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第10章-Ⅰ 【Campo proelii ex mortuis】
第10章25 【amica】
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アルト「そうか......大切な友達が......か」
セリカ「はい......」
なんですんなりと悩んでることを話せたのだろう。
あれ?初対面なはずだよね?なのに、なんでこうもすんなりと口から言葉が出ていったのだろうか。
魔法......か何かだろうか?いや、そうだとしても、ちょっと喋りすぎだかな?ネイりんのこととか、私自身のこととかetc......
アルト「実を言うと、そのネイって子とは少し話をしたことがある」
セリカ「そうなんですか?」
アルト「ああ。と言っても、彼女の場合は悩み事が壮大すぎて答えが出せなかったけどね」
セリカ「......」
そら、ネイりんの悩み事なら壮大な事だろう。私なんか比べものにならない程に。
アルト「ただ、彼女は少し頑張りすぎたのかもしれない」
セリカ「頑張りすぎた?」
アルト「ほら、彼女、かなり働き者だったんじゃないか?彼女と会話してる時はあえて指摘しなかったが、隈を見えないように薄らと化粧していたし、喋る時も息継ぎの回数が少し多かった。まあ、よく見なければ分からないことだけど、僕くらいになればパッと見でそこまでは理解できる。でも、僕は彼女の事を詳しくは知らない。だから、君の方が彼女についてよく知ってると思って『頑張りすぎたのかもしれない』と言ってみたが、その様子だと気づいていないみたいだね」
セリカ「......」
確かに、ネイりんはなんだかんだ言ってても私達のために頑張ってくれていた。
思えば、初めてネイりんと出会った時から、私達は自然とネイりんに頼りすぎていたのかもしれない。邪龍教に関しては私達も頑張っていたけど、やっぱり最終的にはネイが帰ってくることを信じてただ突っ立っていただけだった。
大会の時も、ダークソウルが攻めて来た時も、最終的に解決してくれたのはネイりん......頑張りすぎているっていうのにも、自然と頷ける内容だ。
アルト「人格が壊れるっていう事象について、僕は色々と見てきたものがある。カウンセラーになることを決めたのも、そういった患者を救いたいと思ったからだよ。ただ精神を治すだけなら誰にでも出来るからね」
セリカ「誰にでも?」
アルト「そう。世の中は便利なもので、精神を治すだけの魔法なら存在する。しかも、方法さえ知れば医療の知識が浅い人でも使用出来る。ちょっと言葉を簡単にすれば、それは催眠術と呼ばれる方法だね」
セリカ「催眠術......」
あんなの、ただの子供騙しだと思ってたのに、本物が存在するというのか......はぇー、世の中広い。
アルト「まあ、催眠術といっても、自己暗示みたいなものだけどね。あなたは何何が出来るって暗示をかけて、本人にも自分は何何が出来るって思い込ませる。これが催眠術の基本であり、全てだ。ただ、この方法には彼女を治すための方法にはなりえない」
セリカ「相手が、意識を持っていないといけないから?」
アルト「そう。寝てる相手に暗示をかけたところで、心が働いていないのだから意味がない。この方法は、相手が起きていて、尚且つ相手が自分を変えようとする強い意志を持ってなければならない。ごめんね、こんな希望も何もない話をして」
セリカ「......あ、いえ。大丈夫です」
アルト「......絶望の未来が近づいている。その未来を回避するためには、ネイ君を目覚めさせなければならない。でも、本当にそれしか方法はないのだろうか?彼女でなければ倒せない敵がいる。それは分かる。でも、それはただの思い込みだったなんてことはないのかな?端から何も出来ないって思うより、やれば出来る!みんなと力を合わせれば勝てる!くらいに気持ちを強くすれば、案外どうにかなるんじゃないかな?」
セリカ「確かに......」
それは考えもしなかった。
ネイりんじゃないと勝てないなんてただの思い込みだったかもしれない。ネイりんもヒカリんもやられて、2人がやられる程の相手なら、私達にはどうしようもない敵とばかりに思っていた。でも、よくよく考えれば、ネイりんは不意打ちされたって形だし、ヒカリんはヴァルを逃がすために犠牲になっただけだしで、決して全力の状態で負けたわけじゃない。なら、私達にも勝機はある......?
