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第5章 【黒の心】

第5章6 【表の六節】

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「......ちっ、全然分かんねぇ」

「だから言ったじゃねえか。話して伝わるか?って」

「......私も、ここまで複雑な子だとは思わなかったな」

 フウロでさえ理解できないのなら、ヴェルドが理解できなくて当たり前。むしろ、他の面々も理解できないだろう。だって、近くにいた俺ですら理解するまでにかなりの時間を有したのだから。

 それに、全部吐ききったと思っていたネイが、まだ隠し事をしているなんて。察することは出来ても、聞き出すことは出来ない。ここら辺は教育してやらねえとな。

「......簡単な話じゃないですか?」

 エフィがそう言う。

「理解出来たのか?お前」

「なんとなく......になるのですが、神の子に近いものなんじゃないかと......」

「「「 ? 」」」

 3人で顔を合わせた。

「すまない。その神の子ってなんだ?」

「あっ、すみません。私のいた村に伝わる物語の要の子で、色々と特殊な力を持ってる子なんですよ」

 要は創作物の登場人物か。もうちょっと詳しく聞いてみよう。

「まさか、その子は特殊が故に、色んな人から苛まれてるとか言うんじゃねえだろうな?」

「あはは......その通りです」

 そら似てると感じるわけだ。こいつだって、特殊が故に苛まれてたんだからな。龍人ってだけで、なんでそこまでの扱いを受けなきゃならねえんだろ。

「それで、その子は周りの人からどれだけ酷い扱いを受けようとも、魔物が襲ってきたら先頭に立って戦って、川が氾濫を起こして橋が崩れたのなら、それを直して、決して助けを求める人を見捨てる人じゃないんです。それで......」

「最後には悲しい結末でも待ってるのか」

「......はい。最後は、その子が唯一求めた助けを、人間達に無視されて死ぬ。そういう物語なんです」

 ありがちな悲しい物語だな。ただ、とても他人事とは思えない。

「エフィの村の名前ってなんだっけ?」

「......覚えてないです」

 エフィが申し訳なさそうにそう言う。

 まあ、1年くらい帰ってないんだし、この1年間色々とあったから忘れてても仕方ないか。俺だって、酒の勢いでこいつの名前を......いや、これ関係ねえな。

「あー、でも、結局あの丸い瘴気団って何だったんですかね?」

「あー、あれか......。あれって確か、メモリ絡みだったから、ヒカリ達のせいだよな?」

 俺はフウロの方を見て問いかける。

「あぁ。あの事件はその後の侵略者絡みとして処理されてる」

 特に意味のない会話をしてしまった気がする。でも、こうでもして気分を紛らわせておかないと、不安で気が気でない。

「う......」

 ようやくお目覚めか。これでまた暴れだしたら手のつけようがねえけどな。

「一応聞いとくが、大丈夫か?」

「......」

 上半身を起こしても、ネイは何も返してくれない。

(まさか、本当に暴れ出すんじゃねえだろうな......)

「......ごめんなさい」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「一応聞いとくが、大丈夫か?」

 ヴァルにそう聞かれた。

「......」

 『大丈夫』。そう言いたいのに、言っちゃいけない気がする。

 怖い。みんながどんな反応をしてくるかが怖い。
 あんなものを見られて、どんな顔をすればいいのか。あいつに身体を取られているあいだも、外の様子は見ることが出来た。みんな、私の手で散々にされていた。

「......ごめんなさい」

 謝って許されるようなもんじゃない。それでも、何かを言わなければ......

「ネイ」

 ヴァルが私の顔を覗き見るような感じでやって来る。

 腹の辺りに見える赤い滲みが、私がしでかしたことを物語っている。

「......ッ」

 思わず、目を逸らしてしまった。

「何があったか、話してくれないか?」

 嫌だ。話したくない。

 話せば、また嫌われてしまう。
 邪龍の力に目覚めたあの日のように、また嫌われてしまう。

「......ほっといてください」

「......隠してても、意味はない。話してくれないか?」

 優しい言葉で言われてるのに、その言葉が今はウザったらしく感じる。

「なぁ、話してくれないか?」

「......ほっといてって、あ"っ」

 ダメだ。またあいつがやって来る。

(俺に代われ)

 嫌だ。あんたなんかに、この身体は渡したくない。

「おい、ネイ。どうした?」

(嫌いなんだろ?そいつらが)

 黙れ黙れ黙れ!

