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瑠色と寝た男3
志信・25歳*2
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「おじいちゃんのお店、継ぐんだって。だから、田舎に行っちゃうって言うの。まさか、ついて行けないでしょ、私」
志信さんは悲しそうな顔をして、ナッツを一つつまんだ。
「向こうでお見合いして、結婚するんだって。だから、別れてもらえないかって。別れてもらえないか、ですって。自分だけで全部決めておいて、私が嫌って言ったらどうするつもりだったのかしら、ね」
ぱり、とナッツが志信さんの口の中で鳴る。
その横顔に、なぜかボクはどきっとした。
「…結婚って、言われたら…、ボク達にはどうすることもできないよね」
「そうよ。お店を継ぐ、ってことは、跡取りを作らなきゃいけないって事でしょ? そうなったら、相手は女じゃなきゃダメだもの」
「うん…。そっか…、悲しいね」
「すごく悲しいわ。彼のために、家事は頑張ったし、綺麗で居ようって努力もした。そんな努力も…ムダだったのかとおもうと、みんなどうでも良くなって…」
志信さんはグラスを持ち上げて笑った。
「虚しくて、ここに飲みに来たの。そしたら、ルイくんが声をかけてくれた、って感じね」
「そっか。今日、来てよかった。志信さんの話、聞かせてもらえて良かった。もっと、言いたいこととか、思ってることとか、たくさん、ボクにぶつけてよ。聞くから、ね?」
志信さんはボクから顔を背ける。またまずい事をしたんだとおもったけど、涙を拭っている様子だったから声をかけるのをやめた。
「…やあね、泣いちゃうわ」
志信さんは涙声で言った。
「ボクが志信さんの事を慰めてあげられたらいいんだけど…、何にもしてあげられないよ…」
志信さんは首を振る。
「ルイくんは、いま私を慰めてくれてるわ。何もしてあげられないなんて、思わないで?」
ボクは頷いて、志信さんにすすめられたナッツを手に取る。
ほんのりと塩味のついたそれは、志信さんの涙と重なった。
「志信さんみたいに素敵な人を振って、彼氏も後悔してるよ、きっと」
「そうかしら…」
「そうだよ。自分のために努力してくれるなんて最高じゃん! それを当たり前だと思って3年も生活してたんだったら、新しい人と比べて、後悔するところは絶対あるはず」
「相手が女の子でも?」
「生まれつきの女に胡坐をかいて努力しない女より、女の子には敵わないって思ってそれでも努力を重ねている人だったら、ぜったいに後者の方が魅力的だよ」
ボクがそう言い切ると、志信さんはあはは、と大きな声で笑った。
少し男性っぽい感じの豪快な笑い声だったから、ボクはちょっと驚いた。
ああ、志信さんって男の人なんだな…って。
「ほんっとに、ルイくんって、良い子ぉー!」
ばしばしとボクの背中をたたく志信さん。正直痛い。
「痛い、痛いよ志信さん…!」
「あらやだ、力加減間違っちゃったかしら」
志信さんは笑っていた。
「無理に笑ってない? 傷ついてる時に無理すると、すごくつらくなるよ?」
ボクがそういうと、志信さんは目を見開いた。
「ねえ、傷心の私にそんな優しくしちゃだめよ。ときめいちゃうわ」
「えっ、ボクに?!」
驚いたボクに、また志信さんは笑う。
「そうよぉ。傷ついて心が寂しくなっている女に、そんな風に優しくしちゃダメよ。惚れられでもしたら面倒くさいでしょ」
つけ込んでいると思われたのか、と思って、でもそれをヘンに否定するのもおかしい。
そう思ってボクは、
「…当たり前の立ち居振る舞いをしているつもりなんだけど…なんかまずいのかな…。それに…ボクに惚れる人なんて…居ないんじゃないかなって思うけど…」
志信さんはくすくす笑っている。
「私はそう思わないけど…、ルイくん、モテたんじゃないの?」