アルト「僕としての勝手な考えだけど、ネイ君は少し休ませた方がいい。少なくとも、今君達が敵対している相手を倒すまでは」
なぜか、アルトは優しそうな顔から一変、少し厳しめな顔になって私にそう言ってきた。
アルト「おっとすまない。悪い癖なんだ。目付きが悪いから、普段は笑顔を絶やさないようにしてるんだけどね」
私の表情から汲み取ってくれたのか、アルトはすぐに優しそうなオジサンの顔に戻る。
アルト「まあ、僕から言えるのはそれくらいかな?友達を思いやることも大事だけど、まずは自分に出来ることを探すことだ。その上で、友達のために出来ることを探そう。自分を見つけられないような人に、他人を見つけることは出来ない」
なんか名言っぽいことを言い残してアルトは立ち去っていった。冬風に靡かれる白衣が、アルトが列記としたカウンセラーなんだってことを喋っているように見えた。
自分を見つけられないような人に、他人を見つけることは出来ない......か。なんだかよく分からないけど、要は自分に出来ることを精一杯やれって事だよね?
セリカ「なんか......不思議な人だったな......」
よくよく思い出してみれば、ネイりんについてどうすればいいかしか聞いてないのに、なぜか晴れ晴れとした気分になっている。
セリカ「......うぅっ寒っ」
冷たい冬風が身に染みる。そろそろギルドに戻るか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シアラ「......」
皆さんが奮起になってから約5時間くらい後のこと。シアラは1人、ボーッと夜でひんやりと冷える冬のシグルアの街を眺めていました。
なんだか、今日はヴェルド様にデレデレする気になれません。なぜかと言うと、あのネイさんが虚ろな少女へと変貌を遂げたからです。
一方通行な思いだったら申し訳ないのですが、彼女とはそこそこに仲のいい友達だと思っていました。でも、彼女は全てを忘れ去り、己の心すら忘れてしまいました。
みんなが、ネイさんを取り戻そうとする中、シアラは何も出来ないでいます。何かをするべきなのは分かっていますが、何をしたらいいのかが分からない。いや違う。
ネイさんは、休むべきだと勝手に判断したのです。彼女の顔を見れば分かります。虚ろの中には、微かにネイさんの意識を感じとりました。もちろん、誰にも言いませんし、そんな事を言ったところで変な希望を持たれるだけって理解しています。
ネイさんは疲れている。シアラにはよく分かります。もし、あの場にアルテミスさんが同席していたのなら、きっと彼女もネイさんの状態を察することが出来たでしょう。なんせ、心の色を読み取れる能力の持ち主ですから。シアラの場合、似たような能力は持っていますが、アルテミスさんのそれとは比べ物にならない小さな力です。それでも、そんな小さな能力で読み取れるほどネイさんの心は灰色に染まっていました。
黒色なら、まだ白色を足していけば元に戻る。でも、あんな全てを燃やし尽くした炭のように灰色ならば、もう何色を足したところでぐちゃぐちゃになるだけ。余計に心が壊れるだけです。それを、シアラは理解していました。
みんな、ネイさんを取り戻すために必死になっている。それが、ネイさんを傷つけるかもしれないことを知らずに......シアラには、それを見ているのはとても辛かったのです。何も知らないくせに、何も分からないくせに......シアラには、ネイさんやヒカリさんの気持ちが今になってようやく分かりました。
勝手なことをするな。そう言い換えるのが良いでしょう。ネイさんに手出しをするな。ネイさんを休ませてあげて......でも、シアラはそんな事を言えません。なぜなら、みんな、ネイさんが帰ってくることを願っているからです。そんな中に、1人ぽつんとネイさんの帰りを願わない者がいることは好ましくないことです。
シアラには分かっている。でも、分かっていない。何も分かっていない。シアラも、みんなも、ヴェルド様も......
