天使と悪魔の禁忌の恋

御船ノア

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第六話 セラフィーVSリヴァイア

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「な、なんでお前がここにいるのっ……!」
リヴァイアの目は既に敵意を向けており、身構えている。
「っ……」
俺とセラフィーはどう返答したらいいのか分からず、黙ってしまう。
「何か言ったらどうなの? 天界の王、セラフィー!」
「…………」
「……ふ~ん、悪魔二人を目の前にして怖気付いたんだね。––––––ならここで、楽にさせてあげるよ」
リヴァイアの右手に紫色の槍が現れ、戦闘モード化してしまう。
「やめろ、リヴァイア」
俺はリヴァイアの襟を掴み、武器を戻すよう伝える。
「な、なんでですか、ルシフェル様! 今の状況なら直ぐにセラフィーを殺れます! チャンスなのですよ!?」
子供のようにジタバタしながら訴えかけるリヴァイアに、俺は冷静に応えた。
「残念ながら、こいつはセラフィーじゃねぇ。ただのそっくりさんだ」
「––––––え!?」
リヴァイアはセラフィーの姿をジーっと眺め続けながら事細かく観察した後、腑に落ちない様子で武器を戻した。
「……なんだ、人違いか」
リヴァイアは折角の機会を逃してしまったかのように、残念そうな様子だ。
普段ならセラフィーの側近には第二始祖という強力な守り役が存在する為、討ち取ろうと思っても中々そうはいかない。
だが今回のように、一対二の状況であれば叶う確率は格段に上がる事だろう。
リヴァイアは第三始祖の実力者である為、十分な援護役にはなる。
他の下位悪魔族ではそうはならない。
何とか機転を効かして場を落ち着かせつつあるこの状況を更に良くする為に、俺は敢えてセラフィーに自己紹介をさせるよう促す。
「失礼な事してすまなかった。俺達の宿敵にそっくりだったものでな。念のため誤解を解くよう、名を名乗ってはくれないか?」
この状況、流石にセラフィーでも素直に答える事はないだろう。
テキトーに違う名前を名乗るはずだ。
「セ、セ、セセっ……」
(おい頼むぞ~、こういう時ぐらい嘘をつけるぐらいはしとけ~)
セラフィーは勇気を振り絞って、俺の期待通り嘘の名前を名乗る。
顔を真っ赤にしながら。
「––––––セックス、と申します!!」
「ブホォッ!!」
(な、なんでまた刺激的な言葉を……)
自分の名前の頭文字の『セ』から始まる言葉を考え、昨日の事を結びついた結果がその偽りの名前だったのだろう。
にしても、そんな名前じゃ逆に怪しまれるだろうと心配する俺は、恐る恐るリヴァイアに横目を向ける。
「……すごい名前だね」
(だよな)
一応、信じて貰っている様子なので、俺はこのまま話しを進行させる。
「そういうわけだ。こいつはセラフィーなんかじゃない」
「じゃあ、ルシフェル様はここで何を?」
「単なる気紛れだ。たまには天魔郷を離れ、別世界に飛び込めば世界征服に繋がる新たな発見があると思ってな。そこで偶然セラフィーにそっくりな奴がいたから話しかけてみたら、なんやかんやで買い物に付き合わせられたんだよ」
「ルシフェル様が買い物に付き合うなんて珍しいですね」
「……まぁ、善を装っておくのも大事という事だ」
「なるほど、そうやって相手の隙を作るのですね! さすがはルシフェル様です!」
「ま、まぁな!」
リヴァイアは俺の言う事に疑いを持つ事なく、無邪気な笑顔で讃える。
(確かに、昔の俺だったら絶対にそんな事はしない。ちょっと性格が変わったか?)
「ともかく、今はこの女の買い物を終わらせる事が優先だ。たまには人間に付き合う事も悪くないだろう。この世界の事も良く知らんしな」
「そうですね、天魔郷と違って人間界は何処か違うワクワク感を感じます!」
「なら、リヴァイアも一緒にどうだ? せっかくここまで足を運んで来たのだからな」
「えっ、いいんですか!?」
「あぁ、もちろんだ」 
「やったあぁぁ!!」
飛び跳ねて喜ぶリヴァイア。
このまま無理やり天魔郷に返すのは逆に怪しまれるだろうと思った為、敢えて一緒に居させ不信感を抱かれないようにする作戦。
セラフィーは驚きの様子だったが、何か考えがあるのだろうと俺の事をただ黙って信じる。
突然の新規のお客さんにおどおどしてしまうセラフィーは、ルシフェル一人だけなら兎も角、二人をこれ以上待たせるわけにはいかないと思い、早々に着替えて水色の下着を勢いで購入するのであった。


