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瑠色と寝た男3
志信・25歳*3
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「ねえ、ルイくん、これから私すごく最低な事言うつもりなんだけど、聞いてくれる?」
「え、あ、はい」
すい、と志信さんが近づいて来た。
「…私で試してみない?」
柔らかい微笑みでそういわれた。言われた意味はすぐに理解できなかった。
でも、それは志信さんが自分を抱いてみないかと言っているのだと理解したとき、ボクは『失恋した志信さんを労う』より、『男同士ですることへの興味』に、一瞬天秤が傾いた。
でも。
「…志信さん、失恋したばかりなのに…いいの?」
当然だけど、そこが引っかかる。
だって、志信さんは今しがた、ボクに失恋したって話をしてくれたところなのに。
「私ね…、今誰かに抱きしめてもらいたいの、無性に」
志信さんはグラスを傾けている。
「…でも、ボクみたいな…」
「ルイくんが嫌なら、無理強いはしない。他を当たるわ?」
ボクが断るなら、ゆきずりの相手と寝るということだ。
三年も付き合った恋人に振られて自棄になっているんだと思う。
だからって、そんな。
「ボク…、経験ないよ? めんどくさくない?」
「未経験がめんどくさいなんて、誰が言ったの? 知らない子に教えてあげるのを面倒なんて思ったらダメだと私は思ってるわ」
志信さんの人となりが、こういう言葉に出ていると思う。
「…志信さんが、誰か行きずりの相手に、好き放題される様なことがあったら嫌だけど…でも、その…満足させてあげられる自信…無い…」
「可愛いこと言うわね。満足するかどうかなんて、してみないと分からないじゃない?」
志信さんの視線が、するりと流れてくる。その視線は、すごく色っぽかった。
女性とは違う、少し骨ばった指先の細さに、目を奪われた。
「それはそうだけど…」
「無理強いはしない、って言ったわよね? 大事な初めてだし、ルイくんも好みの子のほうが良いわよね、きっと」
「ボクのはじめてに価値なんか無いって…。それに、志信さんが好みじゃ無いなんて一言も言ってないよ、ボク」
ボクがそう言って笑うと、志信さんは悲しい顔をした。
「初めては大事よ? この先、誰かと寝るたびに、私としたときの事、思い出すの。一生よ?」
確かに、そうだ。だって、初めてと言うからには、人生で1回のことだから、この先思い出すのは当たり前だ。
「それは…そうだね。初めてって、そういう事だもんね」
「だから、ルイくんが嫌なら…」
ボクは首を振った。
「…正直な事を言うと…ね。未知との遭遇だから、凄く興味ある。志信さんなら、ボクが失敗しても怒らないでくれるんじゃないかとか、そう言うことも考えるし、…ほんとに、してみたいって思う」
かぁっと身体が熱くなる。これは、興奮じゃなくて羞恥心だ。
「私で、試してみる?」
重ねて問われる。
「…志信さんの、寂しいとか、悲しいとか、そういう気持ちを、ボクにぶつけられれば良いな、って気持ちもあるけど、ほんとに、ただただ、初体験の誘惑と好奇心に負けてる感じだよ? 志信さんの方は、そんなボクで良いの?」
「えぇ、良いわよ。だって、私から誘ったんじゃない」
志信さんは笑いながらそう言った。
「ボク、ほんとに未経験だから…失敗したりするかもしれないけど、それでも良いよって言ってくれるなら…お願いします」
と、ボクは頭を下げた。
志信さんは、ボクの分も会計をしてくれた。何度も断ったんだけど、いいからって押し切られてしまった。
「そっか…、ルイくんは初めてかあ」
ホテルへ向かうみちすがら、しみじみとつぶやかれて恥ずかしい。
「そうだよ…」
「なんか、ドキドキしちゃうわね。初めての子って、こっちもなんか初々しい気持ちになっちゃう」
