一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香

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第三話 皇帝の執着


「……愛ならある」

静かな声が謁見室に落ちた。

月鈴はその言葉を理解できずにいた。

景珩は確かにそう言った。

昔から愛している。

だが、月鈴の中の記憶は違う。

避けられていた。

話しかけても目を逸らされた。

距離を置かれていた。

それなのに。

「昔から……?」

思わず呟く。

景珩は答えない。

ただ月鈴を見つめている。

その視線があまりに真剣で、月鈴は目を逸らした。

「……それでも」

震える声で言う。

「無理です」

景珩の眉が動いた。

「なぜだ」

「私は皇后に相応しくありません」

月鈴は必死だった。

「没落貴族で、後ろ盾もなくて」

「医官見習いで」

「宮廷では誰も味方がいません」

一つずつ並べていく。

それはすべて事実だ。

皇后になるということは、宮廷の頂点に立つこと。

つまり、すべての貴族を敵に回す。

月鈴にはそんな力はない。

景珩は静かに聞いていた。

やがて口を開く。

「問題ない」

「問題あります」

「俺が守る」

その言葉に月鈴の心が揺れた。

だが、首を振る。

「守れるものではありません」

宮廷の陰謀は深い。

毒も暗殺も珍しくない。

皇后争いは血を流す。

月鈴は知っている。

医官院で、何人も見てきたから。

景珩の声が低くなる。

「月鈴」

その呼び方。

昔と同じだ。

月鈴の胸が痛む。

景珩はゆっくり言った。

「お前は何を勘違いしている」

「え……」

「これは相談ではない」

月鈴は息を呑んだ。

景珩は真っ直ぐ言う。

「決定だ。」

空気が変わる。

それは幼なじみの少年ではない。

瑞華帝国の皇帝。

逆らえない存在。

月鈴は言葉を失った。

景珩は続ける。

「お前は今日から後宮に移る」

「……え?」

「医官院の部屋では警備が足りない」

「待ってください!」

月鈴は慌てて言う。

「そんなことをしたら」

「宮廷が騒ぎます!」

景珩は淡々としていた。

「騒げばいい」

「よくありません!」

月鈴の声が思わず大きくなる。

「私はただの医官見習いです!」

「後宮に入れば」

「皇后候補たちに」

そこまで言って止まる。

言わなくてもわかる。

後宮は戦場だ。

景珩は一歩近づいた。

「それでもだ」

低い声。

「お前を外に置く方が危険だ」

月鈴は困惑した。

「危険?」

景珩は答えない。

だが、その理由は明白だった。

皇帝の子。

その存在が知られれば、狙われる。

皇位継承。

派閥争い。

この子は政治の中心になる。

景珩は言った。

「逸辰」

その瞬間。

柱の影から一人の男が現れた。

月鈴は驚く。

「沈宰相……!」

沈逸辰。

若き宰相であり、皇帝の側近。

そして、二人の幼なじみでもある。

逸辰は軽く笑った。

「久しぶりだな、月鈴」

「聞いていたんですか……?」

「全部な」

月鈴は顔が赤くなる。

逸辰は肩をすくめた。

「陛下が呼んだ」

景珩は短く言う。

「手配を」

逸辰は頷いた。

「もう終わってる」

月鈴は呆然とする。

「終わってる……?」

逸辰はにやりと笑った。

「お前の部屋、もう後宮に用意してある」

「ええ!?」

あまりに早い。

月鈴は景珩を見る。

「まさか」

景珩は平然と言った。

「最初からそのつもりだった」

月鈴は頭を抱えたくなった。

つまり、結婚も、後宮入りも、全部、皇帝の中では決定事項だったのだ。

逸辰は楽しそうに言う。

「宮廷は明日大騒ぎだぞ」

月鈴は青ざめた。

「やっぱり……」

皇帝が突然、没落令嬢を後宮に入れる。

しかも、医官見習い。

貴族たちが黙っているはずがない。

逸辰は続ける。

「特に蘇家」

その名前。

月鈴の背筋が冷えた。

蘇麗華。

皇后最有力候補。

祝宴の日、酒を飲ませてきた令嬢。

逸辰は肩をすくめた。

「あの人、怒るぞ」

月鈴はため息をついた。

「当然です」

皇后の座を狙っている。

そこへ突然、横入り。

しかも、身分の低い女。

恨まれない方がおかしい。

月鈴は小さく言った。

「……やっぱり」

景珩を見る。

「私、宮廷を出ます」

その言葉。

景珩の目が冷えた。

「どこへ行く」

「地方の診療所とか」

「医官なら働けます」

「無理だ」

即答だった。

月鈴は言う。

「なぜです」

景珩は一歩近づく。

距離が一気に縮まる。

月鈴の心臓が跳ねた。

景珩は低く言う。

「お前は何を忘れている」

「え……?」

「腹の中だ」

その言葉。

月鈴は思わず腹に手を当てた。

景珩ははっきり言う。

「俺の子だ」

沈黙。

その声は静かだが強い。

逃げ道を塞ぐ声。

景珩は続ける。

「逃がさない」

月鈴は戸惑った。

「なぜです」

その問い。

景珩は一瞬だけ迷った。

そして小さく言う。

「俺の子だからだ」

それだけ言う。

だが、少し遅れて付け足した。

「……お前も」

月鈴の胸が大きく揺れた。

その言葉がどういう意味なのか。

まだわからない。

だが、確かなことが一つある。

今、瑞華帝国の皇帝は本気で彼女を手放す気がない。

そして、翌日。

宮廷は本当に大騒ぎになる。

皇帝の命令。

「柳月鈴を後宮に迎える」

その知らせは、あっという間に広がった。

貴族たちがざわめく。

そして、ある部屋では一人の令嬢が静かに笑っていた。

蘇麗華。

扇の奥で微笑む。

「柳月鈴……」

低い声。

「面白いわ」

その瞳は冷たい。

「すぐに思い知らせてあげる」

ここが、後宮だということを。

そして、その陰謀がまもなく動き出す。




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