「どうかしたのかい?水色のお嬢さん」
シアラ「......?」
突然、背後からシアラに向けられた声が聞こえました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シアラ「......で、今の話を聞いてどう思いました?カウンセラーさん」
「アルトだよ。カウンセラーっていうのは職業名だ」
シアラ「そんなのはどうでもいいです」
アルト「ははは。警戒されてるね」
シアラ「当たり前です。男は皆、ケダモノだらけ。シアラが信頼出来る男は、ヴェルド様ただ1人だけです」
アルト「だろうね。話の中にもちょくちょくとヴェルドって名前の男の人が出てきていたから」
......全く、なぜシアラはこんな怪しげな男と会話をしてしまったのでしょうか。
ギルドの人間でなければ、騎士とか王国関係者とか、それなりに偉い身分の人ではない。どう見ても、ただのケダモノ。いえ、草食そうに見えるだけ、ケダモノと言うよりかはただのオッサンですね。ただ、そんな相手だろうと、シアラは男の人相手に話をしてしまったという事実が気に食わなくて仕方ありません。それも、たまたま近くにあったベンチに2人で腰をかけて話しているなど、こんな事、ヴェルド様とだってしたことはないのに......シアラは悪い子です。
アルト「君の話はよく分かった。要は、友達のために何かしたいと願いつつも、何もするべきではないと理解している。でも、周りの人間は君の望まない方へとばかり進んでいく。それをどうにかしたいということだね」
シアラ「ええ、そうです」
アルト「......」
シアラ「......」
アルト「......」
シアラ「何か分かったんじゃないんですか?」
アルト「......ああごめん。ちょっと寒くてボーッとしていてね」
シアラ「こんなところで寝たら死ぬぞ、なんてテンプレ台詞は言いませんよ?」
アルト「ごめんごめん。......そうだね、周りの人間が良くない方へと進んで行くか......確かに、君の話を聞いた限りでは、ネイ君は休んでいた方がいいのは事実だ。でも、何もそれは現状を維持し続けることだけが方法ではない」
シアラ「と言いますと?」
アルト「目覚めさせてもいいとは思う。ただ、目覚めさせたのなら、もう戦いからは目を背けさせることだね。それも、戦いがあるなんて事実すら知らないように」
シアラ「......ですよね」
アルト「ただ、彼女が中心となる戦いにおいて、彼女がそれを知らないようにする、なんてことは難しいと思う。ならば、このまま寝かせていた方がいい。少なくとも、戦いが終わるまでは」
シアラ「......でも、シアラはネイさんに休んでいてほしいと思う一方、ネイさんじゃなきゃ勝てない相手がいると思ってるんです。私達が束になって襲いかかっても、奴はシアラ達の攻撃を尽く無効化して来ます......いえ、こんな事、あなたに聞いても無駄でしたね」
アルト「いや、そんな事はないよ。勝てないって思ってるのは、1度自分達の心にそうであるという事実が刻まれたからだ」
シアラ「......?」
アルト「例え話をしよう。めちゃくちゃ強くて、自分には勝てない相手がいる。でも、その相手は成長していかないが、自分は成長していく。そうすると、次こそは勝てるという気持ちが芽生えてくる。でも、ここで油断してはならない。もっと自分を鍛えて、絶対に勝てるという強い気持ちを持てば、勝てなかった相手にも勝てるようになる。ただの作り話だけど、似たような経験をしている人なら、君の周りにいるんじゃなかったのか?」
シアラ「......」
ちょっと違うけど、似たようなことをした人なら覚えている。決して忘れない、とある冬の日の事だ。
あれは、まだシアラが全ての男を嫌っていた日のことだ。
セリカ「はい......」
なんですんなりと悩んでることを話せたのだろう。
あれ?初対面なはずだよね?なのに、なんでこうもすんなりと口から言葉が出ていったのだろうか。
魔法......か何かだろうか?いや、そうだとしても、ちょっと喋りすぎだかな?ネイりんのこととか、私自身のこととかetc......
