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第10章-Ⅰ 【Campo proelii ex mortuis】

第10章24 【cavas】

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 神様ってのは、どうしてこうも俺達に試練を与えるんだろうな。与えられる度にクリアして、それでいて、辛い思いもして、なのに次から次へと際限なくやって来る。

 正直、もううんざりだ。大人しくさせてくれよ......全く。

 ......

 ......

 ......

 揺れに揺れ、乗り物酔いを忘れる勢いで傷心していた俺は、気づけばグランアークのシグルアの街に着いていた。何も案内とかをしてないのに、すんなりとここまでやって来れたアイリスはスゲーと思う。まあ、何かの用事で道でを知ったんだろうな。

 アイリスと軽く別れ挨拶をして、俺は眠り続けるネイを抱えていつものギルドに入った。

ミラ「あら、ヴァルじゃない。おかえりなさい。創真での仕事はうまくいった?」

ヴァル「......」

 あの時、悪夢に呑み込まれた奴らも含め、俺が知っている面子が全員ギルドにいた。それに、結構知らない顔も多いことから、歴史が元に戻ってんじゃないかと思える。いや、事実元に戻ったのだろう。

 そう思うと、益々ネイを廃人同然の状態にされたことが悔やまれる。涙が出そうだ......。

ヴァル「っ......クソっ......クソクソクソッ!」

ミラ「ど、どうしたの?ヴァル」

ヴァル「情けねぇ......情けねぇんだよ......!」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ヴァハト「なるほどのう......うーむ......分からん!」

ヴァル「何がなるほどなんだよこのクソジジイ!」

フウロ「まあ落ち着けヴァル。私もよく分からん」

ヴァル「だろうな!」

 いつもの喧騒の中に、1人虚ろな顔をした少女がいる。それを取り囲むようにして私達は座ったり、立ったりしてヴァルの話を真正面から受け止めていた。と言っても、内容はほとんど理解出来ない。なんせ、説明下手なヴァルが、私達には理解出来ない単語を交えながら説明してくるのだから。

 まあ、それでもヴァルが伝えたいことはひしひしと伝わってきた。

ヴァル「人が声のトーン下げて真面目な話をしていたら、お前らは何も変わらねぇんだな!」

フウロ「当たり前だ。お前の説明では何も理解出来ん。同じ空気にしたいのであればもっとマシな説明をしろ」

ヴァル「出来たら苦労しねぇよ!」

セリカ「まあまあ、ヴァルの言いたいことはちょっとだけ理解出来たから」

 本当にちょっとだけだけどね。

セリカ「要は、私達が追いかけていたあの組織が、何かしらのことをしでかしてネイりんが......その......こんな状態になっちゃったって事でしょ?」

ヴァル「その何かしらの部分を理解して欲しかったんだが......」

セリカ「ご、ごめん......」

ヴァル「いやいい。ちょっと理解してくれただけでもありがたい」

ヴァハト「じゃが、2代目がこうもあっさりとやられてしまうとは、敵さんは儂らではどうしようもない相手じゃな。その辺について、ヴァル、お前はどう考えておる」

ヴァル「......正直なところ、1年経つ前にどっかに逃げちまいたいと考えてるよ。でも、逃げる先なんてどこにもねぇんだ。あいつら、時間も空間も何もかも飛び越えてくるからな」

ヴェルド「情けねぇな、お前。いつもの『あんな奴ら、俺の拳で殴り飛ばしてやる!』みたいな発言はどこ行ったんだよ」

ヴァル「俺、いつもそんな感じだった?」

グリード「言葉は違うかもしれねぇがァ、大体そんな感じだったなァ」

 まあ、確かにヴァルはガツガツと進んでいくタイプだったかな?なのに、逃げ腰になるとは、ヴァルらしくない。それほどに、創真の方で何かあったのだろう。

 そう言えば、記憶を失って、精神も壊れたって言うけど、ネイりんの顔には生気が無いだけで普通の人間らしく生命活動をしている。ヴァルは、その辺に関しては気にしていないけど、ネイりんがちゃんと生きているってだけでまだ可能性はあるんじゃないかと思う。

