転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1066.転売屋は引退した品を引き取る

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「シロウ様、お時間よろしいですか?」

「ん?どうしたんだミラ。」

「先程ゲイル様とお会いしたのですが、内密にお話したいことがあるとのことでお店まで来てほしいと言付かりました。」

「マスターが?」

わざわざミラに伝言を頼んで呼び出すとはいったい何事だろうか。

もしや西方国に動きがあったとか?

いくつもの可能性を考えながら仕事を置き急ぎ三日月亭へと向かう。

いつもなら大勢の冒険者が出入りしているはずなのだが、今日はシンと静まり返っていた。

「シロウだ、マスターいるのか?」

「おぅ、入ってくれ。」

恐る恐る声をかけると中から帰ってきたのはいつもと変わらない感じの声。

扉を開けて中に入ると、店のど真ん中の席に誰かが座っている背中が見える。

「呼び出して悪かったな、まぁこっちに来てくれ。」

「店を閉めてるのか?」

「今だけな。」

つまり宿泊客を一時的に追い出してまで他人に聞かれたくない話という事なんだろう。

そしてマスターと俺の他にいるもう一人がその中心人物と。

その後ろをゆっくりと回って正面に立ち相手の顔を見る。

「って、ゴゴさんじゃないか。」

「悪いねぇシロウ君、忙しいのに来てもらって。」

そこにいたのはまさかの人物。

ここに来るまでに最悪の事態も含めた様々な状況を想定していただけに、思わず大きな声が出てしまった。

「なんだ知り合いだったのか。」

「昔エリザが世話になっていた時にちょっとな。」

「まぁゴゴさんもここにきて長いからなぁ。」

「どのぐらい長いんだ?」

「それこそこの街ができてからずっとだよ、随分と長いこと商売してきたもんだねぇ。」

ゴゴさんは大通りから少し離れた所にある安宿を経営している。

街に冒険者向けの安宿は数あれど、誰もが安心して寝泊りできる宿と言えばゴゴさんの店ぐらいなものだ。

普通は道具や装備を置いて出ていくことなどできないが、ゴゴさんの宿ではそういった不祥事は一切起きない。

いや、起こさせない。

もしそういうことがあろうものならゴゴさんにバレる前に宿の利用者がそいつをボコボコにして追い出してしまうだろう。

この街で一番冒険者に愛されそして冒険者を大事にしてくれている人はゴゴさん以外にいないといわれるぐらいの存在だ。

この街にきてすぐのころ、エリザがまだ自分で宿を取っていたのもゴゴさんの所。

その後うちの店に入り浸るようになってもエリザは事あるごとに宿に顔を出していたらしい。

俺もその流れで必要な物なんかをよく持って行かされたものだ。

その縁もあって今でも時々注文をもらっている。

そんなゴゴさんがなんでマスターの店に?

「つまりゴゴさんはこの街の証人みたいなもんだな。」

「上手いこと言うじゃないか。」

「そんな偉い人じゃないさ。今じゃただのおいぼれ爺、みんなに助けてもらって何とかここまでやってこれただけだよ。」

「それでゴゴさんが何でここにいるんだ?まさか宿で何かあったのか?」

「あー、それは本人から聞いてくれ。」

「ん?」

バツの悪そうな顔をしてマスターが店の裏に消えてしまった。

ゴゴさんは静かに微笑みながらじっと俺の顔を見ている。

なんだろう、何かしてしまっただろうか。

「ここに来てもらったのは折り入ってシロウ君に頼みがあるんだよ。こんな話ができるのは君とゲイル坊しかいなくてね、申し訳ないけど付き合ってもらえるかな。」

「そりゃ構わないんだが・・・。」

「実はね、宿をたたもうと思っているんだよ。」

「え!?」

「私ももう年だからね、ここまでは皆に手伝ってもらって何とかやってこれたけど最近じゃ体も言う事を聞かなくてねぇ。年が変われば街も大きくなって宿の引っ越しなんかもしなきゃならないし、街が大きくなったら新しい子達を迎えなきゃならない。そうなった時に迷惑をかける前に潔くやめようと思ってるんだ。」

まさかゴゴさんが宿を閉める?

全く想定していなかった状態に思わず口を開けたまま固まってしまった。

確かに高齢ではあるけれど、まだまだよぼよぼって程じゃない。

冒険者同士が助け合っていたという事実はあるけれどそれでも閉めるほどじゃないと勝手に思い込んでいたのだが、この顔を見るとそうではなかったようだ。

そうか、引退するのか。

「なんだかんだ大変な仕事だもんな。」

「まぁねぇ、宿もいい感じにボロボロになってきたしいい機会なのかもしれない。幸い南方に住んでいる息子が声をかけてくれてね、閉めた後は向こうに行くつもりなんだ。」

「南方か、寂しくなるな。いつ閉めるんだ?」

「来月には。」

「かなり急だな。」

てっきり年明けぐらいかと思ったらあと一か月しかないとは思っていなかった。

店を閉めるって言ってもやることはたくさんある。

街への届け出に客への告知、店を閉めてからも在庫の処分や貸付金の清算などやることは山ほどある。

俺の記憶じゃまだ客は取っていたはずだし、残り一か月でそれを全部やってしまおうってのはかなり大変だと思うんだが・・・。

「色々あってね。」

「それで俺に話が来たわけか。マスター、いったい何をやらせるつもりなんだ?」

「なに、お前にはゴゴさんの店を買ってもらおうと思ってな。」

「はぁ!?」

「そんなでかい声出すなって。別に宿を引き継げって言ってるんじゃない、ゴゴさんの店が片付くまで引き継いでほしいだけだ。街への届け出なんかは俺の方でするからお前には宿の中を頼みたい。」

宿の中って、ベッドとか食器とかつまりそういう物の処分って事だろ?

