天使と悪魔の禁忌の恋

御船ノア

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第十一話 平和

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セラフィーの合図と共に、禁忌魔法が放たれる。
それも禁忌魔法の中でも最大の威力を誇るとされる『六式』。
この威力を抑えられる者は誰一人いないだろう。
異界な実力を持ち合わせている堕天使でさえもだ。

天界から魔界側に向かって放たれた禁忌魔法。
その行き先を拒むように立ち尽くす者が一人だけいたのだ。


     ★


––––––悪魔城の屋上。
第二使徒であるベルゼが企んでいた禁忌魔法の行いを何とか取り収める事に成功したルシフェルは安堵の溜息をついた。
これで天界側が滅ぶ事はなくなったという事による安心感が得られた為だ。
これにて魔界側の件は一件落着といえる。
何処か腑に落ちないでいるベルゼの気持ちは、この件が無事済んだらちゃんと汲み取ってやろうと思う。
俺は俯いているベルゼから天使城に視線を向ける。
おそらく天使城でも俺達と同じように禁忌魔法が行われているはずだ。
それでもその気が感じられないのは結界が張られているから。
今すぐにセラフィーの元へ援護しに行こうとするが、俺は足が迷ってしまった。
悪魔の俺が天界側に足を踏み入れ、口を突っ込むような事があれば余計に場は混乱してしまうのではないかと不安に思ってしまったからだ。
……もし、もしもの為に。
––––––万が一の事があった時の覚悟も必要だと思った。
だから俺のやるべき事、すべき事は、セラフィーを信じる事だけだ。
別れる際は援護しに行くとかっこいい事を言ってしまったが、今思うとそれは余計なお世話なのかもしれない。
それに、セラフィーなら大丈夫。セラフィーは実力もあり、信頼もある。
それに、俺と同じ王だ。
俺に出来たんだ。セラフィーに出来ない筈がない。

