魔法学院の階級外魔術師

浅葱 繚

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第1章 入学試験編

入学試験② 魔力検査

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「次、受験番号156、ルビア・スカーレット、前へ!」
「はい!」
「では、この『鑑定の水晶』の上に利き手を乗せてください。あ、指輪は外してくださいね。ゆっくりで大丈夫ですよ」

ルビアがはめている指輪はただの指輪ではなく、『結晶の指輪』という特別な魔法具で、魔法使いなら、基本的に誰もがつけているものである。体内から魔力を抽出するためのもので、いわゆる『魔法の杖』のような役割を果たすものだ。ちなみに、かつては杖の方が主流だったが、現代の魔法社会において、魔法の杖を使う魔法使いはほとんどいない。結晶の指輪は、『鑑定の水晶』とは働きが被ってしまうため上手く動作しないことがあるので、鑑定する場合には外す必要がある。

ルビアは少し恥ずかしそうに指輪を外し、少し緊張した面持ちでルビアは水晶に手を乗せた。

『魔力』は、この世界に住む人間であれば誰もが持っている『妖精を使役する力』であり、それによって人々は『魔法』を使うことができる。魔力には決まった色があり、その色に対応した妖精を使役し、魔法を使うことができるのだ。
魔力の基本色は四大色とも言われる赤・青・黄・緑に陰陽二色ともいわれる白・黒を加えた計六色である。これら六色を『純色』と言い、それぞれが火・水・地・風・光・闇の属性に対応している。
自分がどの色の魔力を持つかは、ほぼ遺伝によって決まる。例えば、父親が赤で母親が青ならば、子どもは紫系統となる。赤と青の比率によって、赤紫や青紫になるので、決まった色とは限らない。
このように2色以上が混じり合った色のことを『混色』と呼ぶ。紫系統の魔力を持つものは赤と青両方の特性を持っているので、火と水両方の適性があるが、それぞれの色の純度は純色の赤や青に比べると下がるので、それぞれの魔法の行使力は劣ってしまう。
魔力の評価は、まずこの魔力の『純度ピュリティ(1~100)』と『基本属性数コンポーネント(1~6)』によって決定される。

サラ・ウインドギャザーが『全色の魔法使い』と言われているのは、この魔力検査の数値が『基本属性数6、純度:測定不能』という普通ではありえない値だからである。基本属性数が6であるサラは純色だけではなく、混色も全ての色を使うことができる。この世に存在する魔力ならば、全ての魔力を作り出すことがサラには可能なのである。それはつまり、全ての魔法を使うことができるということである。普通であればこんなことはありえるはずがないのだが、サラは生まれついたときからこの『全ての属性を使える』という規格外の魔力を有していたのだった。

この2つの要素に加えて、重要になってくるのが以下の3項目である。
魔力生成速度ジェネレイトスピード(一度に作り出せる魔力の量)』
最大魔力量マキシマムマナ(連続して出し続けることができる魔力の総量)』
魔力再生成可能時間リジェネレイトタイム(魔力生成終了後、再度魔力が使用可能になるまでの時間)』

この5つの項目が総合的に評価されて、S~Eの値で評価される。

魔力というのは、よくファンタジーでみられるMP(マジックポイント)のように、常に一定量が体内に存在しているわけではない。魔法詠唱スペルキャストに呼応して体内で生成され、結晶化するものである。
ゆえに、その人が使える魔法の強さや規模、範囲などは、この数値によって決まってくる。魔法使いにとってはこの魔力ランクこそが全てなのである。

魔法は発動するために妖精に支払う魔力の量によってレベルが決まっている。
魔力はマナという単位で計られ、魔法を発動するために必要な魔力量は

低位魔法で100~1000マナ
(日常生活に必要な魔法発動に必要な魔力量。魔力生成速度、あるいは最大魔力量がこの範囲内だと魔力ランクは大抵の場合Eとなる。このランクだと魔法学院に合格することはおろか、魔法職につくことも不可能である)