「いいえ、全然。…まあ8年片思いを引きずってるのも、ありますけどね」
あはは…と誤魔化せば、志信さんはずいっと身を乗り出してきた。
「8年!? 今二十歳でしょ!? ってことは、12歳からずっと同じ人一人だけ好きで居続けてるってこと!?」
驚きはごもっともだ。
「うん…好きって気づいたのから計算すると、8年くらいかな…。ボクの話は良いよ…」
「私の話よりルイくんの事聞かせてほしいわよ」
「えー…、じゃあ簡潔に…、小学校の運動会で、走ってる姿に一目ぼれしたんだ。それからずっと好き…って感じ」
「きゃー! 運命的!」
志信さんがハッと気づいたような顔をする。
「え、なんでゲイバーなんか出入りしてるの?」
その疑問も最もだ。
「…うーんと…。その人はいつも周りに人がいる人気者で、彼女も途切れたこと無くて、きっと大人になったら、女の人と結婚するんだろうな…っていうのがあって…」
「なるほどねぇ」
「告白はしないつもりなんだけど…、それでもボクは男の人を好きになったわけだから…、自分がそうなのか、って言うのを確かめる意味もあって…って感じ」
ちょっと違うけど、ほぼあってる事を言ってみる。
「そっか…。…ルイくんはどっちなの?」
「え?」
「その人には、抱かれたいとか、思う?」
はっきり聞かれて、かあっと熱くなった。いずれ、そういう事になったときに話をしなきゃいけないことなのは解ってるんだけど、ボクの事だけをストレートに聞かれるとなるとすごく恥ずかしい。
「あら、真っ赤! かわいい…」
「いや、あの、た、たしかに、だ、…抱かれる、方が、いいな、って思ったことは、ある」
「やっぱりね、ルイくんもそっちだと思ったわ」
「あ、でも…。彼以外には…抱かれるのは嫌だと思ってるから…ほかの人とする時には、抱く方がいいなって、うん」
志信さんは目を見開いて固まっている。
「な、なんか変な事言った?」
「やだぁー! ルイくんってタチなんだー!? えー! 私と同じでネコちゃんだと思ってた!」
「志信さん、抱かれる方なの? そうだよね、そっか…」
ちょっと驚きつつ、ボクは何となく、胸の中に何かがストンと落ちてきたような気持がしていた。
志信さんは悲しそうな顔をして、ナッツを一つつまんだ。
「向こうでお見合いして、結婚するんだって。だから、別れてもらえないかって。別れてもらえないか、ですって。自分だけで全部決めておいて、私が嫌って言ったらどうするつもりだったのかしら、ね」
ぱり、とナッツが志信さんの口の中で鳴る。
その横顔に、なぜかボクはどきっとした。
「…結婚って、言われたら…、ボク達にはどうすることもできないよね」
「そうよ。お店を継ぐ、ってことは、跡取りを作らなきゃいけないって事でしょ? そうなったら、相手は女じゃなきゃダメだもの」
「うん…。そっか…、悲しいね」
「すごく悲しいわ。彼のために、家事は頑張ったし、綺麗で居ようって努力もした。そんな努力も…ムダだったのかとおもうと、みんなどうでも良くなって…」
志信さんはグラスを持ち上げて笑った。
「虚しくて、ここに飲みに来たの。そしたら、ルイくんが声をかけてくれた、って感じね」
「そっか。今日、来てよかった。志信さんの話、聞かせてもらえて良かった。もっと、言いたいこととか、思ってることとか、たくさん、ボクにぶつけてよ。聞くから、ね?」
志信さんはボクから顔を背ける。またまずい事をしたんだとおもったけど、涙を拭っている様子だったから声をかけるのをやめた。
「…やあね、泣いちゃうわ」
志信さんは涙声で言った。
「ボクが志信さんの事を慰めてあげられたらいいんだけど…、何にもしてあげられないよ…」
志信さんは首を振る。
「ルイくんは、いま私を慰めてくれてるわ。何もしてあげられないなんて、思わないで?」
ボクは頷いて、志信さんにすすめられたナッツを手に取る。
ほんのりと塩味のついたそれは、志信さんの涙と重なった。
