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最終章 【創界の物語】
最終章25 【慈愛の笑み】
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地獄の業火とも呼べる炎の街で、屈託のない慈愛の笑みを浮かべる少女、アイリ。
その笑みを見れば見るほどに俺の恐怖が大きくなり、戦う意思が無くなってしまう。無惨にもやられていった仲間達のため、そしてどんな時でも俺を王だと認めてくれた民のために、諸悪の根源は潰さなければならない。なのにーー
「クソっ……!」
戦えない。ーー戦えないんだ。
胸が苦しい。死んだ方がマシだと思えるくらいに苦しい。とんでもないくらいの重圧がのしかかってきてる。跳ね返そうにも重すぎて跳ね返せない。このまま潰れてしまうのを待つだけ。
なぜだ。なぜなんだ。なんで俺は仲間が誰1人いない中で、必死に足を立てているんだ。なぜ、剣を構えているんだ。
ーー諦めてしまった方が楽だということを知っているのに。理解しているのに……。
口の中で嫌な味を感じさせる血を吐く。苦しみを感じつつも深呼吸を入れる。そして心を落ち着かせる。
「ーーお前を……殺す!」
強く、ハッキリとした声で慈愛の笑みをかき消す。あの笑みが恐怖に見えるからダメなんだ。あの笑みさえ意識しなければまだ行ける。
「エクセリア、頼むぞ……。聖龍・覚醒!」
青い炎を身に纏う。折れずに残った左腕に全神経を注ぐ。狙うは光楼宗の長、アイリ・ステライルグ。仲間のため、民のため、俺は剣を奮う!
「っセヤァァァァ!!」
痛む足を踏ん張らせ、空高くに跳ぶ。そして、左腕を天に掲げ、剣の切っ先を鋭く光らせる。この勢いのままアイリの心臓目掛けて剣を振り落とす。それだけの簡単な仕事だったはず……。だがーー
「なっ……」
まるで、透明な板でも張っているのかと思ったくらいに、剣が心臓に突き刺さる直前で止まった。
アイリ「ああ、なんと可哀想な目をしていらっしゃるのでしょうか」
「っ……」
手を軽く動かされただけで俺の体は吹き飛び、まともに受身を取れなかった俺は炎で焼け落ちる家の壁に強く打ち当たった。
これは……もう片方の腕もやられてしまったかもな。
両腕両足に力が入らない。そんな俺の元にあの少女があの笑みを浮かべてやって来る。
アイリ「聖王クロム。あなたはよくやりました。仲間のため、民のため、あなたは死んだ方が楽であると分かっていながら抗いました。ーーしかし、それは全くもって無意味なこと。余計に苦しむだけの物語」
冷たく鋭い感触が首元に当たる。アイリの方を見るが、彼女は何も手にしていない。それに、俺の首元にも何も当たっていないように見える。だが、俺は今、死の感触を味わっている……。
アイリ「ーーでも、安心してください。あなたの物語はここで終えますが、決して悪いとは言えない最期でした。あなたは仲間達の死を無駄にしないために戦った。後もう1歩が足りなかっただけなのです」
何かが喉にゆっくりと刺さる。血が溢れ出そうとしている。ーーでも、不思議と痛みは感じなかった。
「待ちなァァァァァ!」
目を閉じようとした時、何かが物凄い音を立てながらこちらに近づいてきた。次の瞬間、俺の体が空に上がり、なぜかとんでもない速さでこの火の街を抜けて行った。
「何……が……」
気付けば首元に当たっていた鋭い感触も無くなっている。きっと、奴から離れたからだろう。だとすれば、俺をとんでもない速さでかっさらって行ったのは……?
