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第九話 お客様は神様
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リヴァイアが天魔郷に戻ってから二日後の深夜。
とある深夜コンビニ内のレジ前で気怠そうにお客様を迎えいれる言葉を発する男女二人がいた。
「いらっしゃいませー」
そう、ルシフェルとセラフィーだ。
俺達は今、人間界の労働の一つである、『アルバイト』と言うものに労を期している。
「……眠い」
「……そうですね。生活リズムが狂いつつあります」
言うと、二人は同時に至極眠たそうに大きな欠伸をする。
それもそのはずで、普段はこの時間であれば寝ている。
だが仕事であれば否が応でも出向かなければならない。
なら朝や夕方を狙うべきだったのでは? と思うが、同じ時間働くなら時給が高い方が得して良かろうという、なんとも安直な考えに至ってしまい深夜を選んだ。
働いてみて、空きがあるのも納得がしてきた感じがする。
そもそも何故、このような状況になっているかというと、それはちょっとした好奇心から来たものだった。
別に金銭的余裕がないわけではない。
人間界で生き抜いて行くうえに必要なお金。
それを得るには働かないといけない。
俺達が手にしたお金は賞金が課せられていた指名手配人を捕獲した事により得た物。
特に苦労を課して得たわけではない。
だから、働いてお金を得るという事がどれ程の物なのか、どれだけの価値があるのか、どんな苦労を虐げられるのか、それを体験してみたかったのだ。
俺達は新人という事もあり、今は二つあるレジにそれぞれ俺とセラフィーが立ってお客様の対応を任せられているが、もう一人このコンビニの責任者である一般男性が指導役としてお供されている。
とはいえ、作業自体は然程難しくはなかった。
レジの対応、商品の補充、器具の清掃といった単純作業が俺達の仕事。
二日が経った今、俺とセラフィーは仕事を完全にマスターしていた。
「いやー、二人共仕事覚えるの早いねー。おじさん、かれこれ三〇年近くこの仕事に就いてるけど、こんなに出来の良い人を見た事ないよ」
関心関心と呟きながら二回頷く責任者。
「はぁ……」
こんな簡単な事出来て当然だろうと何処か拍子抜けのような溜息を就いてしまったルシフェル。
それでも、人間基準で見ると凄い方らしい。
人間共はバカなのか? と一人内心呟いていると、責任者は続ける。
「これまでの奴らといえば、叱れば直ぐ辞めるし、褒めれば調子に乗るで大変だったんだ」
過去を思い出すように語り出す責任者は何処か苦そうな表情をしている。
今回のように深夜アルバイトの枠が二人空いているという事は、これまで採用して来た深夜メンバーはロクでもなかったのだろう。
そんな苦い表情は俺たちに向ける時には消えていて、今は嬉しそうな表情をしている。
「でも、今は嬉しいよ。こんなにも優秀な人が二人も入って来てくれたんだからね。まるで神が降りて来たような感覚だよ」
神、という言葉を発せられ思わず二人はドキッとしてしまう。
すると、責任者は俺達から視線を外し、誰もいない入り口に目を向ける。
そんな責任者の目は明後日の方向を見ていて何処か懐かしむようだった。
「これで、ようやく家族との時間を過ごせるかな……」
それは誰かに向けた言葉ではなく、独り言のようにボソっと呟かれる。
今、店内にはお客さんは誰一人おらず、そんなボソッとした声も嫌でも耳に届いてしまう。
「……これまで、家族と過ごせなかったのですか?」
聞いたのはセラフィーだった。
「まあな。人手が足りない以上、誰かが代わりに出ないといけない。仕方が無いんだ」
責任者は吹っ切れたように告げる。
「それが、責任者の役目だ」
「……」
まるで決め台詞のように爽やかな笑顔を向けて来た責任者は、自分の立場というものを重々理解し、筋を通しながら職務を全うしているように感じて思わず見惚れそうになってしまう。
そんな責任者の言葉を聞いたセラフィーは、何処か心配そうな目をしながら口を開く。
「それって、どうなのですか?」
「どう、とは?」
責任者はセラフィーの言葉の意図を理解出来なかったようで、聞き返す。
「家族を養う為に、支えになる為に働いているわけですよね? でも、それが家族との時間を失っている原因にもなっているようにも感じるのですが……」
「……全く、その通りだな」
「なら、何故……」
責任者は足元を見るように俯く。
その表情は暗い。
「さっきも言ったろ、仕方が無いんだ。俺が就いている職務というのはそういう役なんだ。代わりはいねぇ」
「でも––––––」
「本当は嫌さ。このまま仕事漬けで家族との時間もロクに過ごせないで一生を終えるなんてな。でも、仕方が無い……仕方が無いんだ」
観念したかのように、諦めたかのように薄い笑みを浮かべる。
「この世界はハッキリ言って偽りだらけだ。平等社会だの働き改革だの綺麗な言葉を表面上に取り繕っているが、中身はスッカスカなんだからな」
俺達も何処か心当たりがある気がして、黙り込んでしまう。
「結局は理想論であって、実際に実現する事は無理なのさ」
「…………」
責任者が話終えると、何処か重い空気に移り変わる。
本来なら何か言葉を返した方が気を誤魔化す事は出来るのだろうが、まるで俺達が現実を見せられている気がして言葉が思いつかなかった。
「ま、あれこれ文句は言ったものの、俺は別に今の仕事は嫌いじゃねぇんだ」
重い空気を払拭するかのように、前向きな言葉を発する責任者。
それに思わず問いかける。
「どうしてですか?」
「責任者っていうのは、従業員全員の責任を負うポジション。それはつまり、みんなの前を歩いているという事だ」
「みんなの、前を……」
「もちろん、責任を負うような事件が起きないに越した事はねぇ。だが万が一起きた時、他の誰かのせいにしたり、責めたり、責任を取ってもらう事なく、代わりに全部俺が引き受けて、犠牲になって、笑い話にして終わらせる。そんな自己犠牲な人生も、俺は悪くないと思ってる」
「自己犠牲……ですか」
「言葉のイメージは悪いが、それで誰かを救えるのなら俺は嫌いじゃないぜ」
「…………」
言い終えると、責任者は店内に設置されてある時計に目をやる。
釣られて俺達も時計に目を向けると、時刻は丁度0時を回っていた。
「じゃあ俺、上がっても大丈夫か? 今日は客も少ないし、やる事は普段と変わらないから二人でも大丈夫だと思うし。もし、何かあったら俺の携帯に電話してくれ。ここから家近いから、場合によっては直ぐに向かう」
「分かりました」
俺とセラフィーは嫌な顔をする事なく、すんなりと引き受ける。
正直、仕事をマスターした俺とセラフィーがいればイレギュラーな事が起きない限りは仕事の事で困ることは無い。
仮にイレギュラーな事が起こったとしても、責任者に電話すれば何とかなる。
何の問題も無い。
「じゃ、お疲れ様―」
「お疲れ様でした」
仕事から上がる責任者に挨拶し、それを見送る。
数分足らずで着替え終え、ルンルンとした雰囲気でコンビニから退出する責任者。
「なんだか、凄く嬉しそうな感じだったな」
「それだけ、今まで仕事に縛られて来たのでしょう」
「……自己犠牲ねぇ。本人が良いならとやかく言うつもりはないが、あの雰囲気からして、相当我慢を強いられたに違いないな」
「……そうですね」
自己犠牲で誰かを救える。
それは堕天使の襲撃の時に、俺も思った事があった。
真っ向勝負で勝ち目が無いのなら、誰かが犠牲になって無理やり隙を作らせ、そこを突く。
その誰かは、俺だ。
被害が一人で済むのならば、それは正しい選択のようにも思ってしまったから。
さっき、責任者というのはみんなの前を歩いている事だと言った。
それは俺達、『王』にも当てはまっているように感じた。
みんなの上に立ち、絶対の権限を持つ王は未来に向けて重要な選択や判断、行動を必要とする時が必ず訪れる。
俺達は神でありながらも、未来予知の能力は残念ながら持ち合わせていない。
そういった意味では、人間と変わらない。
そして、間違える事だってある。
もしかしたら、俺達は既に間違っているのかもしれない。
だからこそ、全責任も負う必要がある。
そんな覚悟が無いのなら、上に立つ資格は無い。
そんな当たり前の事を、微かに忘れかけていた事を、王として改めて肝に命じた。
そして、やっぱり人間はバカだと思った。
★
責任者が帰ってから一時間が経った。
店内は相変わらず静かな雰囲気で覆われている。
客は一人もおらず、業者も来る時間ではない。
だからゴミ拾いや汚れている器具の掃除をしようとしたのだが、どこも綺麗で作業をする程ではなかった。
綺麗好きの人が普段から気にかけて掃除しているのだろう。
ここまで来ると潔癖症のようにも感じるが、それでも感謝の心は忘れない。
とりあえず今はお客様が来た時すぐ対応出来るようレジ前で待機しているのが得策だろう。
ただ沈黙で突っ立っているのも居心地が悪いので俺達はそれぞれレジ前に立ちながら、これからの話をする事にした。
「なぁ、セラフィー」
セラフィーは少しだけ眠いのか、一つ遅れて返事を返す。
「はい、なんでしょう」
「……天魔郷の事なんだけど、何か良い案は思い付いたか?」
具体的な内容を言わなくてもセラフィーは何を指しているのかを察する。
「……まだ、何も……」
「そうか」
少しだけ期待して問いたものの、セラフィーもまだ分からないようだ。
天使と悪魔が仲良くなれる方法……そんな方法、存在するのだろうか。
これだけ長く争いを続けてきた俺達だ。一筋縄ではいかない事は覚悟していた。
覚悟していたはずなのだが、いざ考えてみると何も良案は思い浮かばない。
一つ、また一つと自分の中で案自体は思い浮かぶのだが、冷静になって考えてみるとどれも穴だらけで自己解決してしまう。
そんな中でも一番現実的で実行しやすい方法があるとすれば、天魔郷にいる全員に向けて俺達が演説じみた事を公表する事だろう。
天使と悪魔、各々の王がそういうのなら、仕方なく納得する者もいるかもしれない。
表には出さないだけで、俺達のように心の中では仲良くしたいという者もいるかもしれない。
仮にそれが大勢であればあるほど、効果は抜群だ。
同じ想いを持つ集団の中に混ざれば、否が応でも納得せざるを得なくなる。
基本的に生き物は孤立するのを嫌うからだ。
納得出来ない事でも、数の暴力には屈服するしかない。
だがその分、リスクも大きい。
正の方向があるなら、負の方向もある。
もし、賛同する者が少なければ事態は悪化する可能性もあるし、みんなが思っているルシフェルやセラフィーのイメージにズレが生じた場合、不審がられ信頼を失い、尊厳を保てなくなる事もある。
そうなっては最悪の場合、王の座を降りなければならない。
こうなってしまえば、俺達の夢を実現する事はより困難になる。
これは一か八かの賭けでもあるので、それを軽々と実行に移すのは大いに危険と見える。
だから実質、俺が思い浮かぶ案は何も無い。
「まぁ、この問題を解決するのは難しいよな。俺も何も思い浮かばない」
「そうですね。……過去の争いが原因で命を落とした者もいますから、その怨念や復讐心が強く残っている者もいるでしょうし」
昔、天使と悪魔の少数争いで互いに命を落とした者がいるという事実がある。
どちらが悪いとか水掛け論をして、気付いたら感情に身を任せていて、仇を取るかの如く、復讐心を宿す者も現れてしまっていた。
その黒い炎は今も心の底に蟠っていて、目的を達成するまでは消える事はないだろう。
そんな想いを宿している者に、仲良くやろうなんて急に言われても納得出来る筈がない。
仮に殺したそいつが罪を死で償えば直ぐに解決が出来るとしても、俺達はそんな展開を望んでいない。天界だけに。はい、申し訳ない。
そう考えると、やはり俺の案は無いに等しい。
天魔郷が平和に、幸せに暮らすには全員が納得出来る形でなければならない。
非常に難解だ。
全員が納得だなんて……。
そんなのは所詮、理想論なのかもしれない。
表面上だけ綺麗に取り繕い、中身はスッカスカ。
そんな世界を作ったとして、俺はどう責任を取るつもりなのだろうか。
考えれば考えるほど、余計に分からなくなってくる。
光一つない暗闇の世界で前も後ろも、左も右も分からない状態で彷徨い続ける感覚だ。
そんな状態で答えが見つかる筈もない。
それでも自らその世界に沈み込んで行くように気は遠くなっていく。
その時、コンビのドアが開かれる。
ドアが開かれると、店内にはコンビニ特有のリズミカルな音楽が鳴り、直ぐに止む。
音に反応した俺達は無意識に音の出所に顔を向け、挨拶の言葉を向ける。
「いらっしゃいませー」
来店してきたのは見た感じチャラチャラしてそうな、いわゆるチンピラ集団。
人数は五人で、全員ドクロマークが入った革ジャンに少しダボっとしているジャージ、靴はクロックスを合わせている。
金髪に赤髪、バリカンやオールバックといった十人十色が合いそうな特徴を各々で持ちわせている。
さっきまで静かだった空間も、チンピラの来店によって賑やかになりつつある。というか、うるさい程である。
弱い奴ほど良く吠えるとは言ったもので、まさにこいつらにぴったりな言葉であった。
「俺この前、学校で隠れてタバコ吸ってたらセンコーに見つかっちゃってよー。謹慎処分になっちまってさー!」
「マジで!? はっはっは! こいつバカだわー!」
「俺なんてこないだ、下校中バイクで爆走してたら警察に捕まっちってよー!」
「うわー! こいつアホだー!」
「うっせーよ! お前らも一緒にやっていただろうが、カッカッカ!!」
「ハッハッハッ!」
自らの悪行を自慢げに、誇らしげに暴露し始めるチンピラ達。
(うるせー……)
それが率直な感想。
ただ騒ぎたい為だけに、自分を高く見せる為に道を踏み外した俺ちょーカッケー! と自分だけではなく周囲にも見せしめ、自分が他の奴らとはレベルが違うんだぞと、そんな中二病にも似たように認められたい一心で言っているかのようだった。
実にくだらん。年齢だけが重っているだけで中身は餓鬼のまま。
