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第二章 負け犬
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しおりを挟む授業中、俺はずっと上の空だった。
話したことだって、二回しかない。でもたった二回の会話に、俺は心奪われてしまった。一度目は傘を貸してくれて、二度目は、二号館への道案内をしてくれた。優しい人だった。
前田勇気。
チラリとインスタを見て、俺はブロックした。彼女との幸せそうな写真をこれ以上見ていたら、涙が出そうだったから。
三号館に向かう途中。その背を見かけて、幸せな気持ちになった。叶うことはない。でも先輩がフリーである、と言うことが俺の救いだった。
前田先輩の背を見送ってから、教室に入ろう。
そう思っていたら、俺の隣を女の人が駆けていく。
「勇気!」
そう言って、長い髪の女の人はその腕に抱きついた。
遠目からでもわかる。サラサラの髪、スカートは少し短くて、でもその細い脚が醜さをどこかへやっているようだった。
そして前田先輩は嬉しそうに女の人に振り返って、手を繋ぐのだ。
俺は、呆然とそれを見送った。
そして、授業が始まって、いつもなら話に集中できるのに、俺はぼんやりと教授の話を聞いていた。
当たり前か。
だって先輩は、“普通“の男だ。俺とは違う。
わかっているはずなのに、涙が出そうになる。
恋は論証できないのに、存在だけは否定できない。
見えないし、誰も確証に至るものを持っていないのに、その感情は確かに人間の中にあるのだ。
俺は小さくため息をついて、今度こそタブレットでノートを開いて、板書を写し出した。
もう二度と、恋はしない。そう決めて。
一限が終わって、俺は二号館近くのカフェに走った。
紫ノくんが到着の連絡をくれたからだ。
そしてカフェの近くに着くと、俺は足を止めて、紫ノくんを探す。
見つけて、俺は手を上げようとした。
その手が、動きを止める。
紫ノくんは女の子に声をかけられていた。おおかた、連絡先を教えて欲しいと願っているのだろう。その手にはスマホが握られている。
でも紫ノくんは何の感情も浮かべていない顔で、首を横に振り続けている。口も効いていない。徹底して、避けている。
もしかしたら、紫ノくんは内心困っているのかもしれない。俺は恐る恐る紫ノくんに近づいた。
すると紫ノくんはすぐに気づいてくれて、小さく微笑んでこちらに手を振ってくれる。
そして女子のことは無視して、俺の方に歩いてくる。
「あー、女の子は放置でオッケー?」
「うん、興味ない」
その一言は女の子に聞こえたのだろう。女の子は悔しそうな、恥ずかしそうな顔でどこかに立ち去る。俺は、紫ノくんに女の子を指差して、無言で不愉快なことでもされたのかと聞けば、紫ノくんは首を横に振る。
「急に声かけられて、前から気になってた、連絡先教えて欲しいって言われて、俺は興味なかったからって首横に振ってた。日生くんが来てくれて良かった」
「あー、そうなら良いんだけどさ。いつも、あんな感じなの?」
「まあ、あるね」
「そっか」
いつか、紫ノくんも女の子の恋人を持って、結婚して、子供を作るのだろうか。そんな普通の幸せな日々を送って、死んでいくのだろうか。
でも俺みたいに、一人で死ぬよりはマシだ。紫ノくんに一人で死んでほしくはない。
それなのに、紫ノくんには俺と一緒に、一人で死んで欲しいと願ってしまうのだ。
「日生くん?」
「ん?」
俺はどうやらまたぼーっとしていたらしい、紫ノくんは少し屈んで、俺の顔に近づいてくる。
「俺と一緒にいるのに、考えごと?」
その美麗な容姿が近づいてくる。無表情の美しい顔はいっそ恐怖を感じるくらいだ。俺は一瞬何も考えられなくて、口だけが勝手に動いた。
「ごめん」
「良いよ。でもあんまりぼんやりしないでね」
そう言って、また紫ノくんはまた俺の手を取る。
俺はギョッとするが、でも紫ノくんのこと拒絶したくなくて、そのままカフェに入った。
席はすぐに見つかった。俺たちは荷物を下ろすと、貴重品だけ置いて、カウンターに注文をしにいく。
少し待てば、俺が頼んだチョコレートケーキとアイスティーが出てくる。そしてコーヒーの香りが漂ってくるなと思ったら、紫ノくんはブラックコーヒーだけを頼んでいた。
「紫ノくんお腹空かないの?」
俺はトレーを持って、席へと帰っていく。
紫ノくんはコーヒー片手に頷いた。
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