「ギリギリ間に合った……とは言い難い状況だが、生きてて良かったよ」
「ガルナ……」
黒い毛並みを炎に照らす黒馬に跨った女、ガルナが女らしくない肉付きをした腕で俺を抱えていた。
ガルナ「久しく会ってないのに覚えてくれててサンキューな」
しばらく走ったところでガルナは止まり、背に巻き付けていた救急箱を持ってサッと治療を始めていく。ーーガルナの顔やら腕にも、俺に負けず劣らずの傷を負っているというのにな。
ガルナ「ーーあーあ、変なことになっちまったよ……。あっちこっちにデケェ龍は現れるし、変な集団が突然血の祭りを始めるしーー、オマケにあたしの仲間もみんな死んじまったし……」
「ーー俺も……だ」
ガルナ「あたし1人生き残ったことが、運が良いのか悪いのか……。あーあ、サナラもダッガスも先に逝っちまいやがって……」
「勝手に殺すな」
茂みの中から大男が、これまた体中にたくさんの傷を付けた状態で現れた。
ガルナ「あれ~?生きてたのかー」
ダッガス「誰が助けてやったと思ってる。冗談は満身創痍な自分の面だけにしろ」
ガルナ「そりゃ、お互い様だろ、ハハッ」
ダッガス、そしてガルナ。セツナのトップが揃いも揃って満身創痍な状態か……。まあ、俺も人のことを言えた義理ではないが。
ダッガス「クロム王。姫さんはこっちで救出した。そして、いきなりこっち側の状況報告からになるが、俺達の国に変な連中が現れた。抵抗する暇なく民達は蹂躙され、俺達の部下も皆、殺されていった。ーー助けを求めてあんたのところに来たはいいが……」
ダッガスが気絶している姉さんを地面に寝そべらせ、ガルナ同様に応急処置を施していく。
「すまんな……こっちもこっちで死にかけの体だ」
ガルナの応急処置と聖龍の再生力で、何とか折れた右腕は動かせるようになった。しかし、全身がボロボロな手前、まだまともに動けそうにない。情けないな。
「ダメ元で聞いておくが、今、この世界で何が起きている」
ガルナ「答えられる奴がいるとすれば、そりゃ神様くらいだろうな。だぁれも今の状況を理解出来ていない。ーーただ、今この場だけのことを簡潔にまとめるとすれば、変な奴らが現れて人っていう人を殺し、オマケに太古の邪龍まで復活した。そしてあたしら含めた国のお偉いさんは満身創痍の状態。そんなところかな」
……クソっ。
ガルナ「とりあえず、いつまでもここにいるのは危険だ。クロム、なんか当てはねぇか?」
当て……あるには、あるな……。また頼ることになるが。
「グランアーク最東端に位置するシグルアという街がある。そこに、俺の親友達がいる」
ガルナ「おっけー。んじゃ、そこ行くか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー同時刻、創真。
「んぁっ……!」
打ち付け合った剣が力負けし、受け身を取ることが出来ないままに吹き飛ばされる。右手に握っていた剣は更に後ろの方へと飛んで行き、目の前には剣の切っ先が向けられている。
オーブ「諦めろ。創真の王よ」
赤く、一目で大将だと分かるほどに派手な鎧を身に着けた男『オーブ』が赤い瞳で見下ろしてくる。
ーー私は今、絶賛死の淵に立っていて、あともう1度でも傾いてしまえば地獄の入口に入ってしまいそうな状態だ。
一瞬。ほんの一瞬で私の国は赤い軍に占領されてしまった。ザガルからの侵攻、こんな時にやって来るなんて微塵も思っちゃいなかった。平和を信じていたからって言い訳をするわけじゃないけど、ずっとずっと戦争なんて二度と起きないと思っていた。そんな慢心が、この結果を生んでしまった……。
「私は……まだ……」
オーブ「強情な女王様だ。1年前、俺が何の考えもなしにあの男に力を貸したとでも思っているか。だとしたら勘違いも甚だしい。俺は最初から、あの男を利用するつもりでいた。そして、それはあの男も同じ。所謂利害の一致というやつだ」
「あ゛ぁ゛ァ!あ゛っ!」