 まあ、可能性がありそうなだけで、私には何も分からない。せめて、ヒカリんでもいてくれればどうにかなったのに、これもまた、ヒカリんが夢の世界とやらでの戦いで死んでいる。時間改編で起きたことなのだから、元に戻った時間でなら存在してくれててもいいはずなのに、ここはどうやら改編の影響を受けていないという、絶望設定。何これ、嫌がらせでしょ。

ヴァル「と・に・か・く。どうにかしてネイを回復させなきゃならねぇんだ。じゃねぇと、多分死ぬ。いや、死ぬ。だから、みんなにも協力してほしいんだ」

ヴェルド「協力って、何をだよ。言っとくが、悲しいことにこのギルドにはアホしかいねぇぞ」

ヴァル「分かってるけど、なんとかして記憶は無理でも、人格を取り戻す方法でも見つかればいいんだ。それでーー」

フウロ「ギルド全員で、ありとあらゆる情報網を駆使して、人格再生に関する情報を集めるということか」

ヴァル「そういうことだ」

「「「 ...... 」」」

 人格再生......まあ、そうなるかな?記憶が戻っても、人格が壊れたままじゃ今と何も変わらないし......

 だけど、人格再生か......そんな人、いや、そんな医療聞いたことないなぁ......精霊達にでも探させてみようかな?あの世界、割となんでもある空間だし。

グリード「まあ、仕事で知り会った奴らから伝を辿って見るさァ」

フウロ「期待はあまりするな。そんな医療があれば、もう大発見としてあちらこちらとして話題になってるだろうからな」

 そう言って2人はさっさとギルドの外に出ていった。

 言葉ではあれだけども、2人は割とヴァルの事を可愛い弟分だと思っている節がある。ヴァル自身がそんな事を知れば、とりあえず力比べで白黒ハッキリ付けさせようとするだろうけど。だって、同列だと思ってる人達に勝手に下の奴らだと見下されている状態だからね。そんなの、ヴァルが認めるはずがない。まあ、それはそれとして。

セリカ「とりあえず、私も精霊達に聞いてみるから。あの世界なら、それっぽいものがあるかもしれないし」

ヴァル「悪いな」

セリカ「いや、全然大丈夫。ネイりんには、たくさん命を救ってもらったしね。丁度ここらで借りでも返さないと」

ヴェルド「それもそうだな。俺も、ちょっとこいつには恩があるしな」

ヴァル「......?なんで、照れくさそうに言うんだよ?お前の場合、ネイには謝らなきゃならねぇ事の方が多いだろ」

ヴェルド「......そうかもな」

ヴァル「気持ち悪っ!」

ヴェルド「うるせぇ!シバキ倒すぞ!」

 って言うヴェルドの顔には、なぜかネイりんに対しての感謝の気持ち?的なものが見えた。いや、よく分かんないけど。

 ......?あれ?ヴェルドって、ネイりんの事をよく思っていない節はあったけど、ネイりんに対して感謝の気持ちを抱くことなんてあったっけ?なんか、変な事で悩んでる気がするけど、なんかヴェルドらしくないって事だけは分かる。

ヴァル「まあいいや。協力してくれるってんならそれでいい」

ヴェルド「なんで上から目線なんだよ!」

ヴァル「だってお前だし」

ヴェルド「はあ!?」

セリカ「あーもう、その辺にしとこうよー!」

 なんだか喧しくなりそうな気がしたので、咄嗟に仲裁に入る。ほっといたら、この2人はそのうち近くの広場でタイマンを張りそうな気がする。というか、暇な時、忙しい時と双方に関係なくやり合ってるから。

ヴァハト「儂の方でも、ギルドマスター間の情報網を用いて国家機密に近いところまで探してみせよう。2代目がおらねば勝てぬ戦いがあるのは目に見えておる。今回ばかりは、お前の話を全面的に信頼して協力してやろう」

ヴァル「じっちゃん......」

ヴァハト「やるからには全力でやるぞい。それで、マスターがやると言うからにはギルドメンバーも一丸となってこの大仕事に挑む。全員、持ってる仕事をさっさと片付けて、この件に全力を注げるようにせい!」

「「「 お、おおー? 」」」

ヴァハト「声が小さぁぁぁぁぁぁい!ゲホッゲホッ」

ミラ「あらあら、また大きな声を出すからですよ、マスター」

「「「 お、おおーー!!! 」」」

 もう、このやり取りも見なれてきたな。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 そんなこんなで、私は精霊達に協力を要請してから、まあ、それでやることもなくなったわけなので、ちょっとネイりんの顔を眺めて時間を潰していた。

 一応、目を開けて、私の顔が見えてはいるようだ。でも、誰の顔が目に映ろうが、ネイりんはなんの反応も示さない。もちろん、ヴァルの顔が映ったとしても。

 虚ろな少女。そう例えた方がいいかな?

