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63.転売屋は結婚について考える

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例の図鑑を発見してからミラは毎日のように書写をしに図書館へと通っていた。

営業に差し支えるので昼食後の数時間と自分でルールを決めて、嬉しそうに通っている。

出来上がったら俺も勉強させてもらおう。

魔物の素材関係はエリザに一任していたから、これで俺達だけでも依頼を出したりすることが出来る。

そのエリザはというと、自分の役目が少なくなることに危機感を感じているようだ。

以前にも増してアピールが凄い。

もちろん夜のアピールだ。

ただでさえミラが来てから少なくなっていたのに、そこでしか自分をアピール出来ないと思っているのだろう。

そんなわけないのだが、その様子が可愛くてつい意地悪したくなってしまう。

俺の中にこんな性癖があったとは。

わからないものだな。

「で、それを黙っているわけか。最低だな。」

「あはは、マスターもそう思うか。」

店をミラに任せて久々にマスターの所に顔を出した。

エリザはというと、昨日頑張りすぎてまだ店の二階で眠っている。

冒険者のアイツの体力を甘く見てはいけないぞ、ぶっちゃけ俺がやられるかと思った。

これだから体力馬鹿は・・・。

「人の恋路なんてどうでもいいがな、知り合いがそういう事をしているのはいい気分じゃない。」

「それは済まなかった。」

「そう思うなら結婚してやれよ。」

「いや、結婚はまだいいよ。」

この世界に来てまだ一年もたっていない。

店もあけたばかりだしまだまだやりたいことも沢山ある。

結婚は、せめて店を軌道に乗せてからだろうな。

「シロウさん結婚するの?」

「だからしないって。」

「えー、エリザさん可哀想。この間も結婚したいってぼやいてたよ。」

「あぁ、飲んだくれながらな。全くいい迷惑だ。」

「俺の前じゃそんな姿見せないのにな。」

「当たり前じゃない!好きな人にそんな姿見られたら死んじゃうよ。」

そんな簡単に死なないと思うけどなぁ・・・。

ってそうだ、いい機会だしこの間の件を探ってみよう。

「じゃあリンカはどうなんだ?」

「え、私?」

「ダンだっていい年だろう、そういう話は出てないのか?」

「わたしは~、別に何も~?」

「おいマスター、なんだか怪しい感じだぞ?」

「俺が知るかよ。」

「そうよ、マスターは関係ないでしょ!」

ふむ、マスターは我関せずと。

とか何とか言いながら、興味ありそうな顔をしているのは気のせいじゃないと思うな。

「いい男なんだがなぁ、冒険者として頑張ってそれなりに稼いでいるし。とはいえ、最近は店に来ることも少なくなったか。」

「そうなのか?」

「前はよく仲間と一緒に素材やら見つけた装備やら持ってきたんだが、何でも仲間と別れたらしい。」

「そういえば前にそんなこと言ってた気がする。亡くなっちゃったんだって。」

「まぁ長い事やってるとそういう事もあるだろう。」

「これを機に足を洗うとか言い出さなければいいんだがなぁ。マスター、冒険者が仕事を辞めるとどうなるんだ?」

こっちは俺の興味だ。

冒険者のその後。

つぶしのきく商売でも無いし、かといって引退するという事は身体的に何か不都合が出ているんだろう。

そんな彼らに出来る仕事はあるんだろうか。

「そうだな、年齢的に引退した奴は店の用心棒をやったり、田舎に引っ込んで自警団に入ったりだな。」

「良くあるやつだな。じゃあそうじゃない奴は?」

「心身に欠損が出てるやつに未来は無い。無理やりダンジョンに潜って死ぬか、田舎に引っ込む前に死ぬか、引っ込んでも飢えて死ぬかだ。」

