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55 あれが、
しおりを挟む「……品がないですよ、コレート夫人」
「だって仕方ないじゃない。ここまで見事なすれ違いの会話を間近で見せられたら、爆笑だってしちゃうわよ!」
「何がすれ違っていたというのですか?」
ドロナがメイド長を見る。メイド長はすでにアリエスの肩から手を離していた。
「ねえ、ジージョ、何もすれ違ってなどいませんよね?」
「……とりあえず、処罰という言葉は誤解を与えかねないと思いはしました。処遇や指示などといった、もっと別の言葉を使ったほうがよろしいかと」
「……ふむ……それはそうかもしれませんね。今後は気を付けましょう」
整った顎に手を当てながら、ドロナが反省するように答える。彼らの話を聞いていたアリエスが、いまだに信じられないような声音で聞いた。
「……あの……いまの、タル様が偽造犯を調べるというのは、どういう……?」
「そのままの意味です。この偽造品を買い取ったということは、タルさんは偽造犯もしくはその関係者の顔を見たはずです。官憲や探偵などと協力すれば、タルさんなら偽造犯を必ずや探し出せるでしょう」
「……それなら、わたしに処罰を肩代わりさせないというのは……わたしも調査を手伝ったほうが良いのでは……?」
「貴方は我がシューグ家のメイドです、貴方にはこの家での仕事があります。それにもし万が一のことがあって貴方を失っては、シャンディーや私達が悲しむことになります」
「…………」
ドロナが画商に言う。
「無論、タルさんにも偽造犯に悟られぬように細心の注意を払ってもらいます。貴方がいなくなっては、貴方の家族が大いに悲しんでしまいますから。貴方には絶対に生きていてもらわなければなりません」
「…………」
ドロナの言葉に、画商もアリエスも呆けた顔をしっぱなしだった。
話が終わりを迎え、コレート夫人が立ち上がる。
「それじゃあ、わたくし達はそろそろお暇させてもらおうかしら。行きますわよ、タルさん」
「は、はい……」
画商はいまだに心ここにあらずといった様子だった。コレート夫人は小さな息をつきながら、ドロナに言う。
「本当にこの方に任せて大丈夫かしら?」
「……私も少し不安になってきました。よろしくお願いしますよ、タルさん」
ドロナが声をかけると、画商がはっと我に返って敬礼する。
「は、はいっ、私めにお任せくだされっ!」
「「…………」」
一同が画商のことを無言で見つめたあと、コレートが気を取り直したようにドロナに言う。
「それにしても、珍しい人材を見つけたじゃない。久々に面白いものを見せてもらったわよ」
「……引き抜くのはお断りしますからね。全力で阻止しますよ」
「おーこわ」
コレートがアリエスにウィンクする。
「スカウトは禁止されてしまいましたけど、アリエスさん自身がうちを希望するのは構いませんからね。ここが嫌になったら、いつでも歓迎致しますわよ」
「……はあ……」
アリエスはなんとも答えようがなかったので、曖昧な声を返しておいた。ドロナは怪訝な顔でコレートを見たあと、溜め息をついてからメイド長とアリエスに言う。
「ジージョ、アリエスさん、ここの後片付けをお願いします。コレート夫人達は私がお見送りしますので」
「かしこまりました。お気を付けくださいませ」
「ええ」
そしてドロナ達三人が応接間から出ていく。ドアが完全に閉まり、足音が遠ざかってからメイド長がアリエスに声をかけた。
「アリエスさん」
「は、はい」
「あれが、ドロナ様です。説明が足りなくて最初は勘違いしやすいですが、そのうち慣れますよ」
「は、はあ……」
「それでは、私達も後片付けを始めましょうか」
「……はい」
メイド長がソファや絨毯の乱れを直し、アリエスもまたティーカップやポットを銀盆に移して片付け始めた。
……絵画のみならず、彫刻や書画など、数多くの美術品の偽造グループが逮捕されたのは、この約一週間後のことであった……。
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