––––––だから俺は月夜に照らされた屋上で、天使城を見つめながら見守る事にした。


     ★


暫くすると、屋上に一人の悪魔が姿を現す。
地上からここまで飛んできた少女。––––––リヴァイアだ。
「ルシフェル様!」
「お~、リヴァイアか! 無事で良かった!」
喜びのあまり俺に飛びついてきたリヴァイアを抱きしめ、頭を優しく撫でる。
セラフィーは上手くリヴァイアを救出してくれたようだ。
「ううっ~。ごめんなさい~!」
「ったく。なに謝ってんだ。お前は何も悪い事はしていないだろ?」
「リィのせいで……みんなに迷惑かけちゃって……っ」
「誰も迷惑だなんて思っていない。––––––無事で良かった」
リヴァイアは何一つ悪くない。悪いのは…………。
俺は込み上がってくる怒りを何とか沈み込ませる。
それは敵に向けた怒りというよりも、自分に対する怒りの方の比重が多い。
やっぱり、理想論なのか……? と自分を弱気な気持ちにさせてくるからだ。
俺は気を紛らわせる為に、リヴァイアに状況を聞く事にした。
「セラフィーが助けてくれたのか?」
「はい!」
「あいつは今どうしている?」
聞かなくても分かる事であるのに聞いてしまう。
「セラフィーは屋上に向かって、禁忌魔法を止めにいっています」
「そうか」
やはり、予想通りであった。
「リィも、一緒に付いて行った方が良かったかな?」
独り言のように呟くリヴァイア。
「いや、大丈夫だ。俺達悪魔が乱入したら余計に場は混乱してしまう。天界の問題は天界で済ませるべきだろう」
「……はい」
リヴァイアのしゅんとした表情から見て、今すぐにでも援護しに行きたい気持ちなのだろう。
それは俺も同じだ。でも今はグッと堪えて、ただ信じるしかない。
そんな俺とリヴァイアの会話を耳にしてしまったベルゼは、慌てながらも驚きを隠せない状態でいる。
口元をわなわなと震えながらも、意を決したように質問を投げかける。
「……今……禁忌魔法と言いましたか? それに……リヴァイアを、助けた?」
ベルゼは困惑しつつも、頭の中では整理がついていない。
それもその筈。ベルでは俺達の事情を何一つ知り得ていないのだから。
「……ああ」
俺は王として、答える。
「実は、セラフィーは……。俺達は、この世界を平和にしたいと思っている!」
俺とリヴァイアは他の悪魔の者達に向き合う。
「それも、悪魔だけの世界ではなく、天使もだ!」
その言葉を耳にした者達は動揺を隠しきれず、ざわざわと小言を言い始める。
だが俺も注意はしない。いきなりそんな事言われても納得がいく筈がない。
相手の気持ちが分かるから言わないのだ。
それでも俺は言い続ける。
「お前達が禁忌魔法を用いた事に俺は十分理解している。過去に命を絶たれた仲間達の想いが、今でもお前達の心の中で生き続けている。だから想いを晴らす為に復讐をしたいのだろう?」
俺の質問に対し誰も答えない。それは正解だと言っているのと同義。
「分かるさ。俺も復讐を考えていた事があった。何故仲間が殺されたというのに、殺した相手はのこのこと平気で生きているのだと……」
いつの間にか悪魔達のざわめきは鳴りを止んでいて、全員俺の方を凝視し、真剣に耳を傾けてくれていた。
「でも、それじゃあ駄目なんだ。復讐が生み出すのは復讐のみ。永遠に終わる事のない鎖付きの呪いなんだ」
悪魔の王らしくない発言を公にしているのにもかかわらず、誰も反論してこないのは思う部分があるからなのだろうか。それとも、言いたいけど言い出す事が出来ないだけなのだろうか。
「……俺はこの世界が今のままではいけないと思っている。今のままが続けば、いずれどこかで、また争いが起こり、仲間を失うかもしれない……。もう、そういうのは味わいたくないんだ」
少しだけ涙声になりかけた。
「だから俺は、お前達に協力して欲しい。……天使と悪魔が共存し、平和の天魔郷を創る事を……っ」
そんな涙声を必死に押さえつけながら話をしていると、ベルゼから控えめに質問を問われる。
「……お言葉ですがルシフェル様。仮に、もし仮にそんな世界が創れたとして……天使側がいつ裏切るかも分からないと思うのですが……」
ベルゼの言う事はごもっともだ。
仮に天使と悪魔が平和条約を結んだとしても、それは表面上だけであって、今回のように陰で裏切る事も容易に出来てしまうのだ。
ベルゼの指摘は悪魔達全員の代表として発言しているようにも思えた。
そんな的を得た質問に対し、俺は言葉を詰まらせてしまう。
本当は前からこの問題には気付いていたが、未だに解決出来る答えが見つかっていないのだ。
黙っているのも居心地が悪く感じる。
だから俺は、苦し紛れに、理想論を押し付けてしまう。
「……それは相手を、信じるしかない……」
馬鹿げた答えだ。
具体性がなく、現実味に欠ける。
こんな案に、こんな王に、誰が付いていくというのだろうか。
むしろ相手を信じてしまう分、より仲間が危険に晒されやすくなってしまう。
……本当に、馬鹿げた答えだ。自分で自分が恥ずかしくなる。
本当はこんな事、口にすべきではなかったのかもしれない。
その証拠に、悪魔達の表情からは不信感を抱いているのが目に見えて分かる。
だが本当に、最終的には信じる事しか出来ないのではないかと思う。
それが確信付いた答えに決まったわけではない。それしかない、そう思わせられるのだ。
信じるというのは簡単のようで難しい。
これまでずっと敵対してきた種族をいきなり信じる事など、そう簡単には出来ないだろう。
その気持ちも十分理解しているつもりだ。

けどこれしか、最終的にはこれしか、思い浮かばないのだ。
どうすれば、相手を信じてもらえるのだ?
どうすれば、信頼してくれるのだ?
どうすれば、心が通じ合えるのだ?