「死ぬしかないのかよ。」

「いい嫁さん見つければ別だが、そんなやつは極稀だな。」

冒険者の未来はかなり暗いようだ。

でもそうだよな、五体満足じゃない奴を食わせていくってのは大変な事だ。

それこそ何か特技があって、それで財を成すことが出来なければ未来は無い。

そんなきわどい仕事って事だ、冒険者ってやつは。

だからマスターやリンカはさっさと結婚してやれと言うんだろう。

だが断る。

「ってことは余計に結婚はあいつが引退を考えた頃だな。」

「なんでよ!」

「リスクのある仕事をしている奴がリスクを取らなくなったら終わるからだよ。あいつは冒険者って仕事を楽しんでるんだ、それを結婚なんて安心で潰すつもりは無いさ。」

「まぁそれは言えてるな。冒険者が冒険しなくなったらそこで終わりだ。」

「マスターまで!」

「お前が惚れた男はそんな男だ、それを覚悟して付き合うんだな。」

マスターからの改めての忠告だ。

もちろんリンカちゃんもそれはわかっているだろうが、そうか、やはりダンはまあ何も伝えてないんだな。

あれ以降エリザからの情報は無いし・・・。

帰ったら聞いてみるとしよう。

指輪もまだ出品されているかもしれないしな。

「それじゃあそろそろ仕事に戻るわ。」

「さっさと金稼いで来い、それと飯要らないなら言ってから行けってエリザに言っとけ。」

「はいよ。」

「ダンに会ったら顔を出すようにも言っといて。」

「何だここにも来てないのか?」

「お金を貯めたいから安い所に泊まるんだってさ。マスター、安くしてくれないから。」

「当たり前だ、身内だからっていい顔できるかよ。」

ま、そりゃそうだ。

身内だからって値引きしてたら大変な事になる。

身内だからこそ公平に、これが商売ってもんだろう。

俺も昔身内に頼まれて品を流したことがあったが、値段を下げたら最後毎回たかってきやがった。

それ以降身内には売らないって決めたんだよな。

あー、イヤなこと思い出した。

帰ってミラの乳揉んで元気出そう。

二人に別れを告げて市場をぐるっと回り店に戻る。

と、店の前に見覚えのある馬車が停車していた。

「あれ、あの馬車は確か・・・。」

見覚えのある紋章、間違いないレイブさんの馬車だ。

馬車を避け店に入ると俺に気づいたミラが笑顔で迎えてくれた。

「やっぱり、レイブさんでしたか。どうしたんですか?」

「いえ、近くまで来たものですからミラの様子を見に来たんです。」

「それはそれはご苦労様です。」

「どうですか?ミラはよくやっていますか?」

「もちろんです。これ以上に無いぐらい働いてくれていますよ。勤勉ですし勉強熱心ですし、さすがレイブさんのおすすめなだけありました。」

「そう仰って頂けると私も鼻が高い。『あの』シロウ様に奴隷を買って頂いた店と自慢出来ますから。」

あの?

気になる言い方だな。

それに、様子を見る為だけに来たっていうのも気になる。

別に何が用があったんじゃないだろうか。

「まだまだ自慢できるほどの店では無いでしょう。」

「何を仰います、一角亭を再生させこの間の死霊騒動ではギルド協会に聖糸を卸したそうじゃないですか。あれが無ければ祭りは行われず大変なことになっていたでしょう。冒険者エリザ様もココを贔屓にしておられるとか、いやぁすごい人の所にはすごい人が集まるんですね。」

「それは買い被りというものです。たまたまですよ、たまたま。」

「強欲ではなく謙虚、それでいて稼ぐ時にはしっかりと稼ぐ若手最有力の商人。女性たちが放っておかないわけですね。」

「はい?」

「おっと、失言でした忘れてください。」

今なんて言った?

他の女性が放っておかないだって?