     ★


急遽、俺の案により三人でショッピングをする事になった俺達は、小腹が空いてきた所で三階にあるフードコートという場所で昼食を摂る事に。
人混みが激しく、数多くあるお店には全て行列が出来てしまっている。
先ずは席を確保するのが最優先である為、俺達はあちこちを見渡しながら空いている席がないか探し始める。
(……! この感じ……)
セラフィーの指先がピクッと反射的に反応してしまう。
「あ、あそこの人間達そろそろ帰りますね」
リヴァイアが指を向けた先には、向かい合いの四人掛け用のソファで食事をしている女性四人が。
器は既に空で、食事を終えた後と見える。
だが今は流行りの携帯電話という物を夢中にいじっており、一向に退く気配はない。
「リヴァイア、あれは長くなるやつだと思うぞ」
俺がそう諦めかけた時、度肝を抜かれた。
なんと、先程まで夢中になっていた携帯電話から全員顔を上げ、一斉に席を後にしたのだ。
「……もしかしてリヴァイア、『魔眼』を使ったな?」
「えへへ、そうです」
「……一応言っておくが、ここでそういうのは出来るだけ使うな。バレたら注目を浴びて面倒な事になる」
「はい、重々承知しておりますよ。見ての通り、翼も隠していますから」
(そういえば、リヴァイアと会った時から翼は出していなかったな。普段は何も考えていないように感じたが、ちゃんと周囲を見て分析はしているようだな)
「さっ、席が空きましたよ! 行きましょう、ルシフェル様!」
「あぁっ、おい、引っ張るな!」
リヴァイアに笑顔で腕を引っ張られながら駆け足で席に向かって行く悪魔二人。
リヴァイアはルシフェルの事が大好きで、心から強い信頼を得ている事が悪魔界の事情を知らない私でも感じ取る事が出来た。
その光景を見て、思わず微笑ましく眺めてしまうセラフィー。
「ふふっ。なんだか、こちらまで嬉しくなっちゃいますね」
誰かに聞かれる事なく、ただの独り言を呟いて満足するセラフィーであった。


