怖い顔してましたか?」
「はい。普段とは、全くもって違う......、ええっと、本当に怖い顔をしてました」
そんなに怖い顔をしていたのだろうか。確かに、普段しないような考え事をしていて表情が変わっていたかもしれないが。
「あの、よろしければ、私が軍略を整えましょうか?」
「......どういうことですか?」
「いえ、デルシアさんのお仲間は、みんなあまり策を考えるのが得意そうではないので、なら、私がやろうかなって。余計でしたか?」
「いえ、そんなことないです!丁度軍師が欲しいなって思ってたところでしたから!」
「良かった。私、もしかしたら足でまといになるんじゃないかと思ってて......」
「そんなことないですよ。ネイさん強いですし、頭も良いんでしょう?」
「......あまり、私に『強い』って言葉を使わないでください」
一瞬、ネイの顔に影が差した。
夜叉丸達の喧嘩を止めようとした時に見せた、あの殺気立った顔だった。
「すみません。私、またあの顔をしてましたね」
そう言い残して、ネイがこの場を離れていった。
「余計なこと、言っちゃったかな......」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すみませんが、私はアイリス様に関しては何も知りません」
「そう......ですか」
イグシロナの答えは期待外れだった。戦争が始まる前までのことを考えると、何か知っていそうではあったが。
「暗殺隊にかなり強い少女がいることは聞いておりましたが、私は軍に関しては何も知らないもので。お役に立てず、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
アイリスを知っていそうなのは、他にいない。ミューエは私が白陽に移った頃と同じ時期に白陽に移ってるし。そういえば、羅刹は口ぶりからして知っているはず。でも、なんだか聞く気にはなれない。
「......そのような少女が、相手にいるということなのですよね?」
「はい、多分......。ハッキリとは言えないんですけど、その子が、ガイルさんが言っていた鬼族の娘だと思います」
「......助けたい、と思っているのでしょう。しかし、それは無理かと」
「なんでですか......」
「......デルシア様。1つだけ言っておきます。生かすよりも、殺す方が楽。デルシア様の思念は、想像よりも、果てしなく難しいことです」
「諦めろ、と言いたいのですか?」
「いえ、助けたいという気持ちは分かります。そのための手伝いならなんでもします。しかし、心に留めておいてほしいのです。仕方がない、と諦められることを」
イグシロナの目は本気そのものだ。第1番に私の身を案じている。自分は犠牲になっても良いとも思っているだろう。
「分かりました。では、イグシロナさんも1つだけ覚えておいてください」
「はい......?」
「私はとてつもなく諦めの悪い人間です」
「......分かりました。心に刻んでおきます」
この返しにはイグシロナも驚いたようだ。ただ、何も反論せずに了承の意を示してくれた。
「デルシア、それとイグシロナ。敵が動き出したわ」
ミューエの、いつもの冷たい声が開戦を告に来た。
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