結局は一人で何も出来ない弱者の集まり。
(ああいうのは、人の上に立つ資格がないな)
チンピラ集団を一瞥したルシフェルは勉強になったと自分の中で納得する。
すると、ちょいちょいと裾が引かれる。
振り向いた先にはセラフィーが困ったように可弱しい顔つきでブルブルと震えていた。
「どうした?」
「私、あのような人達苦手です」
「……そっか。天界にはあんなチンピラはいないもんな」
「魔界にもいないのでは?」
「ふむ……確かにいないな。俺が知る限りでは」
「少なくとも、ルシフェルはあのような感じではありませんよ」
「そうか。それは良かった」
聞かれたら答えようとするものの、自ら自慢気に話す事は絶対しない。
「なら、レジは俺の方でやるからセラフィーは休憩に入っていいぞ」
「え、そんな。私も手伝いますよ」
「大丈夫だ。あの人数なら直ぐに片付けられる。それに、苦手って知ったうえでやらせるのも気が引けるし」
セラフィーは言葉に詰まり、渋々従う事にした。
「……ありがとうございます。では、お願いします」
「おう、任せとけ」
軽く手を上げて了解と行ってらっしゃいの両方の意味を込めてセラフィーに向ける。
それを見たセラフィーも軽くお辞儀をした後、スタスタと休憩室に向かって行く。
––––––その時だった。
「へい、そこのお嬢ちゃん」
「えっ?」
セラフィーの行き先を阻むように現れたチンピラ達。
声を掛けられるとは思わなかったのか、セラフィーはビクッと跳ね上がった後、恐る恐る視線を合わせる。
「うひょー! 本当だ! めっっちゃ可愛いじゃん!」
「お嬢ちゃん、もしかして休憩? 仕事なんかバックれてさぁ、俺達と遊ばね?」
チンピラの中でも中心役と思われるような高身長で堅いが良い二人がセラフィーを挟んで誘い出そうとしている。
いわゆるナンパだ。
セラフィーはこのような時にどう対応するべきなのか分からず、あたふたしながら必死に言葉を考えている。
そんなセラフィーを見て断れる事は承知であったのか、言葉が発せられる前に二人はセラフィーの腕をそれぞれ強引に掴んで、連れてこうとする。
チンピラは五人いるが、買い物かごは一人が持っている。
そこから推測するに、会計は任せるつもりなのだろう。
五人で来たとはいえ、わざわざ全員がレジに並ぶ必要はない。
建て替えておく方法だってある。
「じゃ、俺ら先にこの子と車で待機してっから。帰ったら金払うから適当にジャンキーな物買っておいてくれ。あ、揚げ鳥二つは絶対な!」
「俺はお前らのセンスに任せる!」
二人はそういうと、セラフィーを連れて外に出ようと歩み出す。
「––––––待て」
怒りを含んだその声に反応した二人は足を止める。
二人だけではなく、チンピラ全員が声の発生元である俺に身体ごと向け始める。
楽しい時間を制止させられた事に、二人は機嫌が悪そうだ。
「あ? 誰だお前?」
「それはこっちの台詞だ。彼女嫌がっているだろ、離してやれ」
「はっ、偉そうに!」
「まあ、偉いからな」
すると、今度はチンピラの中で最も雑魚そうな奴が口を開く。
「……おいガキ、口には気をつけた方がいいぜ? ここ地元じゃあ、俺達は喧嘩で屈指の実力を持つ程有名なんだからよ」
「ふーん、所詮は狭い世界でしか名を広める事しか出来ない、雑魚の集まり、という事で間違いないか?」
腕を組みながら嘲笑ううルシフェルの態度を見て、苛立ちを抑えきれないでいるチンピラ達。
「て、てめぇ……!」
拳をプルプルと震えている事から、これから何が起ころうとするのか一目で分かった。
だが、ここは店内。
争いをするのには適していない。
乱闘騒ぎの末、商品がぶつかって散らかしたり、他に来店してきたお客様に見つかればクレーム、場合によっては警察を呼ばれるかもしれない。
防犯カメラだってある。
そうなっては、責任者にも迷惑が掛かってしまう。
だから争いをするならば、あくまでも俺個人として喧嘩を買い、従業員には迷惑を掛けないようにする必要がある。
全ては俺が責任を負うような形を作る必要がある。
「まあ待て待て、喧嘩するなら外でやろうぜ。その方がお前らにとっても都合がいいだろう?」
チンピラ達も後先の事を考える素振りを見せた後、納得したのかセラフィーの腕を離して外に移ろうとし始める。
「大した度胸だ。……後悔するなよ」
「お前がな」
「……っ!」
そう言い返すと、勘に触れたのか、怒りに任せた力み具合で額や首、拳には血管が浮かび上がっている。
それに応じるかのように、ゴツゴツとした太い骨とモリモリとした筋肉が主張し始める。
ゴツゴツ♪ モリモリ♪ みんな、ゴツイよ♪ はい、すいません。
だてに大口叩く事だけあってか、それなりに体は鍛えているのが分かった。
まあ、それだけだが。
「……ルシフェルっ」
「悪いな。少しの間、レジを頼む」
「う、うん……」
俺はコンビニの制服を脱ぎ、セラフィーに渡す。
その後、俺はチンピラ達に人差し指でひょいひょいと煽り、付いてこいと指示を向ける。
それを見て、油に火を注ぐかのようにチンピラ達の怒りは更に炎上している事が顔の更なる険しい表情を見て分かった。
怒りや不満の口はしないものの、その怒りを喧嘩の為に溜め込んで取っておいているかのようだ。
それを見て鼻で笑った後、俺は自分の性格の悪さから来る悩みに悩んでいた。
(さて、どう遊んでやろうか……)
★
俺はコンビニの裏方にある空き部屋へとチンピラ達を誘導する。
そこは鉄骨で建てられていて、中に入るとチラホラと大きな木材や壊れているのか、クレーンやドリルといった道具などが置かれている。
そんなスペースを気にも留めないほど中は広く、声を上げれば全体に響き渡る。
外に比べて中は少しだけ空気が冷んやりとしている。
その為か、俺の温度も下がった気がした。
「さあ、着いたぞ。ここなら人通りはほぼ無いし、お前達お得意の喧嘩が存分に披露することが出来るぞ?」
「はっ、自ら退路を経つなんて馬鹿じゃねぇのお前? 一人で俺達に勝つつもりかよ?」
「だから喧嘩を買ったんだよ。馬鹿じゃねぇのお前?」
「ぐぬっ……てんめぇ、調子に乗るのもいい加減にしろやあああぁぁッッ!!」
抑えられなくなった怒りを勢いにつけて此方に走って向かってくる一人。
そいつはセラフィーの腕を掴んでいた実力がありそうなうちの一人。
俺との距離が近づいてくると利き手側の拳に力いっぱいグッと込めて、殴りにかかる構えをし始める。
「死ねえええええええ!!」
俺の顔に目掛けて拳が襲い掛かろうとする。
「遅いな」
俺はその拳をパシっと掴み抑え、動きを封じる。
「そして弱い」
「なっ!?」
止められるとは思わなかったのか、相手は驚きを隠せずに俺の抑えている手を見つめる。
怒りが込み上がっていたせいか、走って来たせいか、もしくは未だに信じられない光景にか、額からは汗が滲み出ている。
「く、くそっ!」
相手は力任せに俺の手を強引に振り解き、一旦間合いを取る。
「おい、一つ確認させてくれ」
俺は聞いておきながらも然程興味は無さそうな目で問う。
「今の本気か? そうだとしたら拍子抜けも良いところなんだが……」
その安い挑発に相手は我慢出来ず更に怒りを覚え、血管や筋肉の主張が僅かに上がった。気がする。
「……殺す。……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 殺すうぅぅッッッ!!」
「ハッ、やってみな」
すると外野のチンピラが恐怖まじりにボソッと呟く。
「おい、あれマジでヤバイんじゃね?」
「あんなにキレてるの初めて見た」
「あいつ、殺されるぞ?」
「もう俺達じゃ止められねーよ」
本当に殺すんじゃないか、誰も止められないんじゃないかという不安と恐怖が混ざりあった暗い顔をしながらヤバイヤバイと吠え始める。
普段は悪さをしている俺カッケー! って自慢気に誇らし気に語っていたくせに命の危険が関わると直ぐにコレか。
取り返しが付かなくなるリスクが関わる時は人が変わったように心配して弱者気取りとはな。
やはり弱者だったか。
まぁでも、台詞からしてこいつが最も実力があるというのが分かった。
つまり、俺を楽しませてくれる可能性がるのはこいつのみ。
次はどうするのかと少しだけ楽しみを胸に秘めながら、相手の動きを観察する。
すると、相手は近くに落ちていた鉈に向かって進み、手にし始める。
どうやら武器を使って挑むらしい。
己の一撃を意図も容易く受け止められた事に、素手では勝てないと実感したのだろう。
素手で勝てないのなら武器を使うまで。
悪くない考えだ。
たった一撃でそこまで分析出来た事にチンピラでありながらも少々関心してしまう。
たまたま目に入っただけという可能性もあるが、それでも武器を手にしてまで俺に一矢報いてやりたいという、その執念は認めよう。
だから、もっと怒りを、憎しみを最大限まで高め、それを俺にぶつけてくるのだ。
「……殺す」
「そうだな、武器を使えば殺せるかもな、んじゃ、第二ラウンド開始という事で」
馬鹿にした口調を向けた瞬間、相手の眉はピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。
上手く挑発に乗ってくれた証拠だ。
もう、良いだろう。底上げの後押しは。
後はこいつの実力に委ねられる。
それでも俺が楽しめなかったのなら、こいつの実力はその程度という事。
俺は期待半分、諦め半分の気持ちで相手の攻撃を迎い入れる。
大きく素早く振りかざしてくる鉈を俺は何度も軽々と躱していく。
相手は何度も何度も攻撃してくるが、俺には擦りもしない。
それでイライラしているのか、いつの間にか攻撃は雑になっていき、疲れてきたのか、モーションも徐々に遅くなっているのを感じた。
「……つまらん」
「!」
俺は鉈を振りかざしてきた手を掴み、そのまま相手の腹に蹴りを入れる。
その蹴られた勢いで外野のチンピラ達の元まで吹っ飛んでいくも、それを受け止めようとチンピラ達は反射的に受け止める体勢を取り始めるが、その勢いに押され壁にぶつかり衝撃が走る。
「ぐあ!」
全員、俺にひれ伏すかのように倒れ込む姿は実に気分が良かった。
最初は甘く見られ勝利も当然かのように威勢が良かったこいつらは、己の実力を測り違い、錯覚し、憶測だけで判断した。
戦いにおいて見た目など関係ない。
強い者は強いし、弱い者は弱い。
今この場では俺が強く、こいつらは弱い。
結果がそれを証明してくれている。
集団で掛かって来ても結果は変わらない。
それぐらいこいつらは雑魚で、弱者で、貧弱で…………何より、セラフィーに手を出した。
何の罪も無いのに、己の欲望を満たす為だけに、まるで道具として扱うかのように。
「…………」
これは黙って、ただで済ませるわけにはいかない。
悪魔として……いや、神として。
悪罰を下してやらねば。
「……お前らに一つだけ質問する」
俺は人差し指を立て、不適な笑みで相手に問う。
「もし、自分より明らかに弱い奴が理不尽に襲い掛かって来たらどう対処する?」
たわいもない質問に相手は考える素振りをする事なく答える。
「へっ、そんなの決まってんだろ」
先程、俺が戦っていた奴が重たそうな腰をゆっくりと起こしながら、確かな意志を宿した強い眼で俺を睨みつける。
「返り討ちだよ」
その返答を聞いた俺は、聞いてしまった俺は、少しだけ間を置いた後、満開な不適な笑みを浮かべながら人差し指を相手に向けて答える。
「正解」
––––––ブシュッ。
鈍い破裂音が響く。
風船が破裂した音と全く正反対の重たく、低く、聞き慣れない破裂音。
その破裂音は何なのか、心当たりが無いはずなのに何故か良からぬ方へと連想させてしまう。
グロテスクな、何かとか。
それは例えるなら……トマト。トマトだ。
握り潰した時に発生するブシュっとした音、熟熟としヌルっとした感触、水しぶきのように吹き上げる赤い水分。
まさにそれだ。
あいつの頭が破裂した表現にピッタリだ。
うむ、我ながら流石だ。
「う……うぅ……うわああああああああああああああああああああっッッ!!」
外野の四人が身を縮こめさせながら震え、恐怖と絶望が混ざりあった良い顔をしていた。
ジリジリとほんのちょっとずつ後退りしながらも、未だに信じ難い目の前の光景に目を奪われてしまい、まるで金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
「ふむ、人間相手だと破裂するのか。天魔郷の奴だとそうはならんのだがな」
顎に手を当て、なるほど勉強になったと素振りを見せる。
ルシフェルはチンピラ達と違い、そんな光景を見ても眉一つ動かす事なく平静で冷静でいる。
「お、お前っ……お前がやった、のか?」
口元は痙攣を起こしているかのようにブルブルと震えており、それに合わせるかのように歯もカチカチと音を立てている。
そのせいか、歯切れが悪い。
「違う、俺じゃない…………って言ったら、どうする?」
「お、お、おおお前しかいないだろ!!」
恐怖に打ち勝とうと、声を出来るだけ荒げていた。
––––––スパッ。
今度は鋭くて切れ味の良さそうな音が鳴る。
その音は繊細で細くて、思わず聞き逃してしまう程小さい。
あまりの速さで切った為か、五秒程の時間差で切り込み部分から血がピッと跳ねたと思ったら、その勢いに乗るかのようにブシャっと血飛沫が放たれる。
その後、ゆっくりと流れるように首が足元にボトンと落下する。
落下する直前、残り三人は気持ち悪がるようにその場から大きく距離を離れてしまい、落下する所を見送っていた。
「ヒ、ヒィィッ!!」
「おいおい、ちゃんとキャッチしてやれよ。仲間なんだろ?」
ルシフェルは最早、この状況を遊んでいた。
「残り三人か……」
続いてルシフェルは立て続けに、ドスッドスッと相手の顔や腹部を殴り続け、全身の骨を複雑骨折させ撲殺。
次に相手の手先足先に黒炎を纏わせ、ジュージューとジワジワと溶け焼かしていき、最終的に焼死体とさせてしまう。
「残るはお前だけだな」
この時のルシフェルの眼に光は宿してなどいない。
ただ罰を下し、相手が苦しみながら命を絶っていく姿を純粋に楽しんでいる。
ルシフェルの頭の中には、それしかない。