捻り潰すように右手の甲に足を置いてくる。グリグリ、グリグリと穴でも空けるつもりなのかと思うくらいに足を捻っている。
オーブ「あの男は先に死んでしまったようだが、それは奴の本望だろう。ならば、協力した身として俺も利を得なければならない。ーー残念だが、創真の王にはここで死んでもらう」
オーブが手の甲から足を退け、代わりに突きつけてきていた剣を振り上げる。
助けを呼ぼうにも、みんなもう逃げた。私が逃がした。絶対に生き残ってほしかったから、猛反対するミューエさんにも、ガンマさんとイグシロナに無理を言って逃がしてもらった。
ーー助けは欲しい。でも、私の判断は何も間違っていない。私1人が死んで多くが助かるのならばそれでいい。
「っ……!」
剣が背中に突き刺さろうとしている。鋭い感触がジワジワと背中に食い込んでくる。痛い。けど、痛くない。血は出てると思う。けど、痛くはない。……死にたくない。こんなところで死にたくない。生きて、生き続けて、まだやってないことをやりたい。
ミューエさん。ごめんなさいーー
「ア゛ァァァァァァ゛!」
完全に突き刺さる前に、私は自分の体を龍化させた。
オーブ「……ついに気が狂ったか」
「ア゛ァァァ!あ゛ァァァ、ァァ!」
意識は保ててるけど、体の自由が効かない。やっぱり、閻王の刃が無いとダメなのか……。あの剣になんの力があるのかは知らないけど、あれがないと私はまともな龍化が出来ないらしい。
逃げるという選択肢は元々無いが、戦うという選択肢も今の状態が許してくれない。だけど、出来る限り動かせるところを動かしてせめてもの抵抗をする。けどーー
オーブ「意思無き獣に天秤は傾かん。奥義・虚栄の天秤」
自分の心臓が天秤にかけられている気がする。しかも、上の方に上がっていて、私の心臓が何かよりずっと軽いことを示している。
オーブ「上辺だけ繕って、結局貴様は自分の命がその他大勢より軽かったことに気付いていなかったわけだ」
何を言われてるのか全然分からない。だけど、胸に鋭い痛みがやってきたことだけは分かった。
オーブ「愛し愛され、貴様は人の上に立った。誰よりも自らに価値があると見栄を貼った。いや、それは無自覚か」
龍の鱗が剥げ、体がいつかの日みたいに人間に戻る。
オーブ「実力も無しに、貴様は自らを偉いと思い込み、自らの命が誰よりも重いものであると勘違いをしていた。それがこの結果だ」
気付けば、私は仰向けに倒れていて、胸に鋭く長い銀色の刀が突き刺さっていた。
「あ……」
オーブ「貴様の命は誰よりも軽い。貴様が生きることを望む者など、この世界の人間の数に比べればずっとずっと少ない。故に、貴様に生きる価値など無く、貴様はここで死ぬべきだと天秤が量った」
人の命……そんなものに、重さなんて……
何か言い返してやりたかった。でも、口が開かない。息が出来ない。一時的とはいえ、龍になった影響で体の自由が一切効かない。ただ、幸か不幸か、龍化の影響で生命力が高くなっている。そのお陰で今はまだ死んでいない。……でも、あと数分としないうちに私の命は尽きてしまう。それだけはバカな私でも理解出来た。
ーーベルディア姉さん、アルフレア兄さん、サツキ、シンゲン兄さん……。
あれ……?みんなの顔が見える。これが、走馬灯ってやつなのかな……
……
……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……死んでしまったか」
邪龍・リエンドの娘であれど、所詮は人の力を借りなければどうにもならなかった人間だ。命の天秤にかけられ、切り捨てられるのは当然のことだ。
「手の空いている奴はいるか」
俺がそう言うと、後ろにスっと1人の部下が現れる。
「お呼びでしょうか」
「1人か……まあいい。女王の体を運べ。仮にも邪龍の娘だ。あの者が手に入らなかった場合の妥協策になる」
「……」
「どうしーー」
