変態が紳士~憧れの堅物団長から「罵ってくれ」と迫られています〜

水瀬かずか

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誠実な人

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 休日だというのに、この人は休まないのかな。
 団長がトレーニングから帰ってきたのを見て、お疲れ様ですと声をかける。
 私は、自分用にお茶を準備して自室に戻るところで、持っていた水差しと団長を見比べたあと、休憩にどうぞとコップを差し出した。団長は柔らかく目元を緩めて微笑み礼を言うと「君も一緒にどうだ」と、同席を勧められる。

「私は今からお茶の時間ですが、団長も休憩しますか?」
「ぜひ」

 うれしそうな様子をみてしまうと、特に断る理由もなく、私は頷いた。
 団長は働きすぎなのだ。家の中でまで割とストイックだ。一緒に住んでいると、いつ休んでるんだろうと心配になる。
 一緒ならゆっくり休んでくれるかな。
 つい、そんな老婆心がもたげてしまった。

 こうして平和にお茶を飲んでいると、団長は変態だけど、やっぱりあの団長なのよねぇ……と、団長の完璧さを、ふと感じることがある。
 そして同時にこみ上げる、心許ないような違和感。

 名ばかりとはいえ婚約者となり団長の補佐官となって以降、その変態っぷりはともかくとして、団長は私にやたらと柔らかい対応をするようになった。気を遣わなくてもよくなったせいと考えれば、別段不思議なことでもないけれど、それでも「どうして」という感情は強くなっていった。

 どうして私なんかに。私なんかが受けて良い対応ではないのに。
 分不相応、だと感じてしまう。たとえ変態とはいえ、相手はずっと尊敬していた人だ。いくら変態とはいえ、立場上は雲の上の人という事実は変わらない。
 そもそも、なんで私なんだろうと、時間が経つほどに思えてくる。
 変態相手にこんなに悩まなきゃいけないだなんて、理不尽だと思う。
 加えて先日から理不尽なことが続いたせいで、なおさら団長に対する疑念がわき上がる。
 私でなくてもよかったはずだ。
 むしろ、もっと王妃に近い侍女や女官で独身の者もいる。そちらの女性達は身分も立場も団長と釣り合うし、団長の能力を知らなくとも、それらしく誘導すれば私より正確な情報を得られるはずだ。婚約するのなら、そっちの方が団長の目的としても有益なはずだ。

「……君のように芯が強くて誠実な人は少ないんだよ」

 知らなかったのか、と団長が苦笑する。
 以前も似たようなことを言われたが、その評価には違和感しかない。決して私はそんな風に言われるほど立派な人間ではない。誠実でありたいとは思うけれど、それはそれ。嫌なことも考える。嫌味な上級の侍女や女官はさっさと辞めればいいのにと思っているし、話の通じない官吏にはくたばれハゲぐらいのことは頻繁に考えるし、変態はご遠慮願っている。大事なことなのでもう一度言うが、変態との交流は遠慮したい。

 そこで、うれしそうに頬を染めている変態のことである。遠慮したいと思っているのに喜ばないで欲しい。
 表情で不快感を読ませていない自信はあるけど、そんなこと、この変態には通用しない。
 私が誠実だなんて、どうしたらそんな結論になるんですか。と、思わず疑わしい目を向けてしまう。

「私をそんなふうに信用して大丈夫なんですか?」
「団長室で、君が何を考えていたか知っている」

 わかっていることでも、わざわざそんな事実は聞きたくなかった。
 睨むように視線を向ければ、意外にも団長はいつもとは違う真摯な目をして私を見ていた。

「恐らく君の思う誠実さと、俺の思う誠実さは違う。君の心はとても誠実で清廉だ」

 内容の違和感に、喜べばいいのか、恐怖に戦けば良いのか分からない。

「ありがとう、ございます……?」

 先日話した、ヤバそうな書類を見かけたらさっと目をそらして距離を取ったこととか、そういうヤツかな。

「それも含めて、だな。そして優しい」

 ……そこにも疑問しかない。下の子達には恐れられているし、一部からは結構嫌われている。だいたいは無難に、良好な関係を築けているし、信頼できる女官仲間や友達もいるけれど。優しいだけではこんな場所じゃやっていけない。

 これまで体験してきた出来事が、言葉にならない感情となって去来する。

 私は、合わない人、許せない人には徹底的にやり込めるようにしている。合わなくても、道理がとうっているならそこはわきまえる。でも、そうでないのなら、筋は通すようにしている。
 そして道理の通らない相手に対して、使える伝手を持って正当に筋を通すと、だいたい相手は道理に敵った結果に陥るのだ。
 そんなだから、私に陥れられたと敵意を持つ者はそれなりにいる。自業自得だと気にしていないし、後悔もない。むしろ面倒な人がいなくなってよかったとせいせいしている。
 私は、自分が利己的な人間である事を知っている。場合によっては、人を陥れることも厭わない人間だ。

 過去、そんな私を心配してくれる人がいた。叱ってくれる人がいた。そして私を褒めて讃えてくれる人がいた。それにつけあがったことがあった。思い上がって、勘違いして、正義の味方のごとく自分を誤解して、「悪」と対立した。結果、大事な人を傷つけ、失敗をしたことがあった。
 私の思う正義は、決して万人の正義でないことを知った。私の信じる正義は、とても狭い世界にだけ通用する利己的な物だ。絶対の正義なんてない。

 私は自分の正義に則って、相手からの悪意に悪意で返してるだけなのだ。それは、正義じゃない。誠実さでも優しさでもない。悪意で人を傷つけるのを厭わない人間だということだ。
 でも、それでいい。私は、私を守る権利がある。
 人のためだなんておこがましい。自分の身勝手さに気付いてからは、私は私のために、私の思う正しいことをすると決めている。誰かのためになんていわない。他人を理由に悪意を振りかざすなんてみっともないことはしたくない。
 そして手に余るのなら、初めから手を出さない。長いものに巻かれる程度のつまらない正義感だ。
 身勝手上等だ。そんな自身の利己的な在り方をを恥じるつもりもない。
 弱みを見せると簡単に引きずり落とされる。みんなに優しくあろうという考えは、ずっと前に捨てた。                                               
 私は、優しくなんかない。

 優しいと言われて、一瞬のうちに込み上げたそれらの記憶と感情は、苦い自嘲になって込み上げる。

 私が優しい人間だったら、ここにはいないですよ。

 けれど団長は首を横に振った。

「俺は君の心の在り方を、尊いと思う。……君は、俺の能力を知っても以前と変わらず接してくれている。それは、驚嘆に値する」

 なにを、おっしゃってる……? だいぶ、団長への扱い、変わってますよね…? いや、ホント、その勝手に人の心読むやつ、最低だと思いますし……。

「自分では、わからないものなのだろうよ」

 団長は苦笑した。
 詳しく聞いたところで理解出来るとは思えないし、私も自己嫌悪に陥るかもしれないので、「そうですか」と苦い記憶をのみ込んだ。

「で、どうして君なのか、という話だが、条件的には下手に家格が高くない方が私にとって便利だ、という理由を挙げれば、君は納得するかもしれないが、せっかくなので、俺の昔話に付き合ってくれないか?」

 にっこりと笑った団長の顔が、とても楽しそうで、何故か背筋が寒くなったんですけど。

 そうして団長は、ゆっくりと話し始めた。
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