     ★


「ふ~、食った食った」
昼食を済ませ、満腹に浸る俺は人間界の食事の美味しさに満足していた。
「にしても、ここの飯はどれも美味い物だらけだな。つい食べ過ぎてしまったぜ」
「はい! どれも食べた事のない料理で美味しかったですね!」
ルシフェルは他の二人の五倍の量を食していた為、食べ過ぎによる苦しさが顔に出ていた。
その影響によるものか、お腹がゴロゴロと悲鳴を上げる。
「––––––す、すまないが……ちょっとトイレに行ってくる」
お腹を抱えながら重たそうにトイレに向かって行くルシフェルを、二人は心配そうに見送る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「心配するな、直ぐに戻る……」
「……はい」
ルシフェルがフードコートから姿を消した後、セラフィーとリヴァイアの二人きりになってしまう。
初対面というのもあるが、食事中でも一言も交わす事が無かった為、こういう状況に陥った時に気まずさというのを感じてしまう。
「リィ、器を返却してきます」
そんな気まずい空気に耐えられなかったのか、ルシフェルが戻ってくるまで出来るだけ時間を稼ごうと自然な立ち振る舞いをし始めるリヴァイア。
テーブルの上に置かれている空の器をお店事に重ね始める。
今回は三店舗を利用した為、三つの重なりが出来上がってしまう。
リヴァイアは往復する時間が確保出来たと納得し、先ずは二つの重なりを片手ずつ持って返却しに行こうとする。
セラフィーは片付けを全部任せるのは申し訳ないと思い、余った重なりの食器を手に持ち始める。
それを目にしたリヴァイアはここで初めて言葉を交わす。
「あ、それリィが片付けるからいいよ」
「いえ、それは申し訳ないので私も片付けます」
「…………ありがとう、セックス。––––––いや、天界の王、セラフィー」
「!!」
穏やかで温かい声をかけてきたと思ったら一変。
緩急をかけ、鋭く冷酷な声に移り変わる。
そのギャップと的確な名指しに衝撃が走り、全身に鳥肌が走ってしまう。
「その表情からして……やっぱりセラフィーだったのね」
「……一体、いつから……っ!」
「リィが魔眼を使った時だよ。––––––あの時、悪魔の気を感じて反射的に指が動いたでしょ。悪魔と正反対の種族である天使であれば悪魔の気に敏感になる。それでお前が本物なのか確かめさせてもらった」
ルシフェルが偽物と言っていた事に何だか腑に落ちないと思ったリヴァイアは、鎌をかけて自然と検証をしていたという事。
「––––––ルシフェル様を騙して、何をする気だったの?」
内容によっては、直ぐに殺すという殺戮の目をしている。
「そんなっ、騙していたわけじゃ––––––」
「じゃあ……何?」
「それは……っ」
ルシフェルと過ごしているなんて、『今は』口が滑っても言える状況ではない。
仮にそんな事を言ったところで、リヴァイアには信じてもらえるはずはないと思うが……。
「言えない事、なんだね。––––––分かった」
「え」
「二人で話したい事がある。これを片付けたらリィに付いて来て」
「……え、でも、ルシフェルが」
「あの様子だと、ルシフェル様はトイレが長引くと思う。それに––––––直ぐに終わる」
「……わかりました」
手に持っている食器を返却口に戻した後、セラフィーとリヴァイアは人に見られないよう隙を見てイーオンの屋上へ翔び立った。


     ★


屋上に着地し、二人きりの状況になる。
そこは元々ヘリが着陸する為に用意されている場所であり避難所でもある。
中から外に避難できない場合の為に、ヘリで救出するという事なのだろう。
翼を持たず、翔ぶ事が出来ない人間の為に用意された救出措置。
翼を持ち、宙を自由に翔ぶ事が出来る神にとっては不必要な物。
そんな翼を大きく広げ見つめ合う天使と悪魔。
先程まで太陽が顔を出し晴々としていた天気も、徐々に急な雨雲によって光が閉ざされようとしていた。
「お話とは、一体なんでしょうか?」
わざわざ屋上まで呼び出しての事なので、少しだけ警戒心を持つセラフィー。
「リィが聞きたい事はただ一つ。––––––ルシフェル様の側について何をする気だったの?」
リヴァイアの冷徹な目には怒りの感情が含まれているように感じる。
「そ、それはっ……」
「やっぱり、言えない事なんだね……」
「今は……言えません」
「……なるほど。お前の企みが何となく分かった気がするよ」
リヴァイアは一度目を閉じ、再び先程以上に鋭い目を開いた。
「––––––ルシフェル様を、暗殺する気だったんだね」
「なっ!?」
「その動揺っぷり……やっぱりそうか」
「ち、違います! 誤解です!」
「もう隠さなくていいよ。そもそもお前がルシフェル様に近づいてわざわざ人間界に居る事自体怪しい」
「……っ」
ごもっともな事である為、何も言い返す事が出来ない。
「ただ、不可解な点もある」
「?」
「あのルシフェル様が変装ごときを見過ごすなんて事あり得ない。気を感じればお前が天界の者であるという事が直ぐに分かるはずだから」
「…………」
「一体、何をしたの?」
セラフィーが何かの技で変装しているのであれば、変装に使用する気を感じ取る事が出来るはずと考えているリヴァイアは、どうも怪しいと更に警戒心を強める。
悪魔からすれば天使は敵である為、尚更だ。
「何もしていません」
「まだ嘘をつくの!?」
「本当に! 何もしていません!」
「っ……」
「…………ルシフェルの事を殺そうだなんて、これっぽちも思っていません!」
「……信用出来ない」
「もし私が、本気でルシフェルの事を殺すつもりでいるのであれば、とっくにそうしているはずです」
「…………」
リヴァイアはその点だけは納得する。
「じゃあ、『今は言えない』というのはどう繋がる?」
「……ごめんなさい。それだけは––––––」
「もういい」
「!」
リヴァイアは右手に武器を転送し始め、矛先が三本付いている紫色の槍を手にする。
もはや話し合いなど不要と思ったのか……いや、初めから『こうなる』よう仕向けるつもりだったのだ。
ルシフェルに目立つなと注意された以上、人目の付くところで騒ぎを起こす訳にはいかない。
それを解決出来る場所がこの屋上だったのだ。
「そんなに答えたくなければいいよ」
手にしている槍全体に、邪悪なオーラが纏まりつく。
「待って下さい! 私は貴方と戦うつもりは––––––」