後ろを振り返ろうとした瞬間、俺は自分の口から血が垂れていることに気付いた。それに、背中にチクリと鋭い痛みが走っている。
「貴様……俺に……何を……」
「ここまで何が起きているのか、私自身も理解出来ていませんでした」
「……」
背中から語りかけられる声は、今までとは違う殺意に満ちたものだった。
「それでは、光楼宗虚栄の席、オーブ・ザガロマグル。何かの手違いで生きていれば、また会いましょう」
そう言うと、部下だったはずの女は創真の女王を抱えて飛びさって行った。
「……クソ。毒が塗られてるな。生き返るには、後2時間くらい必要か」
2時間もあれば、俺から離れることに難しい要素などどこにもない。だが、俺が再び追いかけに向かうのも難しくはない。1度天秤にかけた命。逃しはしない。
その笑みを見れば見るほどに俺の恐怖が大きくなり、戦う意思が無くなってしまう。無惨にもやられていった仲間達のため、そしてどんな時でも俺を王だと認めてくれた民のために、諸悪の根源は潰さなければならない。なのにーー
「クソっ……!」
戦えない。ーー戦えないんだ。
胸が苦しい。死んだ方がマシだと思えるくらいに苦しい。とんでもないくらいの重圧がのしかかってきてる。跳ね返そうにも重すぎて跳ね返せない。このまま潰れてしまうのを待つだけ。
なぜだ。なぜなんだ。なんで俺は仲間が誰1人いない中で、必死に足を立てているんだ。なぜ、剣を構えているんだ。
ーー諦めてしまった方が楽だということを知っているのに。理解しているのに……。
口の中で嫌な味を感じさせる血を吐く。苦しみを感じつつも深呼吸を入れる。そして心を落ち着かせる。
「ーーお前を……殺す!」
強く、ハッキリとした声で慈愛の笑みをかき消す。あの笑みが恐怖に見えるからダメなんだ。あの笑みさえ意識しなければまだ行ける。
「エクセリア、頼むぞ……。聖龍・覚醒!」
青い炎を身に纏う。折れずに残った左腕に全神経を注ぐ。狙うは光楼宗の長、アイリ・ステライルグ。仲間のため、民のため、俺は剣を奮う!
「っセヤァァァァ!!」
痛む足を踏ん張らせ、空高くに跳ぶ。そして、左腕を天に掲げ、剣の切っ先を鋭く光らせる。この勢いのままアイリの心臓目掛けて剣を振り落とす。それだけの簡単な仕事だったはず……。だがーー
「なっ……」
まるで、透明な板でも張っているのかと思ったくらいに、剣が心臓に突き刺さる直前で止まった。
アイリ「ああ、なんと可哀想な目をしていらっしゃるのでしょうか」
「っ……」
手を軽く動かされただけで俺の体は吹き飛び、まともに受身を取れなかった俺は炎で焼け落ちる家の壁に強く打ち当たった。
これは……もう片方の腕もやられてしまったかもな。
両腕両足に力が入らない。そんな俺の元にあの少女があの笑みを浮かべてやって来る。
アイリ「聖王クロム。あなたはよくやりました。仲間のため、民のため、あなたは死んだ方が楽であると分かっていながら抗いました。ーーしかし、それは全くもって無意味なこと。余計に苦しむだけの物語」
冷たく鋭い感触が首元に当たる。アイリの方を見るが、彼女は何も手にしていない。それに、俺の首元にも何も当たっていないように見える。だが、俺は今、死の感触を味わっている……。
アイリ「ーーでも、安心してください。あなたの物語はここで終えますが、決して悪いとは言えない最期でした。あなたは仲間達の死を無駄にしないために戦った。後もう1歩が足りなかっただけなのです」
何かが喉にゆっくりと刺さる。血が溢れ出そうとしている。ーーでも、不思議と痛みは感じなかった。
「待ちなァァァァァ!」
目を閉じようとした時、何かが物凄い音を立てながらこちらに近づいてきた。次の瞬間、俺の体が空に上がり、なぜかとんでもない速さでこの火の街を抜けて行った。
「何……が……」
気付けば首元に当たっていた鋭い感触も無くなっている。きっと、奴から離れたからだろう。だとすれば、俺をとんでもない速さでかっさらって行ったのは……?
