王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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第1王子 春臣

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 最近、妹のヤサカが王配を迎え、めでたく結婚して俺も安堵していたところだったが、その王配という奴がどうにも浮ついていて初見から気に食わなかった。
 ヤサカが言うには、氷朱鷺が、目を掛けた献上品を特別に自分の後宮に入れ、毎晩そこへ入り浸り、自分を構ってくれないのだとか。しかも公務中もその献上品にうつつを抜かす始末。これが新婚当初からだと言うのだから大変けしからん話だ。
 俺はこういうふざけた男が大嫌いだ。ヤサカとは大して仲は良くないが血を分けた妹だ、黙っている訳にはいかない。
 俺は身内のみが集まる食事会で氷朱鷺に喝を入れる事にした。
 ──とは言え公式に献上品制度が存在するこの国では身内の食事会に愛人、またその子供達も当たり前の様に参加する。俺の親戚達も1人、2人と愛人を従えて堂々と食事を楽しんでいる。一夫多妻制と思えばどうという事も無いが、個人的には倒錯した世界に感じる。愛が複数あるのか、逆に愛が全く無いのか、俺には理解し難い。
 そもそもお膳立てされた調教済みの献上品の中から誰かを選ぶ事自体、愛なんて無いんじゃないか?
 別に愛だの恋だのにロマンを感じている訳じゃない。哲学とか理論的に考えておかしな話だと思う。大事な者は1人で良い。そこから大事な者が増えて、喜びも増えていくのだから。欲張ったところで、人間関係の数だけいざこざが増えるだけだ。
「また、難しい顔をしてステーキを切るのね。仔羊のソテーに何か恨みでもあるの?」
 隣の席にいたヤサカがワインを飲みながらそう揶揄してきた。
「仔羊に親でも殺された?」
「親なら揃ってそこにいるだろうが」
 俺はすぐそこの上座に並んで座る両親をナイフで指す。
「お前は食べないのか?」
 ヤサカはワインを飲むばかりで運ばれてくる料理に手をつけていない。
「だってこんな仰々しい食事会を開かなくたって毎日ご馳走は食べてるじゃない。仔羊のソテー、仔牛のソテー、仔豚のソテー、若鶏のソテー、ソテーソテーソテー、たまにテリーヌ、飽きちゃったのよ」
 ヤサカは出来の悪いラップでも披露するみたいに悪ノリしながらそう言った。
 悪酔いしてるな。
「どれだけ飲んだんだよ。食べなきゃその仔羊は捨てられるんだ、命を無駄にするな」
「兄さんだって鷹狩なんかして兎を無駄にしてるじゃない?」
 ヤサカがフォークで仔羊のソテーをもて遊び始め、俺は眉を顰めた。
「あれは鷹の餌にしてる。それにたまにジビエとしてこの食事会にも提供してる。お前も食べただろ」
「えぇっ‼」
 ヤサカがフォークを床に落とし、鳥肌を立てて震撼する。
「嘘でしょ⁉あんなかわいい生き物を⁉信じらんない!最低!なんでそんな事するの⁉」
「1人じゃ食べ切れないからな。兎を無駄にする訳にはいかないだろ?それになんで仔羊は良くて兎は駄目なんだ?」
「見た目に決まってるじゃない!サイコパスなの⁉」
 サイコパス……
 皮を剥いたら同じ筋肉組織なんだけどな。
 まあ、これが普通の女の反応だよな。それをあの『殺し屋』は自分で皮を剥いて焼いて(?)食うって言うんだから。逞しいにも程がある。
 俺が思い出し笑いするとヤサカが更に鳥肌を立てた。
「気持ち悪っ」
「……」
「お義兄さん、家の妻は蝶が好きで、芋虫は嫌いな質なんですよ」
 黙って料理を食べていた氷朱鷺がヤサカが落としたフォークを拾いながら話し掛けてきた。
 こいつから話し掛けてくるとは珍しい。
 氷朱鷺は人見知りというより、人との関わりをあまり好まないタイプの人間だと認識していたが、ヤサカの偏見に黙っていられなくなったか。
「フォークなんて使用人に拾わせればいいじゃない、行儀が悪いわね。献上品時代に何を習ったの?」
「お前は育ちが悪いな」
 我が妹ながら改めてその横柄な素行の悪さを目の当たりにし、氷朱鷺がよその女に傾倒してしまうのも解らないでも無くなってきた。
「ワインなんて、体に良くないんじゃないですか?」
「何、心配するふり?」
 冷め切った夫婦だな。
「本当に心配しているんですよ、だって──」
 ここで氷朱鷺が不自然に会話を止めた。
「?」
「──飲み過ぎですからね。食事会も佳境ですから、自分が部屋に連れて行きます」
 氷朱鷺が俺にそう言ってヤサカを連れ出そうと立ち上がった。
「待て、お前に話がある」
 俺は手を上げて使用人を呼ぶと、酩酊しているヤサカを部屋へ連れて行ってもらった。
「何ですか?お義兄さんとはそんな積もる話も無いと思ってましたけど?」
 第1王子に向かって随分と迷惑そうに話すな。
「まあ、座れ」
 俺はヤサカの席に氷朱鷺を座らせた。
「今夜はこの後どうするんだ?」
 俺は仔羊のソテーを食べ終わり、ナプキンで口元を拭うとワインに手をつける。
「二次会のお誘いですか?」
「そんな訳あるか。どっちの自宅に戻るのかと聞いてるんだ」
「プライベートな話ならしませんよ」
 氷朱鷺は愛想の欠片も無く答えた。
 こいつ、立ち回りはそれなりに上手いのに、実は俺より鉄面皮じゃないか?