アルト「実を言うと、そのネイって子とは少し話をしたことがある」
セリカ「そうなんですか?」
アルト「ああ。と言っても、彼女の場合は悩み事が壮大すぎて答えが出せなかったけどね」
セリカ「......」
そら、ネイりんの悩み事なら壮大な事だろう。私なんか比べものにならない程に。
アルト「ただ、彼女は少し頑張りすぎたのかもしれない」
セリカ「頑張りすぎた?」
アルト「ほら、彼女、かなり働き者だったんじゃないか?彼女と会話してる時はあえて指摘しなかったが、隈を見えないように薄らと化粧していたし、喋る時も息継ぎの回数が少し多かった。まあ、よく見なければ分からないことだけど、僕くらいになればパッと見でそこまでは理解できる。でも、僕は彼女の事を詳しくは知らない。だから、君の方が彼女についてよく知ってると思って『頑張りすぎたのかもしれない』と言ってみたが、その様子だと気づいていないみたいだね」
セリカ「......」
確かに、ネイりんはなんだかんだ言ってても私達のために頑張ってくれていた。
思えば、初めてネイりんと出会った時から、私達は自然とネイりんに頼りすぎていたのかもしれない。邪龍教に関しては私達も頑張っていたけど、やっぱり最終的にはネイが帰ってくることを信じてただ突っ立っていただけだった。
大会の時も、ダークソウルが攻めて来た時も、最終的に解決してくれたのはネイりん......頑張りすぎているっていうのにも、自然と頷ける内容だ。
アルト「人格が壊れるっていう事象について、僕は色々と見てきたものがある。カウンセラーになることを決めたのも、そういった患者を救いたいと思ったからだよ。ただ精神を治すだけなら誰にでも出来るからね」
セリカ「誰にでも?」
アルト「そう。世の中は便利なもので、精神を治すだけの魔法なら存在する。しかも、方法さえ知れば医療の知識が浅い人でも使用出来る。ちょっと言葉を簡単にすれば、それは催眠術と呼ばれる方法だね」
セリカ「催眠術......」
あんなの、ただの子供騙しだと思ってたのに、本物が存在するというのか......はぇー、世の中広い。
アルト「まあ、催眠術といっても、自己暗示みたいなものだけどね。あなたは何何が出来るって暗示をかけて、本人にも自分は何何が出来るって思い込ませる。これが催眠術の基本であり、全てだ。ただ、この方法には彼女を治すための方法にはなりえない」
セリカ「相手が、意識を持っていないといけないから?」
アルト「そう。寝てる相手に暗示をかけたところで、心が働いていないのだから意味がない。この方法は、相手が起きていて、尚且つ相手が自分を変えようとする強い意志を持ってなければならない。ごめんね、こんな希望も何もない話をして」
セリカ「......あ、いえ。大丈夫です」
アルト「......絶望の未来が近づいている。その未来を回避するためには、ネイ君を目覚めさせなければならない。でも、本当にそれしか方法はないのだろうか?彼女でなければ倒せない敵がいる。それは分かる。でも、それはただの思い込みだったなんてことはないのかな?端から何も出来ないって思うより、やれば出来る!みんなと力を合わせれば勝てる!くらいに気持ちを強くすれば、案外どうにかなるんじゃないかな?」
セリカ「確かに......」
それは考えもしなかった。
ネイりんじゃないと勝てないなんてただの思い込みだったかもしれない。ネイりんもヒカリんもやられて、2人がやられる程の相手なら、私達にはどうしようもない敵とばかりに思っていた。でも、よくよく考えれば、ネイりんは不意打ちされたって形だし、ヒカリんはヴァルを逃がすために犠牲になっただけだしで、決して全力の状態で負けたわけじゃない。なら、私達にも勝機はある......?
