吸血公ヴェルド侯爵の憂鬱~魔王の生贄となった病弱王子は、魔獣たちを従えて無双する

一ノ瀬 薫

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第67話 南洋の将来

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「これは私の希望なのだが、一応話を聞いてもらえないか」
 ヴェルドは真面目な口調に戻るとアメリアに言った。
「はい、何なりと御命じください。我らとエレンが今あるのは、ヴェルド様のおかげです。このご恩は生涯かけてお返しせねばと思っております」
「いいや、恩などと思う必要はない。我らは飛んできた火の粉を払っただけだ。それから命じるつもりもない、これはあくまで私の要望だ。それというのも、これは少々難しいことがあるからだ」
「いったいどのようなことでしょうか」
 真剣な面持ちでアメリアはヴァンの言葉を待った。

「現状、エレン王国とゲイル帝国は一時的に停戦しているに過ぎない。それも実際は魔王領の介入でだ。当然、このままというわけにはいかない。王国にアメリアを送ったのは、国家統治や外交儀礼や他の国家の文化を学んでもらう目的もあったが、魔王領に代わって人類の国家をエレンに関係させるためでもあったのだ」
「魔王領が関わることに何か問題があるのですか」
「魔獣に対する人の偏見は一朝一夕に変わるものではない。王国や共和国でさえ、未だに魔王領を憚っているのだ。将来どうなるかはわからないが、こればかりはどうにもならない」
「私にはそうは思えないのですが」
「帝国のアリもそう言ってくれるだろう。しかし、それは我々の真意をアメリアやアリが理解しているからで、それを我々と直接交流したわけではない民衆に理解させるには時間がかかることなのだ」
 アメリアは、はいと言って頷くしかなかった。

「そこでできれば王国と共和国に仲介を依頼し、エレン王国とゲール帝国の間に対等の条約を締結してもらいたいのだ。両国の遺恨はそう簡単になくなるとは思えないが、経済的な交流から始めて、関係を修復し、南洋の安全を確保したい」
「閣下のいう関係とは、軍事的意味も含めるということでしょうか」
「いい質問だ。南洋はまだ未知の世界だ。ロアの周囲には海が広がっている。もしかするとその向こうには文明のある島や大陸がある可能性がある」
 アメリアはそこで、自分たちが体験した魔王領の存在を思い浮かべた。

「将来に備えるということですか」
「そうだ。もしも未知の存在が侵略を意図したら、帝国にとってロア諸島は海上の砦のような存在となる」
「そうですね。そのためにはいろいろな側面からもゲイル帝国との関係を深めていかねばならないのですね」
 その通りだ、とヴァンはアメリアの言葉に強く頷いた。
「いくつか段階を経ないと人の感情はそう簡単には変わるものではない。しかし、キュラ大陸では種族を超えて、かつて戦った魔王領と王国、共和国は共存し、軍事的にも事実上の同盟関係にある」
「それを手本にせよ、とおっしゃりたいのですね」
 アメリアはヴァンが、ゲイル帝国とエレンが単に戦わないというだけではなく、共存共栄できるようにと考えているのだと理解した。

「魔獣と人間ができたことだ、エレンと帝国はそれよりはまだ近しいだろう」
「それにはまずは民衆を啓蒙していくしかありませんね。国民の教育機会を充実させて、広い世界を知ることから始めたいと思います」
 それが良い、と言いながら、ヴェルド侯爵は短い間に成長したアメリアの言葉に、刮目していた。
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