『ソニック(瞬足)』

最後まで言わせて貰えずに、一瞬にしてセラフィーの前に現れ、槍で貫こうとするリヴァイア。
「!!」
咄嗟に気づいたセラフィーは何とか向かってくる矛先を辛うじて体を右に傾け交わそうとする。
(ニヤリ)
その瞬間、リヴァイアは不適な笑みを浮かべる。
「なっ!!」
なんと、セラフィーが交わそうとする方向を分かっているかのように矛先の向きを合わせて来たのだ。
セラフィーはやむを得ず、両手でガードしながらも手傷を負ってしまう。
「ぐっ!」
右腕に二本の矛先が貫通し、深い傷を負ってしまった腕は思うように力が入らなくなってしまう。
事実上、これでは片腕は使い物にならない。
一度距離を置き、体勢を整えようとする。

『ヒール(女神の治癒)』

セラフィーは回復技を使い、負った傷をみるみると修復させていく。
次第に、負った傷は跡一つ残らず完全に元どおりの状態になる。
「リヴァイアさん、もうやめて下さい! 私は争うつもりなどありません!」

『ハンドレッドスピア(百槍の宴)』

聞く耳を持たず、次の技を発動するリヴァイア。
リヴァイアの背面に幾多の魔法陣が現れ、魔法陣の中から次々と計百本の槍がセラフィーに襲い掛かる。
(これはっ、まずいですね!)
両手を広げ、前に突き出す。

『ホーリープロテクション(聖なる加護)』

セラフィーを中心に光の加護が生成され、全ての槍を弾き防いだ後、聖なる加護を解除する。
「……流石は天界の王だね。––––––でも」
「––––––ッッッ!!」
セラフィーの足元から突如現れた紫色の槍が、胸部を貫通する。
その槍は、紛れも無くリヴァイアの物。
「油断したね」
リヴァイアが手にしていた槍は、いつの間にか姿を消していた。
「お前がハンドレッドスピア(百槍の宴)に気が集中している間に、私が最初に持っていた槍を足元に仕込ませてもらった」
「……うぅっ、ガハァッ!」
「あ~動かない方がいいよ。傷口開いて出血過多になっちゃうよ?」
「……ぐぅっ!」
セラフィーは回復技を使おうとするが、その手を拒もうと突き刺さっている槍の力を込み始めるリヴァイア。
「悪いけど回復はさせないよ。これからお前には吐いてもらわないといけない事があるからね」
リヴァイアの片目には魔眼が発動されており、それによりセラフィーの行動が先読みされてしまっている。
「しつこいようだけど……『今は言えない』、その内容を聞かせてもらえるかな?」
リヴァイアは蔑んだ目で見下ろしながら、まるで拷問するかのように尋問し始める。
「……ホ」
「ほ?」
「ホー……リー……」
「ほーりー?」
「スパー……クッ」
「……何を言って––––––ん?」
突然、雨雲で覆われていた太陽が顔を出し始め、リヴァイアに向かって光を帯びた雷がリヴァイアに直撃する。
「ぐわあああああぁぁッッ!!」
稲妻が走りながらビリビリと電気による攻撃を食らい続けるリヴァイア。
その攻撃は鳴りを止む事はない。
その隙にセラフィーは体に突き刺さっている槍を引っこ抜き、回復技を使い元の状態まで修復を完了させる。