「ギリギリ間に合った……とは言い難い状況だが、生きてて良かったよ」
「ガルナ……」
黒い毛並みを炎に照らす黒馬に跨った女、ガルナが女らしくない肉付きをした腕で俺を抱えていた。
ガルナ「久しく会ってないのに覚えてくれててサンキューな」
しばらく走ったところでガルナは止まり、背に巻き付けていた救急箱を持ってサッと治療を始めていく。ーーガルナの顔やら腕にも、俺に負けず劣らずの傷を負っているというのにな。
ガルナ「ーーあーあ、変なことになっちまったよ……。あっちこっちにデケェ龍は現れるし、変な集団が突然血の祭りを始めるしーー、オマケにあたしの仲間もみんな死んじまったし……」
「ーー俺も……だ」
ガルナ「あたし1人生き残ったことが、運が良いのか悪いのか……。あーあ、サナラもダッガスも先に逝っちまいやがって……」
「勝手に殺すな」
茂みの中から大男が、これまた体中にたくさんの傷を付けた状態で現れた。
ガルナ「あれ~?生きてたのかー」
ダッガス「誰が助けてやったと思ってる。冗談は満身創痍な自分の面だけにしろ」
ガルナ「そりゃ、お互い様だろ、ハハッ」
ダッガス、そしてガルナ。セツナのトップが揃いも揃って満身創痍な状態か……。まあ、俺も人のことを言えた義理ではないが。
ダッガス「クロム王。姫さんはこっちで救出した。そして、いきなりこっち側の状況報告からになるが、俺達の国に変な連中が現れた。抵抗する暇なく民達は蹂躙され、俺達の部下も皆、殺されていった。ーー助けを求めてあんたのところに来たはいいが……」
ダッガスが気絶している姉さんを地面に寝そべらせ、ガルナ同様に応急処置を施していく。
「すまんな……こっちもこっちで死にかけの体だ」
ガルナの応急処置と聖龍の再生力で、何とか折れた右腕は動かせるようになった。しかし、全身がボロボロな手前、まだまともに動けそうにない。情けないな。
「ダメ元で聞いておくが、今、この世界で何が起きている」
ガルナ「答えられる奴がいるとすれば、そりゃ神様くらいだろうな。だぁれも今の状況を理解出来ていない。ーーただ、今この場だけのことを簡潔にまとめるとすれば、変な奴らが現れて人っていう人を殺し、オマケに太古の邪龍まで復活した。そしてあたしら含めた国のお偉いさんは満身創痍の状態。そんなところかな」
……クソっ。
ガルナ「とりあえず、いつまでもここにいるのは危険だ。クロム、なんか当てはねぇか?」
当て……あるには、あるな……。また頼ることになるが。
「グランアーク最東端に位置するシグルアという街がある。そこに、俺の親友達がいる」
ガルナ「おっけー。んじゃ、そこ行くか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー同時刻、創真。
「んぁっ……!」
打ち付け合った剣が力負けし、受け身を取ることが出来ないままに吹き飛ばされる。右手に握っていた剣は更に後ろの方へと飛んで行き、目の前には剣の切っ先が向けられている。
オーブ「諦めろ。創真の王よ」
赤く、一目で大将だと分かるほどに派手な鎧を身に着けた男『オーブ』が赤い瞳で見下ろしてくる。
ーー私は今、絶賛死の淵に立っていて、あともう1度でも傾いてしまえば地獄の入口に入ってしまいそうな状態だ。
一瞬。ほんの一瞬で私の国は赤い軍に占領されてしまった。ザガルからの侵攻、こんな時にやって来るなんて微塵も思っちゃいなかった。平和を信じていたからって言い訳をするわけじゃないけど、ずっとずっと戦争なんて二度と起きないと思っていた。そんな慢心が、この結果を生んでしまった……。
「私は……まだ……」
オーブ「強情な女王様だ。1年前、俺が何の考えもなしにあの男に力を貸したとでも思っているか。だとしたら勘違いも甚だしい。俺は最初から、あの男を利用するつもりでいた。そして、それはあの男も同じ。所謂利害の一致というやつだ」
「あ゛ぁ゛ァ!あ゛っ!」
捻り潰すように右手の甲に足を置いてくる。グリグリ、グリグリと穴でも空けるつもりなのかと思うくらいに足を捻っている。
オーブ「あの男は先に死んでしまったようだが、それは奴の本望だろう。ならば、協力した身として俺も利を得なければならない。ーー残念だが、創真の王にはここで死んでもらう」
オーブが手の甲から足を退け、代わりに突きつけてきていた剣を振り上げる。
助けを呼ぼうにも、みんなもう逃げた。私が逃がした。絶対に生き残ってほしかったから、猛反対するミューエさんにも、ガンマさんとイグシロナに無理を言って逃がしてもらった。
ーー助けは欲しい。でも、私の判断は何も間違っていない。私1人が死んで多くが助かるのならばそれでいい。
「っ……!」
剣が背中に突き刺さろうとしている。鋭い感触がジワジワと背中に食い込んでくる。痛い。けど、痛くない。血は出てると思う。けど、痛くはない。……死にたくない。こんなところで死にたくない。生きて、生き続けて、まだやってないことをやりたい。
ミューエさん。ごめんなさいーー
「ア゛ァァァァァァ゛!」
完全に突き刺さる前に、私は自分の体を龍化させた。
オーブ「……ついに気が狂ったか」
「ア゛ァァァ!あ゛ァァァ、ァァ!」
意識は保ててるけど、体の自由が効かない。やっぱり、閻王の刃が無いとダメなのか……。あの剣になんの力があるのかは知らないけど、あれがないと私はまともな龍化が出来ないらしい。
逃げるという選択肢は元々無いが、戦うという選択肢も今の状態が許してくれない。だけど、出来る限り動かせるところを動かしてせめてもの抵抗をする。けどーー
オーブ「意思無き獣に天秤は傾かん。奥義・虚栄の天秤」
自分の心臓が天秤にかけられている気がする。しかも、上の方に上がっていて、私の心臓が何かよりずっと軽いことを示している。
オーブ「上辺だけ繕って、結局貴様は自分の命がその他大勢より軽かったことに気付いていなかったわけだ」
何を言われてるのか全然分からない。だけど、胸に鋭い痛みがやってきたことだけは分かった。
オーブ「愛し愛され、貴様は人の上に立った。誰よりも自らに価値があると見栄を貼った。いや、それは無自覚か」
龍の鱗が剥げ、体がいつかの日みたいに人間に戻る。
オーブ「実力も無しに、貴様は自らを偉いと思い込み、自らの命が誰よりも重いものであると勘違いをしていた。それがこの結果だ」
気付けば、私は仰向けに倒れていて、胸に鋭く長い銀色の刀が突き刺さっていた。
「あ……」
オーブ「貴様の命は誰よりも軽い。貴様が生きることを望む者など、この世界の人間の数に比べればずっとずっと少ない。故に、貴様に生きる価値など無く、貴様はここで死ぬべきだと天秤が量った」
人の命……そんなものに、重さなんて……
何か言い返してやりたかった。でも、口が開かない。息が出来ない。一時的とはいえ、龍になった影響で体の自由が一切効かない。ただ、幸か不幸か、龍化の影響で生命力が高くなっている。そのお陰で今はまだ死んでいない。……でも、あと数分としないうちに私の命は尽きてしまう。それだけはバカな私でも理解出来た。
ーーベルディア姉さん、アルフレア兄さん、サツキ、シンゲン兄さん……。
あれ……?みんなの顔が見える。これが、走馬灯ってやつなのかな……
……
……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……死んでしまったか」
邪龍・リエンドの娘であれど、所詮は人の力を借りなければどうにもならなかった人間だ。命の天秤にかけられ、切り捨てられるのは当然のことだ。
「手の空いている奴はいるか」
俺がそう言うと、後ろにスっと1人の部下が現れる。
「お呼びでしょうか」
「1人か……まあいい。女王の体を運べ。仮にも邪龍の娘だ。あの者が手に入らなかった場合の妥協策になる」
「……」
「どうしーー」
後ろを振り返ろうとした瞬間、俺は自分の口から血が垂れていることに気付いた。それに、背中にチクリと鋭い痛みが走っている。
「貴様……俺に……何を……」
「ここまで何が起きているのか、私自身も理解出来ていませんでした」
「……」
背中から語りかけられる声は、今までとは違う殺意に満ちたものだった。
「それでは、光楼宗虚栄の席、オーブ・ザガロマグル。何かの手違いで生きていれば、また会いましょう」
そう言うと、部下だったはずの女は創真の女王を抱えて飛びさって行った。
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