ミラもレイブさんのセリフを聞いて表情を険しくしている。

っていうか怖い顔している。

こんな顔も出来るんだんなぁ。

「まさかレイブ様、シロウ様をオークションに連れていくおつもりですか?」

「その予定はありません。この間買って頂いたばかりです、今はまだ不要でしょうから。」

「えぇミラ一人で十分事足りています。」

「そうでしょう。それだけの女ですからね。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「ですが、シロウ様が気になるのであればオークションに招待することは可能です、覚えておいてください。」

オークションってのは文字通りのやつだろう。

用は競売だ。

物や人を売買する場所。

珍しい品が手に入るならいいかもしれないが、たいてい高い物が出品されるんだろう。

そういうのは鑑定もされていて利益が出にくい。

わざわざ儲けの無い品を買うほどの金は持ち合わせていなくてねぇ。

って待てよ。

「それは売り手としてもか?」

「もちろんですとも。シロウ様であれば素晴らしい品をお持ちでしょうから、それを出品して頂いても構いません。」

「ふむ、それはいいかもしれないな。」

「相手は冒険者ではなく貴族や王族が殆んど。彼らが喜ぶ品であればかなりの高値で購入していただけると思いますよ。」

「そしてその売り上げからまた奴隷を買ってもらいたい、そういうわけだな。」

「そんなことはありますとも。おや~シロウ様に隠し事は出来ませんね。」

まぁ当然だろう。

オークションに連れて行ってもらった恩があるんだ。

俺ならばそれをしっかりと返す、そう思って誘っているんだろうな。

「で、さらにそのオークションの前に何かあるんだろ?」

「あはは・・・。」

「残念ながら前夜祭には興味が無いんだ。」

「それは残念です。非常に、残念です。」

「女ならだれでも抱きたいわけじゃない、やはりいい女じゃないとな。」

「それは好みの女性という事ですか?」

「いいや、外見的に好みの女よりも内面のいい女を抱きたいね、俺は。」

「内面的に・・・それはなかなか難しいようだ。」

おそらくレイブさんの事だ、色々なところに出入りする中で俺の好みを探って来いとか、アポを取ってこい的な事を言われたんだろう。

もちろん断ってはいるだろうが、俺が乗り気になればその相手に恩を売れる。

恩が売れれば奴隷が売れるというわけだ。

女の奴隷がいるように男の奴隷も大勢いる。

商売相手には事欠かないという事だな。

「オークションの件は保留にしてくれ。時期だけは聞いておくが、次は何時なんだ?」

「次は4月の終わりになります。」

「結構すぐだな。」

「その後が8月、その後が12月になります。」

「4カ月に一度か。」

「それを目安に商品を集めて下さるとよいでしょう。出品者は2週間前までに申請するのが期限です、次は来月の今頃ですね。」

「考えておくよ。」

レイブさんは満足そうに頷くと、ミラに一瞥して帰って行った。

「ん~、よく寝た。誰か来てたの?」

「いいや、別に。随分寝てたんだな。」

「そりゃあシロウがあれだけ激しかったら・・・って何言わすのよ!」

「自分で言ったんだろうが・・・。」

ドアが閉まって一息つく間もなく、エリザが2階から降りてくる。

緊張した空気が一気に緩んだのが分かった。

「エリザ様、人が来るといけませんのでせめて前を直してから降りてきてください。」

「そ、そうね・・・。」

やーい、怒られてやんの。

「それとシロウ様の本気はあの程度ではございません。」

「え?」

「本気になったシロウ様はそれはもう腰砕けになるほどでこの時間に起きてくるなど不可能です。」

「ちょっとミラ?」

「おい、ミラ何を言って・・・。」

「私はそれを受け入れることが出来ます。他にそれが出来る人は必要ありません。」

なるほど、ミラはミラなりに危機感を感じていると・・・。

まったく、うちの女たちと来たら負けん気が強い奴ばかりだ。

「まだ買うつもりはないと言っただろ。」

「それでもです。」

「よし、じゃあ今晩はその本気という奴を見せてもらおうじゃないか。」

「望むところです。」

「と、いう事で今日はお前帰れ。それと、マスターが戻らないなら一言言えって怒ってたから今日は詫びに帰れよ、わかったな。」

「は~い・・・。」

その夜ミラの本気を見せてもらったわけだが・・・。

やっぱりこの奴隷を買って最高だった。

そう思わせてもらえる夜になった。
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