––––––まさに、形勢逆転となった。

「グゥゥッ……アアァァァッッ!」
苦痛を味わい、悲鳴を上げ続けるリヴァイアを見て心が痛んでしまうセラフィーはホーリースパークを止めた。
「アッ……ウゥッ……」
丸焦げになり、瀕死状態に近いリヴァイアを急いで『ヒール(女神の治癒)』を使い完全回復させる。
徐々に傷が回復されると同時に意識も回復していくリヴァイア。
「な、なんで……」
「今は喋らないで下さい。傷口が開いてしまいますよ」
「……」
リヴァイアはその親切さから、不覚にも感じてしまった。

––––––リィの負けだ、と。


     ★


セラフィーのおかげで完全に回復したリヴァイアは、今は仰向けになって無気力状態になっている。
今回の勝負に決着がついた事で、もう戦う意志が無くなってしまっているのだろう。
今はお天気雲と雨雲が綺麗に半々分かれている景色をただぼんやりと見つめている。
「……なんで、リィの事助けたの?」
「なんでだと思います?」
「むぅ、質問を質問で返さないで」
「ふふっ、申し訳ございません」
たわいもない言葉を投げ合った後、セラフィーはリヴァイアの隣で同じ仰向けの状態になる。
「……今度は何?」
「いえ、気持ちよさそうだったので私も仰向けになろうかと」
初めは隣に天使がいる事を想像して嫌気をさしてしまうリヴァイアであったが、今は勝負に敗れたばかりでどうでもいいという気持ちが勝り承諾してしまう。
「……好きにすれば」
「ありがとうございます」
顔はふてくされたかのように嫌そうな顔をしていたが、セラフィーはそれを気にしないかのように笑顔ですんなりと隣で仰向けになる。
「空、綺麗ですね」
「うん。まるで天魔郷みたい」
「そういえば、人間界から天魔郷って見えるのでしょうか」
「ううん、多分見えない。リィも人間界に降りた時、空を見渡したけど天魔郷の欠片すら見えなかったもん」
「そうですか。不思議なものですね」
「うん」
「……」
「……」
「……リヴァイアさんは、ルシフェルの事がよっぽど好きなのですね」
「え、急にナニ!?」
思わぬ発言に取り乱してしまうリヴァイア。
顔にはほんのりと赤みを帯びている。
「だって、ルシフェルの事が心配で人間界まで来られたのですよね?」
「そ、そうだけど……」
「それぐらい、ルシフェルの事が好きなんだなぁと思いましてね」
「なっ、なによなによ! 好きで悪い!?」
ポカポカと叩いてくるリヴァイア。
「うふふっ。いいえ、全く悪い事なんてありません。『好き』というのは理屈ではありませんから」
「……じゃあ、お前にも好きな奴でもいるのか?」
一瞬だけ間を置いた後、セラフィーは答えた。
「––––––ええ、いますよ」
「!」
「でも、その恋は正式に叶うのかは分からないのです」
(正式?)
「本来なら恋というのは誰もが自由に相手を選び、自由に暮らし、自由に愛情表現を許されている筈なのに、それが許されていない状況なのです」
「…………フフッ」
「リヴァイアさん?」
「お前の好きな相手は、『悪魔』だな?」
ルシフェルが該当する部分を指摘された為、リヴァイアと同様に取り乱しながら顔を赤くしてしまう。
「え、えっ、エェェ!? ち、チガ、チガイマスヨ!? 違いますよ!?」
あからさまに嘘をついている事がバレバレな為、それを利用してリヴァイアは一個一個質問しながら恋人を探し当てるゲームかのように楽しむ事にした。
「その悪魔、イケメンでしょ?」
「はい!」
「優しいでしょ?」
「はい!」
「悪魔の王でしょ?」
「はい! ……ってキャアアアアアッッ!!」
