負け犬の遠吠えは、これくらいにしておきますわ。背を向けた悪役令嬢は捨て猫(イケメン)と共に。

高城セナ

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扉を開けた先の部屋には、品のある貴婦人と数名の侍女らしき女性が立っていた。

やや年配だが、気品を漂わせたその姿から、ただ者でないとわかる。

私たちが入室すると、侍女たちがさっと並び、貴婦人の横に整列する。


「はじめまして。わたくしは公爵家の出身でありながら、王家の分家に嫁いでおりますヴィクトリア・グランフィートと申します」

貴婦人――ヴィクトリアが、落ち着いた声音で挨拶をする。

上品な笑みを浮かべてはいるが、その目には鋭さが宿っている気がする。

私とレオン、ギルバートも名乗りを上げると、ヴィクトリアは「なるほど」とつぶやいた。


「アデル・フォン・ヴァイゼル伯爵令嬢に、レオン・クラヴィス殿。以前から噂で耳にしておりましたが、実際にお会いするのは初めてですわね」

噂――つまり悪役令嬢と捨て猫皇族のことを指しているのだろうか。

私は表情を崩さずに答える。

「わざわざご指名いただき恐縮です。私たちに何かご用件でしょうか」


ヴィクトリアは軽くうなずいて、レオンに視線を向ける。

「率直に言いましょう。レオン殿、あなたが王家の血筋である可能性について、こちらで再確認したく思いました。以前、ご本人は“戻らない”という意志を示されたとか」

レオンは息をのみ、僅かに眉を寄せる。

「はい。僕は王宮に戻るつもりはありません。しかし、こうして改めて呼び出されるというのは……どういうご意図でしょうか?」

「王家と言っても一枚岩ではありません。わたくしを含め、あくまで“分家”の立場ではあるのですが、最近“王族としての血筋をきちんと把握しておきたい”という動きが強まっていましてね。先日の書類の話も、そうした流れの一部かと」

なるほど、やはりレオンが“中途半端な存在”であることが、内部で波紋を呼んでいるのだろう。

ヴィクトリアは手にした扇子を開き、一振りして微笑む。


「わたくし個人としては、あなたが王宮に戻るかどうかは自由だと思っています。ただ、もし将来“王家にとって必要”となったとき、あなた自身が困らないように、最低限の手続きは整えておくべきでは、というのがわたくしの考えですわ」


「困らないように……?」レオンが首をかしげると、ヴィクトリアは少しだけ顔を近づけるようにして低い声で言う。

「いざ“あなたを王家の一員として歓迎しよう”という流れになったとき、書類上完全に縁を切ってしまっていると、あなたが苦労する可能性があるの。だから、今は中途半端なままでもいいから、断絶だけは避けておいた方がいい――そう思いませんか」


その言葉に、レオンは目を見開く。

私も驚いた。

王宮側が完全に縁を切りたいわけではなく、むしろ“保留”にしておきたいと示唆している。


「でも、僕は……」

「もちろん、あなたが本気で『王家なんか二度とごめんだ』と思っているなら、強要はしませんわ。ただ、この国の将来について、あなたの存在が重要になるかもしれないと考える者もいるのです。あなたがどう思うかは別として」

“将来の国のこと”――

そこまで含みを持たせた言い方をされると、さすがに私も黙っていられない。

「失礼ですが、具体的にどう重要になるというのですか?」

ヴィクトリアは少し微笑みを深め、扇子で口元を隠す。


「王家の本筋に若干の問題が生じていることはご存知かしら。跡継ぎ問題や、各家の思惑など、いろいろと複雑になっていてね。“遠縁ではあるが純血の血筋を継いでいるかもしれないレオン殿”は、ある種の切り札になる可能性があると考える人たちがいるの」


「切り札……」

レオンが呆然とつぶやく。

彼は捨てられた身である自分が“切り札”と呼ばれることに、まったく実感がないのだろう。


「あなたがそうした政治的駆け引きに巻き込まれるのは、気の毒だと思います。

ですが、わたくしとしては“保険”のような形でつながりを残しておくのは悪くないんじゃないかと思うのです」


ヴィクトリアの言葉は冷静で、余計な感情を廃しているようにさえ感じる。

だが、私にはどこか善意を含んだ提案にも思えた。

王家内の権力争いに巻き込まれるのはイヤだけれど、それを一概に拒むと、いざというときにレオンが困る――その現実は確かにあるかもしれない。


「今すぐ答えを求めるつもりはありません。ただ、今日こうしてお会いできたのも何かの縁。レオン殿が望むなら、わたくしが“中立的な立場”で書類手続きの調整をお手伝いしてもよろしいですよ」


ヴィクトリアはそう言うと、侍女のひとりを呼び寄せ、何やら書類の束を持ってこさせる。

「こちらは、あなたと王家の関係を“仮登録”という形で記載するための案です。完全な戸籍上の復帰ではなく、“望むなら復帰できる”という一時保留の仕組み……といったところでしょうか」


私は思わず眉間に皺を寄せる。

そんな都合の良い制度があるのか――と。

だが、王族や貴族の血統管理は複雑で、いろいろな“裏技”が存在していてもおかしくない。
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