2 / 90
浦島太郎
しおりを挟む
調教師になるには条件があった。
1、16歳以上である事。
2、健康である事(※性病無き事)
3、一般常識、教養がある事。
4、容姿端麗である事。
5、なにはなくとも献上品(この国では~13歳までの子供)を所有している事。
それ以外は性別、学歴、資格、経験等は不問になっている。
私は、考え方は古いが一応16で、戦場では東の虎と呼ばれる程元気に戦っていたし、勉強や世の常も世話好きの上司から教わっている。容姿に至っては色仕掛けでスパイ活動をした経験もあるので問題はなかったが、一番重要な献上品だけが揃わなかった。
多くの場合、他の調教師達はてっとり早く知人のツテや孤児院、奴隷市で献上品を見繕ってくるらしい。また、イレギュラーなケースで言うと、地位やコネのある調教師は見返りを受け取って貴族の子供や他国の王子や王女を調教する場合があるとか。北部国ではタカオという資産家のヤブ医者が金持ちの道楽で西部国の王女を調教していると聞いた。
ツテも先立つ物も無い私は、当然、孤児院や奴隷市で原石を見つけなればならない訳だが、孤児院にツテもなければ奴隷市で奴隷を買うお金さえ無い。
子供を誘拐する訳にもいかないし、一体、どこから献上品を調達したらいいものやら、どんづまりだ。
「献上品は見つかったか?」
私が色とりどりの花が咲き乱れる広大な庭園で草刈りをしていると、元上司の杉山さんが屈んで私の頭を撫でてきた。
「ええ、あてが無くて困っています。と言いますか、子供扱いは止めて下さい。私ももう16なんですから」
私はカマを持ったまま杉山さんの手を払いのける。
私はワイシャツの袖を捲り上げてバンドで留めていたが、泥で汚れて薄汚く、触れたら彼の仕立てのいいシャツまで汚してしまうと思ったのだ。
因みに東部国の郊外にあるこの東京ド○ム5個分のだだっ広い庭園や菜園、私の背後にある馬鹿でかいモダン建築は、その全てがこの垂れ目で鼻が高くて朗らかな笑い方をする杉山さんの所有物だ。彼は27歳という若さでここらの大地主をしている。戦時中は参謀として裏で軍を動かしていた実力者だったが、私にとっては、出会った頃から世話を焼いてくれる世話好きのお兄さんだ。天はニ物を与えないと言うが、この、栗毛を軽く後ろに撫でつけた長身な色男を見ていると、それは専ら嘘っぱちなのだと思ってしまう。
あぁ、でも、基本優男だが、性格はちょっとしつこくて難があるから、そこらへんは人間らしくて親近感がわく。
「16になるのか。髪は短いがお前は綺麗な黒髪をしているし、瞳も大きくてブルーダイヤみたいに輝いてて、顔立ちは凛として凛々しいから、金持ちの嫁になった方がてっとり早く幸せになれるんじゃないか?」
そう言って杉山さんは凝りもせず私の頭をポンポンと撫でた。
この人は昔からこうして私を妹のように可愛がってくれた。お節介だがいい人だ。
「私は傷物ですから、娶ってくれる旦那様に悪いですよ。体中醜い傷痕だらけです。杉山さんは私に薬を塗ってくれたからご存知でしょう?」
私は捕虜時代に受けた拷問から、他人に自分の肌を見られる事に抵抗があったが、この菩薩の様な杉山さんになら体を委ねる事が出来た。彼は一緒にいて心地がいい私の唯一の友人だった。
私が杉山さんを見上げると、カンカン照りの太陽が後光のように射し込み、神々しく見える。彼は目が細いせいか、物理的にも神か仏に見えた。
「まあ、な。でもあれくらい平気だと思うけどな?お前は肌も白いしスタイルがいいから、俺はなんとも思わなかったけど」
そう言って杉山さんは私の隣にしゃがみ込み、そこらへんの雑草をブチブチと毟り始める。
「あれ、俺、今、セクハラしたか?」
杉山さんが少し反省したようにボソリと呟き、私は『何が?』と思った。
「え?いえ」
「良かった」
杉山さんは軽く息を吐き、安心したご様子。この人は本部で参謀なんて策士な役を担い、敵国を欺くような戦略を次々たててきたが、実際は人のいいただの気遣いの人だ。
