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第一章 離婚届と王女の夢
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「……これ、なに?」
スマホの画面に映ったのは、見慣れない女性とのメッセージ履歴だった。
“昨日のホテル、最高だったね♡”
“奥さんより、私の方が似合ってるでしょ?”
見慣れた夫の名前の下に、そんな言葉が並んでいる。
指先が震えた。スマホを覗くつもりなんてなかった。ただ、充電ケーブルを借りようとしただけ。
けれど、ふと表示された通知が、すべてを壊した。
翔太――五年間、隣にいた人。
家賃も光熱費も折半して、休みの日には彼の好物を作って。
私は、良き妻であることに、少しだけ誇りを持っていた。
それが、こんな形で終わるなんて。
「……そう。そういうことね」
思いのほか、声は冷静だった。
リビングの時計の針が、静かに進んでいく音だけが響く。
私はゆっくりと離婚届を取り出し、机の上に置いた。
ペン先が紙を滑る音がやけに軽い。
“もう、いい。”
そう書き添えるように指輪を外し、テーブルに置いた。
薬指が軽くなる。その感覚が、妙に現実的で、胸に空洞を作った。
夜の街に出ると、春の風が冷たかった。
ビルの隙間を抜ける風が髪を乱し、涙を奪っていく。
人混みの中で立ち止まり、私は初めて深く息を吐いた。
「もう、泣かないって決めたのに……」
声がかすれた。
それでも涙は零れなかった。
どこかで、自分の中の何かが壊れて、そして――静かに生まれ変わっていくのを感じていた。
その夜。
夢を見た。
――炎に包まれた城。
燃える石畳の上、赤いドレスの女が立っていた。
風に翻る金糸の髪。紫の瞳が、まっすぐこちらを見つめている。
『あなたは……誰?』
問いかけると、女は微笑んだ。
その笑みは美しくも、哀しかった。
『私はセレスティア。かつて“炎の王国”に生きた者。
そして――あなたは、私の輪廻』
「輪廻……?」
『あなたは私の願いを継ぐ。もう誰にも支配されぬように。もう、泣かぬように』
炎の中、彼女は両手を差し伸べた。
光が溢れ、私の胸に流れ込む。
痛みでも悲しみでもない――ただ、熱い。
心の奥が燃えるように、光で満たされていく。
目を開けた。
窓の外は、夜明け前の淡い空。
胸の奥がまだ熱い。夢のはずなのに、確かに彼女の声が残っている。
鏡を見ると、瞳の色が少し違っていた。
灰色の中に、うっすらと紫が混じっている。
「……セレスティア」
その名を呟いた瞬間、なぜか涙が零れた。
けれど、悲しくはなかった。
むしろ、どこか懐かしい。
私はタオルで頬を拭い、深呼吸をした。
これまでの私を終わらせるように。
テーブルの上に、翔太の置きっぱなしのマグカップ。
それを手に取り、ゴミ袋へ落とす。
カシャン、と小さな音。
「さようなら、翔太」
その声は静かで、どこまでも澄んでいた。
――ここから彼女の再生が始まる。
スマホの画面に映ったのは、見慣れない女性とのメッセージ履歴だった。
“昨日のホテル、最高だったね♡”
“奥さんより、私の方が似合ってるでしょ?”
見慣れた夫の名前の下に、そんな言葉が並んでいる。
指先が震えた。スマホを覗くつもりなんてなかった。ただ、充電ケーブルを借りようとしただけ。
けれど、ふと表示された通知が、すべてを壊した。
翔太――五年間、隣にいた人。
家賃も光熱費も折半して、休みの日には彼の好物を作って。
私は、良き妻であることに、少しだけ誇りを持っていた。
それが、こんな形で終わるなんて。
「……そう。そういうことね」
思いのほか、声は冷静だった。
リビングの時計の針が、静かに進んでいく音だけが響く。
私はゆっくりと離婚届を取り出し、机の上に置いた。
ペン先が紙を滑る音がやけに軽い。
“もう、いい。”
そう書き添えるように指輪を外し、テーブルに置いた。
薬指が軽くなる。その感覚が、妙に現実的で、胸に空洞を作った。
夜の街に出ると、春の風が冷たかった。
ビルの隙間を抜ける風が髪を乱し、涙を奪っていく。
人混みの中で立ち止まり、私は初めて深く息を吐いた。
「もう、泣かないって決めたのに……」
声がかすれた。
それでも涙は零れなかった。
どこかで、自分の中の何かが壊れて、そして――静かに生まれ変わっていくのを感じていた。
その夜。
夢を見た。
――炎に包まれた城。
燃える石畳の上、赤いドレスの女が立っていた。
風に翻る金糸の髪。紫の瞳が、まっすぐこちらを見つめている。
『あなたは……誰?』
問いかけると、女は微笑んだ。
その笑みは美しくも、哀しかった。
『私はセレスティア。かつて“炎の王国”に生きた者。
そして――あなたは、私の輪廻』
「輪廻……?」
『あなたは私の願いを継ぐ。もう誰にも支配されぬように。もう、泣かぬように』
炎の中、彼女は両手を差し伸べた。
光が溢れ、私の胸に流れ込む。
痛みでも悲しみでもない――ただ、熱い。
心の奥が燃えるように、光で満たされていく。
目を開けた。
窓の外は、夜明け前の淡い空。
胸の奥がまだ熱い。夢のはずなのに、確かに彼女の声が残っている。
鏡を見ると、瞳の色が少し違っていた。
灰色の中に、うっすらと紫が混じっている。
「……セレスティア」
その名を呟いた瞬間、なぜか涙が零れた。
けれど、悲しくはなかった。
むしろ、どこか懐かしい。
私はタオルで頬を拭い、深呼吸をした。
これまでの私を終わらせるように。
テーブルの上に、翔太の置きっぱなしのマグカップ。
それを手に取り、ゴミ袋へ落とす。
カシャン、と小さな音。
「さようなら、翔太」
その声は静かで、どこまでも澄んでいた。
――ここから彼女の再生が始まる。
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