今だって、次はどんな風にして殺してやろうかという道楽で、遊び感覚で相手を玩んでいる。
この時のルシフェルは最近と違い、まさに種族の名に恥じぬ王としての風格が鮮明に現れていた。
「あぁ……あ、悪魔だ……」
体はガタガタと小刻みに震え、目は瞳孔が開き、腰が抜けてしまったのか立ち上がる事が出来ないでいる。
「ほう、良く気づいたな。––––––そう、俺は悪魔だ!」
ルシフェルの体に邪悪で不気味な黒いオーラが滲み出る。
別に見せつけようとしたわけじゃない。
これから更なる恐怖を味わせてやろうという意思表示だ。
「さて、最後に残ったご褒美としてお前には、先程の効果音を同時に味わわせてやろう」
「そ、それだけはっ、勘弁して下さいッッッ!!」
「何を怯える必要がある。こんな体験滅多に出来ないのだぞ? あの世でそ奴らに自慢するといい」
「お、おおおおお助けをおおおおおおお!!」
「では、料理を始めようか……」
ルシフェルは邪悪なオーラを収めることなく、一歩……また一歩とゆっくりと歩み寄る。
不適な笑みは崩さず、目は笑っているようで笑っていない。
細くて鋭い瞳の奥には淡く黒い怒りの炎が宿っている。
邪魔をする者には『絶望』を『死』を。
命の大切など知ったこっちゃない。
そんな輩は生きるに値しない。
だから、除去しなければならない。
それはセラフィーの為でもあり、自身の為でもある。
平和を乱すものには地獄を。
これは天界と魔界、いわば天魔郷にとっても必要な施しなのかもしれない。
光が指すところには影があるように、平和と地獄も表裏一体の因果関係なのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら……。
「礼を言うぞ、人間。お前達のお陰で、平和へのヒントを得る事が出来た。だからそのお礼に––––––一瞬で楽にさせてやる」
初めは直ぐに殺さず、じっくりと痛めつけるように、拷問をかけるかのようにし、悲痛にも似た悲鳴と、恐怖に似た絶望を眺めようと刑を決めていたものの、ヒントを得られた事による気分の高揚がルシフェルの怒りが和らいだ事により決案をシフト変更する。
「そういうわけで、お前は用済みだ。早くお友達の元へ行き、これからも仲良くするんだぞ?」
言うと、ルシフェルは人差し指を相手の顔に向ける。
その構えを見ただけで、相手はこれから自分がどういう風に殺されるのか予測してしまう。
恐怖は最大限まで増し、ガタガタと震える動きも最大限まで増し、いつの間にか座り込んでいる所から水が徐々に広がるように尿漏れもしていた。
これから自分も、トマトのように潰される。
隣で赤い水分を撒き散らしながらうつ伏せで死んでいる友達を見て確信へと変わる。
その後、ギギギと首をぎこちなくルシフェルに向けると、思わず微笑を浮かべている悪魔の王と目が合ってしまう。
そして、ルシフェルは一言放つ。
「じゃあな」
グッと目を堪える相手。
言葉の後には死を覚悟をしていた筈なのに、まだ死んでいない事に疑問に思ってしまった。
それもそのはず。
自分の目の前でルシフェルの攻撃を上手く受け流した者が現れたから。
「……ほぉ。これは珍しいお客様だ」
それはリヴァイアの見た目と同じく幼い少年。
サラサラの薄い金髪でマッシュヘア、小さな顔立ちでパーツが整っており、女子から可愛がられるような存在に見える。
「第三使徒……スローン」
★
ルシフェルの前に突如現れた天界において三番目の実力を誇る、第三使徒スローン。
ルシフェルの攻撃を防いだのを見て、殺されかけていたチンピラの一人は愕然としている。
スローンはこの状況を冷静に分析した後、チンピラに告げる。
「君はここから逃げて。出来るだけ遠くに」
「えっ、で、でもっ」
「僕なら心配はいらない。さ、早く」
「あ、ありがとうございますッッッ!!」
重い足を無理やり立たせ、喚き散らしながらこの場を去って行ったチンピラ。
四人分の死体とその血飛沫が散乱しているこの地獄絵図とも言える場に残されたルシフェルとスローン。
今は互いに怪奇な場面と感じているのか、両者口を開かず瞳の奥を見るように見つめ合っている。
暫く経つと、その沈黙を顔が強張っているスローンが破った。
「邪悪なオーラを感じて来てみれば……これは一体、どういう事なんだい? ルシフェル」
「どうもこうも、制裁を加えてやっただけだ」
ルシフェルは涼しげな顔で平然と答える。
「……制裁? 何があったのか知らないけど、人間相手にこれはやりすぎなんじゃないの?」
「それ程、こいつらは俺を怒らせたんだ」
「……一体こいつらが、何したっていうのさ」
「……セラフィーに手を出しやがったんだ」
「!!」
意外な回答であった為、スローンは瞳孔を開きながら驚きの顔をしている。
「君が……セラフィーの敵討ちをしたって事?」
「まあ、そんなところだ」
「…………」
それを聞いたスローンは自身の足元を見つめるように俯く。
何か思い返すように瞳を閉じた後、ゆっくりと瞳が開かれる。
「やっぱり、リヴァイアの言っていた事は本当だったんだね……」
「!」
リヴァイアの言葉を耳にした瞬間、平然としていたルシフェルの眉がピクッと反応し、顔を訝しげる。
「……何故、リヴァイアが出てくる」
リヴァイアは基本的に天界の者達と馴れ合いなどしない。
悪魔達に害を及ぼす敵という認識が強いからだ。
現状、唯一天界の者達と仲が良いとすればセラフィーだけ。
スローンの台詞からして、こいつはリヴァイアと何か接点があったに違いない。
「……リヴァイアは今、天界に人質として囚われているんだ」
スローンの言葉が言い終えた瞬間、ルシフェルは凄まじい勢いでスローンまで向かって行き、首を掴んでそのまま壁にぶち当てる。
「がはっ」
急に首を掴まれ呼吸のリズムが乱れた事によるものか、壁に背中が強打し悲痛を発したものによるか分からない。
スローンの首をギシギシと強く締めていながらも、聞くべき事を聞くまでは殺すわけにはいかないという思いがあり、力の加減を調整していた。
それでもスローンはその手から逃れる事が出来ず、両手で首を締めているルシフェルの手を宙に浮かびながらも解こうと必死に抵抗している。
「言え。リヴァイアに何があった?」
「いう、から……はな……」
思わず感情の赴くまま動いてしまい、この状況を作ってしまっていた事に冷静になって気づくルシフェル。
ルシフェルとスローンの実力は一目瞭然。
事と状況によってはスローンを倒し、人質にする事も可能だ。
そうなれば今は不利である状況の魔界も天界と同じく優位に立つ事も出来る。
セラフィーを待たせている事もある為、スムーズに話を進める事が最優先。
その後の対応はそれからだ。
俺はパッと首を掴んでいた手を離し、スローンを苦しみから解放させる。
その反動でか、ゲホッゲホッと咽せるスローン。呼吸を取り戻し、落ち着きを取り戻す。
その後、ゆっくりと立ち上がり、先程まで不安に満ちていた眼も、今は揺るがないしっかりとした強い眼に変わっている。
「先ず誤解がないよう、俺とリヴァイアが出会った所から話させてもらうぞ?」
「いいだろう」
掴まれていた首元を優しくさすりながら問いかけるスローンに対し、微笑を浮かべながら僅かに頷くルシフェル。
そしてスローンは、川辺で落ち込んでいたリヴァイアと会った所から話し始めた。
★
「……なるほど。それで、リヴァイアの代わりに伝えに来たと」
「そうだ」
スローンから聞いた話で驚きを隠せぬキーワードとなったのは、『禁忌魔法』だった。
それも、天界と魔界の両方で実行を計画している事も驚きの要因であろう。
実行日も数式も同じ。
ただ違う点があるとすれば、人質を取らられているという事。
「––––––で? ケルビムはリヴァイアをどうするつもりなんだ?」
そう問われたスローンは険しい顔に変わり答える。
「……真意は分からないけど、純粋に天界が優位に事を運びやすくする為の人質だと思う」
「ふむ」
その返答が返ってくる事は何となく予想していたルシフェル。
もし魔界側が計画を邪魔してくるようであれば、リヴァイアの命はないという風に利用するのであろう。
仲間でもあり、家族同様である者の命を容易く見捨てる事は出来ない。
そうなってしまっては、ただ指を加えて天界にされるがままだ。
もし大人しく禁忌魔法を喰らうようであれば魔界は消滅。
天界の夢見た、天界の者だけの世界が実現する事になる。
人質として一人残されたリヴァイアも、成す術なく利用されるか、その後命を奪われる、もしくは自ら命を経つ事になるかもしれないな。
「実行日から逆算して、もう準備に取り掛かっているのか?」
「僕はその前に人間界に降りてルシフェルとセラフィー様を探しに行ってしまったから、現状は……分からない。だから、これを止めるにはっ––––––」
スローンはリヴァイアと会った次の昼頃に、天魔郷を抜け人間界に降りてルシフェル達を探しに行ったのだ。
リヴァイアの意志を継いで。
「王の権限が譲渡されているのがそもそもの原因。だから早急に戻り、権限を取り戻すしか方法はないだろう」
スローンもその答えに辿り着き今に到る。
あの時、リヴァイアが言おうとしたのはきっとそれだ。
「だがいいのか? スローン。俺にこんな情報を流してしまって」
改めて問われると、胸が締め付けられるように苦しくなってしまう。
もしスローンがこの事を伝えなければ、魔界は滅び、天界だけの世界になる事は確実だ。
己の種族だけの世界は、長い歴史の中でほぼ全員が願って来た事。
それを踏みにじるようなそれは、仲間を裏切っているような感覚に似ている。
僅かに口を開きかけた後、やがて重たそうに口をゆっくりと開き、覚悟を決めて強い意志で言葉をぶつける。
「僕も、天使と悪魔が仲良くなる世界を実現させたい!」
「……それも、リヴァイアに聞いたのか?」
ルシフェルがフッと笑みを溢すと、スローンは思わずニッとした顔になる。
ルシフェルも同じ思いを持つ仲間が増えた事に鮮明には現れないが、喜ばしいである事を先程の表情から感じ取る事が出来た。
「では、早速セラフィーを迎えて戻る事にしよう」
ルシフェルはそう言うと、スタスタと出ていこうとする。
スローンを置いて行くように抜きさった後、ルシフェルの背中に向けて呼び止める。
「ルシフェル!」
振り返らずに、足を止める。
それを『何だ?』と問いている気がした。
「……お前を怒らせた原因って……」
五秒程沈黙した後、ルシフェルはそのまま答える。
「仲間に手を出したから。それ以外に理由はねぇ……」
「仲間、ねぇ……」
やれやれ、一体いつの間に仲間になっていたんだがと、肩を竦めるスローン。
顔には呆れ半分、関心半分が鮮明に現れている。
けど、これで確信した。
天使と悪魔は仲良くなれる。
平和な世界が訪れる。
魔界の王が天界の王を迎いに行くって、そんなの余程の信頼関係がなければ成立しない。
もう既に、夢の実現に一歩踏み入れている。
天使と悪魔は決して水と油の関係ではない。
それを、二人が証明してくれている。
……いや、もう二人いたな。
「スローン、何ボケーっと突っ立っている。お前も一緒に来い」
振り返らずにそのまま行くのかと思いきや、スローンに振り向き声を掛けてきた事に呆気に取られてしまう。
「一緒に……か」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も」
ボソっと呟いたそれは聞かれる事はなかった。
聞かれたら聞かれたで、恥ずかしい思いになってただろうから聞かれなくて良かったかもしれない。
だからそれを、心の中で留めておく事にした。
すると、体の芯がじんわりと温まるような感覚に陥った。
そのせいか、頬には薄らと赤く染まっている。
何だか、心地よい。
本来なら許されないルシフェルの行いに、僕はそっと目を伏せた。
★
チンピラ達への悪罰が無事(?)終了し、俺のバイト先であるコンビニに歩いて戻る。
俺の半歩後ろで付いてくるスローンは、キョロキョロしながら落ち着かないでいる。
「何処に行くの?」
「すぐに分かるさ」
歩いて数分、バイト先のコンビニに着いた。
「コンビニ……?」
独り言のように呟いたスローンを置いて、俺は入り口の前に立った。
ドアが開くと、入退店時のリズミカルな音楽が流れ、暫くして鳴り止む。
そんな音楽が鳴り響いたと同時に、細くて柔らかく、聞くだけで癒されるような天使の声が俺達を迎える。
「いらっしゃいませー。あ、二人共、お帰りなさい」
「ただいま」
「セラフィー様!?」
スローンは目をパチクリさせ、まるでドッキリにかけられたかのように驚きのリアクションをしている。
ここでドッキリ大成功と書かれた立て札を上げて、『そっくりさんでした~! ガッハッハッハッ!』と嘲笑い、その後セラフィーが『何言ってんだ、こいつ』という心配そうな目で俺を見つめ、その後スローンから『どうみても本物でしょ』という痛々しい目で俺を見つめ、最後に俺が『お、おう。そうだな』と詰まったリアクションをすればオーケー。あれ? なにこれ? 立場が逆転しているじゃない! という内心遊んでいる俺を他所に、二人は何処か懐かしむように言葉を交わしている。
「どうしてここに?」
「セラフィー様が心配で探しに来たのですよー! って、なんだかリアクションが薄いですね……」
セラフィーはスローンが人間界に来る事を知らない。
スローン自身、セラフィーの驚きの様子が拝められるかと思いきや、至って冷静な対応をされ少々傷ついてしまっている様子。
それを感じ取る事が出来たのか、セラフィーは優しい微笑みを浮かべながらスローンに告げる。
「いいえ、こうして会えた事に大変嬉しいですよ。多分、リアクションが薄いのはスローンが近くにいる事に気付いたからかもしれません」
「え、バレてたんですか!?」
「はい、鮮明にオーラを感じ取れましたよ」
オーラ、という言葉に思わず思い返す。
おそらく、先程のルシフェルとの再会場面の時だろう。
スローン自身、ルシフェルと真正面で戦っても勝算はない事を重々承知で、戦う意志は鼻からなかった。
だが無意識に、ルシフェルの覇気に圧倒され、自己防衛と言わんばかりに無意識に自分でも気付かない程のオーラを出していたのかもしれない。
