浄罪師 ーpresent generationー

弓月下弦

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【最終章】それぞれの道

忘却と再会

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照りつける太陽の光によって俺は目を覚ました。ゆっくり目を開けると、何故だか自宅の庭に横たわっていた。頭がぼうっとする中で昨夜のことを思い出そうとする。

大人なら、酒を飲んでフラフラ帰った途中で家の前で熟睡…なんてことが考えられるだろう。

でも、俺は未成年だ。
酒なんて飲む訳が無い。

では、どうして外で寝ているんだろうか…
考える度に訳が分からなくなっていく。
ふと、庭に植えてある柿の木を見ると、あるはずのない実が沢山実っていた。

「嘘だろ…」

六月の初めだったはずだ。柿の木だってこの前見たときは、葉だらけだった…そう言えば、気温も低い気がする。俺は頭がどうかしたのか?大体、昨日の記憶すら曖昧である。
確か…学校に行って…放課後に伊吹が俺の鞄を奪って…

そう言えば、あいつ…日曜日に何処かに行こうって言っていたな…しかし、それを思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われ、身動きがとれなくなる。何か大事な記憶を失った気がする。昨日の記憶と今の記憶の間にもっと色々あった気がするが、思い出せない。軽い記憶喪失なのかもしれない。

そうか、学校に行ってあいつに確認すれば良いんだ。
そう思った俺は急いで起き上がり、家に入ろうとした。
しかし、鍵がしまっていて開きそうにない。

「くそ…父さんは会社だよな…」

すると、内側から物音がして、鍵が外された。そして、ドアが開けられ、中から父さんが出てきた。

「蒼…」

中から出てきた父さんは、俺を見るなり、いきなり抱きついてきた。

「……?」

「今まで何処に行ってたんだ!今までお前が居なくて…父さんは…生きた心地がしなかったんだぞ!」

父さんの俺に対する態度が一変していて、言葉が出なかった。

「父さんが悪かったんだよな…お前に冷たい態度をとったりして…確かに母さんが死んでからお前に八つ当
たりすることもあった…」

「父さん…?どうしたんだよ、急に…」

「でも、お前が居なくなって分かったんだ…父さんの家族はもう、お前しかいないって…」

父さんは力強く、俺を抱きしめた。そのせいで、息が出来ず、俺は思いっきり父さんの背中を叩いた。

「ああ、済まない…」

「父さん…俺が居なくなったって、どういう意味ですか」

すると、父さんは俺を不思議そうな顔で見た。

「もしかして、お前…記憶喪失にでもなったのか…」

突然、意味不明な事を言い出す父さんに、空いた口が塞がらない。

「記憶喪失?」

「三ヶ月以上も家に帰って来なかったんだぞ?」

三ヶ月?いや、ちょっと待て、言っている意味が分かりません。ちょっと記憶が無くなったのは事実だ
が、三ヶ月以上も記憶が無くなる訳がない。

「冗談は辞めてください。俺が三ヶ月も家出する訳無い…」

その時、何故か俺の脳裏に、妙な違和感が過ぎった。大事な何かを忘れているような…記憶がぽっかり無く
なったような…そんな不思議な感覚に襲われる。本当は「昨日」からもっと時間が立っているのではない
か?

「俺…なに…してたんだ?」

思い出せない…何も。もっと何かあったはずだ。この三ヶ月間に。季節が秋になる前までの記憶…何かあっ
た…はず…

気がつくと、俺は家を飛び出していた。伊吹…伊吹に会えば何か分かる気がする。

あいつに会えば、思い出すはずだ。全て…

学校の門に着いた俺は、そのまま学校に足を踏み入れようとする。
と、その時。誰かに声を掛けられた。

「あおい…」

声のする方へ振り向くと、そこには八歳くらいの少女が立っていた。

八歳くらいの女の子に知り合いが居ない俺は、首を傾げる。

どうして、俺の名前を知っているんだ?大体、何故呼び捨て…?

「あの…お嬢ちゃん?何で俺の名前を知っているの?」

俺はしゃがんで、女の子の顔を覗き込む。深緑で透き通た瞳、色白な肌、黒くてストレートな髪は不思議
と懐かしい気がした。

そう言えば、母さんの瞳は俺と同じで深緑だったな…

「母さんは、お前のせいで死んだんじゃないからね?だから、私のことを思い出す度に、悔やんだり、苦
しんだりしないでおくれ…」

少女は落ち着いた声でそう言った。俺は初め、何が起きているのか分からず、少女をただ見つめることし
か出来ずにいた。

そして、少女は話を続ける。

「あおい…父さんを頼んだよ。あの人はああ見えても寂しがり屋だから…」

呆然と固まっている俺に近づいた少女は、そのまま俺を抱きかかえた。

不思議と俺の目は熱くなり、涙が流れ始めた。ありえないことなのに…でも、否定出来無い…この少女を通
して母さんが見えることを。

喋り方、雰囲気、全てが母さんそのものだった。

「母さん…なんだね?」

「あおい…ごめんね」

「母さん…」

「早く死んじゃって…」

「母さん…」

「あおい…」

そして、少女姿の母さんは、俺にこう言った。

「ずっと、愛しているよ」
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