「志信さんみたいに素敵な人を振って、彼氏も後悔してるよ、きっと」
「そうかしら…」
「そうだよ。自分のために努力してくれるなんて最高じゃん! それを当たり前だと思って3年も生活してたんだったら、新しい人と比べて、後悔するところは絶対あるはず」
「相手が女の子でも?」
「生まれつきの女に胡坐をかいて努力しない女より、女の子には敵わないって思ってそれでも努力を重ねている人だったら、ぜったいに後者の方が魅力的だよ」
ボクがそう言い切ると、志信さんはあはは、と大きな声で笑った。
少し男性っぽい感じの豪快な笑い声だったから、ボクはちょっと驚いた。
ああ、志信さんって男の人なんだな…って。
「ほんっとに、ルイくんって、良い子ぉー!」
ばしばしとボクの背中をたたく志信さん。正直痛い。
「痛い、痛いよ志信さん…!」
「あらやだ、力加減間違っちゃったかしら」
志信さんは笑っていた。
「無理に笑ってない? 傷ついてる時に無理すると、すごくつらくなるよ?」
ボクがそういうと、志信さんは目を見開いた。
「ねえ、傷心の私にそんな優しくしちゃだめよ。ときめいちゃうわ」
「えっ、ボクに?!」
驚いたボクに、また志信さんは笑う。
「そうよぉ。傷ついて心が寂しくなっている女に、そんな風に優しくしちゃダメよ。惚れられでもしたら面倒くさいでしょ」
つけ込んでいると思われたのか、と思って、でもそれをヘンに否定するのもおかしい。
そう思ってボクは、
「…当たり前の立ち居振る舞いをしているつもりなんだけど…なんかまずいのかな…。それに…ボクに惚れる人なんて…居ないんじゃないかなって思うけど…」
志信さんはくすくす笑っている。
「私はそう思わないけど…、ルイくん、モテたんじゃないの?」
「いいえ、全然。…まあ8年片思いを引きずってるのも、ありますけどね」
あはは…と誤魔化せば、志信さんはずいっと身を乗り出してきた。
「8年!? 今二十歳でしょ!? ってことは、12歳からずっと同じ人一人だけ好きで居続けてるってこと!?」
驚きはごもっともだ。
「うん…好きって気づいたのから計算すると、8年くらいかな…。ボクの話は良いよ…」
「私の話よりルイくんの事聞かせてほしいわよ」
「えー…、じゃあ簡潔に…、小学校の運動会で、走ってる姿に一目ぼれしたんだ。それからずっと好き…って感じ」
「きゃー! 運命的!」
志信さんがハッと気づいたような顔をする。
「え、なんでゲイバーなんか出入りしてるの?」
その疑問も最もだ。
「…うーんと…。その人はいつも周りに人がいる人気者で、彼女も途切れたこと無くて、きっと大人になったら、女の人と結婚するんだろうな…っていうのがあって…」
「なるほどねぇ」
「告白はしないつもりなんだけど…、それでもボクは男の人を好きになったわけだから…、自分がそうなのか、って言うのを確かめる意味もあって…って感じ」
ちょっと違うけど、ほぼあってる事を言ってみる。
「そっか…。…ルイくんはどっちなの?」
「え?」
「その人には、抱かれたいとか、思う?」
はっきり聞かれて、かあっと熱くなった。いずれ、そういう事になったときに話をしなきゃいけないことなのは解ってるんだけど、ボクの事だけをストレートに聞かれるとなるとすごく恥ずかしい。
「あら、真っ赤! かわいい…」
「いや、あの、た、たしかに、だ、…抱かれる、方が、いいな、って思ったことは、ある」
「やっぱりね、ルイくんもそっちだと思ったわ」
「あ、でも…。彼以外には…抱かれるのは嫌だと思ってるから…ほかの人とする時には、抱く方がいいなって、うん」
志信さんは目を見開いて固まっている。
「な、なんか変な事言った?」
「やだぁー! ルイくんってタチなんだー!? えー! 私と同じでネコちゃんだと思ってた!」
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