(そうやって、よくも分からないことに悩んで、俺になれば、そんなことで悩まなくてもいい)

 うるさいうるさいうるさい!

 元はと言えば、あんたのせいで......!

(本当にそうか?)

 ......どういう意味?

(お前だって気づいてんだろ?)

 ......何に?

「自分の契約者でさえも、信じることが出来ないことに」

「......おい、ネイ?」

「俺達は同じ存在。何も違わない」

「おい、ヴァル。これは......」

「ネイ!正気を保て!」

「誰も信じない。それが、最善」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「おい!ネイ!しっかりしろ!」

「ちっ、離せよバカ」

 もう遅かったか......。

「あーあー、うるせえなー。そんなに俺の存在が邪魔かよ」

 邪魔も何も、よく分からない存在が近くにいるっていう不安がある。要は邪魔なんだけど......。

「貴様、ネイから離れろ!」

「離れろって言われてもよ、俺は俺だって言ってんだろ?邪魔しなきゃ、もうてめぇらに手出しはしねえよ」

 そう言って、ネイがこの場を離れようとする。

「待て、どこ行くつもりだ」

 すかさず、俺はネイの前に立ち塞がるように立つ。

「邪魔だ」

「俺はお前の契約者だ。好き勝手はさせん」

「ちっ、うぜぇ」

 そう言うと、ネイは諦めたかのようにベッドに座り込む。

「契約者様の指示には逆らえないもんでなぁ!あーあー!うぜぇ!」

 そうなのか......。俺の指示に逆らえないのなら、これからの行動をどうとでも出来る。

「......ネイに戻れ」

「指示ならなんでも聞けると思ったか?残念だが、俺がネイだ。その指示は意味を成さない」

 意味がない......か。

 本当にネイの性格だけが変わったということか......。よく分からない。

「あー、で?俺は何をすりゃいいんだ?お前らに謝りゃ良いのか?」

「やけに素直になったな」

 気味が悪い。俺の指示には絶対とか言って、本当はそんなこと無いんじゃ......。

「......あの弱虫が引っ込んでくれたからな。今は気分が良い」

「その弱虫って、ネイのことか」

「あぁ?あぁそうだな。お前らの言い方なら、そのネイだ。つっても、引っ込んだと言うより、俺と同期したって感じかな?」

「起きろ!ネイ!」

 俺は、不意をつくような形で、ネイの胸元を掴み、叫びかける。

 同期だなんて、そんなことあっていいわけない。こいつは、俺達が知らないネイじゃない。別の人格だ。それでいい。理由はそれだけだ。

「うぜえし、キモいんだよ!離せ!」

 ネイに突き飛ばされた。

「痛てっ」

 力だけは一丁前に強くなってやがる。これのどこがネイなんだか......。

(ヴァル、今は落ち着け)

 俺の傍に駆け寄ってきたフウロが、小声でそう言う。

(落ち着いて、あいつの心に語りかけろ。奴を追い出させるんだ)