中位魔法で1000~5000マナ
(魔法を使った一般的な仕事、あるいは一般的な攻撃魔法や防御魔法などを発動するのに必要な魔力量。このレベルの魔法が使えなければ魔法職はあきらめた方がよい。魔力ランクはD、C相当。ほとんどの魔法使いはこの評価である。)

高位魔法で5000~1万マナ
(かなりレベルの高い魔法で、高位魔法を使えるか使えないかは、平凡か非凡かの一つの目安である。魔力ランクはB、A)

超高位魔法で1万~2万マナ
(このレベルを使える魔法使いは、魔法職の中でも隊長格など上位に位置する。超高位魔法を使える魔法使いは全体の10%以下である。魔力ランクはA~AAA)

神位魔法で2万マナ以上
(神位魔法は、かつてドラゴンなどの巨大な魔獣を相手にしなければならなかった場合や、敵の軍隊や城塞などを攻撃する場合などの大規模な戦闘に用いられた魔法である。神位魔法を単独で使える魔法使いはほとんどおらず、複数人の同時詠唱によって行われるのが普通である。仮に、神位魔法を単独で使える魔法使いがいるとすればSというランクがつく)

とおおまかに位置付けられている。


「ルビア・スカーレット評価S!!」
おぉ、という歓声が上がった。ここまでの検査の中では最高の値であり、魔法使い全体で見てもAの評価の者ですら全体の10%程度、その中でもSは、現在この魔法界にも20名弱しか存在していない。まさに一握りの天才である。ルビアは主席になるに相応しい才能を持った魔法使いであった。

「魔力の色、緋色スカーレット
 純度ピュリティ、赤70、黄30、基本属性数コンポーネント2
 魔力生成速度ジェネレイトスピード6000
 最大魔力量マキシマムマナ6万5000
 魔力再生成可能時間リジェネレイトタイム3秒

この値はとてつもない値である。どの値も化物級だが、魔力生成速度が6000ということは、魔力を生成し始めた瞬間に高位魔法を発動するのに必要な魔力量を満たしているということである。最大魔力量が6000に満たない魔法使いすらいることを考えるとこの値は異常である。
また、最大魔力量も65000である。今まで使用された神位魔法で最も発動に魔力がかかったものは5万であったという記録があり、その時は優秀な魔法使い3人で魔力を補ったという記録が残されていることを考えると、ルビアはその魔力を1人で出してもまたおつりがくる魔力量を持っているということである。
また、魔力再生成可能時間もわずか3秒である。この値が10秒を下回ることなどほとんどありえない。もはや人間とは思えない存在である。
もちろんこれはあくまで魔力を発動するために必要な魔力量であって、魔法発動後に使用される魔力はまた別に消費されるが、それでもルビアであればどんな魔法でも使えることに変わりはない。


ちなみにサラの評価は最高ランクSランクの上、『SSランク』という値であり、魔法使いでこの評価を受けたのは今まで彼女ただ一人である。サラは天才というよりは異常であった。
だが、サラのその評価の要因は『基本属性数コンポーネント』によるところが大きい。
その他の値をルビアと比べてみると

魔力生成速度ジェネレイトスピード5200
最大魔力量マキシマムマナ7万2800
魔力再生成可能時間リジェネレイトタイム6秒

と、もちろんこれでも十分規格外ではあるが、最大魔力量マキシマムマナ以外はルビアの方が優れている。


「次、受験番号157、ルーシッド・リムピッド、前へ!」
「…はい」
ルーシッドは少しためらってから、覚悟を決めたように水晶に手を置いた。
ルーシッドは自分の評価を実際に見るのはこれが初めてだったが、自分がどんな評価を受けるのかは何となく予想がついていた。

「ルーシッド・リムピッド評価……えっ?……」
一瞬、えっ、と聞こえたので、それを聞いていた受験生はA以上なのかと思いざわついた。
二名連続でA以上の者が出るとなれば、ちょっとしたニュースである。
「…ルーシッド・リムピッド評価……F…?」
その評価を聞いてそこにいた者に動揺が走った。