「とにかく、私が申し訳ないんです」
「そうか。エデンがそう言うのなら仕方がない。なら、家でお前を養子として引き取ってやろうか?お前は俺の妹みたいなもんだから。なんなら俺の嫁として迎え入れてもいい。俺ならお前の事情も知ってるし。まあ、こんなオジサン嫌かもしれないけど」
「いえいえ、私はここで下働きさせてもらっているだけで充分助かっています。衣食住を与えてもらってるうえに給料までいただいて。でもこれ以上杉山さんにご迷惑をおかけする訳にはいきませんし、なんとかして献上品を探します。それにオジサンだなんて、杉山さんの事は優しくてカッコイイお兄さんだと思ってますよ」
戦争が終わって行き場を失った私を杉山さんが引き取ってくれなければ、私は今頃場末の娼館で性病と戦っていたに違いない。本当に、ありがたい話だ。杉山さんには感謝してもしきれない。だからこそこれ以上迷惑はかけたくなかった。
「そう言えば、エデンは昔から意固地で頑固だったな」
杉山さんが昔を思い出したようにクスリと笑う。この笑顔に騙された女性は数知れない。性格も良く、これだけ色んな物を持っているのに未だ独身なのが玉に瑕だ。
「長女だからですかね、生まれた頃から親に責任をかせられ、妹や弟が産まれるごとに、いつの間にかそれが自分へかした責任に代わっていたんです。家を追われた時には、これからは独りで生きていかなきゃって気張ってしまって」
私は語りながら雑草をカマで処理していく。
「ああ、気張り過ぎて大人顔負けの戦いっぷりだったよ。夜叉だ夜叉。今でも家に仕送りをしてるのか?」
「ええ、勿論。下の子らがまだ小さいですし、私が頑張らないとあの子達まで家を出されますから」
私には10歳になる弟と、8歳の妹がいる。彼らと過ごした時間は短いが、私にとっては心の拠り所と言うべき尊い存在だ。
「……だからか。多めに給金を出しているのにこんなに痩せて」
杉山さんは我が物顔で私の二の腕を掴み、感触を確かめるようにニギニギと手を動かす。
こっちの方が全然セクハラだと思うが、杉山さんは少々天然なところがあるので、多分、彼に他意はないのだ。
「いえいえ、戦争が終わって筋力が落ちたからですよ。最近は平和で、こうして土いじりをするだけですから」
私は杉山さんに腕を握られたまま構わずカマを振るう。
「平和か……多分、筋力は衰えても、お前が手に入れた強さは変わらないのだろうが、お前はいい意味で顔つきが変わった。俺はお前にずっとその顔でいてほしいよ」
そうして杉山さんは我が子でも愛でる様に目を細めた。
「戦場にいた時は気が張り詰めていましたからね。自分でも、目がつり上がっていた自覚はあります。でも今は、杉山さんのおかげで顔が緩んでしまったようですけど」
フフッと私が微笑むと、今度は杉山さんに頬を撫でられ、私の心はほっこりと温かくなった。
夕方になり、私はバイクに跨り東部国の外れにある漁村へ向った。漁村に住む兄妹達に会う為だ。
私が夕日に目を細めながら風を切って堤防沿いを走行していると、砂浜に数人の人影を見つける。私はそれを何気なく目視し、丸まった何かを蹴る4人の人影をサッカーを楽しむ少年達か、亀をいじめる悪ガキ達か何かだと思った。しかし近付くにつれ、私はその丸まった何かが子供である事に気付き、急ハンドルで砂浜に突っ込んで行った。
私は見事なスライディングでザバァッとその場にいた青年達に砂を浴びせかけ(蹴られていた少年にも)彼らは砂埃によって目潰しをくらう。
少年は顔面が腫れ上がり、脱臼しているのか、左腕をだらりとぶら下げていた。
自分の弟くらいのこの子は、私が止めに入っていなかったからこいつらに殺されてた。
私は言いようのない憤りから拳を固く握り締める。
「亀を──子供をいじめるな」
私はバイクを降りると、蹴られていた少年の前に立ち、ちょっと浦島太郎のような気持ちになっていた。
「誰だお前?」