「お前のプライベートは知らないが、あれは俺の実の妹だ、優先すべきは誰なのか、ちゃんと考えて行動しろと言っている」
「分かりました。善処します」
 感情の無い瞳。棒読みの台詞。全然響いてねーな。
 しかしこのサイボーグみたいな男が夢中になる女とは、一体、どんな人間なのだろう?
 単純に興味が湧いた。
「それで、お前が心酔している女とやらはそんなに美人なのか?それとも才女?気遣いの出来る大和撫子か?」
「言う必要がありますか?」
 無表情に見える氷朱鷺だが、どうやら触れられたくない話題らしい。
 面白い。
「飲めよ」
 俺はヤサカが残したワイングラスにボトルワインをなみなみと注ぎ足した。
「俺はまだ20歳越えてませんけど?」
「王室では一夫多妻制もハタチ未満の飲酒も許されてる」
「都合の良い治外法権ですね」
「治外法権じゃない。昔から王室がルールなんだよ、飲め」
 自白剤ではないが、氷朱鷺を酔わせて口をわらせてみたかった。
 俺は促す様に無理矢理自分のグラスをヤサカのグラスにぶつけて乾杯すると、彼は全く気乗りしない様子でそのグラスを手に取った。 
「飲み方は習ったろ?」
 俺がからかうと、氷朱鷺は何の手順も踏まずにグイッとワインをあおった。
「俺も育ちが悪いんで、色を楽しんだり、薫りを楽しんだり、空気と混ぜてみたり、そんな気取った飲み方、逆に恥ずかしくて出来ないんですよ」
 すぐに袖で口元を拭っているあたり、そんなに美味しく感じなかったのだろう。
 献上品を囲っているとかいう割に中身はまだガキなんだよな。
「旨かったか?」
 多少サドっ気がある俺は分かってて聞いた。
「歯がギシギシします」
 少しは可愛げがあるらしい。俺は吹き出しそうになるのを堪え、氷朱鷺の近くにチーズを移動させてやる。
「古いワイン程初心者には飲みづらいからな、俺もあまり得意じゃない。食事会でなければ絶対に飲んでなかった」
「普段は何を?」
 ワインのせいか、普段、あまり話を広げたがらない氷朱鷺が珍しく興味を示した。
 酔うと人は多弁になるからな。そういう俺もいつもよりは口数が増えている。
「日本酒だ。キジを撃った日はそれをツマミに熱燗を飲む」
「狩猟もするんですね」
 氷朱鷺は人の目を見て話す、という基本的な一般常識は守っていなかったが、ワインを飲みながらもちゃんと俺の話に耳を傾けていた。
「キジは撃たなきゃ食べられないからな」
「美味しいんですか?」
「わざわざ狩りに行くくらい旨い。俺は鶏より好きだな。今度ご馳走してやるよ」
「そうですね、機会があったら」
 これは絶対ご馳走になる気が無い返事だな。無気力過ぎる社交辞令だ。
「それなら今度、その献上品も連れて狩猟に参加したらどうだ?献上品は乗馬も射撃の訓練もしてるからいけるだろ?特別に許可してやるぞ?」
 そう言えばあの殺し屋はスナイパーをしていたと言ったな。今度、狩猟に誘ってみるか。きっと獲物を撃ったその場で血抜きをして毛を毟るぞ笑。
「……いえ、怪我をするといけませんし」
 随分と歯切れの悪い返事だ。前回の社交パーティーではその献上品を出席させたと聞いたのに、狩猟には参加させたくないのか?
「過保護だな。秘蔵っ子か?」
「……」
 急に口数が減るじゃないか。ちょっとこれはガチで入れ込んでるな。
「何歳なんだ?」
「何故、そんな事を聞くんですか?」
「単なる好奇心だよ」
「わざわざそんな好奇心に付き合う義理はありません」
 氷朱鷺の奴、ワインも飲み干して少し首が赤くなってるのに口を割らないとは、よっぽど女の事を聞かれたくないんだな。そこまで入れ上げる程良い女なのか?
 他人の女に興味は無いが、率直に、見てみたいと思った。
「妹泣かせの女の事は気になるだろ?」
「俺の事はいいです。貴方はどうなんですか?もうとっくにトライアルや献上の儀を利用していてもおかしくない年齢なのに浮いた話ひとつ無い。男でも好きなんですか?」
 話題を変えたか。
「世間ではそう思ってる奴もいるみたいだが、学生時代はそれなりに異性と恋愛もしてきた。ただ俺は、動物園のパンダみたいに繁殖目的で献上品制度を利用するのはナンセンスだと思って使っていないだけだ。それにあいつらはもれなく金と権力目的に献上品をしているからな。お前だってそうだったろ?」
「一応、言っておきます。分からなくもないですけど、そんな事は無いですよ。それにしても気難しいんですね」
「お前に言われたくない」
 ただ、まあ、献上品に興味は無いが、明日、国定公園へ行ったらまた殺し屋に会えるだろうか?
「けど献上品の中には面白い奴もいるからな」
「?」
 今度殺し屋に会ったら、兎の捌き方でも習ってみよう。
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