行き着く先は、––––––やはり『信じる事』だけだった。

「………………」
俺は隣に立っていたリヴァイアよりも一歩前に出る。
そして、悪魔達一人一人に目を向け、その姿を脳裏に焼き付ける。
最後に向けられたベルゼは不安そうな目をしていたが、俺はそれを見て薄く笑みを浮かべる。
全員に目を向けた後、俺は全員に向かって意を決した強い言葉を告げた。
「お前達に、最後の命令だ!」
思わぬ発言に、この場にいた全員は度肝を抜かれる。
『最後』という部分が引っかかっているのだろう。
俺は気にせず、続ける。
「俺の意志に賛同する者はこの場で挙手をしろ。もし、一人でも上げない者がいるのなら、その時は」
少しだけ間を空けた後、俺は続けた。

「––––––この身を、この場でお前達に捧げる」

最初にこれを耳にした者達は思考がフリーズした。
それでも束の間、その言葉が何を意味しているのかは直ぐに理解できたようだ。
––––––それは、ルシフェルが自ら命を絶つという事。
「なっ! 何をおっしゃいますかルシフェル様!! 何故そのような事を!」
慌てて聞き出したのはベルゼだった。
「俺は本気だ。でも、これは強制じゃない。俺が成し遂げようとしている事は、全員が、心から納得するようなものじゃないと意味がない」
「ですが! 何もそこまで––––––」
「ベルゼ!!」
「っ!」
「……いいか、俺の後を引き継ぐのは第二使徒のお前だ。だから、よく聞いておけ」
ベルゼは何か言いたそうであったが、自ら口を固く噛んで必死に堪える。
「何かを得ようとする場合、必ず代償がつく。得ようとする者が大きければ大きい程な」
ベルゼはコクリと頷く。
「俺のやろうとしている事は、ハッキリ言ってデケェ……。もうデカすぎて笑っちまうぐらいだ」
俺は開き直ったような口調で話す。
「だからこそ、俺はその分の代償を覚悟しなければならない。俺の命がそこまで価値があるか知らないが、言い出した本人が命を懸けるとなれば大抵は納得してもらえる。それが偽りではなく、本気であればな」
ベルゼはいつの間にか涙を溢しながら、必死に溢れてくる涙を押さえつけようとしている。
だがそれでも涙の勢いは止まる事は無い。
「俺のやろうとしている事はハッキリ言って理想論だ。現実性もなければ具体性も無い。けど、お前がやろうとしていた事はどうだ? 同じ理想論でも、現実性も具体性もあった。……本当は、それが正しいのかもしれない」
ベルゼは無言のまま、ただ首を横に振る。
それを見つめ満足したルシフェルは瞳を閉じ、吹っ切れたような表情で改めて全員に問いかける。
「お前ら、もう一度聞くぞ……。俺に賛同する者は挙手をしろ! 決して自分に嘘をつくんじゃねぇ。見れば一発で分かるからな。そんな奴がいたら俺がぶっ殺すから覚悟しておけぇッ!」
脅して威嚇したのも、口調を荒げたのも、全員の本心を知りたかったから。
中には俺の命が絶たれるのを拒んで嘘をついてでも挙手する者も現れる。逆もまた然りだ。
嘘をついている奴がいたらぶっ殺すと大きく出たものの、本当にやるとは微塵も思っていない。
––––––俺はこいつらが大好きだから。
王がそう言うなら付いていく、ではダメだ。
ちゃんと自分の気持ちと向き合い、自分で判断してほしかった。
王だから間違っていないとは限らない。
実際こうして、俺は間違いだらけの選択をしてきた。
こいつらを困らせ、不安にさせ続けてしまっていた。
そんな長くに渡る罪滅ぼしに似た条件を、俺は心の何処かで望んでいたのかもしれない。
本当のところは……まだ生きたい。
こいつらが本心で俺に賛同してくれるのなら俺の命は残り続ける。
そうすれば俺はまた、こいつらと共に掛け替えのない時間を共にする事が出来る。
そして、世界が平和になったら……あいつらとも……。

