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蜜柑色の彼と好きな物と嫌いな物と
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しおりを挟むスマホで道を調べながら辿り着いた公園は学校の近くにある場所で家からも然程離れていない為、迷う事なく辿り着いた。
芦家に金曜日に渡された紙の裏に小さく書かれた待ち合わせ場所である最寄駅に一番近い出入り口へと辿り着く。
カップルや家族連れが楽しげに浮き足だって公園内へと向かうのを尻目に、僕は邪魔にならない端の方で辺りを見渡し芦家が来るのを、息を吐いて待つ。
スマホで時計を確認すると、時刻は9時50分を表示していて少し早くに着いてしまった事に何だか、すごい楽しみにしてる人みたいになってしまったのが、不愉快であり此処に来る前に祖父母の家でいくら断るだけでも、部屋着で行く訳にはいかない為支度をしている時に「出かけるの?お友達かしら?」と少し、嬉しそうに僕に微笑みかけた祖母の、顔を思い出して苦虫を噛み潰す。
嬉しそうにした祖母には悪いが、芦家に会ったらさっさと今日の誘いを断りに来た事を伝えて家に帰ろうと心に決めて、固く決心した時、周りの女性達が「凄いイケメンだね、あの子」やら「身長おっきいー」と話す声を捉えて、僕はそちらに振り向く。
この反応に誰だか、嫌でも予想がついたのだ。
「黒瀬!来てくれてたんだな!」
「…………」
最寄駅がある方から、小走りで笑みを浮かべて寄ってくるその姿は昔買っていたゴールデンレトリバーを彷彿させる既視感を覚えた。
その長い足を足早に回転させて、此方へと向かって手を上げる姿は現実というよりも、作り物の住人のようであり、太陽の光をその蜜柑色の髪に反射されて、並びの良い歯を曝け出して眩しく笑う芦家に言葉を一瞬失ってしまった。
やはりこの男は、アニメとかドラマとかに出てくる登場人物のようだと、その煌めく笑顔が眩しすぎて僕は目だけを背ける。
「待たせちまってわりぃ、よし、んじゃ行こうぜ」
「……いや」
「なんか行きてぇとことかある…?てか、黒瀬って日本に来たばっかなんだよな?良く知らないなら案内するぜ」
「……話聞ける?」
「おぉ、わりぃっ!黒瀬が来てくれたのが嬉しくてな…、つい興奮しちまったみてぇだ…、どうしたんだ?」
「………、あのさ、僕、君と遊びに行くつもりないから」
「…………」
「…それだけ伝えに来た」
目をぱちくりと、瞬かせて此方を無言で見つめる芦家の視線から逃れるように、踵を返して来た道を引き返した、瞬間、声を投げかけられた。
「…此処に来たのは、それを伝える為だったって事でいいのか?」
「……そうだって言ってるだろ」
「……ぷっ、はははっ」
いきなり笑い声を上げた芦家の様子に、僕は後ろを思わず振り返ると、何がそんなに面白いのか口を押さえて笑う芦屋がいて、僕は怪訝な表情を向ける。
ただでさえ目立つ芦家が公園の入り口前で笑っているせいで、女性を中心に注目を集めているのは学校外だというのに、学校内と全く一緒の現象でつくづく芦家と一緒にいると、居心地が悪くて仕方ないなと歯を噛み締める。
笑いを堪えて、頬を掻き咳払いをした芦家が眉をさげて、微笑みを此方に向けた。
「…わざわざ断りに来てくれるなんて律儀だな、…俺が一方的に伝えただけなんだし無視すりゃよかったのに」
「……確かにそうすれば良かった、と思ってるよ」
「ははっ、そっか」
「…話は以上だ」
「…わかった、とりあえず帰るなら俺もそっち方面だから一緒に行こうぜ、駅向かうんだろ?」
そう言って僕の隣へと駆け寄って来た芦家を一瞥して、僕は整備された道を踏み締めた。
芦家は本当に、僕にこんな態度を取られ続けて何故僕にこんな風に接するのか、本当に理解し難い事だ。
「…君さ」
「おぉ、何?」
「…僕にこんな態度取られ続けて、嫌というか腹が立たないの?」
「んー、あんまり思わねぇかな…、だって俺黒瀬に嫌われてるって知ってるしな…、反対に嫌ってる割にこうやって来てくれたりする所あって、良いヤツなんだと思った」
「…………」
僕が予想した返答の斜め上を行く発言に僕は言葉を失う。