いかにも漁村のあんちゃんという日焼けしたねじり鉢巻の青年がこちらにガンを飛ばしながら私の面前にしゃしゃり出てくる。残りの3人もよく似た風体をしており、一様にタンクトップを着て各々腕組みしていた。
皆さん、なかなか体格がよろしい。
「私は……その子供を引き取りに来た東部国の調教師だ」
口からでまかせだったが、私はその傷だらけで砂まみれ(私がかけた)の少年をここから助け出したくて必死だった。
「調教師だぁ?なんだそりゃ、てめ、舐めてんのか?」
血の気の多い青年達に囲まれ、私はそのうちの1人に襟元を掴み上げられる。
「触るな」
私がヘルメットのまま目の前の男に思い切りヘッドバットをくらわすと、彼の額は面白いようにパックリ割れ、ヘルメットのフロントに返り血を浴びた。
「てめ、やんのか!」
周りでガンたれていた輩達もいっせいに私に襲いかかり、私はいつも腰に挿している警棒を取り出し、先端部を振り出すと同時に彼らに殴りかかる。
休戦してから暫くが経ち、私の筋力や体力はだいぶ落ちたが、自分の後ろで震える10歳程の傷付いた少年を見ていたら、かつて捕虜として地獄のような拷問を受けた自分や、故郷で貧しくも前向きに暮らす弟を思い出して力が漲った。
この少年を守らなければ。
私は必死に警棒を振り回し、彼らの腕や脚の骨を砕いていく。
何度か体にカウンターパンチはくらったが、こんなもの、捕虜時代の苦痛に比べればなんてこと無い。
4対1だが、経験と武器の差でこちらが優勢だった。彼らは打撃を受けた患部を押さえ、立っているのがやっとのように見えた。
しかしそれは私の誤算で、始めに私にガンをくれた男がポケットからバタフライナイフを取り出し、他の輩と取っ組み合っていた私の太腿にそれを思い切り突き立てた。
「───!!」
私はあまりの衝撃と痛みに声にならない声をあげ、顔を顰めてその場に片膝を着く。
まずい、脚をやられたら、動きが鈍ってしまう。
深々とナイフが突き立てられたそこからみるみる生温かい鮮血が溢れ出し、早く止血しなければ命に関わると思った。
ナイフは抜かない方がいい。絶対にナイフだけは抜いちゃ駄目だ。血が吹き出してあっという間に失血死する。絶対にナイフだけは──
「このっ!!」
気が付くと、私は自分の意志とは裏腹にそのナイフを空いた手で引き抜き、目の前の男達に斬りつけていた。
「うわ、こいつ、まじかよ」
男達は必死でナイフから身をかわし、もつれる足で慌てて逃げて行った。
「良かった」
私がホッとしてその場に座り込むと、身を伏せていた少年が慌てて私の前に膝を着き、あたふたと狼狽する。
「大丈夫ですかっ!?」
「君こそ脱臼してるようじゃない。腕を貸して」
私は少年を心配させまいとひきつった笑顔で手を差し出した。
「僕は平気です。あの、それより貴方の方が……良くないと思います」
少年は私に気を遣ってか、おどおどと私の顔と太腿を何度も交互に見やる。
「じゃあ、私が君の脱臼を治したら、その腕で私のヘルメットを取ってくれる?息苦しくて」
私がそう言うと、少年は砂まみれの顔で納得したように左腕を差し出した。
「少し痛むよ?」
私は少年の腕を両手でしっかり掴むと『いち、にぃ』の掛け声で少年の腕を思い切り引っ張り、外れた骨をしかるべき所へ戻す。
「あぁっ!!」
少年は僅かに悲鳴をあげ、私の肩に頭を凭れかけた。
「いい子だ。よく我慢したね」
私が少年の頭を撫でると、彼は僅かに頷き、約束通りヘルメットを外してくれた。
「はぁ、生き返る」
私が心地のいい海風を胸いっぱいに大きく吸い込むと、それを見ていた少年と目が合う。すると少年は恥ずかしそうに目を伏せ、もじもじしだした。
「女の方だったんですね」
少年からそんな風に言われ、自分でも、男4人に武器を振り回す女はなかなかいないなと可笑しくなる。
「そうだね。ほら、砂を取ってあげるよ」
私は少年の顔の砂を手で丁寧に払っていくと、その可憐さにふと手を止めた。
「男の子だよね?」