––––––だが、俺は事の結末は分かっていた。
あいつらの顔を見れば直ぐに分かった。
嘘をついていたら明らかに分かる。
それ程、今回の結末には確信があった。

––––––はずだったのに。

「––––––お前ら……」
ルシフェルの大きく見開いている瞳に映ったのは、ピシッと綺麗に伸ばされた手。
意を決した挙手をする一人一人から未来に希望を持った強い意志を感じられる。
嘘偽りなんかじゃない。
真っ直ぐで強い意志が込められた瞳からして、本心で意思表示をしているのが見て取れる。
その予想外な展開に呆気を取られたルシフェルの袖をグイグイと引っ張って来た人物がいた。
リヴァイアだ。
「……最初は驚きましたけど、それはないなと初めから思ってましたよ」
ニコッと愛くるしい笑顔を向けてきたリヴァイア。
ふと思うと、ルシフェル大好き好きリヴァイアが、ルシフェルが命を絶つという条件を開示したのにもかかわらず、何も突っ込んでこなかったのは初めからこうなる事を分かっていたからなのかもしれない。
もしかしたら、反対の意見者が出てもリヴィアイアが説得するなり力ずくでなんとかしたりと手を施していたかもしれない。
そこまで想定していなかった事に、やはり俺は馬鹿だなと自嘲気味に鼻で笑ってしまう。
––––––ああ。やっぱり、俺はこいつらが大好きだ。
こんな情けない王なのに、まだ俺を信じてついてきてくれる。
思わず、涙がこぼれてしまったじゃねぇか……。どうしてくれるんだ。
まだ、俺は王で在り続けていいのか。こんな俺が、上に立っていていいのか。
そうか。じゃあ、もう少しだけこの座に座らせてくれ。
俺の野望、世界征服という名の平和を、俺に叶えさせてくれ。


     ★


私は、なんて愚かな決断をしたのでしょう。
何もここまでする必要はなかったのではと、今更後悔の念が込み上がってくる。
しかし、もう引き下がれない。
目の前から一直線に私の方へと向かってくるアレを阻止しなければ、魔界側は滅んでしまう。
多くの聖力を纏った高エネルギーの集合体を、私は阻止できるのでしょうか。
もし、アレを阻止出来たとしても、きっと私は…………。
そんな悲しき未来を容易に想像出来てしまう辺り、私はここで朽ち果てるのでしょう。
でも、不思議です。
思った以上に、自分が悔やんでいないのです。
きっと、これで良かったんだと。
私は王として、みなさんに何もしてあげられなかった。
そのうえ、敵対している種族の王と外出するなんて、なんて罪深い行為なのでしょう。
––––––これは、みんなからの天罰だと受け止めて良いでしょう。
それで罪滅ぼしが出来るのなら、皆さんの気が晴れるようであれば、私は幸いです。
そして、ケルビム。次の王は第二使徒である貴方です。
人一倍仲間想いで、冷静に物事を正しく判断出来る貴方であれば、私なんかよりもきっと、みんなを幸せに導いてくれる事でしょう。
もし理想を押し付けて良いのであれば、悪魔と仲良く出来る世界をルシフェルと共に創っていただきたいです。
後は貴方の判断にお任せしますね。どうか、みんなをよろしくお願い致します。

––––––ルシフェル。リヴァイア。そして、スローン。
長いようで短い間でしたが、私はとても幸せな時間を送れました。
まさかこんなにも、私を応援してくれるなんて夢にも思っていませんでした。
こんな私に、本気で寄り添ってくれる方が居てくれただけで……私はっ……わたしはっ………しあわせものです。
感謝してもっ……感謝しきれません。本当にありがとうございます。

