敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか

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3章

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 それから、正臣との日々を思い出すのが日課になっていた。
 以前の衝動的な絶望は、完全になりを潜めた。悲しみや不安は捨てられないが、想う気持ちは安定していた。

 今のルカが思い出す正臣は、あの時思っていたような完璧な人間ではなかった。
 正臣は、優しくて、とてもわかりにくい男だった。優しくて、懐が深くて、そして、自分勝手だった。わかってもらわなくて良いと思っていたのだろう。だから、自分がしたいように、好きな物を大切にして、与えるだけ与えて、相手からはなにもいらないと拒絶していたように思う。

「この年になるとな、期待するのもしんどいんだよ」

 いつだったか、なんとなく話の流れでそんなことを言っていた正臣を思い出す。誰かに手を貸したときだったか、それを無下にされたときだったか。それはいつもの日常での、何気ない会話だった。

 だから好きなように手を出すのだと。相手がどう思うかは時の運だと彼は言った。
 例えば誰かを手助けをしたとき、感謝する者もいれば、腹を立てる者もいる。そこに、手助けをした自分の信念など関係ないのだと彼は言った。相手は相手の信念で生きている。誰にでも通用する思いやりなど存在しない。ならば、誰がどう思おうが、自分の信念を貫くしかないのだと。良くなるも悪くなるも、相手次第、時の運だと。

 今になって思えば、正臣のルカへの愛情もまた、そういった物だったのかもしれないと思う。
 ルカからの何かを期待をしていなかったのではないかと思う。ただ一途に愛されていたのだ。ルカがどう思おうと関係がなく、ただルカのためだけに正臣の思う最善を選んでくれた。そんな愛情だった。

 正臣が自分勝手に愛してくれたのなら、ルカも自分勝手でいいと思うようになった。
 きっと、出国した頃のルカが、一番正しかった。正臣がどう思うかなんて関係なかったのだ。自分がどうしたいかで決める、それが一番正しいのだ。

 望めば期待した分だけ傷つく。正臣への期待を捨てるということは、傷つかない予防線であるという自覚もあった。痛みを逃すための逃げなのだろうと思う。だが、それで正臣の幸せを望める自分になれるのなら、逃げでいい。
 正臣が待っていてくれなくてもいい、けれどルカは正臣に会いに行く。

 これはルカ自身の自分への約束だ。

 待たないと言ったのが、彼の愛というのなら、ならば私は、あの日した約束を果たすことを、愛の証としよう。
 もう二度と惑うまい。必ず、あなたに会いにゆく。

 帰国の時「信じてくれなかったことを謝らせてやる」と誓ったことも、ざまあみろなどと笑うこともできなくなってしまったけれど。代わりにそんなふうに思っていた自分を、若かったと、彼と笑い合えるだろうか。
 正臣が亡くなっていても、別の人間と道を選んでいても悩むまい。覚悟を決めてしまえば、なにもかもが些細なことだと思えた。
 正臣が存在し、ルカの心を支え続けてくれた事実があるのだから、それでいい。

 あの日、正臣になんと言われようと、ルカは彼に会いに行くと誓ったのだ。もう宣言してあるのだから、あとは勝手にする。
 もはや、彼になにかを求めるつもりはない。共に歩むことができなくてもいい。
 ただ、私が勝手にした約束を、私は勝手に果たすのだ。
 そして、桜を見よう。叶うならば、あなたと二人で。それから、あの桜の下で再会を言祝ぐのだ。どれだけ年月がかかろうと。どれだけ苦しくつらい道のりになろうとも。

 あなたがひそかに与えてくれた愛情が、その道しるべだ。

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