少年の体型や声の感じは確実に男の子そのものだったが、こうして素顔をまじまじ凝視すると、彼の容姿はあまりにも眉目秀麗で美しく、天使や妖精のそれを彷彿とさせ、性別を感じさせなかった。
この世のものではない。
──そう思った。
夕日に透けた柔らかな金髪や、くりくりの翠眼、形のいい小鼻、腫れてはいるが透き通った肌、鬱血したような鮮やかな唇、それのどれをとっても、少年の容姿は人間離れしていて、思いの外私を惹きつけた。美少年、ともすれば美少女とも言えてしまう程、その言葉がぴったりの男の子だった。まさに神の最高傑作。私は未だかつてこれ程の美少年を見た事がない。
世の中にはこんな容姿に恵まれた人間がいるんだな。
私が感心していると、少年は恥ずかしがりながらも私の傷を心配してくれた。
「早く、どこか病院に行かなきゃ。携帯持ってます?僕が救急車を呼びます」
「大丈夫大丈夫」
私はそう言ってポケットからハンカチを取り出し患部をしっかり縛り付ける。
「イタタ……」
私が捩れるような痛みに苦笑いすると、少年はその場で深く頭を下げた。
「すいません、僕のせいで」
「いいよ。それより、どうしてあんな目に?危うく殺されるとこだったでしょ?」
子供相手に大人4人が本気で蹴りつけるなんて、どうしてそんな鬼畜の所業が出来るのか、私には理解し難い。
「……義理の親がお金を借りたままいなくなっちゃって、それで代わりに僕が捕まってしまったんです。お姉さんがいなかったら、僕は今頃、殺されるか奴隷として売られていました」
少年は頭を下げたままそう語った。
「そう、酷い目にあったね」
可哀想に、親に捨てられたのか。不憫な子だ。
少年の事は、どうしても過去の自分や弟にその姿を重ねてしまう。
親に捨てられ、借金取りに暴力をふるわれても尚、涙も見せず気丈に振る舞うなんて、なんて健気で強い子なんだ。
「行く所はあるの?」
私は、暫く杉山さんの家で少年の面倒をみてやろうと思っていた。
このままだとこの子は野垂れ死んでしまう。
「あの、それなんですけど、お願いがあるんです」
少年は相変わらず頭を下げたまま、何かを懇願しようとしていた。
「何?」
私が尋ねと、少年は額を地面に擦り付けながら声を張り上げる。
「僕を調教して下さいっ!」
「……」
一瞬、私はそれが変な意味に聞こえて吹き出しそうになったが、少年のあまりに真剣な気迫から、私は真面目に彼と向き合った。
「さっきのは君を助ける為の口実だったんだけど、本気なの?」
「はい!僕を貴方の献上品にして下さい」
『僕を貴方の献上品にして下さい』これもまたおかしな日本語だったが、必死に頭を下げ続ける少年の熱意がこちらまで伝わってきて、私の胸がキュンとする。
これが萌というやつなんだろうか?
子犬に懐かれた気分だ。
私は少年の顎を掴んで上を向かせると、確認するように目を見て尋ねる。
「献上品と言っても、私はお前を利用して顔も見た事の無い王女と結婚させるんだよ?毎日厳しい調教を受ける事になるし、城に閉じ込められて自由もきかなくなる。それでもし王女の夫や愛人に選ばれなければ、売られるか城の私兵として厳しい任務に就かされる。それでもいいの?」
すると少年は私の目を真っ直ぐ見返してハッキリ『はい!』と頷いた。
私はその揺るぎのない透き通った瞳に目を奪われ、目が離せなくなる。
綺麗な深翠だ。相手は子供なのに、気を抜いたら吸い込まれてしまいそうだ。
私は少年のエメラルドのような綺麗な瞳を見ていると、その美しさにため息が漏れると同時に、言いようのない不安にもかられた。それは、綺麗な物には棘があるとか、甘過ぎる蜜はその甘さ故に嫌悪されるとか、そう言った類いの感覚なのだと思う。人は、あまりに美しいものに出会うと、その神々しさから尻込みというか、不安を感じてしまうものなのだろう。
こんな美しい少年、手放す訳にはいかない。これは絶好のチャンスだ、と思う反面、私は今になって少しばかり迷っていた。
本当にこれでいいのだろうか?