無意識であった為か、記憶を辿ってみてもその答えは見つからなかった。
「す、すみません!」
スローンは過ちを犯したのかと思い、頭を深く下げて謝罪の意を示す。
だがセラフィーは、気に留めない様子であたふたしながら申し訳なさそうに答える。
「え、そんなっ、謝る事なんてないですよ」
本来、人間界でオーラを出していけないという決まりはない。
オーラは俺たち『神』が技を繰り出すのにどうしても顕著になってしまうどうしようもない事で、それを人間に向けての事でも何ら違反ではない。
だから、スローンは謝る事は何一つないのだ。
そのついでとついでと言わんばかりに、セラフィーは心配そうにスローンの背中を優しく撫でる。
いいなぁ、俺もやって欲しい……。
「オーラを出したのには、何か理由があったのではないですか?」
そう質問した後、セラフィーはスローンの背中を撫でたまま、チラッと俺に視線を向け直ぐに元に戻した。
俺もそれに気付くと、思わず頭をガシガシと掻いてしまう。
それは俺が関わっている事を証明しているのと同じである事を今更後悔。
スローンは頭をゆっくりと上げ、セラフィーの目をキリッと捉える。
「はい、あのルシフェルが人間と揉めていた所を発見し、僕はまさかと思い、ルシフェルを止めに入ろうとしました」
チラッとスローンも俺の方に視線を向けた後、直ぐにセラフィーに視線を戻す。
まさかとは何だ、まさかとは。
まぁ、そのまさかだけども。
俺は先程の行いを悪魔としては別に後悔していないが、俺自身の事となるとちょっとだけ後悔している。
その事実がセラフィーに告げられると思うと、セラフィーの悲しみを含んだ怒りを簡単に想像出来てしまい、少しだけ胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまった。
そして、スローンは続きを話す。
「ただ、それは僕の思い違いで、ルシフェルは人間達に注意を促しているだけで、手出しをした痕跡は見当たりませんでした」
(……あいつ)
それを聞いたセラフィーは瞳を閉じて僅かに広角を上げる。
その表情は心なしか、何処か嬉しそうな雰囲気を感じた。
「……そうですか。それは良かったです」
良かった、か。
やはり、セラフィーは殺生を望んではいなかった。
今回はスローンの気遣いのお陰でセラフィーの悲しむ顔を見なくて済んだものの、俺は罪悪感を感じながら悲しんでしまう。
「ルシフェル」
名を呼ばれるとは思わなかった為、ドキッと体が心臓が跳ね上がる。
「ど、どうした?」
罪悪感を感じていたからか、歯切れが悪くごもっとした返事をしてしまう。
そんな俺に対し、セラフィーは俺が想像していたのと全く違う表情をし、感謝の言葉を告げてきた。
「先程は助けてくださり、ありがとうございました」
見本にもなるような眩しい笑顔と綺麗なお辞儀で感謝の意を示すセラフィー。
その感謝はお客様に言うような念とはちょっと違う、また別のもののように感じる。
その姿を目に焼き付けた後、俺も見様見真似でお辞儀を返し、感謝の意を示す。
「お、俺も、その……ありがとな」
どうだろうか、俺のお辞儀は綺麗に決まっているだろうか。
きっと汚いだろうな。
自分でも思う。セラフィーみたいに綺麗な作法ではない事を。
そして初めてだ。俺がこうして深々と頭を下げるなんて。
非常に惨めで、情けないようで、かっこ悪い姿だなぁと自負していると羞恥心が込み上がってくる。
でも、これでいい。
半分はしてやった後悔、半分はしてしまった後悔とで、何とも複雑な気分だ。
だが不思議と、してしまった後悔は一瞬で、してやった後悔の方がいつの間にか勝り、悪い気はしなくなっている。
これはやった後悔より、やらなかった後悔のと同じだ。
だから俺は、後悔しているようで後悔はしてなかった。
ちっぽけなプライドは、足枷にしかならない事を実感出来た。
魔界の者達がこの光景を見たら、どう思うんだろうなぁ。
悪魔の王が天使に頭を下げる……きっと王としての尊厳が無くなるのかもな。
それでも、やらなければならない。
こういう事が出来ないようじゃ、きっと仲良くする事なんて出来やしない。
分かち合うには、先にどちらかが誠意を示さないと始まらない。
それをやるのは、もちろん全ての責任を負う王であろう。
つまり、俺かセラフィーのどちらか。
だが、俺にも譲れないプライドはある。
こういった汚れ事は、女にやらせるわけにはいかない。
そこは見え張って、同等と男らしく引き受けるべきだ。
かっこいい、かっこ悪いなど関係ない。
ましてや、惚れている女になど。
––––––ルシフェルが頭を下げた事に驚いてしまい、二人は黙りこんでしまっている。
流石に黙ってられるのもそれはそれで精神的にくるものがあるので、なんとか言ったらどうなんだ? と悪役じみた事を内心呟いて精神を落ち着かせる。
そんな苦痛ともいえる沈黙を破ってくれたのはスローンだった。
「そんな事より、セラフィー様はどうして人間界に?」
ほほう、滅多に見れない悪魔の王ルシフェル様のお辞儀に対し、そんな事呼ばわりとは。
まぁ話をすり替えてくれたお陰で気が楽になった感じがするので、良しとしよう。
「あ~、えっとぉ……ちょっと気分転換に」
人差し指をピンと立て、笑顔を引きつりながら戸惑い気味に答える。
「それよりもですよ! セラフィー様!」
「は、はい!?」
前のめりに体を寄せ付けるスローン。
何が何だか理解出来ていない様子のセラフィーだが、言葉足りなさのせいである。
早く用件を言え、用件を。
「明日の夜、天界と魔界の両端が禁忌魔法を使って、相手を滅ぼそうとしているんですよ!」
「……禁忌魔法? ……滅す? 何でそんな事に!?」
スローンは俺に話した内容をそのまま伝える。
「……そんなっ、天魔郷でそんな事が……! それなら、早く戻りましょう!」
急ぎの雰囲気二人を他所に、俺は冷静になって現在置かれている状況を伝える。
「その前に責任者には連絡しておいた方がいいんじゃないか? 深夜は俺達以外いないし、無人にさせたら色々とヤバイだろ」
世界が危うい状況だというのに、コンビニの心配している俺って……。
いやいや、俺は責任を全うしているだけであって、何もバイト終わってから行こうぜ! って言いたいわけじゃないからね! 勘違いしないでよね!
内心女の子のボイスで呟いていると、その意図を察してくれたセラフィーが納得してくれた。
「……そうですね。非常に申し訳ないですが、責任者に連絡して代理を頼むしかありませんね」
セラフィーは気が進まない様子。
それは責任者を思っての事。
今までは代わりになる従業員がおらず、一人で深夜を担当していた。
だが優秀な俺達が加入した事により、深夜を任せる事が出来、家族との時間を過ごせる日々を送れると嬉しそうにしていた。
家族と責任者の生活リズムは正反対であるが為に、予定が噛み合わないといったところだろう。
逆に言えば、俺達がいなくなればそれも叶わなくなるという事。
互いの勝手な事情とはいえ、それでも想う部分はある。
大切な人と過ごしたくても過ごせない。
目の前に、手を伸ばせば届く距離なのに届かない感覚。
距離は縮むどころか、離れて行くような感覚。
俺にも心当たりはある。だから、責任者の気持ちを理解し、戸惑ってしまっている。
きっと、セラフィーも同じだ。
そんな幸せを手に入れようとしているのに、俺らが潰そうとしている罪悪感。
このままでは、俺が冗談で思っていた『バイト終わってから行こうぜ!』が採用されてしまう。
何処の勇者に世界の救済よりバイトを選ぶ者がいるだろうか。
だが、そんな呑気な事も言ってられない。
俺とセラフィーが頭を悩ませていると、スローンは挙手をして声を上げる。
「あの、お二人がやっている事を僕が引き受けるのって可能ですか?」
俺とセラフィーは顔を見合わせるが、互いに首を傾げてどうだろうという心情が顔に書いてあった。
「もし可能なら、その責任者と僕で引き受けます。二人は王である為絶対に必要ですが、僕は第三使徒で役に立ちそうもありませんから」
「スローン……」
「だからここは僕に任せて、二人は先に天魔郷に向かってください! 第二使徒を止められるのは、王の貴方達を除いて、他にはいませんから……」
スローンは自分ではどうする事も出来ない事に悔しさを感じていた。
だがそれは事実であり現実である為、俺とセラフィーは掛けてやれる言葉が見つからないでいる。
だが俺は知っている。
こういう時、無闇に励ましてはいけない事を。
男には、どうしても男としてのプライドが存在する。
強くて、かっこよくて、頼りになる存在で在りたいと。
もしかしたら、それは性別が関係しているのかもしれない。
男は女を守る生き物。
その本能が遺伝的に備わっているのかもしれないな。
「だからっ、天魔郷を……っ、どうか、お願いします!!」
深々と頭を下げてきたスローンの気持ちを俺は真正面から受け取る。
俺とセラフィーは微笑みながら目を合わせ、一度頷いた後スローンの頭に手をポンっと優しく乗せる。
「ああ、任せておきな」
「ええ、天魔郷は必ず何とかしてみせます」
そう告げた後、セラフィーは素早く電話を手にし、責任者の番号が書かれた紙を見ながらピッポッパッと掛け始める。
セラフィーが電話越しで話している間、俺はスローンに言うべき事を言う事に。
「……さっきは、ありがとな。誤魔化してくれて」
先程の深々としたお礼ではなく、軽く会釈するように頭を下げるルシフェル。
まだ羞恥心が残っているのだろう。
「別に。そんなんじゃないよ。ただ……」
目線を横に流してしまう姿に何処か照れ隠しのように感じてしまう。
「ただ?」
「……リヴァイアがセラフィー様を信じていたように、僕もお前も信じてみようと思っただけだ。それに、僕も天使と悪魔が仲良くなれるなら、そうしたい」
語尾に続くつれ、スローンの頬に薄い朱色が浮かび上がる。
その言葉、姿を見聞した俺は思わず顔がニヤけてしまう。
同じ仲間がここに現れてくれた事、そして––––––。
「お前、リヴァイアの事好きだろ?」
「なッッッ!!」
急所を突かれたように口を大きく開けながら固まってしまうスローン。
先程まで薄かった火照りは、真っ赤に染まり変わる。
「バ、バッ、ち、ちげーよ! そんなんじゃ!」
「ははは、何を隠す必要がある。誰かを好きになるなんて可笑しな事ではなかろう」
「え、馬鹿に、しないのか……?」
「ん? 何故そんな事する必要がある?」
「……え、あ、いやー、……ごめん」
スローンは天使が悪魔に恋しているのを馬鹿にされると思い、見栄を貼ろうとしていた。
本来なら誰かに恋する事など自然の理であり普通だ、自由だ。
でも俺達は、その普通と自由が効きづらい環境になってしまっている。
こうなったのも長くに渡る歴史が、神が、俺達が悪い。
生まれた種族が違っただけで歪み合い、憎しみ合い、挙げ句の果てには殺し合いもしてきた。
そういった犬猿の仲とも水と油の関係とも呼べる俺達の関係は、謎の団結力を生み出してしまい、いつしか繋がりを持つ事を拒む宗教じみた声が上がるようになってしまった。
そのせいで、現在に至る。
「謝るな。お前の気持ちは十分に理解している。だから」
一瞬だけ間を置いた後、俺はスローンの胸にドンっと拳を突きつける。
「叶えようぜ」
突きつけられた拳に思わず防御の構えをしてしまいそうになるが、それは直ぐに抑えられた。
おかしい、悪魔の王なんかに拳を突きつけられたら絶対防御するはずなのに……。
そんな事を内心考えていると、責任者と電話を終えたセラフィーは電話を切って戻し、こちらに歩み寄って来る。
話がついたという事だろう。
「どうだった?」
「……今から10分程でこちらに向かうという事です」
「そうか、それは助かるな」
セラフィーの表情は何処か暗く、申し訳ない気持ちの雰囲気が溢れていた。
俺はこれ以上、この件に触れる事はあまり好ましくないと判断し、話を逸らすように前向きな発言をする事に。
「セラフィー、ここは任せて、俺達も行こう」
「……はい」
天魔郷の心配もあるので、なんとも難しい決断ではある。
セラフィーは誰よりも心優しく、幸せという名の平和を望もうとする天使だ。
だから、今回のように苦渋な決断を迫られた時がセラフィーを苦しませるのかもしれない。
強欲にも捉えられるそれは、決して悪い事ではない。
俺にだってある。
でも、どこかで、究極の二択を迫られ、どちらかを選択しなければならない日がきっとある。
俺は割とキッパリと決断出来る方だが、セラフィーはそうはいかないのかもな。
もしそうやって悩んでいる時は、俺が話を聞いてやろう。
一人で悩まないで。
「じゃあ、後は頼んだぞ」
俺はスローンに振り返り告げる。
「はい、僕も片付いたら直ぐに向かいます! あ、あと……」
「ん?」
「リヴァイアは天界城の一階奥、監禁部屋にいます」
「……分かった!」
俺が強く頷くと、スローンは安心しきった柔らかい表情に変わる。
俺はセラフィーに目で『行くか』と合図し、それを承諾するように無言で頷く。
「スローン、少しだけ伝言を頼んでも宜しいですか?」
「え、あ、はい!」
セラフィーは耳打ちで言う事なく、真正面から伝言を伝えているのでその内容が俺の耳にも届いてしまう。
「……分かりました。必ず伝えておきます」
「ええ、ありがとうございます」
「俺からも宜しく伝えておいてくれ」
「分かった」
セラフィーは用件を終えると、コンビニの入退店まで歩き出す。
俺もその一歩後ろの距離で付いていく。
直ぐに跳べるよう、翼を広げる準備をしておく。
ドアのセンサーが感知する手前、ドアのガラス面に俺の背後が映り出している。
何も言葉を発する事なく、深々と頭を下げている姿だ。
それはセラフィーに向けての事だろうと思いつつも、その方向は俺とセラフィーの丁度真ん中に向けている。
俺はそれを見て、思わず笑みが溢れてしまう。
(フッ、リヴァイアには合っているかもな……)
コンビニの外に出ると俺とセラフィーは翼を大きく広げ、急いで天魔郷に向かって翔んで行く。
深々と頭を下げていたスローンは元の位置まで正すと、今は誰もいないドアの外をじっと見つめた後、瞳を閉じて独り言のようにボソッと呟く。
