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3章
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しおりを挟むこの十年の間に、ルカの母もそして乳母のマリカも亡くなった。もう、三年も前の事だ。
マリカは母が亡くなった後、まもなくして後を追うように逝ったという。生涯の主を看取ってからとは、最後まで母に忠実な人だった。
母に最後まで会えなかったことを悔やむ気持ちはあったが、互いに納得してのことだった。
母に会いに行くだけなら、三ヶ月ほど休暇を取れば行けないことはなかった。
けれど母も、あの激動の時代に商会を支えた女傑だ。ルカの立場での三ヶ月という時間は、負担が大きい。仕事を投げるなと手紙で檄を飛ばされた。東国の商会のために働けと。ひどい物だ。十分すぎるほど尽くしたはずだというのに。
女装させられて別れたアレが、本当に今生の別れとなってしまった。母の中でルカの最後の記憶がアレかと思うとやりきれないが、後に送った写真に、記憶を塗り替えてくれていたことを願う。
最後まで泣かせてくれない母だったと、訃報の知らせに泣いた。
独り立ちすれば、故郷に帰れなくなるのは良くある事だ。広がる世界に向けて、旅立つ若者は多い。連絡が付いていただけ悪くなかった、と思うことにした。
この十年で状況は色々と変わっていた。東国は開国し、制限は完全になくなっていた。もはやルカであっても、入国に問い合わせる必要すらなくなった。
ルカもまた、あと数年もあれば完全に引退できる。後進の者達は嫌がるだろうが、いいかげん休ませろと笑うルカに、強くは言えないようだ。年単位の休暇でどうせ終わるだろうと思われているようだが、そうなるのか、そのまま引退するのかは、正臣の状況次第だ。
今なら、東国に使いをやり、正臣の近況を調べることもできるだろう。
けれど、ルカはそれをせずにいた。関係を勘ぐられたくないとか、理由を挙げればいくらでもあるかもしれない。それでなくても情人の名目で守られていたのだ。
そうはいっても、それも何とでも言える。理由にならない理由を積み上げ、ルカは漠然と自分で探しに行くことを決めていた。
正臣に会いたい。
今もまだ、その感情は消えていない。
不思議な物だとルカは苦く笑った。顔を思い出すことさえ覚束ない相手に向かう感情は、冷静に考えれば酷く滑稽で、それにしがみつく自身の姿は哀れにすら思えた。
けれど消せない思いは、未だ存在する。
もう思い出せなくなった彼の声が、期せずしてよみがえる瞬間がある。
『ルカ』
彼の呼ぶ声が耳の奥でこだまする。
それだけで胸が切なく苦しい。
意識して思い出そうとしても思い出せなくなっていると気付いたのは、いつ頃だっただろう。何度も何度も繰り返し思い出していたはずの声は、三十年という年月を経ておぼろにかすれた。忘れることなどないと思っていたのに、年月というものは残酷だった。
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