共に夢を実現する事が出来ない事は非常に残念ですが、貴方達なら、きっと実現出来ると信じています。

私は先に、空の遥か彼方にて、皆さんを見守らせていただきます。

最後に、言わせてください。


––––––ありがとう。大好き。


––––––––––––。
––––––––––––。
––––––––––––。


     ★


「ねぇ! あれ!」
違和感に気づいたのはリヴァイアだった。
指の向けている方向に目をやれば、結界を破りこちらに向かってくる禁忌魔法六式が襲い掛かってきている。
その神々しく輝く高エネルギーの聖玉は、俺達悪魔を一瞬にして恐怖と絶望を与え、死を予言させた。
全身は寒気を覚え、冷や汗が止まらない。
「おい、嘘だろ!! こっちに向かって来てるぞ!!」
「嫌だァァッッ!! まだ死にたくないぃッッ!!」
場は混乱の渦に巻き込まれていた。
あれは夢でも幻でもなんかではない。
本物だ。
その証拠に、聖玉の通る道は物質までも跡形無く消し去っている。
あれを止める役目を負っていたセラフィーは……失敗……したという事だろう。
セラフィーなら止めてくれると信じて疑わなかった為か、不意打ちで放たれた禁忌魔法に俺は遅れをとってしまう。
とはいえ、あの禁忌魔法を止める術は、現状のところ存在しない。
天使と悪魔の両方の力が宿った堕天使でさえ、あれには成す術なく容易に散っていった。
つまり、天使と悪魔、それぞれ単体の力では何の効力も持たないという事になる。
それは、頭の中では理解していた。
けれど、体は理解していなかった。
「ルシフェル様!?」
反応が遅れてしまったもの、それを取り返すかの如く、直ぐさま襲い掛かってくる禁忌魔法に向かって行った。
やはり、馬鹿だと思った。本当に死ぬつもりなのかと。
みんなのおかげで救われたこの命。
それを投げ出そうとしているのだから。
「お前らはそこで待機していろ! いいな!」
顔だけ振り向き、それだけ言って俺は直ぐに視線を元に戻す。
元に戻した時、先程まで映っていなかった人物がそこには映っていた。
「な、なんでっ、お前がここに……?」
俺よりも先に、勇敢な姿勢で禁忌魔法を抑え込もうとする人物がいた。
「……ルシフェル?」
セラフィーだった。
「何でっ、貴方がここに?」
自分の持てる力を使い禁忌魔法を抑えているセラフィーだが、プルプルと体を震わせながら何とか勢いを抑え込んでいる。
それでも禁忌魔法の勢いは止まる事なく、無理やり押し通すと言わんばかりに力で対抗してきた。
少しずつ、セラフィーが押されている。
それでも、力を緩める事は無い。
「!」
「バーカ。お前を、援護しに来たんだよ!」
声量を上げる勢いに任せ、力をグッと込めるルシフェル。
先程まで押されていたセラフィーであったが、ルシフェルの加勢により踏み留めている。
だが、これも時間の問題でしかない。
このままでは埒が明かない。
このまま抑え続けても、最終的には限界がきてしまい、突破される事になる。
二人は押さえ込みながらも、以心伝心したかのように、互いに目を合わせる。
その顔には、余裕の笑みを浮かべている。
「セラフィー……」
「……ええ。分かっています」
いいや、違う。これは––––––。
二人は互いに手を合わせると、聖力と魔力を共有し始め、同時に声を発する。
––––––やせ我慢だ。

『––––––陽陰結界』

二人と禁忌魔法を包み覆うように貼られた結界。
結界の壁には光と闇のエネルギーで張り巡らされていて、色が混濁し続けている。
本来、聖力と魔力を共有する事は禁じられている。
その理由の一つに、光と闇が合わさって生みだす混沌の力は、アレルギー反応を起こすかのように身体を侵食していくからだ。
遺伝子レベルで拒絶反応が起こってしまうのも、相反する種族故の事だからなのかもしれない。
聖族には聖力。魔族には魔力。異なる力が交わる事は、どうやら遺伝子的には歓迎されていないようだ。
実際、聖力と魔力を共有したルシフェルとセラフィーの体には既に異変が起こっている。
半身の指先から足先までかけて徐々に自分の体とは思えない何かに変わろうとしているのだ。
爪は鋭くなって伸びていき、筋肉は暴れ回るように動き、肌の色は本紫色に変化していく。
……そう。