「お願いしますっ。ルシフェル、セラフィー様……」
とある深夜コンビニ内のレジ前で気怠そうにお客様を迎えいれる言葉を発する男女二人がいた。
「いらっしゃいませー」
そう、ルシフェルとセラフィーだ。
俺達は今、人間界の労働の一つである、『アルバイト』と言うものに労を期している。
「……眠い」
「……そうですね。生活リズムが狂いつつあります」
言うと、二人は同時に至極眠たそうに大きな欠伸をする。
それもそのはずで、普段はこの時間であれば寝ている。
だが仕事であれば否が応でも出向かなければならない。
なら朝や夕方を狙うべきだったのでは? と思うが、同じ時間働くなら時給が高い方が得して良かろうという、なんとも安直な考えに至ってしまい深夜を選んだ。
働いてみて、空きがあるのも納得がしてきた感じがする。
そもそも何故、このような状況になっているかというと、それはちょっとした好奇心から来たものだった。
別に金銭的余裕がないわけではない。
人間界で生き抜いて行くうえに必要なお金。
それを得るには働かないといけない。
俺達が手にしたお金は賞金が課せられていた指名手配人を捕獲した事により得た物。
特に苦労を課して得たわけではない。
だから、働いてお金を得るという事がどれ程の物なのか、どれだけの価値があるのか、どんな苦労を虐げられるのか、それを体験してみたかったのだ。
俺達は新人という事もあり、今は二つあるレジにそれぞれ俺とセラフィーが立ってお客様の対応を任せられているが、もう一人このコンビニの責任者である一般男性が指導役としてお供されている。
とはいえ、作業自体は然程難しくはなかった。
レジの対応、商品の補充、器具の清掃といった単純作業が俺達の仕事。
二日が経った今、俺とセラフィーは仕事を完全にマスターしていた。
「いやー、二人共仕事覚えるの早いねー。おじさん、かれこれ三〇年近くこの仕事に就いてるけど、こんなに出来の良い人を見た事ないよ」
関心関心と呟きながら二回頷く責任者。
「はぁ……」
こんな簡単な事出来て当然だろうと何処か拍子抜けのような溜息を就いてしまったルシフェル。
それでも、人間基準で見ると凄い方らしい。
人間共はバカなのか? と一人内心呟いていると、責任者は続ける。
「これまでの奴らといえば、叱れば直ぐ辞めるし、褒めれば調子に乗るで大変だったんだ」
過去を思い出すように語り出す責任者は何処か苦そうな表情をしている。
今回のように深夜アルバイトの枠が二人空いているという事は、これまで採用して来た深夜メンバーはロクでもなかったのだろう。
そんな苦い表情は俺たちに向ける時には消えていて、今は嬉しそうな表情をしている。
「でも、今は嬉しいよ。こんなにも優秀な人が二人も入って来てくれたんだからね。まるで神が降りて来たような感覚だよ」
神、という言葉を発せられ思わず二人はドキッとしてしまう。
すると、責任者は俺達から視線を外し、誰もいない入り口に目を向ける。
そんな責任者の目は明後日の方向を見ていて何処か懐かしむようだった。
「これで、ようやく家族との時間を過ごせるかな……」
それは誰かに向けた言葉ではなく、独り言のようにボソっと呟かれる。
今、店内にはお客さんは誰一人おらず、そんなボソッとした声も嫌でも耳に届いてしまう。
「……これまで、家族と過ごせなかったのですか?」
聞いたのはセラフィーだった。
「まあな。人手が足りない以上、誰かが代わりに出ないといけない。仕方が無いんだ」
責任者は吹っ切れたように告げる。
「それが、責任者の役目だ」
「……」
まるで決め台詞のように爽やかな笑顔を向けて来た責任者は、自分の立場というものを重々理解し、筋を通しながら職務を全うしているように感じて思わず見惚れそうになってしまう。
そんな責任者の言葉を聞いたセラフィーは、何処か心配そうな目をしながら口を開く。
「それって、どうなのですか?」
「どう、とは?」
責任者はセラフィーの言葉の意図を理解出来なかったようで、聞き返す。
「家族を養う為に、支えになる為に働いているわけですよね? でも、それが家族との時間を失っている原因にもなっているようにも感じるのですが……」
「……全く、その通りだな」
「なら、何故……」
責任者は足元を見るように俯く。
その表情は暗い。
「さっきも言ったろ、仕方が無いんだ。俺が就いている職務というのはそういう役なんだ。代わりはいねぇ」
「でも––––––」
「本当は嫌さ。このまま仕事漬けで家族との時間もロクに過ごせないで一生を終えるなんてな。でも、仕方が無い……仕方が無いんだ」
観念したかのように、諦めたかのように薄い笑みを浮かべる。
「この世界はハッキリ言って偽りだらけだ。平等社会だの働き改革だの綺麗な言葉を表面上に取り繕っているが、中身はスッカスカなんだからな」
俺達も何処か心当たりがある気がして、黙り込んでしまう。
「結局は理想論であって、実際に実現する事は無理なのさ」
「…………」
責任者が話終えると、何処か重い空気に移り変わる。
本来なら何か言葉を返した方が気を誤魔化す事は出来るのだろうが、まるで俺達が現実を見せられている気がして言葉が思いつかなかった。
「ま、あれこれ文句は言ったものの、俺は別に今の仕事は嫌いじゃねぇんだ」
重い空気を払拭するかのように、前向きな言葉を発する責任者。
それに思わず問いかける。
「どうしてですか?」
「責任者っていうのは、従業員全員の責任を負うポジション。それはつまり、みんなの前を歩いているという事だ」
「みんなの、前を……」
「もちろん、責任を負うような事件が起きないに越した事はねぇ。だが万が一起きた時、他の誰かのせいにしたり、責めたり、責任を取ってもらう事なく、代わりに全部俺が引き受けて、犠牲になって、笑い話にして終わらせる。そんな自己犠牲な人生も、俺は悪くないと思ってる」
「自己犠牲……ですか」
「言葉のイメージは悪いが、それで誰かを救えるのなら俺は嫌いじゃないぜ」
「…………」
言い終えると、責任者は店内に設置されてある時計に目をやる。
釣られて俺達も時計に目を向けると、時刻は丁度0時を回っていた。
「じゃあ俺、上がっても大丈夫か? 今日は客も少ないし、やる事は普段と変わらないから二人でも大丈夫だと思うし。もし、何かあったら俺の携帯に電話してくれ。ここから家近いから、場合によっては直ぐに向かう」
「分かりました」
俺とセラフィーは嫌な顔をする事なく、すんなりと引き受ける。
正直、仕事をマスターした俺とセラフィーがいればイレギュラーな事が起きない限りは仕事の事で困ることは無い。
仮にイレギュラーな事が起こったとしても、責任者に電話すれば何とかなる。
何の問題も無い。
「じゃ、お疲れ様―」
「お疲れ様でした」
仕事から上がる責任者に挨拶し、それを見送る。
数分足らずで着替え終え、ルンルンとした雰囲気でコンビニから退出する責任者。
「なんだか、凄く嬉しそうな感じだったな」
「それだけ、今まで仕事に縛られて来たのでしょう」
「……自己犠牲ねぇ。本人が良いならとやかく言うつもりはないが、あの雰囲気からして、相当我慢を強いられたに違いないな」
「……そうですね」
自己犠牲で誰かを救える。
それは堕天使の襲撃の時に、俺も思った事があった。
真っ向勝負で勝ち目が無いのなら、誰かが犠牲になって無理やり隙を作らせ、そこを突く。
その誰かは、俺だ。
被害が一人で済むのならば、それは正しい選択のようにも思ってしまったから。
さっき、責任者というのはみんなの前を歩いている事だと言った。
それは俺達、『王』にも当てはまっているように感じた。
みんなの上に立ち、絶対の権限を持つ王は未来に向けて重要な選択や判断、行動を必要とする時が必ず訪れる。
俺達は神でありながらも、未来予知の能力は残念ながら持ち合わせていない。
そういった意味では、人間と変わらない。
そして、間違える事だってある。
もしかしたら、俺達は既に間違っているのかもしれない。
だからこそ、全責任も負う必要がある。
そんな覚悟が無いのなら、上に立つ資格は無い。
そんな当たり前の事を、微かに忘れかけていた事を、王として改めて肝に命じた。
そして、やっぱり人間はバカだと思った。
★
責任者が帰ってから一時間が経った。
店内は相変わらず静かな雰囲気で覆われている。
客は一人もおらず、業者も来る時間ではない。
だからゴミ拾いや汚れている器具の掃除をしようとしたのだが、どこも綺麗で作業をする程ではなかった。
綺麗好きの人が普段から気にかけて掃除しているのだろう。
ここまで来ると潔癖症のようにも感じるが、それでも感謝の心は忘れない。
とりあえず今はお客様が来た時すぐ対応出来るようレジ前で待機しているのが得策だろう。
ただ沈黙で突っ立っているのも居心地が悪いので俺達はそれぞれレジ前に立ちながら、これからの話をする事にした。
「なぁ、セラフィー」
セラフィーは少しだけ眠いのか、一つ遅れて返事を返す。
「はい、なんでしょう」
「……天魔郷の事なんだけど、何か良い案は思い付いたか?」
具体的な内容を言わなくてもセラフィーは何を指しているのかを察する。
「……まだ、何も……」
「そうか」
少しだけ期待して問いたものの、セラフィーもまだ分からないようだ。
天使と悪魔が仲良くなれる方法……そんな方法、存在するのだろうか。
これだけ長く争いを続けてきた俺達だ。一筋縄ではいかない事は覚悟していた。
覚悟していたはずなのだが、いざ考えてみると何も良案は思い浮かばない。
一つ、また一つと自分の中で案自体は思い浮かぶのだが、冷静になって考えてみるとどれも穴だらけで自己解決してしまう。
そんな中でも一番現実的で実行しやすい方法があるとすれば、天魔郷にいる全員に向けて俺達が演説じみた事を公表する事だろう。
天使と悪魔、各々の王がそういうのなら、仕方なく納得する者もいるかもしれない。
表には出さないだけで、俺達のように心の中では仲良くしたいという者もいるかもしれない。
仮にそれが大勢であればあるほど、効果は抜群だ。
同じ想いを持つ集団の中に混ざれば、否が応でも納得せざるを得なくなる。
基本的に生き物は孤立するのを嫌うからだ。
納得出来ない事でも、数の暴力には屈服するしかない。
だがその分、リスクも大きい。
正の方向があるなら、負の方向もある。
もし、賛同する者が少なければ事態は悪化する可能性もあるし、みんなが思っているルシフェルやセラフィーのイメージにズレが生じた場合、不審がられ信頼を失い、尊厳を保てなくなる事もある。
そうなっては最悪の場合、王の座を降りなければならない。
こうなってしまえば、俺達の夢を実現する事はより困難になる。
これは一か八かの賭けでもあるので、それを軽々と実行に移すのは大いに危険と見える。
だから実質、俺が思い浮かぶ案は何も無い。
「まぁ、この問題を解決するのは難しいよな。俺も何も思い浮かばない」
「そうですね。……過去の争いが原因で命を落とした者もいますから、その怨念や復讐心が強く残っている者もいるでしょうし」
昔、天使と悪魔の少数争いで互いに命を落とした者がいるという事実がある。
どちらが悪いとか水掛け論をして、気付いたら感情に身を任せていて、仇を取るかの如く、復讐心を宿す者も現れてしまっていた。
その黒い炎は今も心の底に蟠っていて、目的を達成するまでは消える事はないだろう。
そんな想いを宿している者に、仲良くやろうなんて急に言われても納得出来る筈がない。
仮に殺したそいつが罪を死で償えば直ぐに解決が出来るとしても、俺達はそんな展開を望んでいない。天界だけに。はい、申し訳ない。
そう考えると、やはり俺の案は無いに等しい。
天魔郷が平和に、幸せに暮らすには全員が納得出来る形でなければならない。
非常に難解だ。
全員が納得だなんて……。
そんなのは所詮、理想論なのかもしれない。
表面上だけ綺麗に取り繕い、中身はスッカスカ。
そんな世界を作ったとして、俺はどう責任を取るつもりなのだろうか。
考えれば考えるほど、余計に分からなくなってくる。
光一つない暗闇の世界で前も後ろも、左も右も分からない状態で彷徨い続ける感覚だ。
そんな状態で答えが見つかる筈もない。
それでも自らその世界に沈み込んで行くように気は遠くなっていく。
その時、コンビのドアが開かれる。
ドアが開かれると、店内にはコンビニ特有のリズミカルな音楽が鳴り、直ぐに止む。
音に反応した俺達は無意識に音の出所に顔を向け、挨拶の言葉を向ける。
「いらっしゃいませー」
来店してきたのは見た感じチャラチャラしてそうな、いわゆるチンピラ集団。
人数は五人で、全員ドクロマークが入った革ジャンに少しダボっとしているジャージ、靴はクロックスを合わせている。
金髪に赤髪、バリカンやオールバックといった十人十色が合いそうな特徴を各々で持ちわせている。
さっきまで静かだった空間も、チンピラの来店によって賑やかになりつつある。というか、うるさい程である。
弱い奴ほど良く吠えるとは言ったもので、まさにこいつらにぴったりな言葉であった。
「俺この前、学校で隠れてタバコ吸ってたらセンコーに見つかっちゃってよー。謹慎処分になっちまってさー!」
「マジで!? はっはっは! こいつバカだわー!」
「俺なんてこないだ、下校中バイクで爆走してたら警察に捕まっちってよー!」
「うわー! こいつアホだー!」
「うっせーよ! お前らも一緒にやっていただろうが、カッカッカ!!」
「ハッハッハッ!」
自らの悪行を自慢げに、誇らしげに暴露し始めるチンピラ達。
(うるせー……)
それが率直な感想。
ただ騒ぎたい為だけに、自分を高く見せる為に道を踏み外した俺ちょーカッケー! と自分だけではなく周囲にも見せしめ、自分が他の奴らとはレベルが違うんだぞと、そんな中二病にも似たように認められたい一心で言っているかのようだった。
実にくだらん。年齢だけが重っているだけで中身は餓鬼のまま。
結局は一人で何も出来ない弱者の集まり。
(ああいうのは、人の上に立つ資格がないな)
チンピラ集団を一瞥したルシフェルは勉強になったと自分の中で納得する。
すると、ちょいちょいと裾が引かれる。
