敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

後日談

番外編3 セラピーお姉さんはカプ推し3

　私にずっと愛を囁いている男がいた。どうせひとときだけのぼせ上がっているのだと思っていたんだけど、何となく、適当にあしらうのをやめて、向き合って話をしてみた。
　楽しかった。レンみたいに洗練されてないし、言ってることも大したことない。女の扱いなんてホント下手くそ。けれど、一生懸命私に気持ちを伝えてくる男だった。
　レンならもっと優しく触れてくれる、レンなら私を尊重して扱ってくれる。レンなら……。

　そう比べてしまうのに、でも案外、乱暴に腕をつかんで「愛しているんだよ！」と叫ぶ彼が笑ってしまうほどかわいいと思ってしまったんだから、そんな男を抱きしめて「仕方ないわね」って悪くない気持ちになるんだから、……あんたの為ならもうこの仕事を辞めても良いかなって思うんだから、絆されちゃったわねって、自分を笑った。
　それが、とても気持ちよかった。

　私、一緒に未来を見るなら、あんたが良いわ。


　レンとの別れはあっけなかった。けれど、最後までいい男だと思った。期待していたお祝いは思った以上に多くて、さすがに驚いたけれど。でも、笑ってもらっておいた。
　金で精算かと怒った夫に、私はけらけらと笑う。
　多少その意図があったとしてもかまわない。それ以上に、この金額が彼の気持ちだと知っているから。この仕事から抜けた後の女の生き辛さを、きっと彼は考えたのだと、わかっているから。レンは自分に出来る最善を私に与えてくれたのだ。けれど、夫はそんなことなんか知らなくていい。無駄にレンと自分を比べて落ち込むのが目に見えている。あの最高の男と張り合おうというのが、そもそも無理なのに。
　おかしくて笑ってしまう。

「口先だけより、しっかりお金で精算してくれるんだから、最高じゃない？」

　私がそう言っても腹立たしげな夫に、「私の為に、そうやって怒ってくれるあんたが好きよ」というと、赤い顔をしてそっぽ向いた。それがおかしくてまた笑う。
　私はきっと幸せになる。レンが人の愛し方を教えてくれたから。きっと下手なりに、この不器用で一途なな男を愛していける。
　私はもうレンを慰めてあげることは出来ないけど、でも、レンの幸せを願っているわ。
　それが、レンとの最後だった。

　なのに、別れて数年後、レンが女性と付き合っている話を噂に聞いた。

　レン？　……マーシャは？　彼を忘れたの？　マーシャを諦めたの？

　ひどく落胆した自分に気付いた。
　レンの幸せを願っていたくせに、レンがようやく身近な幸せを手に入れようとしていることに、私はがっかりしたのだ。自分は幸せになっているくせに。レンに理想を押し付けようとしている自分がみっともなくていやになった。
　頭ではわかっている。レンはマーシャを忘れられないことに苦しんでいた。レンはマーシャを忘れて、身近で支え合える人を手に入れた方が、きっと幸せだろう。
　マーシャを忘れたと責めるのはお門違いだ。マーシャ以外を想うレンなんか見たくない、なんて、私の身勝手だ。
　レンが幸せになるのなら、その女性と幸せになった方が良い。
　そう自分に言い聞かせていたのに、しばらくして、結局レンが結婚せずに別れたという話が入ってきたとき、私は、ほっとしてしまった。
　きっとレンは苦しんでいるだろうに、私は、マーシャを忘れられないレンに、安堵した。