「え…聞き間違い…?」
「いや、確かにFと言ったぞ」
「ねぇ…Fって…」
「あぁ、噂には聞いたことあったけど、実在する評価だったんだな…」
「最低評価のE以下…つまり…」

「ルーシッド…あなた…基本属性数コンポーネント0…純度ピュリティ0……魔力の色が……ない…?」

そう、ルーシッドの魔力は『無色』であった。ゆえにどの属性の魔法も使えない。ルーシッドが「落ちこぼれ」という評価を受けてきたのはこの『無色の魔力』が原因であった。

試験官の間にも動揺が走っていた。こんな評価が出た受験生は見たことがない。というか、こんな評価が出た『魔法使い』を見たことがない、という方が正しいだろう。『基本属性数コンポーネント0、純度ピュリティ0』などという魔力が存在するのだろうか。そもそもこれは魔法使いと呼べるのだろうか。
E評価ですらディナカレア魔法学院は間違いなく受からない。DやCですら、よほど他の面でカバーしなければ合格は厳しいと言われるこの魔法学院入学試験において、Fなどという見たこともない評価が出たことで、試験官はひそひそと耳打ちを始めたのだった。
ルーシッドは、何となくは予想していたが、あらためて自分の評価を聞いて肩を落とした。やはり自分は『落ちこぼれ』だと。しかし、それと同時にこのままではこの場で不合格を告げられるという危機感も感じていた。
それだけは避けなければ。何としても次の実技試験に進まなければ。そう、自分の能力は実践でしか証明できないのである。
「あ…あの…!」
ルーシッドは声を振り絞った。
試験官はルーシッドの方を同情とも蔑みともとれない目で見た。
大丈夫。この視線なら今まで何度も浴びてきた。頑張れ、自分。負けるな。言うんだ。ここで言わなければ全てが終わる。言え、言うんだ!

「…わ…私に実技試験を受けさせてもらえないでしょうか?」
しばらくその場に沈黙が走ったが、次に起こったのは失笑だった。
「ルーシッドさん…無色の魔力では魔法は使えないわ、魔法が使えない人がどうやって実技試験をするのというの?殴りかかるつもり?」
その試験官の言葉を聞いて会場はどっと沸いた。
ルーシッドの心臓は飛び出そうなほどに脈打っていた。冷汗がすごい。息ができない。でも言うんだ。
「せ…先生たちは『無色の魔力』について研究したことはありますか…?」
「そんな無駄なことに時間を使ってどうするんだ…」
「私が証明します…無色の魔力が無能ではないことを証明します…だからお願いします。実技試験を受けさせてください。実技試験の結果を見ても私が無能だと判断するならそれで潔く諦めます。ですが見る前から判断するのはやめてください!」
「…いいでしょう…ただし、恥をかくのはあなたですよ」

ルーシッドは大きくため息をついた。
良かった。何とか実技試験に進めた。サリー、私頑張ったよ。見てて、私の全力。

試験官は魔力純度ピュリティ0、基本属性数コンポーネント0、評価Fという点に気を取られて見向きもしなかったが、ルーシッドのその他の項目、『魔力生成速度ジェネレイトスピード』『最大魔力量マキシマムマナ』『魔力再生成可能時間リジェネレイトタイム』の3つの項目は

魔力生成速度ジェネレイトスピード12500
最大魔力量マキシマムマナ31万4000
魔力再生成可能時間リジェネレイトタイム1.3秒

いずれもサラ・ウインドギャザーとルビア・スカーレットをはるかに上回る値であった。
そうルーシッドには魔力がないわけではない。『無色の魔力』というものを確かに持っているのだ。ルーシッドもまたサラと同様に、いや、サラ以上に異常な存在であるということに、その場にいた誰一人として気づくことはできなかった。
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