振り向いた先にはセラフィーが困ったように可弱しい顔つきでブルブルと震えていた。
「どうした?」
「私、あのような人達苦手です」
「……そっか。天界にはあんなチンピラはいないもんな」
「魔界にもいないのでは?」
「ふむ……確かにいないな。俺が知る限りでは」
「少なくとも、ルシフェルはあのような感じではありませんよ」
「そうか。それは良かった」
聞かれたら答えようとするものの、自ら自慢気に話す事は絶対しない。
「なら、レジは俺の方でやるからセラフィーは休憩に入っていいぞ」
「え、そんな。私も手伝いますよ」
「大丈夫だ。あの人数なら直ぐに片付けられる。それに、苦手って知ったうえでやらせるのも気が引けるし」
セラフィーは言葉に詰まり、渋々従う事にした。
「……ありがとうございます。では、お願いします」
「おう、任せとけ」
軽く手を上げて了解と行ってらっしゃいの両方の意味を込めてセラフィーに向ける。
それを見たセラフィーも軽くお辞儀をした後、スタスタと休憩室に向かって行く。
––––––その時だった。
「へい、そこのお嬢ちゃん」
「えっ?」
セラフィーの行き先を阻むように現れたチンピラ達。
声を掛けられるとは思わなかったのか、セラフィーはビクッと跳ね上がった後、恐る恐る視線を合わせる。
「うひょー! 本当だ! めっっちゃ可愛いじゃん!」
「お嬢ちゃん、もしかして休憩? 仕事なんかバックれてさぁ、俺達と遊ばね?」
チンピラの中でも中心役と思われるような高身長で堅いが良い二人がセラフィーを挟んで誘い出そうとしている。
いわゆるナンパだ。
セラフィーはこのような時にどう対応するべきなのか分からず、あたふたしながら必死に言葉を考えている。
そんなセラフィーを見て断れる事は承知であったのか、言葉が発せられる前に二人はセラフィーの腕をそれぞれ強引に掴んで、連れてこうとする。
チンピラは五人いるが、買い物かごは一人が持っている。
そこから推測するに、会計は任せるつもりなのだろう。
五人で来たとはいえ、わざわざ全員がレジに並ぶ必要はない。
建て替えておく方法だってある。
「じゃ、俺ら先にこの子と車で待機してっから。帰ったら金払うから適当にジャンキーな物買っておいてくれ。あ、揚げ鳥二つは絶対な!」
「俺はお前らのセンスに任せる!」
二人はそういうと、セラフィーを連れて外に出ようと歩み出す。
「––––––待て」
怒りを含んだその声に反応した二人は足を止める。
二人だけではなく、チンピラ全員が声の発生元である俺に身体ごと向け始める。
楽しい時間を制止させられた事に、二人は機嫌が悪そうだ。
「あ? 誰だお前?」
「それはこっちの台詞だ。彼女嫌がっているだろ、離してやれ」
「はっ、偉そうに!」
「まあ、偉いからな」
すると、今度はチンピラの中で最も雑魚そうな奴が口を開く。
「……おいガキ、口には気をつけた方がいいぜ? ここ地元じゃあ、俺達は喧嘩で屈指の実力を持つ程有名なんだからよ」
「ふーん、所詮は狭い世界でしか名を広める事しか出来ない、雑魚の集まり、という事で間違いないか?」
腕を組みながら嘲笑ううルシフェルの態度を見て、苛立ちを抑えきれないでいるチンピラ達。
「て、てめぇ……!」
拳をプルプルと震えている事から、これから何が起ころうとするのか一目で分かった。
だが、ここは店内。
争いをするのには適していない。
乱闘騒ぎの末、商品がぶつかって散らかしたり、他に来店してきたお客様に見つかればクレーム、場合によっては警察を呼ばれるかもしれない。
防犯カメラだってある。
そうなっては、責任者にも迷惑が掛かってしまう。
だから争いをするならば、あくまでも俺個人として喧嘩を買い、従業員には迷惑を掛けないようにする必要がある。
全ては俺が責任を負うような形を作る必要がある。
「まあ待て待て、喧嘩するなら外でやろうぜ。その方がお前らにとっても都合がいいだろう?」
チンピラ達も後先の事を考える素振りを見せた後、納得したのかセラフィーの腕を離して外に移ろうとし始める。
「大した度胸だ。……後悔するなよ」
「お前がな」
「……っ!」
そう言い返すと、勘に触れたのか、怒りに任せた力み具合で額や首、拳には血管が浮かび上がっている。
それに応じるかのように、ゴツゴツとした太い骨とモリモリとした筋肉が主張し始める。
ゴツゴツ♪ モリモリ♪ みんな、ゴツイよ♪ はい、すいません。
だてに大口叩く事だけあってか、それなりに体は鍛えているのが分かった。
まあ、それだけだが。
「……ルシフェルっ」
「悪いな。少しの間、レジを頼む」
「う、うん……」
俺はコンビニの制服を脱ぎ、セラフィーに渡す。
その後、俺はチンピラ達に人差し指でひょいひょいと煽り、付いてこいと指示を向ける。
それを見て、油に火を注ぐかのようにチンピラ達の怒りは更に炎上している事が顔の更なる険しい表情を見て分かった。
怒りや不満の口はしないものの、その怒りを喧嘩の為に溜め込んで取っておいているかのようだ。
それを見て鼻で笑った後、俺は自分の性格の悪さから来る悩みに悩んでいた。
(さて、どう遊んでやろうか……)
★
俺はコンビニの裏方にある空き部屋へとチンピラ達を誘導する。
そこは鉄骨で建てられていて、中に入るとチラホラと大きな木材や壊れているのか、クレーンやドリルといった道具などが置かれている。
そんなスペースを気にも留めないほど中は広く、声を上げれば全体に響き渡る。
外に比べて中は少しだけ空気が冷んやりとしている。
その為か、俺の温度も下がった気がした。
「さあ、着いたぞ。ここなら人通りはほぼ無いし、お前達お得意の喧嘩が存分に披露することが出来るぞ?」
「はっ、自ら退路を経つなんて馬鹿じゃねぇのお前? 一人で俺達に勝つつもりかよ?」
「だから喧嘩を買ったんだよ。馬鹿じゃねぇのお前?」
「ぐぬっ……てんめぇ、調子に乗るのもいい加減にしろやあああぁぁッッ!!」
抑えられなくなった怒りを勢いにつけて此方に走って向かってくる一人。
そいつはセラフィーの腕を掴んでいた実力がありそうなうちの一人。
俺との距離が近づいてくると利き手側の拳に力いっぱいグッと込めて、殴りにかかる構えをし始める。
「死ねえええええええ!!」
俺の顔に目掛けて拳が襲い掛かろうとする。
「遅いな」
俺はその拳をパシっと掴み抑え、動きを封じる。
「そして弱い」
「なっ!?」
止められるとは思わなかったのか、相手は驚きを隠せずに俺の抑えている手を見つめる。
怒りが込み上がっていたせいか、走って来たせいか、もしくは未だに信じられない光景にか、額からは汗が滲み出ている。
「く、くそっ!」
相手は力任せに俺の手を強引に振り解き、一旦間合いを取る。
「おい、一つ確認させてくれ」
俺は聞いておきながらも然程興味は無さそうな目で問う。
「今の本気か? そうだとしたら拍子抜けも良いところなんだが……」
その安い挑発に相手は我慢出来ず更に怒りを覚え、血管や筋肉の主張が僅かに上がった。気がする。
「……殺す。……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 殺すうぅぅッッッ!!」
「ハッ、やってみな」
すると外野のチンピラが恐怖まじりにボソッと呟く。
「おい、あれマジでヤバイんじゃね?」
「あんなにキレてるの初めて見た」
「あいつ、殺されるぞ?」
「もう俺達じゃ止められねーよ」
本当に殺すんじゃないか、誰も止められないんじゃないかという不安と恐怖が混ざりあった暗い顔をしながらヤバイヤバイと吠え始める。
普段は悪さをしている俺カッケー! って自慢気に誇らし気に語っていたくせに命の危険が関わると直ぐにコレか。
取り返しが付かなくなるリスクが関わる時は人が変わったように心配して弱者気取りとはな。
やはり弱者だったか。
まぁでも、台詞からしてこいつが最も実力があるというのが分かった。
つまり、俺を楽しませてくれる可能性がるのはこいつのみ。
次はどうするのかと少しだけ楽しみを胸に秘めながら、相手の動きを観察する。
すると、相手は近くに落ちていた鉈に向かって進み、手にし始める。
どうやら武器を使って挑むらしい。
己の一撃を意図も容易く受け止められた事に、素手では勝てないと実感したのだろう。
素手で勝てないのなら武器を使うまで。
悪くない考えだ。
たった一撃でそこまで分析出来た事にチンピラでありながらも少々関心してしまう。
たまたま目に入っただけという可能性もあるが、それでも武器を手にしてまで俺に一矢報いてやりたいという、その執念は認めよう。
だから、もっと怒りを、憎しみを最大限まで高め、それを俺にぶつけてくるのだ。
「……殺す」
「そうだな、武器を使えば殺せるかもな、んじゃ、第二ラウンド開始という事で」
馬鹿にした口調を向けた瞬間、相手の眉はピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。
上手く挑発に乗ってくれた証拠だ。
もう、良いだろう。底上げの後押しは。
後はこいつの実力に委ねられる。
それでも俺が楽しめなかったのなら、こいつの実力はその程度という事。
俺は期待半分、諦め半分の気持ちで相手の攻撃を迎い入れる。
大きく素早く振りかざしてくる鉈を俺は何度も軽々と躱していく。
相手は何度も何度も攻撃してくるが、俺には擦りもしない。
それでイライラしているのか、いつの間にか攻撃は雑になっていき、疲れてきたのか、モーションも徐々に遅くなっているのを感じた。
「……つまらん」
「!」
俺は鉈を振りかざしてきた手を掴み、そのまま相手の腹に蹴りを入れる。
その蹴られた勢いで外野のチンピラ達の元まで吹っ飛んでいくも、それを受け止めようとチンピラ達は反射的に受け止める体勢を取り始めるが、その勢いに押され壁にぶつかり衝撃が走る。
「ぐあ!」
全員、俺にひれ伏すかのように倒れ込む姿は実に気分が良かった。
最初は甘く見られ勝利も当然かのように威勢が良かったこいつらは、己の実力を測り違い、錯覚し、憶測だけで判断した。
戦いにおいて見た目など関係ない。
強い者は強いし、弱い者は弱い。
今この場では俺が強く、こいつらは弱い。
結果がそれを証明してくれている。
集団で掛かって来ても結果は変わらない。
それぐらいこいつらは雑魚で、弱者で、貧弱で…………何より、セラフィーに手を出した。
何の罪も無いのに、己の欲望を満たす為だけに、まるで道具として扱うかのように。
「…………」
これは黙って、ただで済ませるわけにはいかない。
悪魔として……いや、神として。
悪罰を下してやらねば。
「……お前らに一つだけ質問する」
俺は人差し指を立て、不適な笑みで相手に問う。
「もし、自分より明らかに弱い奴が理不尽に襲い掛かって来たらどう対処する?」
たわいもない質問に相手は考える素振りをする事なく答える。
「へっ、そんなの決まってんだろ」
先程、俺が戦っていた奴が重たそうな腰をゆっくりと起こしながら、確かな意志を宿した強い眼で俺を睨みつける。
「返り討ちだよ」
その返答を聞いた俺は、聞いてしまった俺は、少しだけ間を置いた後、満開な不適な笑みを浮かべながら人差し指を相手に向けて答える。
「正解」
––––––ブシュッ。
鈍い破裂音が響く。
風船が破裂した音と全く正反対の重たく、低く、聞き慣れない破裂音。
その破裂音は何なのか、心当たりが無いはずなのに何故か良からぬ方へと連想させてしまう。
グロテスクな、何かとか。
それは例えるなら……トマト。トマトだ。
握り潰した時に発生するブシュっとした音、熟熟としヌルっとした感触、水しぶきのように吹き上げる赤い水分。
まさにそれだ。
あいつの頭が破裂した表現にピッタリだ。
うむ、我ながら流石だ。
「う……うぅ……うわああああああああああああああああああああっッッ!!」
外野の四人が身を縮こめさせながら震え、恐怖と絶望が混ざりあった良い顔をしていた。
ジリジリとほんのちょっとずつ後退りしながらも、未だに信じ難い目の前の光景に目を奪われてしまい、まるで金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
「ふむ、人間相手だと破裂するのか。天魔郷の奴だとそうはならんのだがな」
顎に手を当て、なるほど勉強になったと素振りを見せる。
ルシフェルはチンピラ達と違い、そんな光景を見ても眉一つ動かす事なく平静で冷静でいる。
「お、お前っ……お前がやった、のか?」
口元は痙攣を起こしているかのようにブルブルと震えており、それに合わせるかのように歯もカチカチと音を立てている。
そのせいか、歯切れが悪い。
「違う、俺じゃない…………って言ったら、どうする?」
「お、お、おおお前しかいないだろ!!」
恐怖に打ち勝とうと、声を出来るだけ荒げていた。
––––––スパッ。
今度は鋭くて切れ味の良さそうな音が鳴る。
その音は繊細で細くて、思わず聞き逃してしまう程小さい。
あまりの速さで切った為か、五秒程の時間差で切り込み部分から血がピッと跳ねたと思ったら、その勢いに乗るかのようにブシャっと血飛沫が放たれる。
その後、ゆっくりと流れるように首が足元にボトンと落下する。
落下する直前、残り三人は気持ち悪がるようにその場から大きく距離を離れてしまい、落下する所を見送っていた。
「ヒ、ヒィィッ!!」
「おいおい、ちゃんとキャッチしてやれよ。仲間なんだろ?」
ルシフェルは最早、この状況を遊んでいた。
「残り三人か……」
続いてルシフェルは立て続けに、ドスッドスッと相手の顔や腹部を殴り続け、全身の骨を複雑骨折させ撲殺。
次に相手の手先足先に黒炎を纏わせ、ジュージューとジワジワと溶け焼かしていき、最終的に焼死体とさせてしまう。
「残るはお前だけだな」
この時のルシフェルの眼に光は宿してなどいない。
ただ罰を下し、相手が苦しみながら命を絶っていく姿を純粋に楽しんでいる。
ルシフェルの頭の中には、それしかない。
今だって、次はどんな風にして殺してやろうかという道楽で、遊び感覚で相手を玩んでいる。
この時のルシフェルは最近と違い、まさに種族の名に恥じぬ王としての風格が鮮明に現れていた。
「あぁ……あ、悪魔だ……」