ネオンがきらめく通りを一本入ったところに、男同士でも入れるホテルがあるという事も、初めて知った。
受付の前に置いてあるパネルで部屋を選んで、お金を払って鍵を受け取る。
「人の顔が見えないようになってるんだね」
エレベーターに乗り、部屋へ向かう途中でボクがそういうと、志信さんはニコニコ…というよりニヤニヤとしたような表情でボクを見ていた。
「え…なに…?」
「ホテルも来たこと無かったのね」
からかわれているような空気ではなかったのでボクは素直にその反応を『初めての事に対して経験者が感じる可愛さ』みたいなものだと受け止めた。
「…用事、ないもん…」
思いのほか拗ねたような声が出た。志信さんは、その反応にも笑っていた。
「志信さんメッチャ笑ってる」
失恋して悲しんでいた志信さんが笑ってくれたのが、なんだか嬉しかった。
ランプがついた部屋へ入る。
ホテルと言うだけあって部屋はきれいだったけど、ベッドが部屋の真ん中にドンと置いてあって、それが不思議だった。
他愛もない話をしながら、コートをかけ、コーヒーを入れた。
「なんか…志信さんとこうなるのって、不思議な感覚」
「そうね。私もそう思うわ」
そうして、ソファに座って飲んだインスタントコーヒーは、あまり美味しくなかった。
志信さんが、テーブルにコーヒーを置く。
そして、ソファに座ってるボクの隣に座った。
「キスはどうする?」
近付いてきて、囁くような甘い声。
「する…」
「良いの? カレのために初めてのキスを取っておかないで」
「意地悪だなぁ…志信さん…。ボクには彼とのファーストキスの機会なんて、永遠に来ないのに…」
唇の距離が、すこしずつ近付いてくる。
「ごめんね、意地悪言ったわ…」
唇が触れ合いそうな距離で、二人にしか聞こえないような、微かな囁き。
「いいよ」
最後のほんの数ミリを、ボクから縮めた。
志信さんのよく手入れされた唇は、しっとりしていて柔らかかった。
初めてのキスは、とてつもなくボクの記憶に残る驚きのものだった。
「え、あ、はい」
すい、と志信さんが近づいて来た。
「…私で試してみない?」
柔らかい微笑みでそういわれた。言われた意味はすぐに理解できなかった。
でも、それは志信さんが自分を抱いてみないかと言っているのだと理解したとき、ボクは『失恋した志信さんを労う』より、『男同士ですることへの興味』に、一瞬天秤が傾いた。
でも。
「…志信さん、失恋したばかりなのに…いいの?」
当然だけど、そこが引っかかる。
だって、志信さんは今しがた、ボクに失恋したって話をしてくれたところなのに。
「私ね…、今誰かに抱きしめてもらいたいの、無性に」
志信さんはグラスを傾けている。
「…でも、ボクみたいな…」
「ルイくんが嫌なら、無理強いはしない。他を当たるわ?」
ボクが断るなら、ゆきずりの相手と寝るということだ。
三年も付き合った恋人に振られて自棄になっているんだと思う。
だからって、そんな。
「ボク…、経験ないよ? めんどくさくない?」
「未経験がめんどくさいなんて、誰が言ったの? 知らない子に教えてあげるのを面倒なんて思ったらダメだと私は思ってるわ」
志信さんの人となりが、こういう言葉に出ていると思う。
「…志信さんが、誰か行きずりの相手に、好き放題される様なことがあったら嫌だけど…でも、その…満足させてあげられる自信…無い…」
「可愛いこと言うわね。満足するかどうかなんて、してみないと分からないじゃない?」
志信さんの視線が、するりと流れてくる。その視線は、すごく色っぽかった。
女性とは違う、少し骨ばった指先の細さに、目を奪われた。
「それはそうだけど…」
「無理強いはしない、って言ったわよね? 大事な初めてだし、ルイくんも好みの子のほうが良いわよね、きっと」
「ボクのはじめてに価値なんか無いって…。それに、志信さんが好みじゃ無いなんて一言も言ってないよ、ボク」
ボクがそう言って笑うと、志信さんは悲しい顔をした。
「初めては大事よ? この先、誰かと寝るたびに、私としたときの事、思い出すの。一生よ?」
確かに、そうだ。だって、初めてと言うからには、人生で1回のことだから、この先思い出すのは当たり前だ。
「それは…そうだね。初めてって、そういう事だもんね」
「だから、ルイくんが嫌なら…」
ボクは首を振った。
「…正直な事を言うと…ね。未知との遭遇だから、凄く興味ある。志信さんなら、ボクが失敗しても怒らないでくれるんじゃないかとか、そう言うことも考えるし、…ほんとに、してみたいって思う」
かぁっと身体が熱くなる。これは、興奮じゃなくて羞恥心だ。
「私で、試してみる?」
重ねて問われる。
「…志信さんの、寂しいとか、悲しいとか、そういう気持ちを、ボクにぶつけられれば良いな、って気持ちもあるけど、ほんとに、ただただ、初体験の誘惑と好奇心に負けてる感じだよ? 志信さんの方は、そんなボクで良いの?」
「えぇ、良いわよ。だって、私から誘ったんじゃない」
志信さんは笑いながらそう言った。
「ボク、ほんとに未経験だから…失敗したりするかもしれないけど、それでも良いよって言ってくれるなら…お願いします」
と、ボクは頭を下げた。
志信さんは、ボクの分も会計をしてくれた。何度も断ったんだけど、いいからって押し切られてしまった。
「そっか…、ルイくんは初めてかあ」
ホテルへ向かうみちすがら、しみじみとつぶやかれて恥ずかしい。
「そうだよ…」
「なんか、ドキドキしちゃうわね。初めての子って、こっちもなんか初々しい気持ちになっちゃう」
ネオンがきらめく通りを一本入ったところに、男同士でも入れるホテルがあるという事も、初めて知った。
受付の前に置いてあるパネルで部屋を選んで、お金を払って鍵を受け取る。
「人の顔が見えないようになってるんだね」
エレベーターに乗り、部屋へ向かう途中でボクがそういうと、志信さんはニコニコ…というよりニヤニヤとしたような表情でボクを見ていた。
「え…なに…?」
「ホテルも来たこと無かったのね」
からかわれているような空気ではなかったのでボクは素直にその反応を『初めての事に対して経験者が感じる可愛さ』みたいなものだと受け止めた。
「…用事、ないもん…」
思いのほか拗ねたような声が出た。志信さんは、その反応にも笑っていた。
「志信さんメッチャ笑ってる」
失恋して悲しんでいた志信さんが笑ってくれたのが、なんだか嬉しかった。
ランプがついた部屋へ入る。
ホテルと言うだけあって部屋はきれいだったけど、ベッドが部屋の真ん中にドンと置いてあって、それが不思議だった。
他愛もない話をしながら、コートをかけ、コーヒーを入れた。
「なんか…志信さんとこうなるのって、不思議な感覚」
「そうね。私もそう思うわ」
そうして、ソファに座って飲んだインスタントコーヒーは、あまり美味しくなかった。
志信さんが、テーブルにコーヒーを置く。
そして、ソファに座ってるボクの隣に座った。
「キスはどうする?」
近付いてきて、囁くような甘い声。
「する…」
「良いの? カレのために初めてのキスを取っておかないで」
「意地悪だなぁ…志信さん…。ボクには彼とのファーストキスの機会なんて、永遠に来ないのに…」
唇の距離が、すこしずつ近付いてくる。
「ごめんね、意地悪言ったわ…」
唇が触れ合いそうな距離で、二人にしか聞こえないような、微かな囁き。
「いいよ」
最後のほんの数ミリを、ボクから縮めた。
志信さんのよく手入れされた唇は、しっとりしていて柔らかかった。
初めてのキスは、とてつもなくボクの記憶に残る驚きのものだった。
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