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2章
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しおりを挟むさて、ルカは座して神妙に正臣の前にいた。
ほんの四半刻前まで、ルカと正臣は抱き合っていた。今は正臣だけが布団の上だ。ルカは苦手な正座をして、時折不安げに正臣を見やっている。
寝転んだままそれを見ている正臣は楽しげに笑っているが、気怠げな様子で起き上がろうとはしない。こんな態度の正臣は珍しい。だからこそ、ルカは反省しているのだが。
「……さっき、すごくビクビクなっていたけど、本当に大丈夫?」
抱き合っている最中、ひどく正臣の様子が乱れたのだ。あんな風になった正臣を見たのは初めてだった。抱き合った後、ぐったりした正臣を見て、ルカはオロオロするしか出来なかった。
心配して触れれば、正臣が悲鳴を上げてビクビクと身体を震わせた。それは酷く扇情的であったが、余計にルカは怖くなった。正臣は「だいじょうぶだ」と震える声で返してきたが、ろれつがどこか怪しく、心配で泣きそうになった。
その正臣が、ようやく落ち着いたところだった。
「問題ない。お前は……大丈夫だったか?」
穏やかに目を細めて正臣は笑っている。ちょいちょいと手招きされて顔を近づければ、正臣の手が伸びてきて、ルカの髪をなでた。その手つきは優しく気持ちがいい。
「私は、すごく、気持ちよくて、訳わかんなくなっただけだから、大丈夫だけど。でも、正臣さんは、苦しそうだったから……」
正臣は、クククッと楽しそうに身体をゆらした。
「あれは……、そうだな。男も女のように気をやるとは聞いたことがあるが……それだろうな」
「気を、やる……? 正臣さんも、気持ちよかった?」
「ああ」
正臣が楽しげに笑ったため、安堵と喜びが込み上げたのも束の間、ルカに込み上げたのは不安だ。
正臣が女のように感じることを、そんな風にした自分が喜んでいいのだろうか。
正臣に気持ちよくなって欲しかった。ルカだけは嫌だった。二人で気持ちよくなりたかった。
けれど「女のように」という言葉が、どうしても引っかかった。
正臣は男だ。抱かれているとはいえ、男としての矜持があるはずだ。元々好んで抱かれる側ではないのだ。ルカを案じて抱かれる側を選んだだけで、それは性的嗜好ではない。もしルカが抱かれる立場を選んでいたとして、そんな変化を簡単に受け入れられるだろうか。
気付いてしまうと、やはり、怖くなった。ゆったりと笑っている正臣の頬にそっと触れる。
「……正臣さんは、そんな風に感じるの、嫌じゃ、なかった……?」
「なぜ?」
「だって、正臣さんは、別に抱かれたかったわけじゃ……」
ルカが言いかけた言葉を遮るように、正臣が言葉をかぶせてきた。
「お前のやることが、嫌なわけないだろう」
「でも……っ」
「嫌ならとうに蹴飛ばしている」
正臣は変わらず、楽しげなままだ。
「お前、体術で俺に勝てると思うのか?」
「……だって!」
胸が苦しくなって、ルカは縋るように正臣を抱きしめた。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら「好き、大好き」と呟き続ける。なんとも言えないやり切れなさをごまかしてるのをうっすらと自覚する。
ルカは自分の罪から逃げるように「好き」と繰り返した。それで全てが許されるわけではないけれど、せめて、本当に好きなんだと伝われば良いと思った。
正臣が笑いながら宥めるように背中を叩く。ぽんぽんと刻まれるそのリズムが気持ちいい。
「ルカ」
耳元で囁かれる。
「なに?」
「……またしような?」
笑いながら囁かれた声に、泣きそうになりながら頷く。
「本当に、嫌じゃない?」
「あたりまえだ」
泣きそうに潤んだルカの声を、正臣が笑い飛ばした。
毎日が泣きたいぐらい幸せで、それがどうしようもなく苦しい。正臣はルカが望むことを、なんでもないようにあたりまえの顔をして受け入れる。
幸せで胸が苦しい。あとどのくらいこの日々を続けられるのだろう。
このままここにいたい。正臣の側にいたい。
本当に、他の手段はないのか。……今は、考えるまい。
正臣と寄り添う時間を無駄にしたくない。ルカは今の幸せに浸り、有限の時間から目をそらした。
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