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1章
1 1 軍人に助けられた女装男子1
しおりを挟むそもそもだ。私が美しすぎるからこんな事になるのだ。
ルカは目の前の軍人崩れな破落戸を前にして、現実から逃避していた。
「だんまりか? 喋れない異人のお嬢ちゃんには、俺達の慈悲がわからんのか? ああ!?」
怒鳴りつけておいて慈悲もクソもあるか。アホか。
異人などという言葉を使う辺りで、異国民ならどうにでもできると思っている人間の卑しさがわかる。
ルカは怯えている風を装いながら、軍人崩れの男達を冷めた目で見ていた。
異人とは、異国の人間を略している体をとりながら、人間にあらずと貶める意図が含まれる言葉だ。真っ当な人間は使わない。
そりゃこれだけ下卑た人間なら、かわいい女の子との付き合いなど皆無だろう。無理矢理にルカのような美しい異国民に声をかけるぐらいしか伝手もなかろう。
そうか、ただのクズか。
ルカは一人納得しながら自分の身体を見るともなしに見下ろした。
スカートの裾が風に揺れている。女装が似合いすぎる自分が恐ろしい。十代も後半になるのに、このひらりとしたワンピースが、似合っているのがそもそも駄目なのだ。クズにも目をつけられるというものだ。
似合ってなかったら、この国から逃げるにしても、女装以外の手段になっていたのは間違いないのに。美しさは罪だと、ルカは心の中で独りごちた。
切羽詰まった家からの逃亡の際、似合いすぎてキャッキャしていた母達を思い出す。正気を疑ったが、全力で本気すぎて、抵抗などできなかった。
それは、緊張感のなさ過ぎる、母との別れだった。女装など脱出の際だけで良さそうな物を、逃亡用に持たされた着替えの服は、全て女物だった。
母よ。鬼畜すぎないか。
ルカの脳裏を、楽しそうに笑う母の笑顔がよぎった。最後に見た母の顔が笑顔なのは、幸運と言うべきなのだと己に言い聞かせる。
今ではすっかり女装姿も板に付いた。不本意である。
おかげで美しい異国民の女性を慰み者にしてしまおうと、アホどもが群がっているわけだ。大事なことなのでもう一度言っておこう。美しさは罪なのだ。
そんな現実逃避の合間も、軍人崩れの破落戸たちはルカをどこかに連れ込もうと怒鳴ったり腕を引いたりしていた。
「放してください……!」
ルカはとりあえず乙女らしくかわいい声を心がけて叫んでみた。
この国の軍人はクソ野郎ばかりだ。
ルカの脳裏に、父を連れ去っていった軍人達の姿が浮かんだ。
軍人なんて、嫌いだ。
軍服を着た破落戸に捕まれた手を引っ張って抵抗しながら、どう切り抜けるか周りを確認する。
あまり状況はよくない。非常事態である。
何しろ人通りが多い場所だ。人目があると下手な動きもできない。ただでさえ異国の女性といった風情は目立つ。そのか弱いはずの女の子が、軍人二人を伸すような大立ち回りをしたら、一躍有名人である。軍人相手なら尚更だ。絶対目をつけられる。
ルカは大変に困っていた。このままではぶん投げることができない。
* * * *
*異人の意味は、作品独自のものです。
今後も、実在の常識とは微妙にずれた説明や解釈がそれっぽく出てきますが、あくまで世界観の説明です。実在のものと混同しないよう気をつけてください。
以降は注釈を入れません。
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