リヴァイアの質問に思わず正直に答えてしまったセラフィーは、誰が好きなのか打ち明けてしまう。
取り返しの付かない返事をしてしまい、セラフィーはリヴァイアの体を前後にブンブンと寄せては離すを繰り返す。
まるで、頭の中にインプットされた先程の記憶を外に出させるかのように。
「うぅ~うぅ~、揺らすのヤメテ~」
「忘れてください! 忘れてください! 忘れて下さい~い!!」
目がグルグル状態のリヴァイアは揺らしている手を掴んで動きを止める。
「もぉ~、落ち着いて。別に天使が悪魔に恋をしてしまうのは仕方が無い事だと思うよ」
「––––––え?」
「さっき自分も言っていたでしょ。『好き』は理屈じゃない、ってさ」
「リヴァイア……さん」
「リィもルシフェル様の事が好きだから分かるの。だから、お前の好きという気持ちをリィは否定しない」
「……リヴァイアさんは、優しいのですね」
「リィが、優しい?」
「敵である天使の私と、こうしてお話をしてくれるのですから」
「いくら敵でも、話ぐらいはするでしょ」
「いいえ。本当に心底嫌いな相手には、口すらも聞かないものです」
「じゃあ、リィはお前の事を……?」
「ちょっとは、好きなのかもしれませんよ? ふふっ」
「か、からかわないでよ!」
「あら、申し訳ございません」
「……もぉ~」
「ふふっ」
頬を膨らませ、顰めっ面になるリヴァイを見て、優しく微笑みを見せるセラフィー。
少しだけ会話が途切れた後、相変わらずお天気雲と雨雲の割合が変わらないでいる空を見上げながら、セラフィーは心の内をリヴァイアに打ち明ける。
「ね、リヴァイアさん」
「なに?」
「私ね、実は恋以外にも成就させたい事があるの」
「世界平和でしょ?」
「それもそうだけど。う~ん、でもそれと似ているかもしれません」
「?」
「それは––––––『天使と悪魔が仲良く暮らせる世界』にする事です」
「……仲良く?」
「そうです。堕天使の襲撃の時、私は確信しました。普段は歪みあって仲が悪い天使と悪魔ですが、同じ目的があれば手を貸し合い、助け合う事が出来るのだと」
「……」
「天界と魔界の境界線など無くして領地の争いをなくし、みんなと一緒に食事をし、何気ない話をしながら楽しく賑やかに暮らす。ね、幸せだと思いませんか?」
「確かに実現出来たら楽しそうだけど」
「良かった~! リヴァイアさんもそう思ってくれて!」
「でも具体的にどうするの? 悪魔はともかく、他の天使達ですら納得してくれるか怪しい所じゃない?」
「そうですよねー。代々受け継がれてきた長い歴史のせいで、皆さんこれが常識となってしまっています。リヴァイアさんの言う通り一筋縄ではいかないと思います」
「じゃあ、どうするの?」
「う~ん、今は思いつきませんね」
「……リィも協力するよ」
「え、いいのですか?」
「本来なら、さっきの戦いで敗れたリィは死んでいた。でもお前はリィを助けてくれた。だから、この大きな借りを返したいの」
「リヴァイアさん……」
「リィも悪魔達が傷つく姿は見たくない。だってリィにとって悪魔達は家族同然だから。でもそれは、天使達も一緒。だから、天使と悪魔が仲良く暮らせる世界にしたい!」
「リヴァイア……さんっ」
セラフィーの涙腺が緩み、目尻に涙が浮かび上がる。
その姿を見られないように、セラフィーはリヴァイアを優しく抱きしめた。
「こ、こらっ、お前––––––!」
密着状態である二人。
リヴァイアはここで初めて、セラフィーから甘い香りが漂ってくるのを感じた。
(すごく、良い香りがする。……なんだか、落ち着くような。––––––そうか、そう言う事なのか)
リヴァイアは何かに気づく。

