敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか

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後日談

1-2

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 会いたい会いたいと願いながら、私はなんて無為な時間を過ごしたのだろう。
 来ようと思えば、来られたはずだった。
 たとえ事業が大変になろうと、要人の怪しげな来国と睨まれようと、ほんの少し無理を利かせば、不可能ではなかった。迷惑がかかるだの何だのと、それらはすべて後付けの理由にすぎなかった。
 なぜなら私は悔いている。もっと早く来れたはずだと。あなたをこの年まで待たせずにすんだはずだと……。
 私は、できることを、していなかった。

 会えなかったわけではない。私は、会わないことを、消極的に選び続けていた。きっと、私は怖かった。あなたに何をしにきたと言われることが。あなたがここにいないことが。あなたが私を待っていないことが……。だから私は、あなたが待っていなくても仕方がないと思えるこの年まで、無意識に逃げ続けていた。もっともらしい理由を付けて、行けないのだと理由を探して。
 気付けば自分の愚かさばかりを思い知る。この年になってもまだ、あなたに甘えてばかりだ。
 私は、自らあなたに会いにくるのを諦めていた……。


 そう言って懺悔するルカを苦笑して見やる。西国人らしい大きな身体を小さく丸めて、俺の手を取って、すっかり大人の男になったその顔をゆがめて、待たせてしまった、申し訳ないと泣く。
 あの頃まだ幼さが残っていた骨格も、すっかり大人の物になっている。あれから背も伸びたのだろう。老いて小さくなった自分と並べば、わずかに見上げる必要がある。元々の整った顔立ちが大人の男のものとなり、裏打ちされた自信のある顔つきはなかなかにいい男だ。ルカの歩んだ人生を想像させるには充分だった。立派な物だ。なのにそんな世界を股にかけてきた男が、こんな小国の隠居を相手に縋り付いて泣いている。

 バカなヤツだと俺は笑った。
 それを言うなら、俺も同じだろうに。会いたければ会いに行けた。フォンタナ商会の名は、少し調べればすぐにどこに本店があるか、経営者は……と、調べることができるのだから。けれど俺はそれをしなかった。諦めて、ルカの元へ行こうとすら考えなかった。

「ルカ、それは逃げとは言わない。……優しさという物だ。思いやりや気遣いでもいい。それを捨ててやってくるような男でなかったことを、俺は誇らしく思う」

「違う、違うんです、私は、本当に……」

「違わないさ。……俺が言うんだ。だから、それでいい」

「でも……」

「悔いたところで、過去は変えようがない。」

 くだらないことで悔やむなと笑えば、ルカは泣いた目元を、クシャリと細めて俺を見上げてくる。

「……あなたは、人がよすぎる」

 懇願する体勢の、かがめた身体はそのままに、ルカは頭を俺の肩に埋めて泣いた。
 自分より広くなってしまった男の肩を、ポンポンと叩いて苦笑する。

「人が良いなんて事があるか。お前が全てを片付けてここに来たんだ。お前が最後に帰ってくる場所をここに……俺の隣に決めたから、かまわないと言っているだけだ。……それとも、他に帰る場所があるのか?」

「あるものか。あなたが許してくれるというのなら、二度とあなたの隣を手放したりするものか……!」

 必死さに、いつかのルカの姿が重なり、思わず笑いがこぼれる。

「……じゃあ、俺を看取るまでここにいるんだろう? 最後にお前が選んだ場所が俺の元なら、俺への懺悔は、何一つ必要ないさ」

「……正臣さん」

「看取ってくれるんだろう?」

「……はいっ」

 歯を食いしばりながら、絞り出すような声で、ルカは頷いた。
 俺もいい年だ。六十も過ぎれば、周りの奴らは次々と死んでいく。七十近い自分がそう長くはないだろう事は、彼も分かっているのだろう。「もっと早く来たかった」と詮ないことを、彼は言った。
 俺は、笑いながら、彼の肩を叩いた。


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