あまりに条件が揃い過ぎているし、何より彼は元々献上品を目指していた訳でもないのに、本当にこれが彼にとって最善なのか、自信がない。
「私の上司に頼んで仕事を探してあげる事も出来るけど……」
「僕はお姉さんの為に働きたいです」
『駄目ですか?』と少年から上目遣いであざとく首を傾げられ、胸を打たれた私は彼の要求を断れなくなってしまった。
「わかった。いいよ」
私がそう言うと、少年は無邪気に私の胸に飛び込んできた。
彼は、名を『氷朱鷺(ヒトキ)』と言った。
1、16歳以上である事。
2、健康である事(※性病無き事)
3、一般常識、教養がある事。
4、容姿端麗である事。
5、なにはなくとも献上品(この国では~13歳までの子供)を所有している事。
それ以外は性別、学歴、資格、経験等は不問になっている。
私は、考え方は古いが一応16で、戦場では東の虎と呼ばれる程元気に戦っていたし、勉強や世の常も世話好きの上司から教わっている。容姿に至っては色仕掛けでスパイ活動をした経験もあるので問題はなかったが、一番重要な献上品だけが揃わなかった。
多くの場合、他の調教師達はてっとり早く知人のツテや孤児院、奴隷市で献上品を見繕ってくるらしい。また、イレギュラーなケースで言うと、地位やコネのある調教師は見返りを受け取って貴族の子供や他国の王子や王女を調教する場合があるとか。北部国ではタカオという資産家のヤブ医者が金持ちの道楽で西部国の王女を調教していると聞いた。
ツテも先立つ物も無い私は、当然、孤児院や奴隷市で原石を見つけなればならない訳だが、孤児院にツテもなければ奴隷市で奴隷を買うお金さえ無い。
子供を誘拐する訳にもいかないし、一体、どこから献上品を調達したらいいものやら、どんづまりだ。
「献上品は見つかったか?」
私が色とりどりの花が咲き乱れる広大な庭園で草刈りをしていると、元上司の杉山さんが屈んで私の頭を撫でてきた。
「ええ、あてが無くて困っています。と言いますか、子供扱いは止めて下さい。私ももう16なんですから」
私はカマを持ったまま杉山さんの手を払いのける。
私はワイシャツの袖を捲り上げてバンドで留めていたが、泥で汚れて薄汚く、触れたら彼の仕立てのいいシャツまで汚してしまうと思ったのだ。
因みに東部国の郊外にあるこの東京ド○ム5個分のだだっ広い庭園や菜園、私の背後にある馬鹿でかいモダン建築は、その全てがこの垂れ目で鼻が高くて朗らかな笑い方をする杉山さんの所有物だ。彼は27歳という若さでここらの大地主をしている。戦時中は参謀として裏で軍を動かしていた実力者だったが、私にとっては、出会った頃から世話を焼いてくれる世話好きのお兄さんだ。天はニ物を与えないと言うが、この、栗毛を軽く後ろに撫でつけた長身な色男を見ていると、それは専ら嘘っぱちなのだと思ってしまう。
あぁ、でも、基本優男だが、性格はちょっとしつこくて難があるから、そこらへんは人間らしくて親近感がわく。
「16になるのか。髪は短いがお前は綺麗な黒髪をしているし、瞳も大きくてブルーダイヤみたいに輝いてて、顔立ちは凛として凛々しいから、金持ちの嫁になった方がてっとり早く幸せになれるんじゃないか?」
そう言って杉山さんは凝りもせず私の頭をポンポンと撫でた。
この人は昔からこうして私を妹のように可愛がってくれた。お節介だがいい人だ。
「私は傷物ですから、娶ってくれる旦那様に悪いですよ。体中醜い傷痕だらけです。杉山さんは私に薬を塗ってくれたからご存知でしょう?」
私は捕虜時代に受けた拷問から、他人に自分の肌を見られる事に抵抗があったが、この菩薩の様な杉山さんになら体を委ねる事が出来た。彼は一緒にいて心地がいい私の唯一の友人だった。
私が杉山さんを見上げると、カンカン照りの太陽が後光のように射し込み、神々しく見える。彼は目が細いせいか、物理的にも神か仏に見えた。
「まあ、な。でもあれくらい平気だと思うけどな?お前は肌も白いしスタイルがいいから、俺はなんとも思わなかったけど」
そう言って杉山さんは私の隣にしゃがみ込み、そこらへんの雑草をブチブチと毟り始める。
「あれ、俺、今、セクハラしたか?」
杉山さんが少し反省したようにボソリと呟き、私は『何が?』と思った。
「え?いえ」
