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91.転売屋は新たな生き方を提案する

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翌朝。

「ほら、さっさと行くわよ!」

「わかったから引っ張らないでくれ!耳が千切れる!」

エリザがバカ兄貴の耳を引っ張って店の外へと出て行った。

向かったのは冒険者ギルド。

あの調子なら夕方まで戻ってくることはないな。

ま、向こうはエリザに任せてこっちはこっちの準備を進めるとしよう。

「大丈夫でしょうか。」

「大丈夫です。あぁ見えて獣人の耳は丈夫ですから。」

「そうではなく冒険者になってもの話です。」

「問題ないだろう。ど素人ってわけではないし、エリザがついている。二カ月ぐらいでまともになるんじゃないか?」

「そういうものですか。」

「しらないけど。」

俺の返事にミラがヤレヤレと首を振る。

あれ、もしかして呆れられた?

いつもなら流石シロウ様とか言ってくれるのに・・・。

シュンとしょげる俺の様子にアネットがどうすればいいのかと慌てているが、ミラは気にすることなく開店の準備をしはじめた。

仕方ない、俺も準備するか。

ちなみに昨夜何が話し合われたかというと・・・。


「お前、冒険者になれ。」

「は?今なんて言った?」

「兄さん口が過ぎますよ。」

「はい・・・。」

「ねぇシロウ冒険者にするって言った?」

「このまま居候になられても困るからな、さっさと出て行ってもらうためにもそれが一番手っ取り早いと思っている。エリザの意見を聞きたい、お前はどう思う?」

さっきまで顔を真っ赤にしていたエリザだったが、意見を求められると同時に真顔に戻った。

すごいな、一瞬で分解したのか?

「確かに素早い身のこなしに貴族の家に入り込める隠密さがあれば冒険者としてもやっていけると思うけど・・・。盗賊だったわけだし鍵開けとか罠解除とかできるわよね?」

「一通りは出来る。」

「じゃあそっちでの需要があるから大丈夫かな。戦えない子が多いけど、自分の身は守れるし、前線でも戦えるならパーティーは選り取り見取りよ。」

「だ、そうだ。」

「だが、俺は追われる身だぞ?」

「面は割れてないだろ?むしろ今街を出ると余計に怪しまれるぞ。とりあえず今は急増した冒険者の一人としてダンジョンに潜っていれば盗賊とは思われないさ。危険だとわかって街に残るなんて普通はしないからな。」

「そうですね。品を返してすぐに逃げ出すと考えるでしょう。」

それが狙いだ。

盗人は逃げ出してもう街にいない。

そう思わせておきながらほとぼりが冷めるまで街に隠れておけば、おいおい街を出ることになっても大丈夫だろう。

なんせ今はジェイド・アイのおかげで余所者の冒険者が溢れているからな。

外に出ていく人は監視できても溢れた冒険者全員を監視することは出来ないはずだ。

「いい仕事だぞ、頑張れば頑張るだけ儲かるからな。それこそこの間のような宝石を当てれば大儲けだ。」

「俺が冒険者に・・・。」

「せっかく妹が奴隷になってまで足を洗わせたんだ、真っ当な仕事について恩返ししてやれよ。」

「恩返しって、いったい何すりゃいいんだよ。」

「薬師が使う素材の多くはダンジョンの魔物から採取できます。なるほど、材料を集めさせるわけですね。」

「もちろん金は払うさ。妹の為に今度はお前が頑張るんだ。金貨330枚溜まったら、解放してやるよ。」

ようは金を稼いで妹を買い戻せってことだ。

もちろんアネットが断れば別だけど・・・。

「今度は俺がアネットを自由に出来るんだな。」

「そういう事だ。」

「私は反対です。」

「どうしてだよ!」

「せっかく奴隷になった事で追い回されなくなったのに、兄さんに買い戻されるなんて迷惑でしかありません。」

はい、やっぱり反対のようです。

まぁ俺も手放す気はないし、むしろ金貨330枚なんて一体いつになったら稼げるのやら。

もしかすると死ぬまで無理かもな。

「まぁ妹の役に立てるのなら本望だろ。それともあれか?逃げるように街から出て行ってまた罪を重ねるのか?そんなことするなら体一つで稼げる冒険者になる方がいいと思うがな。」

「私もシロウの考えに賛成よ。シーフ職は今不足気味だし、人が多いうちにコネを作っておけば何かとプラスになるわ。いいわよ、好きな時に戦って好きな時に休めるんだから、誰に怒られるようなことも無いしね。」