 何も残っていない。中身が空っぽな人間。記憶を失くした程度なら、こうはならなかったんだろうけど、人格を失えばこうなってしまう。記憶よりも、人格の方に大きなものが詰まってるってことかな。よく分からないけど。

セリカ「ネイりん......」

ネイ「......」

 名前を呼んでも、しゃがんで目線を合わせても何もなし。ちょっとくらい希望の欠片ってもんを見せてくれたっていいのに、本当に確認すればするほど絶望ってものを見せてくるな。

 全部、全部あいつらのせい......あいつらのせいで、ヒカリんは死んじゃったし、ネイりんは虚ろな少女になっている。そして、あのヴァルが逃げ腰になってしまうほど臆病になっている。

 お父さんの時と違って、直接私に何かあるわけではない。でも、許せないって気持ちは大きくなっている。あの時以上に......

ミラ「あんまり、セリカが気負うもんじゃないわよ」

 私の雰囲気を察したのか、ミラさんが優しそうな声でそう言ってきた。

ミラ「セリカ。ネイのことはヴァルに任せときなさい。あなたは、あなたが出来ることをすればいいから」

セリカ「......?それって、どういうーー」

ミラ「内緒」

 なぜか口元に人差し指を当てられて黙らされてしまった。

 意味深なことを言ったミラさんだったけど、どういう意味だったんだろう?

 僅かばかりの疑問に駆られながらも、まあやれることをやるっていうのは理にかなっているし、何かしようか?うーん、でも何しようか。

 と、まあ何かせねばという衝動に駆られ、なんとなくで私はギルド近くの広場に出た。こんなところに来ても何もないのにね。何やってんだろ。

セリカ「まあ、冷たい風にでも当たってれば、頭の回転も良くなるかな?」

 根拠もなければ、頭を働かせてどうにかなるなんてこともない。ただ、なんとなくボーッとしていたい気分だったのかもしれない。

 なんでネイりんのように強い人が、なんでヒカリんみたいな賢い人が......そんな気持ちに駆られている。あの2人がやられるなんて考えたくなかった。でも、実際問題あの2人がやられている。どうすればいいのか、どうしたらいいのか、私に出来ることは何かないのか。

 私に出来ること......

 私に出来ること............

 私に出来ること..................

セリカ「はぁ......やっぱり、ただの女の子って自覚してる私には無理だよぉ~」

 そうじゃん。私、ただの一般人じゃん。貴族って身分を自ら捨てて、精霊魔導師でありつつも、戦闘にはそれほど参加してなくて、かといって後方でサポートしてるわけでもない。オマケに、なんかヒロインの座から降格させられてるし......

 あれ?私の取り柄ってなんだっけ?

セリカ「うーん......」

「お悩みのようかな?お嬢さん」

セリカ「ひっ......!」

 背後から突然聞こえた男の声。思わず勢いで立ち上がって、そのままバランスを崩して地面にダイブしてしまった。

セリカ「痛ってて......」

「す、凄い勢いで転んだけど、大丈夫かい?」

 どこの誰のせいだと思ってんのよ......と思いつつ、正面に立っていた男の人が手を差し伸べてきたので、その手を取って立ち上がる。

「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど......」

 茶髪のくせっ毛まみれの白衣の男で爽やかイケメン風。なんか情報量そこそこ多いなと思わせる出で立ちだった。

 パッと見だけど、この人ならネイりんを治せそうな気がした。なぜかは知らないけど。

「僕の名前はアルト。君に声をかけたのは、なんだか思い悩んでいるように見えたからだよ」
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