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1章
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しおりを挟む想像だにしていないことを言われて、ルカはぽかんとした。
もちろん、女装しているのだから理屈ではありうることはわかっている。むしろ度々ある。だがルカの知っているナンパとは下卑た視線を伴うものだ。正臣の様子を茶化すような想像はしていた物の、実際のところ、あの軍人の様子が美女に目を奪われたものだとは、欠片も思ってなかったのだ。女としての何かを求めているようにも感じかった。
しかし、偽姉の言葉だけ取り上げると、確かにナンパである。我が身となると、今ひとつピンとこないが。
とはいえ思い返してみれば、確かに気のない相手にそこまで親切にしない。
ようやくここに来て、真っ当な女性扱いを、はじめて男からされていたことに気付いた。下卑た物ではない、真っ当に尊重された女性扱いだったのだ。
衝撃の事実である。
「ナンパ……。確かに、美少女だもんな……」
「美少女というよりかは……この国の人からすると、美女よね」
知っている。ルカも我ながら化粧の出来映えと合わせて驚くほどの美しさだと思っている。ちなみにすっぴんだと、スカートを穿いていてもなんとなく性別不明の印象になってしまうため、化粧は外せない。
「初めて真っ当な女性扱いされたから、気付かなかった……」
「初めてじゃないわよ。何度もされてるけど、自分の恋愛対象じゃないから気付かなかっただけでしょう? この国の男のアプローチは繊細だから」
……なるほど、言われればそうである。真っ当な男からのアプローチは、先ほどの正臣からの好意同様、ただの好意として流してきていたらしい。男のルカには、恋愛対象でない同性からの機微に気付けというのが難しいようだ。
「おっさんだったからそっちの可能性は外してたんだけど、あの正臣っていう軍人が色目を使いたくなるぐらいの年齢に見えたって事か……」
「……あら。下の名前で呼んでるのね。ますますつけあがらせることを」
呆れた様子の偽姉にルカは慌てた。
「ち、違うって! お礼を言うときに、いつものノリで下の名前を……」
「あなたのその人なつっこいところは商売人としては美点だけれど、女性の姿だと心配になっちゃうわね」
溜息をつく偽姉に、ルカは口の中でぼそぼそと言い訳をする。
「……いや、男だし……」
「あなたはそう思っていても、相手からすると、妙齢の女性に見えるって事よ。手を出されないように、気をつけなさいね」
「……はい」
こういうときに、女性と男性の差を感じる。ルカには不要に感じる警戒が、偽姉にとってはあたりまえで、一人で歩いたときに、その警戒があたりまえに必要なのが女なのだということを知る。
今までされたことのない対応を幾度も受けた。老若男女問わず、態度が違う。今まで男だからと許されていたことが、女だと途端に許されなくなる。世間は女というだけで軽んじる物なのだと思い知らされた。
だが、侮られるからこそ女の姿は国を出るのに必要だった。監視の目がゆるいのだ。どうせ女だからたいしたことはできないだろう。そう思われる。
そして女だから乱暴にしても面倒がないと考える輩がいる反面、正臣のように、女だから守ってもらえたり、優遇されることもある。
ルカ自身も女の子には優しくする。それと同じだ。逃亡の身であるルカからすれば、有益な側面も多いのだ。
女性の姿で生活することは、見くびられて日常の不便が大きい。男の感覚のままで人と対応するのは、確かに危ういのだろう。
今までは正体を知られている屋敷での潜伏と、移動しながらの生活だったため、その場しのぎですんだ。しかし、これからしばらくひとところにとどまるとなれば、今まで以上に気をつける必要があることを、ルカは重く受け止めた。
けれど、もう正臣という軍人と会うつもりはなく、会っても親しくするつもりもない。
ひそかに港町の協力者と連絡を取りながら、おとなしくやり過ごして国を出る日を待てばいい。
ルカはそう思っていた。
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