体はガタガタと小刻みに震え、目は瞳孔が開き、腰が抜けてしまったのか立ち上がる事が出来ないでいる。
「ほう、良く気づいたな。––––––そう、俺は悪魔だ!」
ルシフェルの体に邪悪で不気味な黒いオーラが滲み出る。
別に見せつけようとしたわけじゃない。
これから更なる恐怖を味わせてやろうという意思表示だ。
「さて、最後に残ったご褒美としてお前には、先程の効果音を同時に味わわせてやろう」
「そ、それだけはっ、勘弁して下さいッッッ!!」
「何を怯える必要がある。こんな体験滅多に出来ないのだぞ? あの世でそ奴らに自慢するといい」
「お、おおおおお助けをおおおおおおお!!」
「では、料理を始めようか……」
ルシフェルは邪悪なオーラを収めることなく、一歩……また一歩とゆっくりと歩み寄る。
不適な笑みは崩さず、目は笑っているようで笑っていない。
細くて鋭い瞳の奥には淡く黒い怒りの炎が宿っている。
邪魔をする者には『絶望』を『死』を。
命の大切など知ったこっちゃない。
そんな輩は生きるに値しない。
だから、除去しなければならない。
それはセラフィーの為でもあり、自身の為でもある。
平和を乱すものには地獄を。
これは天界と魔界、いわば天魔郷にとっても必要な施しなのかもしれない。
光が指すところには影があるように、平和と地獄も表裏一体の因果関係なのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら……。
「礼を言うぞ、人間。お前達のお陰で、平和へのヒントを得る事が出来た。だからそのお礼に––––––一瞬で楽にさせてやる」
初めは直ぐに殺さず、じっくりと痛めつけるように、拷問をかけるかのようにし、悲痛にも似た悲鳴と、恐怖に似た絶望を眺めようと刑を決めていたものの、ヒントを得られた事による気分の高揚がルシフェルの怒りが和らいだ事により決案をシフト変更する。
「そういうわけで、お前は用済みだ。早くお友達の元へ行き、これからも仲良くするんだぞ?」
言うと、ルシフェルは人差し指を相手の顔に向ける。
その構えを見ただけで、相手はこれから自分がどういう風に殺されるのか予測してしまう。
恐怖は最大限まで増し、ガタガタと震える動きも最大限まで増し、いつの間にか座り込んでいる所から水が徐々に広がるように尿漏れもしていた。
これから自分も、トマトのように潰される。
隣で赤い水分を撒き散らしながらうつ伏せで死んでいる友達を見て確信へと変わる。
その後、ギギギと首をぎこちなくルシフェルに向けると、思わず微笑を浮かべている悪魔の王と目が合ってしまう。
そして、ルシフェルは一言放つ。
「じゃあな」
グッと目を堪える相手。
言葉の後には死を覚悟をしていた筈なのに、まだ死んでいない事に疑問に思ってしまった。
それもそのはず。
自分の目の前でルシフェルの攻撃を上手く受け流した者が現れたから。
「……ほぉ。これは珍しいお客様だ」
それはリヴァイアの見た目と同じく幼い少年。
サラサラの薄い金髪でマッシュヘア、小さな顔立ちでパーツが整っており、女子から可愛がられるような存在に見える。
「第三使徒……スローン」
★
ルシフェルの前に突如現れた天界において三番目の実力を誇る、第三使徒スローン。
ルシフェルの攻撃を防いだのを見て、殺されかけていたチンピラの一人は愕然としている。
スローンはこの状況を冷静に分析した後、チンピラに告げる。
「君はここから逃げて。出来るだけ遠くに」
「えっ、で、でもっ」
「僕なら心配はいらない。さ、早く」
「あ、ありがとうございますッッッ!!」
重い足を無理やり立たせ、喚き散らしながらこの場を去って行ったチンピラ。
四人分の死体とその血飛沫が散乱しているこの地獄絵図とも言える場に残されたルシフェルとスローン。
今は互いに怪奇な場面と感じているのか、両者口を開かず瞳の奥を見るように見つめ合っている。
暫く経つと、その沈黙を顔が強張っているスローンが破った。
「邪悪なオーラを感じて来てみれば……これは一体、どういう事なんだい? ルシフェル」
「どうもこうも、制裁を加えてやっただけだ」
ルシフェルは涼しげな顔で平然と答える。
「……制裁? 何があったのか知らないけど、人間相手にこれはやりすぎなんじゃないの?」
「それ程、こいつらは俺を怒らせたんだ」
「……一体こいつらが、何したっていうのさ」
「……セラフィーに手を出しやがったんだ」
「!!」
意外な回答であった為、スローンは瞳孔を開きながら驚きの顔をしている。
「君が……セラフィーの敵討ちをしたって事?」
「まあ、そんなところだ」
「…………」
それを聞いたスローンは自身の足元を見つめるように俯く。
何か思い返すように瞳を閉じた後、ゆっくりと瞳が開かれる。
「やっぱり、リヴァイアの言っていた事は本当だったんだね……」
「!」
リヴァイアの言葉を耳にした瞬間、平然としていたルシフェルの眉がピクッと反応し、顔を訝しげる。
「……何故、リヴァイアが出てくる」
リヴァイアは基本的に天界の者達と馴れ合いなどしない。
悪魔達に害を及ぼす敵という認識が強いからだ。
現状、唯一天界の者達と仲が良いとすればセラフィーだけ。
スローンの台詞からして、こいつはリヴァイアと何か接点があったに違いない。
「……リヴァイアは今、天界に人質として囚われているんだ」
スローンの言葉が言い終えた瞬間、ルシフェルは凄まじい勢いでスローンまで向かって行き、首を掴んでそのまま壁にぶち当てる。
「がはっ」
急に首を掴まれ呼吸のリズムが乱れた事によるものか、壁に背中が強打し悲痛を発したものによるか分からない。
スローンの首をギシギシと強く締めていながらも、聞くべき事を聞くまでは殺すわけにはいかないという思いがあり、力の加減を調整していた。
それでもスローンはその手から逃れる事が出来ず、両手で首を締めているルシフェルの手を宙に浮かびながらも解こうと必死に抵抗している。
「言え。リヴァイアに何があった?」
「いう、から……はな……」
思わず感情の赴くまま動いてしまい、この状況を作ってしまっていた事に冷静になって気づくルシフェル。
ルシフェルとスローンの実力は一目瞭然。
事と状況によってはスローンを倒し、人質にする事も可能だ。
そうなれば今は不利である状況の魔界も天界と同じく優位に立つ事も出来る。
セラフィーを待たせている事もある為、スムーズに話を進める事が最優先。
その後の対応はそれからだ。
俺はパッと首を掴んでいた手を離し、スローンを苦しみから解放させる。
その反動でか、ゲホッゲホッと咽せるスローン。呼吸を取り戻し、落ち着きを取り戻す。
その後、ゆっくりと立ち上がり、先程まで不安に満ちていた眼も、今は揺るがないしっかりとした強い眼に変わっている。
「先ず誤解がないよう、俺とリヴァイアが出会った所から話させてもらうぞ?」
「いいだろう」
掴まれていた首元を優しくさすりながら問いかけるスローンに対し、微笑を浮かべながら僅かに頷くルシフェル。
そしてスローンは、川辺で落ち込んでいたリヴァイアと会った所から話し始めた。
★
「……なるほど。それで、リヴァイアの代わりに伝えに来たと」
「そうだ」
スローンから聞いた話で驚きを隠せぬキーワードとなったのは、『禁忌魔法』だった。
それも、天界と魔界の両方で実行を計画している事も驚きの要因であろう。
実行日も数式も同じ。
ただ違う点があるとすれば、人質を取らられているという事。
「––––––で? ケルビムはリヴァイアをどうするつもりなんだ?」
そう問われたスローンは険しい顔に変わり答える。
「……真意は分からないけど、純粋に天界が優位に事を運びやすくする為の人質だと思う」
「ふむ」
その返答が返ってくる事は何となく予想していたルシフェル。
もし魔界側が計画を邪魔してくるようであれば、リヴァイアの命はないという風に利用するのであろう。
仲間でもあり、家族同様である者の命を容易く見捨てる事は出来ない。
そうなってしまっては、ただ指を加えて天界にされるがままだ。
もし大人しく禁忌魔法を喰らうようであれば魔界は消滅。
天界の夢見た、天界の者だけの世界が実現する事になる。
人質として一人残されたリヴァイアも、成す術なく利用されるか、その後命を奪われる、もしくは自ら命を経つ事になるかもしれないな。
「実行日から逆算して、もう準備に取り掛かっているのか?」
「僕はその前に人間界に降りてルシフェルとセラフィー様を探しに行ってしまったから、現状は……分からない。だから、これを止めるにはっ––––––」
スローンはリヴァイアと会った次の昼頃に、天魔郷を抜け人間界に降りてルシフェル達を探しに行ったのだ。
リヴァイアの意志を継いで。
「王の権限が譲渡されているのがそもそもの原因。だから早急に戻り、権限を取り戻すしか方法はないだろう」
スローンもその答えに辿り着き今に到る。
あの時、リヴァイアが言おうとしたのはきっとそれだ。
「だがいいのか? スローン。俺にこんな情報を流してしまって」
改めて問われると、胸が締め付けられるように苦しくなってしまう。
もしスローンがこの事を伝えなければ、魔界は滅び、天界だけの世界になる事は確実だ。
己の種族だけの世界は、長い歴史の中でほぼ全員が願って来た事。
それを踏みにじるようなそれは、仲間を裏切っているような感覚に似ている。
僅かに口を開きかけた後、やがて重たそうに口をゆっくりと開き、覚悟を決めて強い意志で言葉をぶつける。
「僕も、天使と悪魔が仲良くなる世界を実現させたい!」
「……それも、リヴァイアに聞いたのか?」
ルシフェルがフッと笑みを溢すと、スローンは思わずニッとした顔になる。
ルシフェルも同じ思いを持つ仲間が増えた事に鮮明には現れないが、喜ばしいである事を先程の表情から感じ取る事が出来た。
「では、早速セラフィーを迎えて戻る事にしよう」
ルシフェルはそう言うと、スタスタと出ていこうとする。
スローンを置いて行くように抜きさった後、ルシフェルの背中に向けて呼び止める。
「ルシフェル!」
振り返らずに、足を止める。
それを『何だ?』と問いている気がした。
「……お前を怒らせた原因って……」
五秒程沈黙した後、ルシフェルはそのまま答える。
「仲間に手を出したから。それ以外に理由はねぇ……」
「仲間、ねぇ……」
やれやれ、一体いつの間に仲間になっていたんだがと、肩を竦めるスローン。
顔には呆れ半分、関心半分が鮮明に現れている。
けど、これで確信した。
天使と悪魔は仲良くなれる。
平和な世界が訪れる。
魔界の王が天界の王を迎いに行くって、そんなの余程の信頼関係がなければ成立しない。
もう既に、夢の実現に一歩踏み入れている。
天使と悪魔は決して水と油の関係ではない。
それを、二人が証明してくれている。
……いや、もう二人いたな。
「スローン、何ボケーっと突っ立っている。お前も一緒に来い」
振り返らずにそのまま行くのかと思いきや、スローンに振り向き声を掛けてきた事に呆気に取られてしまう。
「一緒に……か」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も」
ボソっと呟いたそれは聞かれる事はなかった。
聞かれたら聞かれたで、恥ずかしい思いになってただろうから聞かれなくて良かったかもしれない。
だからそれを、心の中で留めておく事にした。
すると、体の芯がじんわりと温まるような感覚に陥った。
そのせいか、頬には薄らと赤く染まっている。
何だか、心地よい。
本来なら許されないルシフェルの行いに、僕はそっと目を伏せた。
★
チンピラ達への悪罰が無事(?)終了し、俺のバイト先であるコンビニに歩いて戻る。
俺の半歩後ろで付いてくるスローンは、キョロキョロしながら落ち着かないでいる。
「何処に行くの?」
「すぐに分かるさ」
歩いて数分、バイト先のコンビニに着いた。
「コンビニ……?」
独り言のように呟いたスローンを置いて、俺は入り口の前に立った。
ドアが開くと、入退店時のリズミカルな音楽が流れ、暫くして鳴り止む。
そんな音楽が鳴り響いたと同時に、細くて柔らかく、聞くだけで癒されるような天使の声が俺達を迎える。
「いらっしゃいませー。あ、二人共、お帰りなさい」
「ただいま」
「セラフィー様!?」
スローンは目をパチクリさせ、まるでドッキリにかけられたかのように驚きのリアクションをしている。
ここでドッキリ大成功と書かれた立て札を上げて、『そっくりさんでした~! ガッハッハッハッ!』と嘲笑い、その後セラフィーが『何言ってんだ、こいつ』という心配そうな目で俺を見つめ、その後スローンから『どうみても本物でしょ』という痛々しい目で俺を見つめ、最後に俺が『お、おう。そうだな』と詰まったリアクションをすればオーケー。あれ? なにこれ? 立場が逆転しているじゃない! という内心遊んでいる俺を他所に、二人は何処か懐かしむように言葉を交わしている。
「どうしてここに?」
「セラフィー様が心配で探しに来たのですよー! って、なんだかリアクションが薄いですね……」
セラフィーはスローンが人間界に来る事を知らない。
スローン自身、セラフィーの驚きの様子が拝められるかと思いきや、至って冷静な対応をされ少々傷ついてしまっている様子。
それを感じ取る事が出来たのか、セラフィーは優しい微笑みを浮かべながらスローンに告げる。
「いいえ、こうして会えた事に大変嬉しいですよ。多分、リアクションが薄いのはスローンが近くにいる事に気付いたからかもしれません」
「え、バレてたんですか!?」
「はい、鮮明にオーラを感じ取れましたよ」
オーラ、という言葉に思わず思い返す。
おそらく、先程のルシフェルとの再会場面の時だろう。
スローン自身、ルシフェルと真正面で戦っても勝算はない事を重々承知で、戦う意志は鼻からなかった。
だが無意識に、ルシフェルの覇気に圧倒され、自己防衛と言わんばかりに無意識に自分でも気付かない程のオーラを出していたのかもしれない。
無意識であった為か、記憶を辿ってみてもその答えは見つからなかった。
「す、すみません!」
スローンは過ちを犯したのかと思い、頭を深く下げて謝罪の意を示す。