アルト「僕としての勝手な考えだけど、ネイ君は少し休ませた方がいい。少なくとも、今君達が敵対している相手を倒すまでは」
なぜか、アルトは優しそうな顔から一変、少し厳しめな顔になって私にそう言ってきた。
アルト「おっとすまない。悪い癖なんだ。目付きが悪いから、普段は笑顔を絶やさないようにしてるんだけどね」
私の表情から汲み取ってくれたのか、アルトはすぐに優しそうなオジサンの顔に戻る。
アルト「まあ、僕から言えるのはそれくらいかな?友達を思いやることも大事だけど、まずは自分に出来ることを探すことだ。その上で、友達のために出来ることを探そう。自分を見つけられないような人に、他人を見つけることは出来ない」
なんか名言っぽいことを言い残してアルトは立ち去っていった。冬風に靡かれる白衣が、アルトが列記としたカウンセラーなんだってことを喋っているように見えた。
自分を見つけられないような人に、他人を見つけることは出来ない......か。なんだかよく分からないけど、要は自分に出来ることを精一杯やれって事だよね?
セリカ「なんか......不思議な人だったな......」
よくよく思い出してみれば、ネイりんについてどうすればいいかしか聞いてないのに、なぜか晴れ晴れとした気分になっている。
セリカ「......うぅっ寒っ」
冷たい冬風が身に染みる。そろそろギルドに戻るか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シアラ「......」
皆さんが奮起になってから約5時間くらい後のこと。シアラは1人、ボーッと夜でひんやりと冷える冬のシグルアの街を眺めていました。
なんだか、今日はヴェルド様にデレデレする気になれません。なぜかと言うと、あのネイさんが虚ろな少女へと変貌を遂げたからです。
一方通行な思いだったら申し訳ないのですが、彼女とはそこそこに仲のいい友達だと思っていました。でも、彼女は全てを忘れ去り、己の心すら忘れてしまいました。
みんなが、ネイさんを取り戻そうとする中、シアラは何も出来ないでいます。何かをするべきなのは分かっていますが、何をしたらいいのかが分からない。いや違う。
ネイさんは、休むべきだと勝手に判断したのです。彼女の顔を見れば分かります。虚ろの中には、微かにネイさんの意識を感じとりました。もちろん、誰にも言いませんし、そんな事を言ったところで変な希望を持たれるだけって理解しています。
ネイさんは疲れている。シアラにはよく分かります。もし、あの場にアルテミスさんが同席していたのなら、きっと彼女もネイさんの状態を察することが出来たでしょう。なんせ、心の色を読み取れる能力の持ち主ですから。シアラの場合、似たような能力は持っていますが、アルテミスさんのそれとは比べ物にならない小さな力です。それでも、そんな小さな能力で読み取れるほどネイさんの心は灰色に染まっていました。
黒色なら、まだ白色を足していけば元に戻る。でも、あんな全てを燃やし尽くした炭のように灰色ならば、もう何色を足したところでぐちゃぐちゃになるだけ。余計に心が壊れるだけです。それを、シアラは理解していました。
みんな、ネイさんを取り戻すために必死になっている。それが、ネイさんを傷つけるかもしれないことを知らずに......シアラには、それを見ているのはとても辛かったのです。何も知らないくせに、何も分からないくせに......シアラには、ネイさんやヒカリさんの気持ちが今になってようやく分かりました。
勝手なことをするな。そう言い換えるのが良いでしょう。ネイさんに手出しをするな。ネイさんを休ませてあげて......でも、シアラはそんな事を言えません。なぜなら、みんな、ネイさんが帰ってくることを願っているからです。そんな中に、1人ぽつんとネイさんの帰りを願わない者がいることは好ましくないことです。
シアラには分かっている。でも、分かっていない。何も分かっていない。シアラも、みんなも、ヴェルド様も......