「良かった」
杉山さんは軽く息を吐き、安心したご様子。この人は本部で参謀なんて策士な役を担い、敵国を欺くような戦略を次々たててきたが、実際は人のいいただの気遣いの人だ。
「とにかく、私が申し訳ないんです」
「そうか。エデンがそう言うのなら仕方がない。なら、家でお前を養子として引き取ってやろうか?お前は俺の妹みたいなもんだから。なんなら俺の嫁として迎え入れてもいい。俺ならお前の事情も知ってるし。まあ、こんなオジサン嫌かもしれないけど」
「いえいえ、私はここで下働きさせてもらっているだけで充分助かっています。衣食住を与えてもらってるうえに給料までいただいて。でもこれ以上杉山さんにご迷惑をおかけする訳にはいきませんし、なんとかして献上品を探します。それにオジサンだなんて、杉山さんの事は優しくてカッコイイお兄さんだと思ってますよ」
戦争が終わって行き場を失った私を杉山さんが引き取ってくれなければ、私は今頃場末の娼館で性病と戦っていたに違いない。本当に、ありがたい話だ。杉山さんには感謝してもしきれない。だからこそこれ以上迷惑はかけたくなかった。
「そう言えば、エデンは昔から意固地で頑固だったな」
杉山さんが昔を思い出したようにクスリと笑う。この笑顔に騙された女性は数知れない。性格も良く、これだけ色んな物を持っているのに未だ独身なのが玉に瑕だ。
「長女だからですかね、生まれた頃から親に責任をかせられ、妹や弟が産まれるごとに、いつの間にかそれが自分へかした責任に代わっていたんです。家を追われた時には、これからは独りで生きていかなきゃって気張ってしまって」
私は語りながら雑草をカマで処理していく。
「ああ、気張り過ぎて大人顔負けの戦いっぷりだったよ。夜叉だ夜叉。今でも家に仕送りをしてるのか?」
「ええ、勿論。下の子らがまだ小さいですし、私が頑張らないとあの子達まで家を出されますから」
私には10歳になる弟と、8歳の妹がいる。彼らと過ごした時間は短いが、私にとっては心の拠り所と言うべき尊い存在だ。
「……だからか。多めに給金を出しているのにこんなに痩せて」
杉山さんは我が物顔で私の二の腕を掴み、感触を確かめるようにニギニギと手を動かす。
こっちの方が全然セクハラだと思うが、杉山さんは少々天然なところがあるので、多分、彼に他意はないのだ。
「いえいえ、戦争が終わって筋力が落ちたからですよ。最近は平和で、こうして土いじりをするだけですから」
私は杉山さんに腕を握られたまま構わずカマを振るう。
「平和か……多分、筋力は衰えても、お前が手に入れた強さは変わらないのだろうが、お前はいい意味で顔つきが変わった。俺はお前にずっとその顔でいてほしいよ」
そうして杉山さんは我が子でも愛でる様に目を細めた。
「戦場にいた時は気が張り詰めていましたからね。自分でも、目がつり上がっていた自覚はあります。でも今は、杉山さんのおかげで顔が緩んでしまったようですけど」
フフッと私が微笑むと、今度は杉山さんに頬を撫でられ、私の心はほっこりと温かくなった。
夕方になり、私はバイクに跨り東部国の外れにある漁村へ向った。漁村に住む兄妹達に会う為だ。
私が夕日に目を細めながら風を切って堤防沿いを走行していると、砂浜に数人の人影を見つける。私はそれを何気なく目視し、丸まった何かを蹴る4人の人影をサッカーを楽しむ少年達か、亀をいじめる悪ガキ達か何かだと思った。しかし近付くにつれ、私はその丸まった何かが子供である事に気付き、急ハンドルで砂浜に突っ込んで行った。
私は見事なスライディングでザバァッとその場にいた青年達に砂を浴びせかけ(蹴られていた少年にも)彼らは砂埃によって目潰しをくらう。
少年は顔面が腫れ上がり、脱臼しているのか、左腕をだらりとぶら下げていた。
自分の弟くらいのこの子は、私が止めに入っていなかったからこいつらに殺されてた。
私は言いようのない憤りから拳を固く握り締める。
「亀を──子供をいじめるな」
私はバイクを降りると、蹴られていた少年の前に立ち、ちょっと浦島太郎のような気持ちになっていた。
「誰だお前?」
いかにも漁村のあんちゃんという日焼けしたねじり鉢巻の青年がこちらにガンを飛ばしながら私の面前にしゃしゃり出てくる。残りの3人もよく似た風体をしており、一様にタンクトップを着て各々腕組みしていた。