だがセラフィーは、気に留めない様子であたふたしながら申し訳なさそうに答える。
「え、そんなっ、謝る事なんてないですよ」
本来、人間界でオーラを出していけないという決まりはない。
オーラは俺たち『神』が技を繰り出すのにどうしても顕著になってしまうどうしようもない事で、それを人間に向けての事でも何ら違反ではない。
だから、スローンは謝る事は何一つないのだ。
そのついでとついでと言わんばかりに、セラフィーは心配そうにスローンの背中を優しく撫でる。
いいなぁ、俺もやって欲しい……。
「オーラを出したのには、何か理由があったのではないですか?」
そう質問した後、セラフィーはスローンの背中を撫でたまま、チラッと俺に視線を向け直ぐに元に戻した。
俺もそれに気付くと、思わず頭をガシガシと掻いてしまう。
それは俺が関わっている事を証明しているのと同じである事を今更後悔。
スローンは頭をゆっくりと上げ、セラフィーの目をキリッと捉える。
「はい、あのルシフェルが人間と揉めていた所を発見し、僕はまさかと思い、ルシフェルを止めに入ろうとしました」
チラッとスローンも俺の方に視線を向けた後、直ぐにセラフィーに視線を戻す。
まさかとは何だ、まさかとは。
まぁ、そのまさかだけども。
俺は先程の行いを悪魔としては別に後悔していないが、俺自身の事となるとちょっとだけ後悔している。
その事実がセラフィーに告げられると思うと、セラフィーの悲しみを含んだ怒りを簡単に想像出来てしまい、少しだけ胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまった。
そして、スローンは続きを話す。
「ただ、それは僕の思い違いで、ルシフェルは人間達に注意を促しているだけで、手出しをした痕跡は見当たりませんでした」
(……あいつ)
それを聞いたセラフィーは瞳を閉じて僅かに広角を上げる。
その表情は心なしか、何処か嬉しそうな雰囲気を感じた。
「……そうですか。それは良かったです」
良かった、か。
やはり、セラフィーは殺生を望んではいなかった。
今回はスローンの気遣いのお陰でセラフィーの悲しむ顔を見なくて済んだものの、俺は罪悪感を感じながら悲しんでしまう。
「ルシフェル」
名を呼ばれるとは思わなかった為、ドキッと体が心臓が跳ね上がる。
「ど、どうした?」
罪悪感を感じていたからか、歯切れが悪くごもっとした返事をしてしまう。
そんな俺に対し、セラフィーは俺が想像していたのと全く違う表情をし、感謝の言葉を告げてきた。
「先程は助けてくださり、ありがとうございました」
見本にもなるような眩しい笑顔と綺麗なお辞儀で感謝の意を示すセラフィー。
その感謝はお客様に言うような念とはちょっと違う、また別のもののように感じる。
その姿を目に焼き付けた後、俺も見様見真似でお辞儀を返し、感謝の意を示す。
「お、俺も、その……ありがとな」
どうだろうか、俺のお辞儀は綺麗に決まっているだろうか。
きっと汚いだろうな。
自分でも思う。セラフィーみたいに綺麗な作法ではない事を。
そして初めてだ。俺がこうして深々と頭を下げるなんて。
非常に惨めで、情けないようで、かっこ悪い姿だなぁと自負していると羞恥心が込み上がってくる。
でも、これでいい。
半分はしてやった後悔、半分はしてしまった後悔とで、何とも複雑な気分だ。
だが不思議と、してしまった後悔は一瞬で、してやった後悔の方がいつの間にか勝り、悪い気はしなくなっている。
これはやった後悔より、やらなかった後悔のと同じだ。
だから俺は、後悔しているようで後悔はしてなかった。
ちっぽけなプライドは、足枷にしかならない事を実感出来た。
魔界の者達がこの光景を見たら、どう思うんだろうなぁ。
悪魔の王が天使に頭を下げる……きっと王としての尊厳が無くなるのかもな。
それでも、やらなければならない。
こういう事が出来ないようじゃ、きっと仲良くする事なんて出来やしない。
分かち合うには、先にどちらかが誠意を示さないと始まらない。
それをやるのは、もちろん全ての責任を負う王であろう。
つまり、俺かセラフィーのどちらか。
だが、俺にも譲れないプライドはある。
こういった汚れ事は、女にやらせるわけにはいかない。
そこは見え張って、同等と男らしく引き受けるべきだ。
かっこいい、かっこ悪いなど関係ない。
ましてや、惚れている女になど。
––––––ルシフェルが頭を下げた事に驚いてしまい、二人は黙りこんでしまっている。
流石に黙ってられるのもそれはそれで精神的にくるものがあるので、なんとか言ったらどうなんだ? と悪役じみた事を内心呟いて精神を落ち着かせる。
そんな苦痛ともいえる沈黙を破ってくれたのはスローンだった。
「そんな事より、セラフィー様はどうして人間界に?」
ほほう、滅多に見れない悪魔の王ルシフェル様のお辞儀に対し、そんな事呼ばわりとは。
まぁ話をすり替えてくれたお陰で気が楽になった感じがするので、良しとしよう。
「あ~、えっとぉ……ちょっと気分転換に」
人差し指をピンと立て、笑顔を引きつりながら戸惑い気味に答える。
「それよりもですよ! セラフィー様!」
「は、はい!?」
前のめりに体を寄せ付けるスローン。
何が何だか理解出来ていない様子のセラフィーだが、言葉足りなさのせいである。
早く用件を言え、用件を。
「明日の夜、天界と魔界の両端が禁忌魔法を使って、相手を滅ぼそうとしているんですよ!」
「……禁忌魔法? ……滅す? 何でそんな事に!?」
スローンは俺に話した内容をそのまま伝える。
「……そんなっ、天魔郷でそんな事が……! それなら、早く戻りましょう!」
急ぎの雰囲気二人を他所に、俺は冷静になって現在置かれている状況を伝える。
「その前に責任者には連絡しておいた方がいいんじゃないか? 深夜は俺達以外いないし、無人にさせたら色々とヤバイだろ」
世界が危うい状況だというのに、コンビニの心配している俺って……。
いやいや、俺は責任を全うしているだけであって、何もバイト終わってから行こうぜ! って言いたいわけじゃないからね! 勘違いしないでよね!
内心女の子のボイスで呟いていると、その意図を察してくれたセラフィーが納得してくれた。
「……そうですね。非常に申し訳ないですが、責任者に連絡して代理を頼むしかありませんね」
セラフィーは気が進まない様子。
それは責任者を思っての事。
今までは代わりになる従業員がおらず、一人で深夜を担当していた。
だが優秀な俺達が加入した事により、深夜を任せる事が出来、家族との時間を過ごせる日々を送れると嬉しそうにしていた。
家族と責任者の生活リズムは正反対であるが為に、予定が噛み合わないといったところだろう。
逆に言えば、俺達がいなくなればそれも叶わなくなるという事。
互いの勝手な事情とはいえ、それでも想う部分はある。
大切な人と過ごしたくても過ごせない。
目の前に、手を伸ばせば届く距離なのに届かない感覚。
距離は縮むどころか、離れて行くような感覚。
俺にも心当たりはある。だから、責任者の気持ちを理解し、戸惑ってしまっている。
きっと、セラフィーも同じだ。
そんな幸せを手に入れようとしているのに、俺らが潰そうとしている罪悪感。
このままでは、俺が冗談で思っていた『バイト終わってから行こうぜ!』が採用されてしまう。
何処の勇者に世界の救済よりバイトを選ぶ者がいるだろうか。
だが、そんな呑気な事も言ってられない。
俺とセラフィーが頭を悩ませていると、スローンは挙手をして声を上げる。
「あの、お二人がやっている事を僕が引き受けるのって可能ですか?」
俺とセラフィーは顔を見合わせるが、互いに首を傾げてどうだろうという心情が顔に書いてあった。
「もし可能なら、その責任者と僕で引き受けます。二人は王である為絶対に必要ですが、僕は第三使徒で役に立ちそうもありませんから」
「スローン……」
「だからここは僕に任せて、二人は先に天魔郷に向かってください! 第二使徒を止められるのは、王の貴方達を除いて、他にはいませんから……」
スローンは自分ではどうする事も出来ない事に悔しさを感じていた。
だがそれは事実であり現実である為、俺とセラフィーは掛けてやれる言葉が見つからないでいる。
だが俺は知っている。
こういう時、無闇に励ましてはいけない事を。
男には、どうしても男としてのプライドが存在する。
強くて、かっこよくて、頼りになる存在で在りたいと。
もしかしたら、それは性別が関係しているのかもしれない。
男は女を守る生き物。
その本能が遺伝的に備わっているのかもしれないな。
「だからっ、天魔郷を……っ、どうか、お願いします!!」
深々と頭を下げてきたスローンの気持ちを俺は真正面から受け取る。
俺とセラフィーは微笑みながら目を合わせ、一度頷いた後スローンの頭に手をポンっと優しく乗せる。
「ああ、任せておきな」
「ええ、天魔郷は必ず何とかしてみせます」
そう告げた後、セラフィーは素早く電話を手にし、責任者の番号が書かれた紙を見ながらピッポッパッと掛け始める。
セラフィーが電話越しで話している間、俺はスローンに言うべき事を言う事に。
「……さっきは、ありがとな。誤魔化してくれて」
先程の深々としたお礼ではなく、軽く会釈するように頭を下げるルシフェル。
まだ羞恥心が残っているのだろう。
「別に。そんなんじゃないよ。ただ……」
目線を横に流してしまう姿に何処か照れ隠しのように感じてしまう。
「ただ?」
「……リヴァイアがセラフィー様を信じていたように、僕もお前も信じてみようと思っただけだ。それに、僕も天使と悪魔が仲良くなれるなら、そうしたい」
語尾に続くつれ、スローンの頬に薄い朱色が浮かび上がる。
その言葉、姿を見聞した俺は思わず顔がニヤけてしまう。
同じ仲間がここに現れてくれた事、そして––––––。
「お前、リヴァイアの事好きだろ?」
「なッッッ!!」
急所を突かれたように口を大きく開けながら固まってしまうスローン。
先程まで薄かった火照りは、真っ赤に染まり変わる。
「バ、バッ、ち、ちげーよ! そんなんじゃ!」
「ははは、何を隠す必要がある。誰かを好きになるなんて可笑しな事ではなかろう」
「え、馬鹿に、しないのか……?」
「ん? 何故そんな事する必要がある?」
「……え、あ、いやー、……ごめん」
スローンは天使が悪魔に恋しているのを馬鹿にされると思い、見栄を貼ろうとしていた。
本来なら誰かに恋する事など自然の理であり普通だ、自由だ。
でも俺達は、その普通と自由が効きづらい環境になってしまっている。
こうなったのも長くに渡る歴史が、神が、俺達が悪い。
生まれた種族が違っただけで歪み合い、憎しみ合い、挙げ句の果てには殺し合いもしてきた。
そういった犬猿の仲とも水と油の関係とも呼べる俺達の関係は、謎の団結力を生み出してしまい、いつしか繋がりを持つ事を拒む宗教じみた声が上がるようになってしまった。
そのせいで、現在に至る。
「謝るな。お前の気持ちは十分に理解している。だから」
一瞬だけ間を置いた後、俺はスローンの胸にドンっと拳を突きつける。
「叶えようぜ」
突きつけられた拳に思わず防御の構えをしてしまいそうになるが、それは直ぐに抑えられた。
おかしい、悪魔の王なんかに拳を突きつけられたら絶対防御するはずなのに……。
そんな事を内心考えていると、責任者と電話を終えたセラフィーは電話を切って戻し、こちらに歩み寄って来る。
話がついたという事だろう。
「どうだった?」
「……今から10分程でこちらに向かうという事です」
「そうか、それは助かるな」
セラフィーの表情は何処か暗く、申し訳ない気持ちの雰囲気が溢れていた。
俺はこれ以上、この件に触れる事はあまり好ましくないと判断し、話を逸らすように前向きな発言をする事に。
「セラフィー、ここは任せて、俺達も行こう」
「……はい」
天魔郷の心配もあるので、なんとも難しい決断ではある。
セラフィーは誰よりも心優しく、幸せという名の平和を望もうとする天使だ。
だから、今回のように苦渋な決断を迫られた時がセラフィーを苦しませるのかもしれない。
強欲にも捉えられるそれは、決して悪い事ではない。
俺にだってある。
でも、どこかで、究極の二択を迫られ、どちらかを選択しなければならない日がきっとある。
俺は割とキッパリと決断出来る方だが、セラフィーはそうはいかないのかもな。
もしそうやって悩んでいる時は、俺が話を聞いてやろう。
一人で悩まないで。
「じゃあ、後は頼んだぞ」
俺はスローンに振り返り告げる。
「はい、僕も片付いたら直ぐに向かいます! あ、あと……」
「ん?」
「リヴァイアは天界城の一階奥、監禁部屋にいます」
「……分かった!」
俺が強く頷くと、スローンは安心しきった柔らかい表情に変わる。
俺はセラフィーに目で『行くか』と合図し、それを承諾するように無言で頷く。
「スローン、少しだけ伝言を頼んでも宜しいですか?」
「え、あ、はい!」
セラフィーは耳打ちで言う事なく、真正面から伝言を伝えているのでその内容が俺の耳にも届いてしまう。
「……分かりました。必ず伝えておきます」
「ええ、ありがとうございます」
「俺からも宜しく伝えておいてくれ」
「分かった」
セラフィーは用件を終えると、コンビニの入退店まで歩き出す。
俺もその一歩後ろの距離で付いていく。
直ぐに跳べるよう、翼を広げる準備をしておく。
ドアのセンサーが感知する手前、ドアのガラス面に俺の背後が映り出している。
何も言葉を発する事なく、深々と頭を下げている姿だ。
それはセラフィーに向けての事だろうと思いつつも、その方向は俺とセラフィーの丁度真ん中に向けている。
俺はそれを見て、思わず笑みが溢れてしまう。
(フッ、リヴァイアには合っているかもな……)
コンビニの外に出ると俺とセラフィーは翼を大きく広げ、急いで天魔郷に向かって翔んで行く。
深々と頭を下げていたスローンは元の位置まで正すと、今は誰もいないドアの外をじっと見つめた後、瞳を閉じて独り言のようにボソッと呟く。
「お願いしますっ。ルシフェル、セラフィー様……」
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