嫌われても僕が笑うまでは関わると、本人が言っていたから嫌いな事は伝わっているのは分かっていたが、まさかそんな事を思っていたなんて。
ポジティブすぎる芦家の発言は、僕には到底理解できるものでは無いなと、更に芦家に対しえ自分とは全く違う一線を引く存在なのだと、深く認識した。
「…………」
「正直、来ねぇ気がしてたから来てくれたのは驚いたし嬉しかったぜ」
「…、君もし僕が来なかったらどうしてたの?」
「んー…、そうなってみねぇとわかんねぇけど…、とりあえず昼飯我慢できる時間まで待って、それでも来なかったら帰ってたかな。約束してたら一日待ってるけど、俺が一方的に言っただけだしな」
何だか到底理解ができない思考に、僕は芦家を信じられないものを見る目で見てしまうが、本人はそれを気にしないで「車来るぜ」なんて、注意をしてくる。
僕は、本当に彼が未知の生物に感じてしまう。
最初から、拒絶をしても直接的に嫌いだと伝えても僕が笑うまでは側にいるなんて言う彼は、僕にとってあまりにも理解不能であった。
そんな彼に、言葉を失いながらも関わりたくないと思いながらも、一抹の興味が湧いたのは、僕を指導してくれていた先生が「光は実は好奇心旺盛よね」なんて言っていた言葉通りの僕の癖なのだろう。
「………何で、僕を遊びに誘ったんだ?」
「黒瀬の事、知りてぇからかな、今ん所、お前の好きな物クロワッサンで嫌いな物は俺ってしか知らねぇじゃん?」
「…そんなの知ってどうする?」
「んー、どうもしねぇけど、そういうの知りてぇんだよ」
「……………」
僕を知りたい、と言った彼の言葉に僕はピアノを弾いていた時、その作曲者の何もかもが知りたくて仕方がなかった事を、何故かその時思い出した。
月光を練習した時も、僕はベートーヴェンの事を記した本や文献、ネットに書いてある真実が怪しい記載まで調べ尽くしたし先生に質問とにかく質問をした。
曲を弾けば弾くほど、作曲家の事が気になって気になって仕方がなくなってピアノの練習の合間に行われた、休憩は全てそういう事を調べる時間に充てたが、それでもやはり、芦家の事は理解できなかった。
僕がベートーヴェンや他の音楽家にそこまで興味を持てたのは、彼らの奏でる音楽が素晴らしくて理解したかっただけの事だ。
芦家は僕に助けられた、何て言っていたけどだからって僕はもう何の価値もない、人間なのにそう思える訳が無い。
「…君は変だな」
そう僕が芦家に言った瞬間、芦家は少しだけ、目を見開いて目を伏せた。
初めて見る、その表情は少しだけ悲しそうに見えて、僕は目を見張る。
沢山、褒められた言動じゃ無い事をしてきたのに、まさか今更そんな顔をするとは思わなかった。
「……偶に言われるな、でも、それが俺だから良いんだよ」
悲しそうな顔をしたのは一瞬だけだった。
直ぐに、いつものように太陽の陽光の如き、辺りを眩く照らすような顔で笑う芦家の顔を見つめていたが、芦家が反対に駅の方へと向き直った為、目線が途切れる。
傷つけたのかと、そう思ったら心がざわついたが、芦家の事なんてどうでも良いだろうと冷たく脳内で囁く自分の声に従い、僕は芦家がそうしたように前へと向き直り、歩き出す。
駅はすぐ近くだった為、着くのは早かった。赤レンガを連想させる色建物に、張り出した原色の青が栄えている屋根をくぐるった時、「あ」と何かを思い出したように芦家が振り返った。
「そういや、この間のパン屋と同じ位美味いって噂のパン屋がこの辺にあるって聞いたんだけど行かね?」
「何で僕が……」
「クロワッサン美味いらしいぜ?」
その言葉に、僕は足を止める。そんなの行く訳ないだろうと、まさか食べ物で釣られる訳が無いだろうと、言いたかったけれど彼の先ほどの悲しそうな顔が、そう言わせるのを阻んだ。
「…それだけ、行く」
「お、マジで?行こうぜ、てか、本当クロワッサン好きなんだな」
そう言って笑う芦家に、僕は何も答えずに向き直った。
確かに好きだけど、ピアノを弾けなくなってからはどうでもいい程度の物なんだと言おうとしたけれど、言ったら何故行くのかまた理由が無くなってしまうから、それを飲み込んで嬉しそうに笑って歩き出した芦家に着いて歩き出した。
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