 そうだな。感情で動いちゃならねえ。

 絶対に、ネイは中にいるはずなんだ。
 そうだ、あいつの剣には、龍王達の魂がいる。握らせて、ラナ辺りに強制交代してもらえれば。

 でも、剣は今もネイ自身が持ってる。なのに、なぜ龍王達はこの状態になっても出てこないんだ。緊急事態ってのはあいつらも分かってるはず。

「龍王!ネイの体を取れ!」

「あぁ?何言っ......ふう、やっと変われたよ」

 やった。今の口調と髪色からして、多分ラナに切り替わってくれたようだ。

「ゴメンねぇ、ヴァル。この、今の人格の子が硬すぎてねぇ。僕達でもなかなか切り替われなかったよ」

「なんにせよ、切り替われて良かった」

「そうだねぇ。まあ、僕達龍王5体でギリギリ取れたんだけどね」

「......私達が知ってる、ネイの方はどうなったんだ?」

 それは気になっていたことだが、あいつの口振りから察すると......。

「残念だけど、もう君達が知ってる彼女はいない。完全に、黒の心に支配されてしまったようだ」

「そうか......」

 負けてしまった......か。

 もう認めざるを得ない。

「あれは、ネイ。性格が180°変わっただけ」

「そういうことになるね。まあ、僕の知ったこっちゃないけど」

「お前、ネイの契約龍だよな?」

「そうだが、僕は僕が興味のあることだけに関心を持つ。まあ、僕もこの状況には興味があるんだけどね」

「お前、言ってる事がコロコロ変わってないか?」

 態度がハッキリしないのはいつもの事だが、こいつの面倒くささには呆れすら出ない。

 それでも今は話を合わせてやるしかないか。

「......ジーク君の話によると、こんな人格のネイは度々出てきていたようだ」

 突然何かを語り出すラナ。急にどうした、とかそんなこと言ったら話が脱線しそうなので黙っておこう。

「暗殺者。ジーク君も、この子も、あの人格のことはそう呼んでいたらしい。君達も、それに似た何かを喰らったんじゃないのか?特にその腹とかについてる傷」

「......これか」

 俺は腹に出来た赤い滲みを見る。

 これに関しては、油断しきっていた俺が喰らった不意打ちだったが、フウロのそれは、戦っててできるもんじゃない。まるで、かまいたちか何かにやられたように、鋭く真っ直ぐな傷。

 突然斬りかかってこられたら、反射で反撃はするはず。それなのに、一切の抵抗をしなかった時のような傷。

「ヴェルド、どうなんだ?」

「......確かに、ありゃ速すぎだった。フウロもライオスも、一切の反撃が出来なかったくらいだ」

「そういうことだね。暗殺者は、いつの時代だって素早い。気をつけた方がいいよ。いつ殺されたって不思議じゃないからね」

「おいおい、不吉なこと言うなよ」

「いや、ヴェルド。ラナの言うことを不吉だと切り捨てるのはよくない。充分気をつけるべきだ」

「フウロ君の言う通りだ。今のこの子は冗談でもなんでもなく暗殺者。しばらくは僕がこの体を使うが、いつ取り戻されてもおかしくない。ヴァル、そこら辺はしっかりしてね」

 しっかりしろと言われても、俺がどうすりゃいいのか。

 もう俺達が知ってるネイはいない。
 暗殺者のネイとは、話はできるが、素直に言うことは聞いてくれない。契約関係での指示なら聞かせられるが、それもどこまで有効なのかは分からない。

「なぁ、どうしたらいいんだ?」

「それは君が考えることさ。少なくとも、僕等が考えることじゃない。何せ、このまま体を返せば、多分二度と戻れなくなる」

「じゃあ、そのままでいればいいじゃねえか」

「ヴェルドは何も分かってない。これだからアホだバカだナルシだって言われるんだよ」

「おい、最後の1文いらねえぞ」

「こうやって話をしている間も、彼女はこの体を取り返そうと、必死で抗っている。僕を除いた龍王4体が必死で止めてるところだ」

「......あとどれくらい持つか?」

「......何か、思い浮かんだのかい?」

 賭けに出るしかないと思った。正直、このままラナが支配権を握ってくれるんだったら、もっと深く考えられるが、時間はない。

「ラナ、世界の書庫に入ることは出来るか?」

「入るも何も、この子が記憶を取り戻してからは、僕達の住処はあの場所だ」

 なら十分。

「もしかしたらだけど、書庫のどこかにあいつが蹲ってる可能性がある。俺も、機会があればそこに向かう」

「なるほど。試してみる価値はあるね。じゃあ、このメモリは君に渡しといた方がいいかな?」

 そう言って、ラナは腰に携えてある風魔の剣を渡してくる。

「任せたよヴァル。君は、僕達も一目置いてる存在だ。だから......後は......任せ......」

「おいラナ?」

 急に歯切れが悪くなってきた。時間切れ、ということか。

「あぁあぁ、うぜぇ奴らだ。何なんだあいつらは」

 可愛げのない言葉を使う、『暗殺者』が帰ってきた。

「ま、でもお陰で色々と解除できたけどな」

 企みのある笑みをこちらに向けてくる。

「もう、お前の好き勝手にはさせない」

「それはどうかな」

 一瞬にして、ネイの姿がこの場から消えた。

「......消えた?」

「転移系の魔法か......。確かに、あいつは使えたはずだが」

「俺が逃げんなって言ったはずなのに」

 解除できたとか言っていたが、まさか俺からの拘束力を解いたとかそういうのだったのか。
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