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【番外編】雑多な諸々・掌編
ハロウィン
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(篠塚君が、まだ、課長に無理矢理プレイをしていた頃の話となります。)
「トリックオアトリート!」
課内でそんな言葉が度々響く。
発生源は課長の隣に立つ女性社員だ。
言われた課長は皮肉気な笑みをうかべると、引き出しを探り何かを取り出した。そしてラッピングされた高級チョコが一粒、彼女の掌に落とされる。小さな歓声が上がり、女性社員に笑みが浮かぶ。
「しっかり仕事しろよ」という課長の言葉に彼女が「はぁい」と笑った。
毎年、ハロウィンに課の恒例となっている、課長へのおねだり。毎年お菓子が準備されているらしいと教えてもらったのは入社した年だ。だというのに、篠塚は一度たりともらったことがない。
ねだれるだけの気安さが持てず、むしろ参加することが屈辱に思えた。
けれどそんなことを思っているのは篠塚だけだ。女性社員だけでなく若手の男性社員なども声をかければ「お前もか」と呆れたような笑いと共に一粒もらっているのだから。
それを目の端でとらえながら、篠塚は言いようのないいらだちを覚えていた。
くだらない。人気取りのつもりか、お菓子なんか用意して。
心の中で憎らしい上司を蔑みながら、課長が摘まむキラキラした包み紙の一粒が気になる。
篠塚に向けられることのない心遣いを形にしたようなその一粒。
自分以外の社員が次々と課長に声をかけ、それらを手にしてゆく。
自分には関係ないと思う傍ら、気安く合い言葉でねだっていく同僚たちが憎らしい。
課長の準備しているお菓子は毎年評判がいい。今年はついにGODIVAがきたと歓声が上がっていた。その噂を聞いて、ついに部長まで冗談がてら一粒奪っていった。
くだらない。その程度自分で買えよといらだちが募る。
ハロウィンの課長フィーバーも落ち着いた頃、課長が休憩に立ったのに気付き、篠塚はさりげなく後に続く。
コーヒーを片手に疲れた様子で壁にもたれ掛かる課長に歩み寄れば、篠塚の存在に気づいた彼は「お前もなんか飲むか?」と自販機に小銭を投入した。
本当にムカつく人だ。
篠塚は心の中で一人ごちる。
何もかもに、そつがない。
人に混ざって軽口を叩けない代わりに、ここでからかってやろうと思ったのに、これでは先手を打たれた気分だ。
「ごちそうになります」
少し悩んで篠塚はブラックコーヒーのボタンをを押す。
それを取り出しながら「課長」と、声をかければ、僅かに眉を顰めるようにして視線が篠塚に向けられた。
「トリックオアトリート」
課長に奢ってもらったコーヒーを片手に、篠塚は言った。
「……今やっただろう」
難しい顔をしてコーヒーを指す課長に、篠塚はすまして答える。
「これ、甘くないんで」
僅かに目を見開いた課長が、くっと笑みを浮かべ肩を揺らした。
「後で席まで取りに来い」
篠塚は小さく肩をすくめるととぼけて見せた。
「今すぐくれないと、いたずらをしてしまうかもしれません」
「たとえば?」
挑発してくるような課長からの視線に、篠塚はにこりと笑う。
おもむろに課長のネクタイをつかみ、自販機の陰の死角に体を押し込む。
「嫌いな相手からキスをされたりとか?」
篠塚が軽くふれるようなキスをすれば、いかにも不本意と言った体で、角に押し込まれた課長がため息を付いた。
「お菓子、持ち歩くべきでしたね」
うっすらと笑って勝利宣言をすれば、課長は低い声で篠塚の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「トリックオアトリート?」
「……え?」
課長が篠塚のネクタイを引っ張った。
「んんっ」
舌をねじ込んでくるように濃厚なキスをされ、思わず体が固まった。
「ちゃんとお菓子を持ち歩いてないと、嫌いな上司からキスされるぞ?」
ニヤリと笑った課長が、立ち尽くす篠塚の胸を軽くぽんと押す。それだけで篠塚の体はよろけてしまった。
思いがけない反撃に呆然として、篠塚は立ち去る課長をバカみたいに突っ立って見送るしかできなかった。
「くそ……っ」
ほんの出来心の嫌がらせは不発どころか暴発で、結局また課長にしてやられたのを篠塚は悟った。
情けなく座り込んで頭を抱えるが、キスを返した後の課長の笑顔が頭から離れない。
そして反撃にあったというのに、なぜかいつもの不愉快さはなく、ただ顔が熱い。
立ち上がって苦いコーヒーをひと思いに飲み干す。
一息ついて課に戻れば、机にゴディバのチョコが一粒おいてあった。
ニヤリと笑う課長と目があう。
悔しい。
けれどそれ以上に心が浮き立つのを篠塚は感じていた。