「どうかしたのかい?水色のお嬢さん」
シアラ「......?」
突然、背後からシアラに向けられた声が聞こえました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シアラ「......で、今の話を聞いてどう思いました?カウンセラーさん」
「アルトだよ。カウンセラーっていうのは職業名だ」
シアラ「そんなのはどうでもいいです」
アルト「ははは。警戒されてるね」
シアラ「当たり前です。男は皆、ケダモノだらけ。シアラが信頼出来る男は、ヴェルド様ただ1人だけです」
アルト「だろうね。話の中にもちょくちょくとヴェルドって名前の男の人が出てきていたから」
......全く、なぜシアラはこんな怪しげな男と会話をしてしまったのでしょうか。
ギルドの人間でなければ、騎士とか王国関係者とか、それなりに偉い身分の人ではない。どう見ても、ただのケダモノ。いえ、草食そうに見えるだけ、ケダモノと言うよりかはただのオッサンですね。ただ、そんな相手だろうと、シアラは男の人相手に話をしてしまったという事実が気に食わなくて仕方ありません。それも、たまたま近くにあったベンチに2人で腰をかけて話しているなど、こんな事、ヴェルド様とだってしたことはないのに......シアラは悪い子です。
アルト「君の話はよく分かった。要は、友達のために何かしたいと願いつつも、何もするべきではないと理解している。でも、周りの人間は君の望まない方へとばかり進んでいく。それをどうにかしたいということだね」
シアラ「ええ、そうです」
アルト「......」
シアラ「......」
アルト「......」
シアラ「何か分かったんじゃないんですか?」
アルト「......ああごめん。ちょっと寒くてボーッとしていてね」
シアラ「こんなところで寝たら死ぬぞ、なんてテンプレ台詞は言いませんよ?」
アルト「ごめんごめん。......そうだね、周りの人間が良くない方へと進んで行くか......確かに、君の話を聞いた限りでは、ネイ君は休んでいた方がいいのは事実だ。でも、何もそれは現状を維持し続けることだけが方法ではない」
シアラ「と言いますと?」
アルト「目覚めさせてもいいとは思う。ただ、目覚めさせたのなら、もう戦いからは目を背けさせることだね。それも、戦いがあるなんて事実すら知らないように」
シアラ「......ですよね」
アルト「ただ、彼女が中心となる戦いにおいて、彼女がそれを知らないようにする、なんてことは難しいと思う。ならば、このまま寝かせていた方がいい。少なくとも、戦いが終わるまでは」
シアラ「......でも、シアラはネイさんに休んでいてほしいと思う一方、ネイさんじゃなきゃ勝てない相手がいると思ってるんです。私達が束になって襲いかかっても、奴はシアラ達の攻撃を尽く無効化して来ます......いえ、こんな事、あなたに聞いても無駄でしたね」
アルト「いや、そんな事はないよ。勝てないって思ってるのは、1度自分達の心にそうであるという事実が刻まれたからだ」
シアラ「......?」
アルト「例え話をしよう。めちゃくちゃ強くて、自分には勝てない相手がいる。でも、その相手は成長していかないが、自分は成長していく。そうすると、次こそは勝てるという気持ちが芽生えてくる。でも、ここで油断してはならない。もっと自分を鍛えて、絶対に勝てるという強い気持ちを持てば、勝てなかった相手にも勝てるようになる。ただの作り話だけど、似たような経験をしている人なら、君の周りにいるんじゃなかったのか?」
シアラ「......」
ちょっと違うけど、似たようなことをした人なら覚えている。決して忘れない、とある冬の日の事だ。
あれは、まだシアラが全ての男を嫌っていた日のことだ。
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