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ギャップ萌えの限界
しおりを挟む「好きな人がさ、自分だけには違う顔を見せてくれるのって、嬉しいよね」
王宮内を歩いているとそんな会話が聞こえてきた。
「クリス様が恋人だけには優しく微笑むとか、甘々でラブラブの恋人になるとか!」
聞こえてくるクリス様とは、恐らく若くして宰相の側仕えをしている方だろう。名前こそ側仕えだが、実質の宰相補佐だ。冷酷で、笑うときは嘲笑するときだけと言われるほど厳しさが有名だ。とんでもなく顔がよくて、女性よりも美しいと言われるそのご尊顔と冷たい言動が最高に興奮するのだと、一部の女性達を虜にしている。
たしかにそんな方から自分だけ特別に優しく扱われたら嬉しさもひとしおだろう。
聞くともなしに、耳は聞こえてくる声を拾ってしまう。
「私はクリス様なら、自分だけには可愛く甘えてくるのを想像したらぐっと来るわね」
「それもいいわね! でも、甘えてくるなら、オルティス団長とか最高だと思うの!」
思わず咽せそうになった。
「あの頼りになる団長が、自分にだけ弱いところを見せるって、最高じゃない?!」
私の脳裏を、私にだけ「罵ってくれ…」と、弱みを見せる団長が駆け抜けてゆく。
最低すぎる。
知らないということは、それだけで幸せなことだと思った。
私もあんな変態具合を知らなければ、彼女たちの言葉に共感できただろうにと思うと、悔しくてたまらない。少し前までは、団長が私にだけ甘えてくる姿を想像したらときめいていただろうと思う。
でも、もう、今となっては「団長が私にだけ見せる甘える姿」を想像したとき思い浮かぶのは、はにかみながら「もっと罵ってくれ……」とねだる姿なのだ。
現実が厳しすぎる。
現実は厳しいものの、あの変態はなんだかんだといって、やはりあの団長なのだ。考えを読まれているということ以外では、最初警戒したようなことはなく、意外にも平穏に過ごしている。
屋敷に連れ込まれはしたものの、与えられた部屋は客間だったし、私の部屋に突撃をしてくることも基本的にない。そもそも忙しい人なのだ。朝食こそ共にするが、私より早く屋敷を出ることも多く、帰りは大抵私よりも遅い。
そして、変態仕様の時以外は、私の警戒が馬鹿らしいほどに適切な距離を保っている。
変態の癖に、やはり、なんだかんだといっても紳士なのだ。
平穏でないのは、私の精神ぐらいのものだ。変態のメンタルが強すぎる。なにをやっても悦ぶのだから。あんな喜色満面な団長の顔なんて見たくなかった。
いや、顔だけ見ればとてつもなくかっこいいクールなイケオジの破顔した貴重な笑顔なんだけど。普通の理由で向けられたのならきっと私は正常ではいられないほどドキドキしてしまっていたと思う。でも、内実は罵倒されて悦んでいる姿だと思うと、ときめく要素が行方不明だ。
ときめき要素をこんな風に無効にするだなんて、ひどすぎる所業だ。
私だって好きで罵倒しているわけではない。あの人は自ら穴を掘って、嬉々としてそこに飛び込んでいくのだ。それを見て、この人バカじゃないの、という気持ちが勝手にわき上がったのを受けて、さらに勝手に悦んでいる。
自家発電が上手すぎる。(*
私じゃ、あの変態に太刀打ちができない……。
「日常生活でも、俺のことを思い浮かべてくれているとは、うれしいね」
「……! だ、団長、お疲れさまです。この時間にこちらにいらっしゃるのは、珍しいですね」
突然耳元で囁かれた。罵倒しそうになるけど、ここでできる限り変態要素に触れないのがポイントだ。
「ああ、宰相に呼び出されてな」
煩わしそうな様子で溜息をつく団長に、宰相といえば……と、いつぞやの密談がチラリとよぎる。が、考えてはいけない。
「さようですか」
最近王宮内は南部の飛獣討伐で慌ただしくなっている。
南部というと、団長の生家でもあるオルティス伯爵領も被害地域の一つだ。武力で名高いオルティス伯爵家の有する騎士団が現在の混乱を抑えているのだけど、魔獣対策は国からの援軍を出すことが決まっている。
飛獣となると魔術騎士団が討伐の要となる。飛獣対策には魔術師団、そして飛獣がでると魔獣の動きも活発になり、それに追われる獣たちが増え、その地域一帯で獣害が出やすくなるため騎士団が活躍する。魔獣が人の住む地域まで出てくることは多くはないが、そちらの警戒も必要になる。その後はバタフライエフェクトだ。
直接的に関係するのは軍部だけで王宮は関係ないと思えるのだが、飛獣がでたというだけで波及する諸々で王宮内は慌ただしくなる。そこで利益を貪るために余計なことをしてくる輩が上部にいると、本当に面倒なのである。
そう、件の宰相補佐である。
予算は割けないだとか、これはこんなにもいらないだとか。それはお前の口出しする管轄じゃないと、何度思ったことか。管轄じゃなくても口出しできてしまえる立場にいるのが恨めしい。宰相も多少は目を光らせているようだが、後ろに王妃様がいるらしく未だ罷免には至っていない。
*)この世界に電気設備はありません
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