(一カ所、本編と矛盾が出る場所がありますが、その一瞬は、パラレルワールドとでも思って下さい。)
「トリックオアトリート!」
課内でそんな言葉が度々響く。
発生源は課長の隣に立つ女性社員だ。
言われた課長は皮肉気な笑みをうかべると、引き出しを探り何かを取り出した。そしてラッピングされた高級チョコが一粒、彼女の掌に落とされる。小さな歓声が上がり、女性社員に笑みが浮かぶ。
「しっかり仕事しろよ」という課長の言葉に彼女が「はぁい」と笑った。
毎年、ハロウィンに課の恒例となっている、課長へのおねだり。毎年お菓子が準備されているらしいと教えてもらったのは入社した年だ。だというのに、篠塚は一度たりともらったことがない。
ねだれるだけの気安さが持てず、むしろ参加することが屈辱に思えた。
けれどそんなことを思っているのは篠塚だけだ。女性社員だけでなく若手の男性社員なども声をかければ「お前もか」と呆れたような笑いと共に一粒もらっているのだから。
それを目の端でとらえながら、篠塚は言いようのないいらだちを覚えていた。
くだらない。人気取りのつもりか、お菓子なんか用意して。
心の中で憎らしい上司を蔑みながら、課長が摘まむキラキラした包み紙の一粒が気になる。
篠塚に向けられることのない心遣いを形にしたようなその一粒。
自分以外の社員が次々と課長に声をかけ、それらを手にしてゆく。
自分には関係ないと思う傍ら、気安く合い言葉でねだっていく同僚たちが憎らしい。
課長の準備しているお菓子は毎年評判がいい。今年はついにGODIVAがきたと歓声が上がっていた。その噂を聞いて、ついに部長まで冗談がてら一粒奪っていった。
くだらない。その程度自分で買えよといらだちが募る。
ハロウィンの課長フィーバーも落ち着いた頃、課長が休憩に立ったのに気付き、篠塚はさりげなく後に続く。
コーヒーを片手に疲れた様子で壁にもたれ掛かる課長に歩み寄れば、篠塚の存在に気づいた彼は「お前もなんか飲むか?」と自販機に小銭を投入した。
本当にムカつく人だ。
篠塚は心の中で一人ごちる。
何もかもに、そつがない。
人に混ざって軽口を叩けない代わりに、ここでからかってやろうと思ったのに、これでは先手を打たれた気分だ。
「ごちそうになります」
少し悩んで篠塚はブラックコーヒーのボタンをを押す。
それを取り出しながら「課長」と、声をかければ、僅かに眉を顰めるようにして視線が篠塚に向けられた。
「トリックオアトリート」
課長に奢ってもらったコーヒーを片手に、篠塚は言った。
「……今やっただろう」
難しい顔をしてコーヒーを指す課長に、篠塚はすまして答える。
「これ、甘くないんで」
僅かに目を見開いた課長が、くっと笑みを浮かべ肩を揺らした。
「後で席まで取りに来い」
篠塚は小さく肩をすくめるととぼけて見せた。
「今すぐくれないと、いたずらをしてしまうかもしれません」
「たとえば?」
挑発してくるような課長からの視線に、篠塚はにこりと笑う。
おもむろに課長のネクタイをつかみ、自販機の陰の死角に体を押し込む。
「嫌いな相手からキスをされたりとか?」
篠塚が軽くふれるようなキスをすれば、いかにも不本意と言った体で、角に押し込まれた課長がため息を付いた。
「お菓子、持ち歩くべきでしたね」
うっすらと笑って勝利宣言をすれば、課長は低い声で篠塚の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「トリックオアトリート?」
「……え?」
課長が篠塚のネクタイを引っ張った。
「んんっ」
舌をねじ込んでくるように濃厚なキスをされ、思わず体が固まった。
「ちゃんとお菓子を持ち歩いてないと、嫌いな上司からキスされるぞ?」
ニヤリと笑った課長が、立ち尽くす篠塚の胸を軽くぽんと押す。それだけで篠塚の体はよろけてしまった。
思いがけない反撃に呆然として、篠塚は立ち去る課長をバカみたいに突っ立って見送るしかできなかった。
「くそ……っ」
ほんの出来心の嫌がらせは不発どころか暴発で、結局また課長にしてやられたのを篠塚は悟った。
情けなく座り込んで頭を抱えるが、キスを返した後の課長の笑顔が頭から離れない。
そして反撃にあったというのに、なぜかいつもの不愉快さはなく、ただ顔が熱い。
立ち上がって苦いコーヒーをひと思いに飲み干す。
一息ついて課に戻れば、机にゴディバのチョコが一粒おいてあった。
ニヤリと笑う課長と目があう。
悔しい。
けれどそれ以上に心が浮き立つのを篠塚は感じていた。
(一カ所、本編と矛盾が出る場所がありますが、その一瞬は、パラレルワールドとでも思って下さい。)
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