浄罪師 ーpresent generationー

弓月下弦

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【伍章】光に向かう蛾と闇に向かう真実

さようなら

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それから真雛は蒼だけを呼んで神殿へ向かった。蒼も自分が呼ばれている理由が分かっているため、覚悟
を決めていた。

「なんで、蒼くんだけなの?私たちは?」

柏木は少々不満げに言った。彼女は納得いかないようだ。

「ちょっと、個人的に話があるのです」

「ふうん…そうですか…」

「直ぐに戻ってきます…」

真雛は至って普通に言うと、蒼を連れて神殿へ行った。

神殿に着くと、その屋根に二匹の鳥が留まっているのが見えた。

「白羽を取り戻してくれたのですね、黒羽…」

「真雛様!無事じゃったの…」

そこで、黒羽は真雛の前で敬語を使うのを忘れていることに気がつき、咳払いをした。

「ゴホン…。無事で良かったです!灯蛾の奴はどうなったのですか」

灯蛾、と聞いた真雛は悲しい顔をした。

「彼の魂は…無事に捨魂できました」

「なんと!それは安心です」

「これで後は、今いる使徒たちに頑張ってもらえればヘレティックも根絶できるでしょう」

死んだヘレティックは二度と生まれ変われない。要するに、真雛さえ無事であれば、ヘレティックは自然
と消えていくのだ。

「真雛様…実はAランク使徒の半数以上が亡くなってしまいました」

それを聞いた真雛は驚くこと無く、

「知っています。けれど、彼らも直に生まれ変わって、我らの力になってくれるでしょう」

殺人さえしなければ記憶をそのままにして、また生まれ変われる。これは永遠の命と一緒である。

けれど、蒼は自分がそうでないと知ってしまった。彼は急に取り残された気分になる。

「白羽も無事に戻ってきたことですし、我は嬉しく思います」

そう言う真雛の顔は全く嬉しそうではなかった。けれど、白羽が戻ってきたことは嬉しいはずだ。彼女の
気分を沈めているのは恐らく、蒼であろう。

「もとはと言えば、吾輩のせいじゃからのう…」

真雛の右肩の上に留まった黒羽は、若干元気がなくそう言った。どうやら反省しているようだ。

「いいえ、私も悪かったのですよ…黒羽、もういいのです」

白羽も屋根から降りて来て真雛の左肩に留まった。

「本当にすまなかったのう…白羽…」

真雛は二匹が仲直りしたのを見届けると、深刻な顔をして本題に入った。

「黒羽と白羽に大事な話があります」

いきなり真剣になった真雛に戸惑う二匹は、首を傾げる。

「大事な話とはなんですか?」

「蒼の記憶が全て戻りました」

それを聞いた途端、二匹は一斉に蒼を見る。信じられないといった表情で…

「蒼、おぬし…全部って…まさか」

「思い出したよ、全部。人を殺した時の記憶も、浄罪師の使徒をしていた時の記憶も全部思い出したん
だ」

黒羽はガタガタ震えだし、真雛にこう言った。

「真雛様!どうして…真雛様が思い出させたのでしょう?何故そんなことを…」

すると、真雛は紫色に輝く瞳に涙を浮かべ、両手で顔を覆った。

「隠していても後悔するだけです。辛いだけです。我はこれ以上蒼を騙せません…」

「真雛様、それで良いのですか…」

黒羽は真雛を悲しげに見る。

「仕方ありません」

蒼はこれから自分がどうなるのか、大体予想はついていた。だから、真雛が蒼を見つめた時、全く動揺せ
ずにいられた。

「真雛様、俺の魂を…捨魂して下さい」

しかし、真雛は静かに首を横に振る。蒼は予想外のことに動揺する。

「せめて残りの時間だけは幸せに生きて欲しいと思います」

真雛は涙で光る顔を上げて、蒼に微笑みかける。

「真雛様…でも全て思い出してしまった以上そんな気には…」

もう全て思い出してしまった。人を殺した自分、真雛を襲った自分…

今の蒼はとても残りの人生を楽しく送る気分にはなれなかった。

「我がそうさせます」

真雛の言っている意味が分からない蒼は、ただ立ち尽くしていることしか出来なかった。

「真雛様、それはどういう…」

すると、真雛は蒼の両手を握り、自らの額にあてがった。

「ごめんなさい。あの時捨魂しておくべきでした…あなたを苦しめてしまっただけですね」

真雛は申し訳なさそうにそう言うと、握っている手に力を込めた。そして話を続ける。

「我は浄罪師失格です。この罪は一生消えないでしょう」

「そんなことないですよ。真雛様…」

蒼の言葉を聞いた真雛は今までに無かった程、笑顔になった。

「これでお別れです。今まで本当にありがとうございました…蒼」

その直後、真雛の手と蒼の手から眩い光が放たれ、四方へ飛んでいった。まるで捨魂をしているかのよう
な光景だが、そうではなかった。

頭から何かが抜け出しているかのような感覚に襲われた蒼は、目を強く閉じて叫んだ。

しかし、真雛は蒼の手を強く握り、離そうとはしない。

「真雛様…一体何を…」

「もう少しです、もう少しで…」

頭が割れそうなくらいの激痛が走り蒼は目をかっと開いた。

見開いた目の前には、真雛のアメジスト色の瞳があり…

「おにぎり…美味しかったです。孤白」

真雛のその声が蒼に届いた直後、頭の中が真っ白となり、蒼はそのまま意識を失った。
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