皆さん、なかなか体格がよろしい。
「私は……その子供を引き取りに来た東部国の調教師だ」
口からでまかせだったが、私はその傷だらけで砂まみれ(私がかけた)の少年をここから助け出したくて必死だった。
「調教師だぁ?なんだそりゃ、てめ、舐めてんのか?」
血の気の多い青年達に囲まれ、私はそのうちの1人に襟元を掴み上げられる。
「触るな」
私がヘルメットのまま目の前の男に思い切りヘッドバットをくらわすと、彼の額は面白いようにパックリ割れ、ヘルメットのフロントに返り血を浴びた。
「てめ、やんのか!」
周りでガンたれていた輩達もいっせいに私に襲いかかり、私はいつも腰に挿している警棒を取り出し、先端部を振り出すと同時に彼らに殴りかかる。
休戦してから暫くが経ち、私の筋力や体力はだいぶ落ちたが、自分の後ろで震える10歳程の傷付いた少年を見ていたら、かつて捕虜として地獄のような拷問を受けた自分や、故郷で貧しくも前向きに暮らす弟を思い出して力が漲った。
この少年を守らなければ。
私は必死に警棒を振り回し、彼らの腕や脚の骨を砕いていく。
何度か体にカウンターパンチはくらったが、こんなもの、捕虜時代の苦痛に比べればなんてこと無い。
4対1だが、経験と武器の差でこちらが優勢だった。彼らは打撃を受けた患部を押さえ、立っているのがやっとのように見えた。
しかしそれは私の誤算で、始めに私にガンをくれた男がポケットからバタフライナイフを取り出し、他の輩と取っ組み合っていた私の太腿にそれを思い切り突き立てた。
「───!!」
私はあまりの衝撃と痛みに声にならない声をあげ、顔を顰めてその場に片膝を着く。
まずい、脚をやられたら、動きが鈍ってしまう。
深々とナイフが突き立てられたそこからみるみる生温かい鮮血が溢れ出し、早く止血しなければ命に関わると思った。
ナイフは抜かない方がいい。絶対にナイフだけは抜いちゃ駄目だ。血が吹き出してあっという間に失血死する。絶対にナイフだけは──
「このっ!!」
気が付くと、私は自分の意志とは裏腹にそのナイフを空いた手で引き抜き、目の前の男達に斬りつけていた。
「うわ、こいつ、まじかよ」
男達は必死でナイフから身をかわし、もつれる足で慌てて逃げて行った。
「良かった」
私がホッとしてその場に座り込むと、身を伏せていた少年が慌てて私の前に膝を着き、あたふたと狼狽する。
「大丈夫ですかっ!?」
「君こそ脱臼してるようじゃない。腕を貸して」
私は少年を心配させまいとひきつった笑顔で手を差し出した。
「僕は平気です。あの、それより貴方の方が……良くないと思います」
少年は私に気を遣ってか、おどおどと私の顔と太腿を何度も交互に見やる。
「じゃあ、私が君の脱臼を治したら、その腕で私のヘルメットを取ってくれる?息苦しくて」
私がそう言うと、少年は砂まみれの顔で納得したように左腕を差し出した。
「少し痛むよ?」
私は少年の腕を両手でしっかり掴むと『いち、にぃ』の掛け声で少年の腕を思い切り引っ張り、外れた骨をしかるべき所へ戻す。
「あぁっ!!」
少年は僅かに悲鳴をあげ、私の肩に頭を凭れかけた。
「いい子だ。よく我慢したね」
私が少年の頭を撫でると、彼は僅かに頷き、約束通りヘルメットを外してくれた。
「はぁ、生き返る」
私が心地のいい海風を胸いっぱいに大きく吸い込むと、それを見ていた少年と目が合う。すると少年は恥ずかしそうに目を伏せ、もじもじしだした。
「女の方だったんですね」
少年からそんな風に言われ、自分でも、男4人に武器を振り回す女はなかなかいないなと可笑しくなる。
「そうだね。ほら、砂を取ってあげるよ」
私は少年の顔の砂を手で丁寧に払っていくと、その可憐さにふと手を止めた。
「男の子だよね?」
少年の体型や声の感じは確実に男の子そのものだったが、こうして素顔をまじまじ凝視すると、彼の容姿はあまりにも眉目秀麗で美しく、天使や妖精のそれを彷彿とさせ、性別を感じさせなかった。
この世のものではない。
──そう思った。
