グランストリアMaledictio

ミナセ ヒカリ

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IIIStorys 【勝利の女神】

第12章9 【死にたくない】

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 霧が立ち込める空虚な廃墟。肌に棘を刺してくるような居心地の悪さ。

ジーク「お嬢。俺様はここまでだ。こっから先は体が言う事聞かねぇ」

 ジークが目に見えて体を震わし、どっと冷や汗を流している。

ジーク「それに、向こうの世界も大変なことになってる。お嬢は坊主連れ戻したらさっさと帰ってこい。いいな」

「向こうの世界が大変って……まさか」

ジーク「そこは安心しとけ。復活したのは俺様だけじゃねぇよ。他の龍王も全員復活だ!だから、お嬢が帰ってきた時には全部終わってるようにしてやるよ。じゃあ、頑張れよ」

 それだけ言うと、ジークは私の言葉なんか聞かずにさっさと空へ旅立って行った。

「……いや、帰り道教えてもらってないんですけど」

 そんな事を呟いたら、空に煙で「思いっきり空に飛んでいけ」って書かれた。口で伝えた方が早いと思うんですけど???

「……まあ、そんな事は言ってられないか」

 肌に張り付くこの感じが嫌だけど、今のところは何も無い。心の中に何かが忍び込んでくるような感じはしないから、ジークよりも耐性は強いと思う。

 廃墟に足を踏み入れ、すぐ目の前に現れた教会に足を踏み入れる。なんだかお化けでも出てきそうな雰囲気がするけど、多分大丈夫……だよね?

「そういや、この裏世界ってリエンドが作った世界だから……」

 一応死者は全員解放されてるはずだけど、それでも万が一ってことがある。想いだけで世界を変えられるくらいには人というのは恐ろしい生き物なのだ。

 教会の中で、まずは怪しいものでもないかを探してみた。世界の中心と呼ばれる場所にどうやって行けばいいのかが分からないため、今は情報が欲しい。幸い、ここには色んな書物があるため、私の中にあるヨミの知識をフルに活用すれば、例えどんな文字で書かれていても読めないことは無いだろう。

「なんて高を括ってたら早速これですか……」

 最初に取り出した本の中身を確認すると、そこには記号だらけの文章であり、流石に言葉として成立していないものを読むことは流石の私でも無理だった。

 次に教壇に置かれてたものを手に取ってみたが、今度は最早何も書かれてすらいない。ただの白紙のページが連なるだけ。何も無いやって諦めて外に出ようとしたところ、何かを足で踏んでしまったような気がした。

「ん?」

 何だか足元に浮遊感が……

「え、ちょ、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 慌てて翼を広げてバタつかせてみるものの、謎の重力が働いて全然上に上がることが出来なかった。

 そして、落下の速度こそ落とすことは出来たものの、私は完全に地下の世界へと引きずり落とされてしまった。上の方を見上げてみると、そこにはさっき落ちてきたものと思われる異空間の扉が円形に拡がっており、そしてすぐに閉じた。完全に退路を絶たれた。

「な、何なんですかこれ……」

 罠……にしては、あんな誰も訪れそうにない場所に仕掛ける意味が分からない。それに、さっき見たのは紛れもなく異界への扉だった。ということは、ここは更に別の世界ということになる。

「とりあえず、道は一本道みたいですし、前に進むしかないっぽいですね」

 ご都合主義的に後ろの方には透明な壁があり、どこまで飛んでいっても越えられる気がしなかった。なら、今はどこの誰が与えたのかも分からないレールの上を歩いていくしかない。

 周りは先程までよりも空虚な景色。辺りには遠くを見ることが出来ないけど、近くなら程々に見渡せるほどの微妙な霧が立ち昇り、道は草が乱雑に生えているだけであまり生気は感じられなかった。

 真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに歩く。音という音が何も聞こえない。人の声も、小鳥が囀る声も、風の音も自らの足音さえも聞こえない。それに、さっきまでは若干肌寒かったのに今はそれが無い。ただ真っ直ぐに歩く。

 歩いて、

 歩いて……、

 歩いて…………、

 歩いて………………、

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「っ!」

 不意に激しい嘔吐感に襲われ、私はその場に胃の中にあるものを全て吐き出した。

「っ、何……今の感覚……」

 ただ歩いていただけなのに、まるで自分が自分でなくなってしまったかのような感覚。いや、それはまた違う。言うなれば……

「心が壊された……?」

 今のは、かつてヒカリに世界をめちゃくちゃにされた時と似たような感覚だった。心の世界を徐々に侵攻し、そして核に迫ったタイミングで一気に破壊する。そんな、恐怖を感じる暇さえ与えられないおぞましさだった。

「今、何日経った……」

 不意にそんな疑問が声になって出てくる。その理由は、腹の中からぶちまけたと思ってたはずのものが何も無かったからだ。ただ吐いた気になってただけ。でも、ちゃんと胃液っぽいものが残ってるから吐いたことに間違いはないんだと思う。

 まだ、あの国を離れてから1日も経ってないはず……。それどころか、感覚的には半日も過ぎてないと思うけど、でも、体の隅々を触ってみると明らかにガサガサとしていて、魔法で作りだした鏡に映る自分は、正気を失った奴隷のような顔をしていた。

「うっ……」

 また吐き気が襲いかかってくる。でも、吐くものは何も無くて、この虚空に私の呻き声が響き渡るだけだった。

 帰るための道はどこにも無くて、それどころか後ろを振り向いてみるとまた透明な壁があるだけ。この壁がずっと付いてくるものならどれだけ良かっただろうか。試しに少しだけ先に進んで後ろを触ってみるが、壁はどこにもない。けれど、進んだ距離だけ戻ればちゃんと壁はそこにある。そして、一定の距離を歩いた後に後ろを触ってみると、そこにはまた壁が出来てる。

「まさか……繰り返してる?」

 周りの景色はずっと同じだから確認のしようがないけど、でも、これはそういう事なのだろう……。

「何これ……何、何何……何なの……」

 自然と涙が零れ落ちる。

「私は、彼に会いたいだけなのに……何で、何で……」

 世界は、何故こんなにも私に対して当たりが酷いのだろうか。何で、いつもいつも私が苦しまなければならないのだろうか。

 世界は意地悪だ。私は頑張ってる。頑張ってるんだから、報われてほしいのに……助けてほしいのに……。

「嫌だよ……こんな世界……」

 その場に屈んで私は声を噛み殺して泣く。そして、すぐさまどうにかしなきゃならないと気持ちの整理をつける。こんなところで泣いてたって仕方ない。まだ彼に会えてないんだ。この涙は彼と出会えた時のために残しておかないと……

「でも、どうすれば……」

 霧は相変わらず濃いまま。現状分かってることとすれば私がある程度の距離を歩くと最初の地点に戻されるということだけで、精神を蝕んでくることに関しては気付けた今なら大丈夫だ。

 でも、精神の問題なんて正直どうでもいい。今は、この場所から脱出することさえ無理な状況で、ヒントも何も無い空間に1人でいることが苦しい、寂しい、寒い……。誰だか知らないけど、こんな底意地の悪い空間に招待するだなんて狂ってる。……狂ってる?

「そうだ。ここが別の世界だって言うのなら……」

 私の心の世界を広げて一旦そっちに避難し、また帰る時に座標を変えて帰ればここから脱出出来る。

 上手く行く自信なんてないけど、最初に私はこの世界に引きずり込まれたんだ。なら、こういう場所から抜け出すのはお手の物……だったと思うんだけど、最後に他人の世界に入れられた記憶がアヌの世界だからなぁ……。

「まあ何でもいいです。……精神世界:月下の花畑に咲く一輪の黒薔薇クイーン・オブ・ザ・アビスローズ

 剣を地面に突き刺し、心の中に咲く黒薔薇の世界を拡げる。

「……?」

 一瞬だけ世界は切り替わったが、その後すぐに元の世界に戻る。

「え……えっと、月下の花畑に咲く一輪の黒薔薇クイーン・オブ・ザ・アビスローズ

 もう一度詠唱するが、今度は一瞬とて世界が切り替わることは無かった。

「な、なんで……」

 その後、何度詠唱しても世界が変わることは無かった。それどころか、自分の心の世界がどんな形をしていたのかがよく分からなくなる。

「まさか、私が心を強く保ててないから……?」

 誰かからの介入は感じなかったため、考えられるとしたらそれくらいしか理由は思い浮かばなかった。

「なんで……なんで……」

 心の世界は強く連想出来てるはずなのに、それを形にすることが出来ない。なんで、本当に何でなの……!世界を映すだなんて、魔法を覚えたての魔導士でも強い心さえあれば出来ることなのに、なんで……。

 ……違う。私が弱いからだ。私の心が弱いからなんだ……。

 私が弱いから……。私が強く在れないから……。だから、私は、こんな何も無い空間に置いていかれるんだ。

「情けないな」

 ーー直後、凄まじい殺気を背中いっぱいに感じて、私は咄嗟に横の方へと転がるように飛んだ。

「ほう。気力は無くとも、体は死を拒むか」

「……だ、誰……?」

 フードで顔を覆い隠し、私と同じような剣を持った、多分女の人が目の前にいて、その人の全身から脇立つ殺気がチリチリと肌に痛かった。

 凄まじい殺気を相手に、私の体は全身が奮い立ち、この場から逃げ出すどころか1歩たりとして動くことが出来なかった。

「名は語らん。生き残りたくば戦え」

 殺気が剣の方に移り、目を一瞬でも瞑ってしまった瞬間に刃の切っ先が私の左目に映る。そしてーー

「っ……!」

 瞬間、左の視界が真っ黒に染まり、遅れて激痛が走る。

「あ゛ぁっ!……や、あ……きぁぁぁぁぁぁ!!」

 自分の口から出たとは思えないほどの絶叫。そして断続的に襲ってくる激痛。痛い、痛い……死ぬ?死んじゃう。死んじゃう……の……。

「い……ぁ……だ……」

「戦えぬ者には死を」

 剣が抜かれ、また激しい痛みが襲いかかってくる。そして、右目に映るのは再び振り上げられた刃の切っ先。私は半ば反射で自身の剣を持ち、その刃に当てて女と距離を取った。

「っ……!」

 でも、動けたのはその一瞬。すぐにまた痛みで動けなくなり、一瞬呆気に取られていた女もすぐに剣を握り直して私にジリジリと近付いてくる。

(死にたく……ない……)

 ここまで来たら、もう生にしがみつく根性だけで動いていた。痛みも何も関係ない。ただ死にたくない。その思いだけで動いていた。

「らぁぁぁぁぁ!!」

 霞む視界の中に女の姿を捉え、私は剣を振り落とす。しかし、女に軽く弄ばれ、最後には背中を蹴られて私は地面に横たわった。

「あくまで足掻くか」

「死にたくない……」

 涙も血の色に滲んでいたが、もうそんなのはどうだっていい。ここが何なのかだとか、なんで世界が開けないのかとかはもうどうだっていい。ただ、私は死にたくない。死にたくない!

 地面を握りしめるようにして立ち上がり、また女を相手に剣を据える。心臓の音が激しく鼓動し、視界がボヤけて相手が複数に連なって見える。それでも、剣を握るこの手だけは落ち着かせた。

「はぁ……はぁ……」

「……」

「まだ死ねない!死ぬわけにはいかない!」

 瞬間、剣に炎がまとわりつく。だけども、その炎はすぐに燃え尽き、乾いた金属音がこの虚空に虚しく響くだけ。フード越しに見る女からは殺気を剣越しに感じ取り、また私の体が震え上がる。

「死ね」

「死なない!」

 相手の剣の動きに合わせてこちらも剣を動かす。最小限の動きで相手の剣を全て捌き、そして僅かな隙に一撃を入れる。これが理想なのだが、現実はお互いに実力が拮抗してしまい、その隙は中々見い出せなかった。むしろ、こちらが一瞬たりとて隙を見せてしまえば負ける戦い。命綱無しで崖から崖までの細い道を渡ってるような、そんな緊張感があった。

「あなた、何なんですか!何で私を狙うんですか!」

「答えは勝者のみが得る。知りたくば死力を尽くせ!」

 剣の動きが一段と激しくなり、私が動かさなきゃいけない量も相応に増える。息はとうの昔に上がってしまってるけど、やはりここは死にたくないという想いだけでどうにか相手の動きについていっている。

 そこから先は言葉の無い戦いが続いた。金属音だけが虚空に木霊し、2人の剣士の戦いの激しさを表している。魔法も小細工も何も無い。ただ、純粋な剣だけの戦い。

(死にたく……ない!)
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