––––––堕天使化してしまっているのだ。

この事には正直驚きを隠せないでいた。
堕天使化は、天使と悪魔がキスをする事で生み出してしまうものだと思っていたからだ。
まさか、力を共有するだけでも堕天使化してしまうとは思わなかった。
「……悪いな。セラフィー」
「……何がです?」
「俺の……不甲斐なさで……」
「……いいえ。そんな事はありません。ルシフェルは、頑張りました。不甲斐ないのは……私の方です」
「……フッ。……ったく、このままじゃ埒が明かないな」
「そうですね。……では、お互い様、という事で」
「ああ……。そうだな……」
気づけば、堕天使化は半身を侵食し終えていた。
あと半身。侵食が済んでしまえば、俺達は完全に堕天使化してしまう。
そうなれば、自我を失い、自分が自分でなくなってしまう。
いよいよ俺達も……もうすぐ、終わりが近ついて来ているのを実感する。
俺達の体を侵食するそれは、死へのカウントダウンのようにも感じてしまう。
だがそんな堕天使化の力のおかげか、禁忌魔法を抑えるのが少しだけ楽になった気がする。
まだ半身だけというのに、その力には驚かせられる。
俺とセラフィーの半々で、実質堕天使一人分に値する。
なら、もし。……もし、堕天使が二人なら、どうなるのだろうか。
この禁忌魔法を抑え込む事が出来るのだろうか。
そんな好奇心が沸き起こる。
……いや、何を今更。そんな事、俺らが知る由もないだろうに。
俯きながら自嘲気味にフッと鼻息を漏らすと、視界の端に見覚えのある人物が映った。
リヴァイアだった。いや、他にもベルゼに……悪魔全員が、そこにいた。
リヴァイアは俺達に何か言いたげそうに結界をダンダンと叩いているが、何も聞こえない。
音も、声も。
「……この結界……本当に、何もかも防御するようだな」
「……いいんですか? ……聞いてあげなくて」
セラフィーもリヴァイアやベルゼ、悪魔達の存在に気づいたようだ。
「バカ言え……。結界を破ったら……意味がなくなるだろ」
ここで結界を破れば全てが水の泡になり、それこそ無駄死にしてしまう。
「……やっぱり……優しいですね。……信頼される、わけです」
「へっ。お前もな」
「え?」
俺は顎でクイっと視線の先を誘導させる。
悪魔達の隣には、天使の人達が大勢と掛け寄って来ていた。
その中には、スローンもいた。
今の状況を理解出来ていないのか、リヴァイアと同じく何か聞きたそうに結界をダンダンと叩いている。
「……ハッ。やっぱあいつらは、お似合いだぜ……」
そんな独り言に、セラフィーは触れる事はなかった。
いや、気付いていないだけだ。
何故ならセラフィーは今、自分の為に駆け寄って来てくれた者達に涙腺が緩んでしまっていて、感動に浸っているからだ。
「……私にもっ……あんなにっ……!」
「……バカ。泣くな」
「泣いてなんか……いませんっ……っ」
目尻に涙が浮かんでくるのをグッと堪えるように目を閉じるが、もはやそれは意味を成さない。
次々と込み上がってくる涙は許容量などお構いなしに勢いが止まる事はない。
両手も塞がっている為、涙を隠す事も出来ない。
これではもう、泣いていないというやせ我慢がバカバカしい事だろう。
そして、これで実感しただろう。
セラフィーは、天使達から信頼があるという事を。
分かるぜ、その気持ち。大好きな奴らに信頼されるって、言葉にしづらい、あの温かい気持ち。
自分には自覚がなくとも、みんな、ちゃんと俺達を見ていてくれたのだ。
常に仲間を想う日々を過ごし、積み重ねた結果が『信頼』に繋がるのだ。
どうやら俺達は、ちゃんと信頼されていたらしい。
その証拠に、天魔郷に住んでいる者達全員がこの場に心配そうな目で集まって来てくれている。
皮肉な事に、みんなの声が聞けないのは残念だが、きっと大丈夫。
言葉にしなくとも、伝わるものはきっとあるから。
だから、言葉は必要ない。
俺達の後ろ姿を見てきたのだ。