夕日に透けた柔らかな金髪や、くりくりの翠眼、形のいい小鼻、腫れてはいるが透き通った肌、鬱血したような鮮やかな唇、それのどれをとっても、少年の容姿は人間離れしていて、思いの外私を惹きつけた。美少年、ともすれば美少女とも言えてしまう程、その言葉がぴったりの男の子だった。まさに神の最高傑作。私は未だかつてこれ程の美少年を見た事がない。
世の中にはこんな容姿に恵まれた人間がいるんだな。
私が感心していると、少年は恥ずかしがりながらも私の傷を心配してくれた。
「早く、どこか病院に行かなきゃ。携帯持ってます?僕が救急車を呼びます」
「大丈夫大丈夫」
私はそう言ってポケットからハンカチを取り出し患部をしっかり縛り付ける。
「イタタ……」
私が捩れるような痛みに苦笑いすると、少年はその場で深く頭を下げた。
「すいません、僕のせいで」
「いいよ。それより、どうしてあんな目に?危うく殺されるとこだったでしょ?」
子供相手に大人4人が本気で蹴りつけるなんて、どうしてそんな鬼畜の所業が出来るのか、私には理解し難い。
「……義理の親がお金を借りたままいなくなっちゃって、それで代わりに僕が捕まってしまったんです。お姉さんがいなかったら、僕は今頃、殺されるか奴隷として売られていました」
少年は頭を下げたままそう語った。
「そう、酷い目にあったね」
可哀想に、親に捨てられたのか。不憫な子だ。
少年の事は、どうしても過去の自分や弟にその姿を重ねてしまう。
親に捨てられ、借金取りに暴力をふるわれても尚、涙も見せず気丈に振る舞うなんて、なんて健気で強い子なんだ。
「行く所はあるの?」
私は、暫く杉山さんの家で少年の面倒をみてやろうと思っていた。
このままだとこの子は野垂れ死んでしまう。
「あの、それなんですけど、お願いがあるんです」
少年は相変わらず頭を下げたまま、何かを懇願しようとしていた。
「何?」
私が尋ねと、少年は額を地面に擦り付けながら声を張り上げる。
「僕を調教して下さいっ!」
「……」
一瞬、私はそれが変な意味に聞こえて吹き出しそうになったが、少年のあまりに真剣な気迫から、私は真面目に彼と向き合った。
「さっきのは君を助ける為の口実だったんだけど、本気なの?」
「はい!僕を貴方の献上品にして下さい」
『僕を貴方の献上品にして下さい』これもまたおかしな日本語だったが、必死に頭を下げ続ける少年の熱意がこちらまで伝わってきて、私の胸がキュンとする。
これが萌というやつなんだろうか?
子犬に懐かれた気分だ。
私は少年の顎を掴んで上を向かせると、確認するように目を見て尋ねる。
「献上品と言っても、私はお前を利用して顔も見た事の無い王女と結婚させるんだよ?毎日厳しい調教を受ける事になるし、城に閉じ込められて自由もきかなくなる。それでもし王女の夫や愛人に選ばれなければ、売られるか城の私兵として厳しい任務に就かされる。それでもいいの?」
すると少年は私の目を真っ直ぐ見返してハッキリ『はい!』と頷いた。
私はその揺るぎのない透き通った瞳に目を奪われ、目が離せなくなる。
綺麗な深翠だ。相手は子供なのに、気を抜いたら吸い込まれてしまいそうだ。
私は少年のエメラルドのような綺麗な瞳を見ていると、その美しさにため息が漏れると同時に、言いようのない不安にもかられた。それは、綺麗な物には棘があるとか、甘過ぎる蜜はその甘さ故に嫌悪されるとか、そう言った類いの感覚なのだと思う。人は、あまりに美しいものに出会うと、その神々しさから尻込みというか、不安を感じてしまうものなのだろう。
こんな美しい少年、手放す訳にはいかない。これは絶好のチャンスだ、と思う反面、私は今になって少しばかり迷っていた。
本当にこれでいいのだろうか?
あまりに条件が揃い過ぎているし、何より彼は元々献上品を目指していた訳でもないのに、本当にこれが彼にとって最善なのか、自信がない。
「私の上司に頼んで仕事を探してあげる事も出来るけど……」
「僕はお姉さんの為に働きたいです」
『駄目ですか?』と少年から上目遣いであざとく首を傾げられ、胸を打たれた私は彼の要求を断れなくなってしまった。
「わかった。いいよ」
私がそう言うと、少年は無邪気に私の胸に飛び込んできた。
彼は、名を『氷朱鷺(ヒトキ)』と言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる