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第百二十九話 ……ルタ……おれの名だ
しおりを挟む「はっ! さすがは悪魔なだけはあるってか」
毒づくようにルタが言う。あれで終わるとは思っていなかったとはいえ、やはり目の当たりにすると少し辟易してしまう。
まだ終わらないのかと。早く終わってくれと。
「無論じゃ。我輩は魔界に名を轟かせた悪魔、ベルゼー。これしきのことで終わってたまるか」
自身では回復できないのか、全身に火傷を残した状態で悪魔が言う。魔力を展開しているのか、その足元が淡く光り始めていた。
「『この地に眠る数多の者達よ、我がベルゼーの名において命ずる。いま再び大地に姿を現し、我が眼前の敵を常世に引き入れよ!』」
悪魔の言葉には力が宿っていた。ただ魔力を行使しているだけではなく、さらなる力を引き上げるための呪文だ。
悪魔が言い終わるやいなや、ボコリと地面からなにかが出てくる。白骨化した、なんらかの生物の手だった。それも一つだけではなく、悪魔の周囲からいくつも伸びてくる。
「……スケルトン……」
地面から現れるそれらを見てルタがつぶやく。それらは全身が白骨化したオオカミやライオンなどの動物や魔物であり、なかには人間と思しき死体も混ざっていた。
「かっかっかっ! ものども、掛かれ! あやつを八つ裂きにするのじゃ!」
悪魔の命令が轟き、スケルトンの群れがルタへと襲い掛かる。だが彼は背を向けて逃げようとはせずに、逆にその群れへと駆け出していった。
「かかか! 自棄になったのか⁉ いくら貴様でもこの数は……」
笑う悪魔に対して、しかしルタは駆けることをやめず、両手のひらに淡く暗い光をまとわせていく。その光をスケルトンへと飛ばし、あるいはすれ違いざまに軽く触れて、スケルトン達にも光を宿らせていく。
『未熟スキル:レベル2』
『特技:リバース』
彼のそばの空間にメッセージウィンドウが現れて、彼が小さくつぶやいた。
「戻れ。おまえらが元いた場所へ」
途端、スケルトン達の骨がバラバラに崩れていき、落下した先の地面へと飲まれていく。彼のスキルによって、悪魔に使役される前の状態に戻っていったのだ。
「な……っ⁉」
驚く悪魔の眼前へとルタが迫る。その手には腰から引き抜いた一振りのナイフ。距離的にも時間的にも、悪魔にトドメを刺すまであと一歩の猶予があった。
そのわずかなラグを悪魔が逃すわけもない。悪魔は即座に赤黒くなった手のひらを頭上にかざすと。
「我輩を守れ! 歴戦の戦士よ!」
地響きが起こり、悪魔の背後から巨大な影が立ち上がっていく。それは一本一本の骨が人間よりも巨大な、巨人族の魔物のスケルトンだった。
高さ数十メートルのスケルトンの腕がルタへと伸びていく。あと一歩縮める前に捕まれば、勝ち目はなくなってしまうだろう。
だが彼はまったく動じることなく。
「無駄だ。デカさとか強さの問題じゃねえんだ」
巨人のスケルトンにもまた淡く暗い光が灯る。直後、それも地面へと崩れて沈んでいった。
「……っ⁉」
そして最後の一歩を詰めて、驚愕する悪魔の胸元へとナイフの切っ先を突き立てた。
…………。瞬間的な静寂。一秒が永遠に引き伸ばされたような時間の錯覚。
悪魔が目を見開いて、腕をガクリと垂れ下げさせる。もはや反抗する余力は残っていないようだった。
「……かか、か……見事じゃ……我輩を打ち倒すとはのう……」
赤黒かった身体が徐々に灰白色へと移り変わっていく。それはまるで紅葉色の秋の季節が雪の積もる冬に変遷していくようであり、悪魔の命がもうすぐ尽きることを意味していた。
最期に言い残そうとするかのように悪魔が口を開く。あるいはそれは消え行く自身の心に刻み込むためのように。
「最期に、聞いておこうかの……お主の名を……お主は何というのじゃ……」
「……知ってるはずだろ、ニーサさんを通して」
素っ気なく答えたルタに、悪魔は力のない笑い声を漏らした。
「かか……無粋な奴よのう……おまえさんの口から聞きたいのじゃよ……」
この世から完全に消滅してしまう前に、自分を倒した者の名を直接聞いておきたいということだ。たとえ悪魔だろうと相手の心を汲み取れないほど、ルタは読めないわけではなかった。
口を開いて、ルタが名を告げる。
「……ルタ……おれの名だ」
聞いた悪魔がかすかに微笑む。まるで優しさを取り戻した人間のように。
そして最期につぶやいた。
「……さらばじゃ……ルタ……我輩を倒した者よ……」
まるで灰が風に乗って散っていくように、悪魔の身体は跡形もなく消滅していった。
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