「それも借金しなかったらの話だ。金が貸してほしければ遠慮なく言えよ、トイチで貸してやるさ。」

「ぼったくりかよ!」


ってな感じで、バカ兄貴の冒険者育成計画が決まったわけだ。

一週間はエリザが面倒を見て基本を叩きこんでくれるらしい。

その後どうするかは本人次第だ。

装備はギルドが貸してくれるのでそれを使って稼げば問題ないだろう。

もちろん一週間過ぎたら追い出す。

それまでは仕方なく部屋を貸してやるさ。

「ほんじゃま、次は俺達だ。」

「まずは日用品の手配と着替えそれと仕事着の仕立てですね。」

「そっちは任せる。銀貨10枚ぐらいで見繕ってやってくれ。」

「お任せください。」

「俺は改築について色々と聞いてくる。まずは換気が最優先だ。」

服に関しては横のおばちゃんが喜んでやってくれるだろう。

服だけじゃなく女には必要なものが多いからな、ミラに任せておけば問題ない。

店の前で別れて俺はその足でギルド協会へと向かった。

「よぉ。」

「シロウ様ようこそお越しくださいました。」

受付のお姉ちゃんは俺の顔を見るなり笑顔で出迎えてくれた。

名前まで出てくるのが流石だ。

「シープさんはいるか?」

「呼んで参りますので奥のお席にかけてお待ちください。」

「はいよ。」

アポなしだったが無駄足にならずに済んだみたいだな。

五分ほど待つといつもの笑顔で奥の部屋からこちらに向かってくるのが見えた。

「おはようございますシロウさん。」

「呼び出して済まなかったな。」

「昨日の奴隷の件ですか?」

「いや、そうじゃない。」

「てっきり薬師の登録に来てくださったのかと思いましたが・・・残念です。」

「まて、登録がいるのか?」

「えぇお商売するわけですから登録は必要です。といいましても普通と違いシロウさんの奴隷ですのでシロウ様名義で登録してくだされば問題ありません。」

あぶねぇ。

無断で営業したらまた羊男に怒られるところだった。

「んじゃそれも一緒に済ませるか。」

「この街唯一の薬師様ですから、色々とお願いすることも多いと思います。お手伝いしてくださいますよね?」

「それは金次第だな。」

「またまた~、困ってたら手伝ってくれるんですよね?」

「金次第でな。」

「イケず言うと嫌われますよ。」

「イケずで結構だ。俺は金以外のモノを信じてないんでね。」

世の中金金金!ってわけでもないが、やはり金があれば何でもできる。

そういう意味でも稼げるときには稼いでおきたい。

特に需要のある薬師であれば安売りをする意味がないしな。

「適正な価格でお願いします。」

「まぁその辺は考慮するさ。」

「それで今日はどうされました?」

「二点聞きたいことがあって来たんだ。一つは借りてる店舗の改築について、二つ目は薬師用の機材についてだ。」

「改築と機材ですか・・・。ここでお答えできる内容ではないので奥の部屋でも構いませんか?」

「あぁ、頼む。」

聞かれて困るようなことは無いが、流石にエントランスでするような話でもない。

羊男の背中を追いかけていつものように奥の部屋へと案内された。

前と違って少し広めの部屋だ。

ちょっとはランクアップしたってことかな?

「薬師用の機材については別の者が詳しいので連絡しておきます。今しばらくお待ちください。」

「わかった。」

「それで、改築なんですがぶっちゃけ何をするんです?」

「窓を付けるんだよ。」

「窓?二階にはもう十分な窓があると思いますが。」

「いや三階だ。」

「え?」

「だから三階、いや天井裏か?ともかく二階の上の空間に窓が無いからそこに窓を付けたいんだよ。今のままじゃ換気も出来ないし明かりが無いと生活できない。わかるだろ、薬師の奴隷用に部屋を改造したいんだ。」

さも当たり前のように隠し部屋をゲロって見たんだが、やはりこちらでもあの部屋については把握していなかったみたいだな。

まぁそれもそうか、俺に説明しなかったんだから。

「あの物件は二階建てでは?」

「確かに説明を受けたのは二階までだったがその後発見したんだ。なんだ、説明し忘れたわけじゃないのか?」

「そんなはずは・・・いや、でも確かに外観から考えると空間は無くはない・・・。」

「ともかくそこを改築したいんだが勝手にやって怒られても困るからな、それで相談に来たってわけだ。なんだ、本当に知らなかったのか?」

「えぇ、その部屋についてはこちらで把握しておりませんでした。誠に申し訳ありません。」

羊男が真顔になって頭を下げてきた。

ふむ、こんな反応するとは思わなかった。

もっと突っ込んでくると思ったんだが・・・。

まぁいいか。

「で、今後の為にもあの部屋については把握しておきたいんだろ?それこそ俺が追い出された後誰かに貸すためにな。」

「もちろんそれが出来れば助かるのですが・・・構いませんか?」

「別にやましい物があるわけじゃない、遠慮なく見てくれ。ついでに窓の見積もりも頼む。」

「ご迷惑をお掛けしましたので改築に関してはこちらで責任を持って行わせて頂きます。」

「別にそこまでしてもらう必要はないぞ?」

「いえ、こういった事はきっちりとしておきたいので。」

ふむ、気持ちの問題ってやつか。

そりゃこっちとしたら改築にも金はかかるし、向こう持ちでやってくれるならそれに越したことはないんだが・・・。

何か気になるなぁ。

この男がそんな簡単に話を決めるだろうか。

というかこれは公平な取引だろうか。

こっちはただ単に隠し部屋の存在を教えただけで、向こうは隠し部屋を把握していなかっただけ。

知らなかったんだから別に非があるわけじゃない。

にも関わらず改築代金まで持つなんて・・・。

公平じゃないよな。

「なぁ、一つ聞きたいんだが。」

「なんでしょう。」

「そこまで俺に恩を売って、いったい何をしようって言うんだ?」

「そんな、恩を売るだなんて私はただご迷惑をかけたお詫びにと・・・。」

お互いに目と目を見合わせてニコニコと作り笑いをする。

腹を探り合うのは好きじゃない。

だがここで引けば絶対に面倒なことになる。

俺の第六感的な何かがそう囁いた、ような気がした。

その時。

「お待たせしました!不良債権の回収・・・じゃなかった引き取ってくれるっていうのはどなたですか!」

バンと勢いよく扉が開き、誰かが部屋に飛び込んできた。

その手に持っているのは白い紙と赤い紙。

思わぬ人物の登場に、俺は羊男の表情が変わっていくのを見逃さなかった。
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