––––––だから、最後まで。

「セラフィー」
「……はい」
俺は顔だけをセラフィーに向ける。
それに気づき、セラフィーも俺に顔を向ける。
ただお互いに見つめ合い、沈黙が続く。
それが何を表しているのか。言葉にしなくとも本能的に察してしまう。
気付けば、堕天使化も既に六割まで到達していた。

「俺はお前が、––––––大好きだ」
「––––––私も、あなたが大好きです」

互いに温かい笑みを交わし合う。
言うべき事、伝えるべき事を終えると、体の緊張が一気になくなり軽くなった。
これまで言いたくても言えず、胸の中で蟠っていた重りが外された感覚。
天にも昇るような心地良さが、そこにはあった。
初めての感覚。
最後に味わえて良かった。
俺達の選んだ道には、確かに得るものがあったのだ。
だから俺達の進んで行った道は、例え先に『死』が待ち構えていようとも、それは決して間違いではない。
己で選択し、判断し、決断を取り、一歩を踏み出し、行動に移したのだから。
決して振り返らない。ただ最後まで、その道を突き進むだけ。
そして俺達の選んだ道も、ようやく頂点にまで達する時が……きたのだ。
俺達が到達したという旗印を、ここに立てておくとしよう……。

そんな旗印を立てる為に俺は……最後の禁忌を犯す。

俺とセラフィーは見つめ合いながら薄く微笑み、互いにコクリと一つ頷く。
言葉はいらない。
ほぼ堕天使化していて原型からかけ離れているのにもかかわらず、セラフィーはいつまでも美しく、綺麗で、俺が唯一惚れた––––––。

––––––天界の王、セラフィーであった。

未だに勢いが止まる事の無い禁忌魔法。
それを必死に抑え込もうとする両手。

––––––俺達は、その両手を引っ込めた。

でないと、最愛の相手を抱きしめる事が出来なかったから。

どうせ果てるなら、最後まで。

共に居続けよう。


––––––俺達は抱き合い、キスを交わした。


全員に見せびらかすように。

まるで、結婚式場で誓いのキスを交わしているかのようだ。

もう十分だ。もういい。

これ以上の幸せを求めてはいけない。

俺は本当に幸せ者だ。

最後に、お前の彼氏になれて本当に良かった。

今まで、悪かったな。

そして、今までありがとう。

また何処かで会えるのを、楽しみに待っているから。


––––––じゃ、またな––––––。


––––––。
––––––。
––––––。


     ★


––––––天魔郷。
そこは、天界と魔界の相反する世界が合わさった神々が集う新天地。
足場の代わりと言わんばかりに広々と雲が行き渡っているその上に創造された二つの巨大城の中で生活を営んでいる天使と悪魔達。
食糧や飲み水といった生きるうえで最低限必要な事には十分な程恵まれており、共に食卓を囲む多くの仲間もいて何一つ不自由なく幸せに暮らしている世界。

元々は水と油の関係であった天使と悪魔達は、『ある出来事』がきっかけで、交友な関係まで持つ者も増えたのだとか……。

中には堕天使の件を恐れる者もいるが、今の彼らなら大丈夫であろう。

天使と悪魔が力を合わせれば、堕天使も敵では無い。

だから彼らは、彼女らは、みんな笑顔に暮らせている。

本当の意味で、天魔郷に平和が訪れたのだ。

これは、今は亡き二人の王が望んでいた世界。

二人が抱いていた、大きな世界。

それが、実現したのだ。

今の天魔郷を見て、二人は何を思うのだろう。

それは想像でしか出来ないが、きっと、笑顔でいるに違いない。

だって、天魔郷が笑っているのだから。

笑うしかない。馬鹿みたいに。何もかも。

……そんな天魔郷に平和を導いてくれた二人の出来事に、一生忘れる事のないよう、後の世代にも引き継げるよう、心に刻まれる素敵な名前が付けられていた。
その名は––––––。


––––––天使と悪魔の禁忌の恋。
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