(こうして天使と悪魔が互いに気持ちを寄り添えば、このような安心感を生み出す事が出来るのだな)

普段は仲が悪くてもこうして気持ちを寄り添えば、心地よい気持ちにさせてくれる。
人間界だけでは無く、天魔郷に住んでいる者達にも、そんな幸せな日常を送れる日々をセラフィーは望んでいるのだ。
「おいおい、こんな所で何やってんだ?」
屋上のドアが開くと、そこにはルシフェルの姿が。
「ルシフェル様!!」
「ル、ルシフェル!?」
「トイレに籠もっていたら巨大な魔力と聖力を感じたのでな。気になって来てみれば……予想通りだったな」
すると、リヴァイアは急いでルシフェルの目の前で土下座をし始め、謝罪の言葉を告げる。
「ルシフェル様、申し訳ございません! 先程、天界の王セラフィーと戦を起こしてしまったのですが、私の力不足により返り討ちに遭ってしまいました! この敗北で悪魔界の名誉に泥を塗ってしまった事に、どうか私に重い処罰をお願いします!!」
(リヴァイアが、セラフィーと戦?)
「……詳しく聞こうか」
リヴァイアはルシフェルが不在の間に何が起こったのかを偽る事なく、詳細を話した。


     ★


「……なるほど。そんな事があったのか」
「……はい」
リヴァイアの顔には、どんな処罰が来ようとも全てを受け入れる覚悟が出来ているようであった。
リヴァイアの行いに対して、ルシフェルは告げる。
「リヴァイア。俺は珍しく怒りに満ちている。その理由は分かるか?」
「は、はいッ!! ルシフェル様の許可無く、自分勝手な行動を––––––」
「違うッッッ!!」
「!!」
「––––––お前が、無謀な戦いをしたからだ」
「……ぇ」
「冷静になって考えてみろ。お前は悪魔界の第三使徒で確かに実力はある。––––––だが、相手は『王』だ。勝てる見込みが無い事ぐらい、お前なら分かっている筈だ!」
「も、申し訳ございません!! 申し訳ございません!!」
何回も謝罪をするリヴァイアの地面には、ポタポタと涙が垂れていた。
それ程ルシフェルを怒らせた自分を強く戒めているのだろう。
でも……。

––––––そんなリヴァイアを、ルシフェルは優しく抱きしめた。

「––––––え?」
「全く、世話の焼ける奴だ」
リヴァイアは今の状況を掴めないでいる。
罰を受ける覚悟で頭の中がいっぱいであったからだ。
「ル、ルルッ、ルシフェル様!?」
「俺はお前を責めているわけではない」
「それは、ど、どういう……?」
「お前の事だ。きっと俺の為に今回のような戦を起こしたのだろ?」
「……は、はいっ」
「勝てない相手だと分かっているのに、命を掛けて立ち向かったお前の勇気を俺は褒め称えたい」
「そ、そんな……私なんかっ……」
「良く頑張ったな!」
リヴァイアはルシフェルの背中を強く抱きしめ、堪えていた涙を一気に流し出す。
涙がルシフェルの体にポタポタと垂れ、頭の中では失礼だと分かっていても、この時だけは遠慮する事なくただ泣き続けた。
「でも、これからは無謀な戦いはやめてくれよ? お前は大事な家族だ。失ってからでは遅いのだからな」
「ゔぅぅっ……ルシフェル様ぁ~!」
まるで子供のように泣き続けるリヴァイアを、俺は泣き止むまで優しく頭を撫で続ける。
(ルシフェル、それですよ。貴方のそういう所に……私は––––––)
セラフィーは親子のような悪魔二人を、ただ黙って微笑みながら見つめるのであった。
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