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第三話

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「ねぇねぇ? あんた倒れそうに見えるから飴ちゃんあげるね」
偶然からの邂逅で収束。結果として生まれるスキル【言霊】だ。

かんたんな一言でまとめたくもない。でも結局のところ運命だ。
三周目で始まる無限回廊。疲れ果てた先にかけられた人の情け。

「情けは人の為ならず」実際の意味。乖離するのかもしれない。
それでも慈悲につながる行為だった。俗にいう恋に堕ちた瞬間。

何万年の体感だろう。無為に過ごして初めての一目ぼれだった。
かなりの年齢差が開いたギャルだ。美少女の範疇かもしれない。

女に迫られて嬉しいわけじゃない。絶世の美女でも変わらない。
生きることにも疲れたタイミング。胸の奥まで響いて動揺した。


おかしな態度を払しょくしたい。リプレイのやり直しは準備だ。
半年も近くにいて意識されない。その相手に好印象を与えよう。

肉体は鍛えなおして身なりを変えた。イブのチキンも用意した。
外見から古めかしい木造アパート。二階の入口で軽いノックだ。

「真夜中にどこのどなたですかね? お部屋の間違いだったり」
間を空けて返答された。冷静な応対に小声で要件を伝えてみる。

「夜分遅くに失礼します。同僚の尾田ですからご安心ください。
昼間のお礼です。すこしでも……お話を。できるなら幸いです」

「ちょっちょっとだけお待ちくださいね。ほんとにすんません」
テンパって跳ねあがる声。深夜の来客は警戒しすぎても正解だ。


「誠にスミマセン。連絡しようがなくて非常識な時間ですよね」
常識外れの時間だ。申しわけない気もちになって謝罪を伝える。

「えーっとお部屋はムリですよ。アパートの外でもいいですか。
深夜だから児童公園って誰もいませんよね。お話しましょうよ」
それなりに好感はあったのかもしれない。嫌がるそぶりもない。

「感謝します。イブらしいのでフライドチキン持参しています」
かなりのチョロインだね。軽く応じながら内心不安になったよ。

ふたたび音を立てず階段をおりた。そのまま息を潜めて待機だ。
白い本革コートとタキシードは誂え品だ。ボタンは外してある。


オタクならわかるよな。美少女戦士の護衛はタキシードなんだ。
深夜の訪問だから悩んでからこれに決めた。それなりに映える。

深夜になる時刻の仮面は厳しい。間違いなしに変態扱いされる。
カンカンカンと階段から音が響いた。見つめる目がくぎづけだ。

細身の肢体に赤いジャージ。白いコートを羽織るだけの軽装だ。
明るい茶系ソバージュがゆれた。ノーメイクでも変わらない顔。

ふうふうと真冬に息を切らす白煙だ。漂わせると身体が震えた。
急がなくても……目前まで近づいた。おおきな瞳が見開かれる。

おそらくは寒さから表情まで引きつった。なぜか笑ったらしい。
右手に下げた紙袋を奪う。そのまま優しく手の甲に口づけした。


無意識の行動だった。恥ずかしさに耳の先まで真っ赤な彼女だ。
震える姿が可憐に見えた。寄りかかってのエスコートを決める。

満月の照らす深夜は無人。二人の呼吸の音だけ住宅街に響いた。
そのまま二つ目の辻を右に曲がる。前方には電灯が照らす公園。

昨今は整備もされずに錆びだらけ。遊具の封鎖で利用できない。
公衆トイレもないちいさな公園。いくつかの休憩ベンチだけだ。

手前のベンチに白いハンカチーフを敷いた。右腕で促すしぐさ。
恐縮からか無言のままちいさく座る。おもわず微笑んだらしい。

用意のチキンはプレゼント。渡そうとして左右に首を振られた。
うなずきながら保温ポット。揃いのマグカップをベンチに移動。


おおきな白い紙袋が映える。慎重にチキンの小袋をとりだした。
カーネルおじさんの袋を敷いたベンチ。距離を取りながら座る。

「コーヒーでも飲みましょうか」わざわざ用意した珈琲らしい。
青いマグカップから先に注がれた。珈琲のこぼれないギリギリ。

赤いマグカップが自分らしい。もちろん注がれる量はすくない。
珈琲を注いでから指で促される。微笑んでから一口だけ飲んだ。

「あまーい!」自然なおもらし。もちろんお笑いコンビのネタ。

いやいやいや。甘さを感じさせない珈琲色。逆の意味で驚いた。
赤いマグカップの珈琲にフーフーする姿。自然に笑いがもれる。


「もしかして男のひとには甘すぎた?」ブラック珈琲に見えた。
「これも悪くないよ。キミが甘いから」半ば以上は本気なんだ。

その瞬間だったのか頭上から舞い降りた。白い結晶体は粉雪だ。
前の流行歌が脳内でリピート。幻想的な美しさに声を失くした。

しばらくは二人揃っての珈琲タイムだ。もちろん無言のままで。
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