それならわざわざ店を買わなくても普通に売り払えば・・・。

そこまで考えたところでマスターとゴゴさんの考えに気が付いた。

なんでこんなに急なのか、そしてどうして俺が買い取るのか。

なんとも回りくどいやり方だが、確かにこの方法なら周囲の目は全部俺に集まってくる。

つまり汚れ役を引きうけろって事か。

「ダンの店か。」

「あのヤンチャなダン坊が北街道に宿を出すって話を聞いた時に決めたんだ。だが、ただここを閉めるってなったら文句をいう連中もいるもんでね。やれあれが欲しいだのこれが欲しいだの、長いことやっているとそういうくだらないしがらみとかが色々出来ちまうんだよ。」

「そこで、俺がゴゴさんの宿を買ってしまえばそういうしがらみが一切関係なくなるわけだ。それこそ、ダンの店に全部流したって文句を言われる筋合いはない。なるほど、そりゃ俺にしか頼めないわけだな。」

「お前が今の身分を振りかざすようなやつじゃないのはわかっている。だが、少々強引な手を使うには都合のいい武器になるんだよ。」

「私の最後のわがままにどうか付き合ってもらえないかい?」

うーん、悪い話ではないんだよなぁ。

向こうの店に使う中身は全くと言っていいほどそろっていないわけで、それを一気に準備できるってのはこっちとしても非常にありがたい。

もう手配してしまった消耗品なんかは別においていても問題はないし、なによりゴゴさんがダンの為に譲りたいという気持ちを大切にするべきだ。

エリザだけでなくこの街の冒険者が一度は世話になっているはず。

直接の縁があまりないとはいえ、そんな人の頼みを無下にできるはずがない。

「値段は?」

「金貨200枚。」

「たっか!」

「経営権も含まれているからな。手続きをして店を街に手放すタイミングで金貨50枚戻ってくるから、差額を俺からお前に支払えば中の売上金が丸々お前の儲けになる。悪い話じゃないだろ?」

「俺は中身を売って利益を出し、そしてゴゴさんは残った金貨50枚を手に入れる。確かに悪くない話だな。」

普通に手放すだけでも金貨50枚は戻ってくるんだろう。

だが、それをするとダンに中身を譲ることはできないしめんどくさい後処理をしなきゃならなくなる。

加えてその値段なら自分が買いたいと言い出す人も出てくるだろう。

安宿とはいえ年単位で考えればそれなりの儲けは出るはず、拡張工事もあるし長い目を見れば十分に回収できる。

でも名誉貴族の俺が買うと宣言すればよほどの奴でなければ文句を言ってこないはずだ。

そりゃあ裏で好き放題言われるかもしれないけれど、そんなことでへこたれる俺ではない。

マスターもいるし、あくどいことを考えたら最後に消されるのはそいつの方だ。

怒らせると怖いからなぁ。

「シロウ君を面倒な事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。」

「別にゴゴさんが謝る事じゃないさ。それにダンもゴゴさんの気持ちを知ったら喜ぶだろう、泣くんじゃないか?」

「違いない。」

ダンの泣きそうな顔を思い浮かべてマスターと共に声を出して笑う。

ひとしきり笑ったところで同じく笑みを浮かべるゴゴさんの方を向いた。

「この話喜んで手を貸そう。俺としても宿の備品関係を仕入れなくて済むのは助かる。ただし、条件が二つ。ダンにはゴゴさんから事情を説明してやってほしいのと、マスターには俺が買うための道筋をしっかりと作ってもらいたい。いきなり買うっていうのも変な話だろ、矛盾がなくて更には俺が責められないような内容で頼むな。」

「なんだ悪役を引き受けてくれるわけじゃないのか?」

「こう見えて黒いことには手を出さないようにしているんでね、子供達の為にも手を汚すのは嫌なんだ。」

この街に来てから出来るだけ犯罪には加担しないように気を付けて生きてきた。

今回の件も別に犯罪ではないのだが、恨みはできるだけ買わないに越したことはない。

マスターに頼んでおけばその辺の根回しは確実にやってくれるだろう。

店を譲りたい、そんなゴゴさんの願いをかなえつつ俺は宿の備品や機材を丸々仕入れることができる。

それはそのままダンの店へと受け継がれ、そして俺の懐は温かくなると。

なかなか悪くない道筋だ。

「ありがとうシロウ君、ありがとうゲイル坊。」

「ダンもそうだがマスターも坊って呼ぶんだな、ゴゴさんは。」

「私にとっては皆息子みたいなものだからね。」

「なるほどなぁ。」

この街の冒険者にとってゴゴさんは父親のような存在。

それはマスターにとっても同じこと。

俺ももっと前から世話になっていたら坊と呼んでもらえたのかもしれない。

なんだかちょっとくすぐったい感じだ。

そんな人が自らの限界を悟り引退を決める。

いずれ俺にもそんな日が来るのかもしれないが、その時はゴゴさんのように綺麗な終わりを迎えたい。

そんなことを考えてしまうのだった。
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